麗子とカンナ
宝仙院女子高等学校。
その校内の端に大きなバス乗り場があり、そこは宝仙院系列の幼稚舎から大学まで、多くの生徒が利用する場所であった。
今は、時間的に中高の生徒、特に部活をしていない生徒たちがバスを待っていた。
バス乗り場に、一台の黒いワンボックス車が入ってくる。
大きな学校で、出入り口が集中している為、車での送り迎えは基本的に禁止ではあるが、一部の生徒はセキュリティの問題などから認められていた。
だが、その黒いワンボックスは、そういった一部の生徒の車ではない。
なぜなら送り迎えする生徒はこのバスの乗り場ではなく、専用の車回しがあるからだった。
黒いワンボックスはその大きなバス乗り場を通りすぎ、構内に通じる道に入り込み、そのまま学生の中を割って入るように、学内に乗り込んで行った。
すると、どこからか警備の者がやってきて、車の正面に回り込み、車を止める。
「……」
運転席の窓が開き、近づくと簡単なやり取りの後、警備の者が無線で何か確認すると、今度はドライバーに深々と頭を下げた。
黒塗りのワンボックスは生徒の流れに逆らいならが、さらに構内を進んでいく。
高等部の校舎の前に車が止まると、スライドドアが開き黒いスーツ上下と黒いサングラスを掛けた男が二人出てきて、校舎に視線を向けると走り出した。
校舎内に消えた黒いスーツの男は、しばらくすると一人ずつ女生徒を抱えて出てきた。
高等部の校庭や、帰路につく生徒たちが、一斉に声をあげる。
「……どういうこと?」
「お姫様抱っこ」
「まさか人さらい!?」
抱き抱えられた女生徒は周囲に知り合いを見つけたのか、抱えられた状態から、にこやかに手を振った。
手を振っていることに気づき、女生徒はすぐに聞き返す。
「かんな、ねぇ、どういうこと!」
「今日、仕事が入ったんでこのまま現場直行なんだケド」
「麗子も!?」
麗子と呼ばれた女生徒は恥ずかしそうに頬を赤くしていた。
「ちょっとクライアントさん、急いでるみたいなの」
「お、お仕事頑張って!」
「じゃ、じゃあね」
そう言った直後『かんな』と『麗子』はそのまま黒いワンボックスに運び込まれた。
黒いワンボックスは勢いよくUターンすると、来た道を速度を上げ走り去っていった。
その車の中では、椅子に座った『かんな』と『麗子』に資料が手渡された。
「何これ。最初の漢字が読めないケド」
「塹壕でしょ」
「読み方はわかった。その上で、意味がわからないんだケド」
黒いスーツの男の一人が言った。
「簡単に言うと戦闘のために掘った溝のことです」
「なんでそんなのと『ゾンビ』が関係するのかわからないケド」
「固有名詞として考えてください。とにかくそう呼ばれているのです」
麗子は渡された紙を叩いた。
「車の中でこんなもの読んだら酔ってしまうわ。簡単に言葉で説明して」
「この『塹壕ゾンビ』が赤坂御所の内親王の住まいの近くに出たのです。お二人にはそのゾンビの調査と撃退をお願いします」
「永江除霊事務所には優秀な除霊士がいますけど」
スーツの男は頷いた。
「お二人を選ばれたのは内親王なのです」
「もしかして、一人、仮住まいに残ったあの娘っ子に違いないんだケド」
橋口かんなと冴島麗子の二人は、以前、その内親王の力と皇室に伝わる神器を頼って時のループの中にいるアリスと話をしたことがあった。
「あんな短時間のこと、覚えてたのかな?」
「公務でガチガチに縛られてたら、巷に生きるJKと会って話したくなるに違いないんだケド」
麗子は笑った。
「あのさ、おじさんじゃないんだからそんな訳ないでしょ」
「同じようなもんなんだケド」
その時、かんなと麗子のスマホが振動した。
画面を見ると二人とも『アリス』からのメッセージを受けたようだった。
麗子がメッセージを読み上げる。
「二人とも、今拘束されて御所に行くところかと思うけど、あなた達に依頼が来る通りゾンビとは言ってもいわば『仮想』ゾンビよ。気をつけて…… だって」
「仮想って、どういう意味のつもりなんだケド」
「素直に考えれば、ウイルスとか毒物で作り出されたものじゃない、と言う意味かな?」
麗子は渡された紙に少し目を通す。
どうやら皇居で発見されてSNSに動画をアップされてしまっているようだ。
さらには皇居周辺を走っていたランナーに被害も出ている。
普通に考えるならそんなものは『仮想』ではない。物理的に存在するゾンビに思える。
それを『仮想』と呼ぶと言うことは……
「ま、考えるより見つけてしまえばはっきりわかるんだケド」
「そ、そうね」
二人が窓の外を見ると、一気に遠くの森に入ってきた錯覚に陥る。
どうやら車は赤坂御所に入ったようだった。
「ちょっと待って」
麗子が外を指さす。
かんなはそれを目で追うが、分からないようだ。
「車を止めてください」
「ここでは車を停められません」
「調査・撃退しろって依頼しておいて、その邪魔をするつもりなの?」
急ブレーキがかかって車が停まる。
「すぐに支度しろ」
黒いスーツの男達が急いで車を降りると、幾つも発煙等を炊いた。
高速道路で事故車が出た時のように光を反射する三角表示板を後方に出す。
「車道には出ないでください」
「車道?」
「とにかくその点は気をつけて」
首を傾げながらも麗子は車を降り、二人は御所の森に入っていく。
学校の制服のままの二人は、草木が体に当たって歩きづらそうだった。
それでも麗子が何か見た付近まで入っていくことができた。
「このあたりだったんだけど」
「イヤッ、ナンダけどっ!」
水が弾ける音と主に、かんながそう叫んだ。
「めちゃめちゃぬかるんでるんだケド」
「足元に気をつけてね」
「言うの遅いんだケド」
麗子は車の中から見た姿を思い出していた。
窓のスモークが強すぎる上、この辺りも日中なのにかなり暗い。
ここら辺に、星のついた帽子を被った兵士のような人影を見たのだ。
だが、動くものは何もない。
この森の中だ。隠れるところは幾つもあるだろう。
「麗子、靴が重くて歩け…… うわっ!」
今度は完全に転んでしまった音がした。
「かんな、大丈夫!?」
麗子は急いでかんなのところへ戻った。
「なんでこんな森の深いところにボンベ埋まっんだケド」
「ボンベ?」
麗子はかんなが足を乗せている金属の筒を見た。
「やめなさいよ、何か漏れ出てきたらどうすんの?」
「こいつのせいで制服が泥だらけなんだけど」
かんなはその筒を蹴ろうとした。
「爆発っ!」
麗子の声に、後方に引いた足をそのまま着地し、かんなは後ろに下がった。
「……するかもしれないでしょ」
麗子はかんなが躓いた筒にそっと触れ、表面の様子を確認した。
「かんな、ちょっとこれ見て」
筒の表面に模様が描かれていた。
赤や緑、黄色といった原色のラインが、幾何学的に重ねられている。
何かの記号というよりは……
「呪術的な何かを感じるんだケド」
「今、この場では霊的な何かは感じないけどね」
麗子はスマホを取り出すと、地中に埋まっている筒の様子を何枚か撮影した。
「麗子様、かんな様、終わりましたでしょうか? 要件が終わりましたら、お急ぎください」
「なんか呼んでるんだケド」
「戻りましょう」
二人は足元に注意しながら車の方へ戻っていった。