事件
アリスたち警察が『塹壕ゾンビ』について必死に捜査を続けている頃、再び皇居周辺で事件が起こった。
正確にはすでに起こっていた。
事件は行方不明の届出が受理されたことで発覚した。
行方不明になったのは、皇居周辺を走ることがある会社員の男だった。
その会社員は平山隼人という名だった。
平日、仕事が終わって電車で皇居周辺に来て走ったり、土日は主に日中、やはり皇居周辺を走るそうだ。
その会社員は単身赴任をしていたようで、月曜日になっても出社も連絡も取れない為、自宅を確認したが姿が見えないため会社が家族に連絡、家族も心あたりを調べるも行方がわからず、届出が出たものだった。
柴田は届け出の内容を見ながら、ボソリと言った。
「これを塹壕ゾンビによるものと考えるのは……」
「皇居、皇居周辺の監視カメラを確かめるわよ。特に金曜日のよる」
アリスがそう言うと柴田は慌てて支度を始めた。
アリスは柴田がついてくるのを振り返らずに独り言のように話しだす。
「あんた『ユキネェ』のSNSをチェックしてるわよね」
「言われた通りやってますよ」
「やってるなら、なぜこの件が『塹壕ゾンビ』と無関係だ、なんて言ったの?」
柴田はアリスに追いつきながら、最近の更新内容を思い出していた。
「何かありましたっけ?」
「何かありましたか、じゃないでしょう。塹壕ゾンビの発見日と『ユキネェ』の行動の関係を調べた?」
二人は駐車場を進んで車に乗り込む。
柴田は運転席、アリスはその後ろに座る。
「発見された日は必ず、出かけた投稿があるの。それもおしゃれなカフェ、とか豪華なレストランではなく、心霊スポットだの公園だの、人気のないところばかり」
「それがどう繋がるのかわからないですが」
「出かけた先で彼女が術をかけているのよ」
柴田の運転で車が走り出す。
「術とはなんですか?」
「人気のないところで、呪いの儀式をしているに違いない。その儀式で『塹壕ゾンビ』が起動するのよ」
「もしかして、皇居で調査で何か分かったんですか?」
柴田は興味深くルームミラーを覗くが、アリスは首を横にふる。
「まだ何も。私たちでは分からなかったから、除霊事務所に調べてもらっているところ」
「全くの憶測ですか?」
「あの消え方からして、それしかないから」
柴田はアリスに気づかれないようにため息をついた。
車は皇居に入っていき、宮内庁管轄の建物の近くに停まった。
「いきましょうか」
二人は車をおりて、建物に入っていく。
柴田がタブレットで地図を開いて、皇居周辺を走るランナーのコースと問題が起きそうな場所をピンチインして拡大してみせた。
「塹壕ゾンビが皇居側から出てくるのだとしたら、ここら辺でしょうか」
タブレットを受け取ったアリスは、地図を動かし、皇居の周囲を確認する。
「確かにこの周辺しかなさそうね」
宮内庁の職員が出てきて、皇居の周囲に配置した監視カメラの映像を見るため、監視室に案内される。
「このモニタを使ってください」
柴田が座ると、装置を操作して見たいカメラの番号を確認する。
「このカメラの映像を見ましょう」
「絞り込むのが早いわね。どうしてこのカメラなの?」
「皇居周辺を走るランナーは『反時計回り』で走ることになっているんです。この向きのカメラなら、ランナーの顔がわかるはずです」
柴田は自信あり気にそう答えた。
「まあ、ランナーの顔がわかっても、『塹壕ゾンビ』が同じ方向を向いているかは分からないでしょ」
「塹壕ゾンビの顔を確認する意味ありますか?」
「それもそうね。行方不明の会社員の顔写真は?」
タブレットを操作すると、その会社員の顔が映し出された。
金曜夜の映像を再生し始めると、そこには何十人、何百人と通過していく人の顔が現れた。
「平日の夜なのに、こんなに走っているのね」
帽子をかぶっていたりする為、行方不明の会社員が走っているかどうかを確認するまでかなり時間がかかった。
「いた! これ、平山さんじゃないですか?」
画像を拡大し、アリスも頷いた。
「じゃあ、ここから三十分ほど進めた辺りから探せば良いですね」
「一周してくるってこと?」
「調べましたから。速い人のペースはそれくらいです」
柴田がざっくり三十分ほど進めると、監視カメラの端にそれらしきランナーの姿が映った。
前周の時には別のランナーもいたのだが、今回はしばらくランナーが通っていない。
通りを進んでくると、手前に映っている草木が妙な揺れ方をする。
「何かいる」
アリスは画面を指さす。
「ビンゴですね」
行方不明になった会社員ランナーがくると、横から襲うようにその影が出てくる。
「止めて!」
カメラ側の揺れなのか、ノイズなのか、止めたタイミングが悪いのか画像が乱れていた。
柴田は首を傾げる。
「この機種はデジタルだから静止状態だからといって、こんな乱れ方をするのはおかしい。これじゃまるでアナログ記録しているみたいだ」
アリスは乱れた画像を眺めがら、何か考えているようだった。
しばらく同じ画像を見た後、言った。
「先を見てみましょう」
柴田が画像を先に進めると、平山は足を引っ掛けられたようにつまづき、転んだ。
「わっ、何!?」
草木の影から、一度に複数の人数が飛び出してきて、倒れた平山をその草木の影に引き入れた。
柴田が画像を前後に送り、はっきり見えるところを探るが、やはりさっきから同じように画像が乱れている。
そして数秒後の映像は急にクリアになるとともに、草木の揺れも何も異常のない状況になってしまった。
「これでわかったことがあるわ。あの謎の影が『塹壕ゾンビ』だとして、このゾンビはウィルスではなく、『呪い』によるものようね」
「そんなことがわかるんですか」
アリスは立ち上がる。
「あなたはこのまま宮内庁と調整して、この場所周辺に入る手続きをして、捜索にあたって。私はちょっと別の方向から捜査する」
監視室を出ようとするアリスに、宮内庁の職員が呼び止める。
「すみません、アリス刑事」
「……皇居内の捜索ならこちらの柴田に」
「もう一件、事件がありまして」
アリスはそのただならぬ雰囲気を感じ取った。
二人だけで小さな会議室に入ると、職員が口を開いた。
「すみません。赤坂御所の仮住まいに残り、お一人で暮らしている内親王様の件で」
「ああ、駆け落ちした姉をもつ『妹』さんね」
職員は苦笑いしながら、頷いた。
「どうやら、先ほど見ていらした画像と同じ日の晩、内親王も赤坂御所内で『ゾンビ』と遭遇したそうです」
「だから?」
「霊能課の者ですぐに調べて欲しいと」
アリスはため息をついた。
「あいにく警察はそんな暇じゃ……」
「では、以前、内親王の力を借りにきた、この方二人に連絡つきませんか。どちらかというと内親王はそちらをお望みのようです」
宮内庁職員は二人のJKの画像を見せる。
そこには知っている顔が映っていた。
アリスは思いだした。
アリスが無限に繰り返す『時のループ』に入り込んでしまった時、ある除霊事務所のバイトの二人が、皇族と彼らのもつ神器の力を借りて私に連絡してきたのだ。
「それでしたら、すぐに都合がつくよう調整します」