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拡散

 柴田(しばた)たちが皇居の探査を終えて、一週間ほど経った頃だった。

 都内の大学で始まったデモが、社会人を巻き込み大きくなっていた。

 今日は国会前を通り過ぎるようなコースで、デモ行進が行われる予定だった。

 柴田から話を聞いて、申請内容を閲覧したアリスは立ち上がった。

 金髪、黒いリボンに青いワンピース。白いエプロンをつけた彼女は少々背が高すぎるが、(伏せ字)ィズニーから抜け出てきたような『不思議の国のアリス』そのものだった。

 そう。彼女は勤務中だろうが、勤務外だろうが、常にこの格好なのだ。

「ちょっとデモ行進を見学してこようかしら」

 アリスは自分の言った言葉を聞き流している柴田の耳を引っ張る。

「イテテテ」

「ほら、あんたもよ」

「な、なんでですか?」

「塹壕ゾンビを仕掛けた関係者が、一緒に行進しているかもしれないでしょ?」

 驚いた柴田に、アリスは事情を説明する。

 柴田たちが皇居で塹壕ゾンビに襲われた晩、都内の別の場所で塹壕ゾンビが映像として捉えられていた。

 その映像はしっかりSNSで拡散され、ソンビ信仰者の中で大きな盛り上がりを見せていた。

 ネットの特性かそういう同じ指向を持った者にしか認知されないことが、返って幸いしていた。もしこれがマスコミを通じて公開され、一般と呼ばれる人々に本当に『ゾンビ』がいると思われてしまったら、社会に大混乱が生じてしまうだろう。

 アリスはそうならないうちにこのゾンビの案件を解決するという特命を受けていたのだ。

「今のところ自衛隊の情報部隊が、理性的に『ゾンビ』を否定するようにネットを誘導しているからいいけど、そんなこと何日も続けられないからね。急いでゾンビの件を収めないと」

「何か手掛かりはあるんですか?」

「それを探しに行くんでしょ」

 アリスと柴田は歩いて国会議事堂まで移動した。

「……私もその『ユキネェ』は会ってみたいと思ってたの」

「けど、書いていることは支離滅裂ですよ」

「それは関係ないわ。彼女、デモに参加すると書いてあったし、ネットの中を見渡して、今、この状況を一番楽しんでいる女性(ひと)に違いない」

 アリスが国会議事堂前に来ると、警備にあたっている警官が敬礼する。

 アリスは照れたように笑って軽く手を振りかえす。

 議事堂を見にきた観光客がそのやり取りを不思議そうに見つめていた。

 警察官が先導する中、デモ行進が進んでくる。

「ほら、来たわよ」

 柴田は言われた方を振り返った。

『アメリカは不発弾の処理費を支払え』

『東京を爆撃したのは条約違反』

『米軍は不発弾を持って帰れ』

 練り歩いていくデモのメンバーが、柴田に一枚のチラシを手渡した。

 柴田は軽く目を通す。

 不発弾。

 彼らは『塹壕ゾンビ』は『不発弾』に入っていた『ゾンビウィルス』によるものだというのだ。

 最近の異常気象のせいで今になって特殊な『不発弾』が開きウィルスが拡散したのだという。

 最悪なのがゾンビウィルスであって、現代日本に蔓延する病気のほとんどがこの『不発弾』に仕込まれたものだと結論づけている。

「めちゃくちゃだな」

 ボソリというと、聞こえてしまったのかデモ行進の数名が柴田を睨みつける。

「不思議の国のアリス!」

「ステキ、写真撮らせてください」

 デモから外れてきた男女数名が、アリスとスマホで写真を取っている。

 アリスはニコニコしながら写真に応じると、デモに戻っていく人たちに訊ねる。

「『ユキネェ』って人はどちらかしら?」

「僕たちも知らないんですよ」

 だが、デモから外れてアリスと写真を撮りたがる連中は後を絶たない。

 写真を撮る度に、同じ質問を繰り返していた。

「ああ、『ユキネェ』は確か……」

 その男が指差した先には、左右分けておさげ髪をして、白いブラウスの上に白と青のギンガムチェックのオーバーオールを着ている女性が見えた。

「オズの魔法使い?」

 アリスは『ドロシー』というところまでは口にしなかったが、それはわかると思ったからだった。

「そ、そうなんですかね?」

 よく見ると横にダンボールで作ったブリキの体に見せるものを身につけ、『アメリカは不発弾の処理費を支払え』と書かれた紙を貼り付けている男と、ワラで出来た服を頭から被り、カカシのような姿の男が立っていた。

