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教団の目的

 右足と左手が再生中の泥人形(ゴーレム)は、顔に取り付いている麗子(れいこ)を叩き潰そうと、右拳を自らの顔に向けて振り込んだ。

「麗子、後ろ!!」

 泥人形(ゴーレム)と距離をとっていた永江(ながえ)所長は、必死で叫んだ。

「避けて!」

 泥人形(ゴーレム)の頭に乗っている雪音からは、麗子は死角になって見えない。

 右の拳が自らの顔面に当たって止まった。

 少なくとも周囲からはそう見えた。

 麗子がどこかに避けた様子もない。

「麗子……」

 エミリーを連れて処理場の端まで上りつめた橋口も、泥人形が自らの顔に拳をぶつけた瞬間を見てしまった。

「……」

 泥人形(ゴーレム)はピタリと止まったまま動かない。

 橋口は泥人形(ゴーレム)にバラ鞭を叩きつけたかったが、エミリーを守る使命がある。彼女の側を離れるわけにはいかなかった。

「麗子!」

 橋口の悲鳴のような叫びが処理場に響く。

 永江は一周回って冷静になっていた。

 麗子が潰されたのなら、泥人形(ゴーレム)の右手の下に、彼女の血が流れ落ちるに違いない。

 だが、そういった麗子が潰された場合に起こり得ることが何も発生していない。

 もしかしたら……

 頭の上に乗っている雪音も、この状況がおかしいことに気づいた。

「右手を外しなさい!」

 雪音は泥人形(ゴーレム)に命じるが、全く動かない。

 再生していくはずの左手も、止まった状態で変化なかった。

「まさか」

 雪音は泥人形(ゴーレム)の右腕に飛び降りた。

 腕を歩き、顔に近づいていくと麗子の後ろ姿を確認した。

 彼女は泥人形(ゴーレム)の右拳と額の間に挟まれていて、動かない。

 さらに近づくと、麗子が体を捻って振り返った。

「残念だったわね」

 雪音は麗子の後ろ、泥人形(ゴーレム)の額に書かれた文字を確認した。

 歪な『土』の字に縦線が書き加えられ、『止』と読める状態になっていた。

「このまま首を締めて殺してあげる」

 雪音は泥人形(ゴーレム)の上を走った。

 突然、泥人形(ゴーレム)はただの土砂へと変わった。

 形を維持できなくなってしまうと、雪音は泥人形(ゴーレム)に足を取られ、土砂と一緒に落ちていく。

 麗子自身も、時間差はあったものの、同じように土砂と共に落ちていった。

『麗子!』

 永江所長と橋口の声が、処理場に響き渡った。

 しかしすぐに泥人形(ゴーレム)が潰れた反動で、吹き上がった土煙りにより互いの顔もわからなくなってしまった。



 橋口とエミリー、永江所長は、土煙りが舞う中、不発弾処理場から脱出した。

 『大国に不発弾処理費用を負担させる会』の会員たちはすでに処理場の近くからいなくなっていた。

 案山(あんやま)鉄葉(てつは)はいたが、エミリーの姿を見ても、何も反応がなかった。二人はただ並んで座り、処理場の方を見つめていた。

「所長、エミリーを見ていて欲しいんだケド」

「待って」

 橋口は所長に腕を掴まれた。

 所長の視線の先を見ると、その先に不発弾処理場に向かってくる派手な格好の女性がいた。

 その女性は水色のワンピースに、白いエプロン。ブロンドの髪に、黒いヘアバンドをしている。

 橋口は、所長の手を振りほどいてその女性に駆け寄った。

 女性は言った。

「かんなちゃん、エミリーを助けてくれたのね」

「そんなことより、麗子が行方不明になったんだケド」

「麗子ちゃんが?」

 橋口は不発弾処理場を指さした。

「雪音が大きな泥人形(ゴーレム)を作り出して」

「雪音は?」

「二人とも泥人形(ゴーレム)の土砂の中に……」

 アリスはしゃがみ込んでしまった橋口の肩に手を置くと言った。

「かんなちゃんは、ここで待っているのよ」

 彼女はそのまま処理場に向かって走り出した。

 処理場に入ると、そこはまだ舞っている土煙りで数メートル先もよく見えない状態だった。

「これが雪音が作り出した泥人形(ゴーレム)の土だとしたら、もしかして」

 アリスはポケットに手を突っ込み、トランプの箱を取り出した。

 指で弾くように叩くと、蓋が開き、カードが一枚浮き上がってきた。

「この土煙りを消して」

 カードは後ろを振り返るように捻った後、再びアリスの方を向いた。

 アリスはカードが言いたいことを感じると、確認する為に言葉にした。

「土煙りは消せない、ということ? じゃあ、何なら消せるの?」

 カードはフワリと飛びあがり、下に向いた。

 どうやら処理場の底を見ているようだった。

 カードはアリスの手元に戻ってきた。

 アリスは確認の為に、声に出してみる。

「底にいる何かがこの土煙りを噴き上げ続けているのね? じゃあ、それを浄化して」

 カードはアリスの手にある箱に近づくと、箱を叩いた。

 叩いただけカードが飛び出してきて、最初のカードの正面に列を作った。

 カードは一斉に納得したように頷くと、真上に飛び上がり散らばった。

 中央に位置したカードが土煙りが上がる底へ突っ込んでいくと、散らばったカードたちも同じ処理場の『底』を目指して消えていった。

 アリスは処理場に開けられた大きな穴を見て思う。

 教団の目的はここじゃない。

 教団の目的は、あの『平山(ひらやま)』から聞き出した場所にあるモノだ。

 だからこの処理場をここまで深く掘る必要はないはずだ。

 ここは完全に(おとり)にされている。

 アリスの目に、カードたちが見ている風景が映った。

 小さな人の形をした、砂つぶの影。

 粒と粒の間は目に見えるほど間隔が開いている。

 元は泥人形(ゴーレム)だったと思われる、そのぼんやりした砂つぶの集合体は、くるくると指を回している。

 このゴーレムの出来損ないが、ここ一帯に舞っている土煙りをコントロールしているのだ。カードは土煙りの流れに逆らいながら、砂つぶの影にぶつかっていった。

 カードは、表面触れた砂つぶを、一つ一つ浄化していく。

 砂つぶが多く、浄化しきれなくなったカードは、激しく光り輝くと消えていく。

 砂つぶが少なくなってくると、空間に舞っている土煙りが収まってきた。

「そろそろ、底が見えるはず」

 アリスはそう言うと、処理場の底へ下り始めた。

 小さくなっていく元ゴーレムの砂つぶが、最後のカードと一緒に消えていく。

 ほぼ収まった土煙りの中に下り、アリスは周囲を見回す。

 しかし、麗子も雪音も見つけることができなかった。

「まさか埋まっている?」

 アリスは地面に手を当て、意識を広げる。

 麗子も雪音も、とても強い霊力を持っている。どれだけの土砂の下にいるかはわからないが、アリスにはこの場で感じることができるはずだった。

「いないんだわ……」

 あの土煙りに紛れて、二人はどこか別の場所に移動したのだ。

 誰が、どうやって移動させたのか…… は、わからない。

 そして今、どこにいるのか。

 途方に暮れるアリスは、空を見上げた。




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