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エミリー救出1

 麗子(れいこ)橋口(はしぐち)は手足を縄で縛られて、不発弾処理現場の掘り進んだ所の端に転がされていた。

 周囲にはゾンビが立っていて、縄が解けても簡単には抜け出せない。

 エミリーは足に重りをつけられ、スコップで地面を掘る作業をさせられていた。

 彼ら『大国に不発弾処理費用を負担させる会』にとって、エミリーに一番やらせたかったことのようだった。

 カカシこと案山(あんやま)、ブリキの木こりこと鉄葉(てつは)、そして主役ドロシーとしての雪音(ゆきね)の三人は、処理場の螺旋の坂の中腹付近に立って、全体の状況を眺めていた。

 そして永江(ながえ)所長も、鉄葉が握る鎖に縛れたまま三人と一緒の場所にいた。

 沈黙を破って、鉄葉が言う。

「雪音。この場所、すでに不発弾は取り除かれているはずだけど、今、一体何を掘らされているんだ?」

「……」

 雪音が答えられないでいると、案山が言う。

「バカは考えるな」

「本当のバカに、何を言われても感じないな」

「なんだって!?」

 殴りかかるように手をあげた案山の腕を、雪音の右手が抑え、距離を縮めようと迫ってくる鉄葉の肩に左手を置いた。

「二人とも、やめなさい」

 案山は冷静な様子の鉄葉に向かって言った。

「お前こそ、こういう時、どうしていいか分からないんだろう?」

「……」

 モヤモヤした思いが鉄葉の表情に現れた。

 彼は感情が湧いてこないというか、どう表現していいのか分からないのだ。

 その時、誰かのスマホが鳴った。

「何か連絡あった?」

 雪音が言うと、鉄葉が素早くスマホを開いて確認した。

「まだ掘れって」

「まだ掘れ…… って何が出るというの?」

 雪音は掘り進んだ底を見つめながらそう言った。

 案山もスマホを見ながらつけ加えた。

「あと、十分(じっぷん)掘って、何も出なければ、処理場から退避しろって」

「……やっぱりここは何も出ないのね」

 雪音は思った。おそらく、この場所(われわれ)(おとり)なのだ。そうでなければこんな適当な指令になるはずがない。

 そして鉄葉の前で苦しそうにしている永江の顔を見た。

 この人が言った通り、私は能力を買われて教団に『嵌め込まれた』だけなのかもしれない。

「やるだけやってやる」

 雪音は鉄葉たちに聞こえないぐらいの声でそう言うと、手をあげた。

「作業を止めろ」

 底で作業をしていた者が一斉に手を止め、口を閉じ、彼女に注目した。

「そこの大国の者。前へ」

 エミリーは周りの男たちに引っ張り出され、底の真ん中で(ひざまず)いた。

「謝罪するのだ。ここにいる一人一人に。頭をつけて」

 案山が小さな声で言う。

「(おい、掘るのを止めさせていいのか?)」

 鉄葉が言う。

「(バカは黙ってろ)」

 案山は拳を握りこむが、必死に耐えた。

 底の人々は、自然と列をなした。

 エミリーの前に立つと、エミリーの後ろに立っていた男が頭を手で押し下げた。

「何ヲスル!」

「謝ればいいんだよ!」

 頭を下げまいと抵抗すると、エミリーは頬を叩かれた。

「!」

 地面におでこがつくまで押し付けられると、前にいた人間が入れ替わった。

 するとまた後ろの男が強引に手で後頭部を押さえてきて、地面に頭をつける。

 繰り返し繰り返し、頭を地面につけていると、エミリーは頭を上げなくなった。

「頭を上げないなら、より深く頭を下げてもらおうか」

 エミリーの前にたった男は、そう言うと躊躇(ためら)いもなく彼女の頭を踏みつけた。

「大国の女め。俺たちに掘るだけ掘らさせて、爆弾の外殻だけ持って帰ろうなんて」

 頭を強くねじ込まれ、彼女はうめき声をあげた。

 男がようやく足を外すと、エミリーは男の足を取って、ひっくり返してやろうと試みた。

「クソ女!」

 足を持たれたまま、男は彼女に向かって強く蹴り込む。

 エミリーの目論見は外れ、逆に強く胸を蹴られて、仰向けに倒れてしまった。

 彼女の額には血が滲んでいた。

 そしてその顔は屈辱の涙と押し付けられた地面の土でぐちゃぐちゃになっている。

(ひど)い」

 麗子は囲まれたゾンビの隙間から、エミリーがされた仕打ちを見ていた。

「いくら大国が憎いって言っても、こんなことする必要はないじゃない」

 すると橋口が麗子の顔を見つめた。

「麗子、私たち、手足は縛られて、ゾンビに囲まれてるけど、自由なところもあるんだケド」

「?」

「それは口なんだケド」

 麗子は地面をじっと見た。

 確かに口は自由になっている。だが叫んだからといって誰かが助けてくれるわけではない。橋口は何を言いたいのか。

 式神? やれるとしたらそんなことだろう。カバンから抜け出てこれるようなタイプの式神を作れれば……

「!」

 橋口の手を縛る縄が解けていることに、麗子は気がついた。

 彼女は敵に気が付かれないように腕を後ろに回しているが、右手には安全剃刀が握られている。

 今度は背中で隠しながら、足を縛っている縄を切ろうとしていた。

 確か、橋口が作る式神は『蛇』だ。

 そうか。カバンの中の紙を、式神に変える。カバンの中で発生した蛇が、カバンのなからカミソリを咥えて出てきたのだろう。

 手足が自由になった後は、この塹壕ゾンビたちを一掃できればいいのだが。

 麗子は赤坂御所で橋口がゾンビを消し去った時のことを思い出した。

 普通に除去できないゾンビから不浄な霊力を吸収し、彼女の持つ霊力で打ち消したのだ。

 あの時は御所の強い霊場から『清冽(せいれつ)な霊力』を過吸収してしまい、橋口はハイパー化してしまった。

 ハイパー化しなかったとしたら、逆にゾンビの霊力を打ち消す為に、彼女の霊力を使い切ってしまい瀕死になっただろう。

 ここは御所とは違い、場の霊力が弱い。

 ハイパー化する危険はないが、不浄な霊力を多量に吸収することは橋口の命に関わる。

「(かんな、この前のやり方はダメよ)」

「……」

 橋口は黙っていろと言わんばかりに麗子を睨みつけた。

「!」

 麗子は左右を見回した。

 今、塹壕ゾンビが消えたような気がしたからだ。

 ゾンビはじっとしておらず、ゆらゆらと揺れている。

 そのせいもあって、消えた瞬間をはっきり見ていない麗子には、本当に消えたのかどうかが分からなかった。

「(待って!)」

 麗子は体をぶつけて、橋口がバラ鞭を取り出すのを止めさせる。

「(見て、ゾンビが消えていってる。どこかでアリス刑事が戦っているのよ)」

 橋口は懐のバラ鞭に手をかけたまま、周囲のゾンビの様子をうかがう。

 ゆらりと揺れた絶妙なタイミングで、姿を消した。

「(シンクロしているから、どこかで浄化すればゾンビは消える)」

 橋口はバラ鞭から手を離し、再び剃刀を手にした。

 そして麗子の手足を縛っている縄を切り始める。

「(こんなのすぐバレるから、ある程度減ったタイミングを計ってエミリーを救いに行くんだケド)」

 麗子は頷いた。




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