 カカシのような男は(わら)の衣装の上にビブスをつけ、ビブスに『米軍は不発弾を持って帰れ』と書いた布をつけていた。

 ドロシーである『ユキネェ』はマイクとスピーカーが分離したタイプのものを持ち、時折、合いの手を入れるような感じにデモを煽動している。

 四角いマイクを持った手が下がると、歩道側にいるアリスと道路をデモ行進する彼女の目が合った。

「!」

 アリスの体に、奇妙な感覚が走った。

 彼女とアリスの間に何か、共通点があるに違いない。

 完全な直感ではあるが、そう思った。

 霊能課の刑事であるアリスは、先の皇居内でトランプを使ってゾンビを追い詰めたように、霊力を持っていた。

 そして、捜査に協力してくれる除霊事務所の人間など、霊力を持った人物に関わる機会がよくある。

 容疑者にもそういった人物がいるわけで、なんとなく相手が同類なのか、つまり霊力を使う人物なのかが分かるようになっていた。

 霊力を持っている人物だからと言って、全員が全員犯人ではないし、容疑者でもないわけだが、SNSの言動から目をつけていた者が、霊力まで持っているとなると話は別だった。

 デモが通り過ぎると、柴田が声をかけてきた

「どうしたんですか?」

「デモが解散するのは日比谷公園だったかしら」

「ああ、確かそうでしたね」

 アリスはデモの最後尾を指さした。

 そして二人は、デモの警官と話しながら、後ろについて歩いていく。

 デモの列がゾロゾロと日比谷公園に入っていくと、先頭にいた警官とアリスたちといた警官が話し合った。

「おい、交通整理はこれでいいとして、公園内で騒ぎを起こさないか確認するか?」

「公園での集会の申請はないからな。騒がれるとまずい」

 アリスが口を挟む。

「公園内の様子は私と柴田でそれとなく確認するから」

 制服の警官は面倒ごとが一つ減ったという感じに安堵した。

「何かあったらすぐ呼んでください」

「ええ」

 アリスは集団が散らばっていくのを見ながら『オズの魔法使い』のドロシーの格好をした女を探した。

「公園での集会はありませんよ。ここで散会です。おつかれさまでした」

「おつかれさま」

「ここで散会です」

 それぞれに別れていくデモの面々の中で、アリスは拡声器を片付けているドロシーを見つけた。

 そして一直線に公園の中を進んでいく。

 散会しているデモの連中が出鱈目に行き交う中、ドロシー、つまり『ユキネェ』と呼ばれる女性に向かって進んでいった。

 彼女の目の前に立つと、ユキネェは初めて視線に気づいたかのように言った。

「あの、どちらさまですか?」

「見ての通り、アリスです。あなた、ドロシーですよね?」

「えっ、この格好のこと?」

 両手でシャツやワンピースをつまんでみせた。

「だって、カカシもブリキ男も、えっと……」

「ああ、ライオンはいませんよ」

 ユキネェは見回すようなフリをして、そう言った。

「ライオンは…… 欠番なんです。理由は聞かないでください。それで『アリス』さんがどんなご用件ですか?」

「写真を撮らせてください」

「ええ、いいですよ。呼びますか?」

 ユキネェは小走りでカカシとブリキ男が立っている場所に移動した。

 聞こえないように話しているつもりらしかったが、アリスにはその声が聞こえてきた。

「あいつ、警察官ですよ」

「平気よ。令状があるとか、職務質問ではないのだから」

「けど」

「ねぇ。まるでやましいことをしてるみたいな態度を取らないの」

 アリスの視線に気づいたのか、ユキネェは微笑み返してきた。

「今行きますね」

 藁で出来た衣装をつけた男が『米運は不発弾を持って帰れ』の札をつけ、ブリキ男が『アメリカは不発弾の処理費を支払え』を札をつけて、ドロシーの左右に並んだ。

「あれ? 一緒に写らないんですか?」

「私にライオンをやれと?」

「そうではないですが、てっきり一緒に撮るもんだと思ってました」

 アリスはスマホを構えて、写真を撮った。

「ユキネェさん。この団体、やけに不発弾に絡むんですね。不発弾に何か恨みでもあったんですか?」

「いいえ、特にはないですけど。不発弾って、今だに通行止めだとか、一時退去だとか、見つけるたびに大損害になってるわけです。処理だって、私たちの税金を使っているわけですし」

 アリスは言う。

「それだけじゃないでしょう? あなたどこかで不発弾を見つけてるんじゃないですか。結構具体的なことが書いてありましたから」

「見つけたら通報してますよ。SNSに書いてることは、米国の文献や噂を調べてわかったんです」

「へぇ…… もし本当に文献に書いてあったら、それは国家機密に相当するような内容ですし。それにアクセス出来たなんてにわかに信じがたい」

 ユキネェは両手をお腹の高さに下げて、拳を握り込んだ。

「何が言いたいんです」

「何か隠しているということですよ」

 ユキネェが完全に怒った表情に変わると、ブリキ男が言った。

「あなた、わざと怒らせようとしている」

 それに続けて、カカシが言う。

「あの。これって職務質問なんですか?」

「いいえ、どちらも違うわ」

「では、答える義務はないですね」

 カカシがユキネェの手をとり、公園の出口へと連れ出した。

「あ、待って、まだ聞きたいことが」

「二人とも、早く行って」

 ブリキ男がアリスの目の前を横切るように割り込んでくる。

「ちょっと、邪魔しないで」

「職務質問じゃないなら、公務執行妨害ではないですよね」

 アリスがブリキ男を避けて公園の外を見る。

 二人は、帰っていくデモの人波に紛れ、すでに見えなくなっていた。




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