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捜査の基本

 有栖(ありす)アリスはモノレールに乗って関東ローム大に向かっていた。

 それは大学の職員が通報したことがきっかけだった。



 警視庁の霊能課の席で、柴田(しばた)が電話で連絡を受けていた。

 現場の警察官と話をしているらしい。

「そうか、分かった。確かめにいく」

 さらにいくつか確認をすると、柴田は電話を切った。

 柴田は有栖に顔を向けると言った。

「行方不明になっている平山らしき人物を発見したと連絡がありました。今から確かめに行きます」

 不思議の国のアリスのような服装をした女性が答えます。

「平山って、誰だっけ」

「えっと、塹壕ゾンビに連れ去られたのではないか、と考えられていた被害者です」

 柴田は立ち上がって外に出る準備をした。

「……待って、私も行く」

「念のためもう一度言いますが、平山らしき(・・・)人物ですよ?」

「どう言うこと?」

 柴田は言う。

「本人の記憶がないそうです。身分証の類もなくて、今のところ服装と顔つきで判断しているだけです」

「なら、余計に私が行った方がいい」

 アリスも立ち上がると、出かける準備をした。

「それと、車だと時間かかりすぎるので、電車で行きますよ?」

「別にそんなのどうでもいいわよ」



 アリスは、完全に柴田に騙された、と思った。

 乗っているのは『電車』ではなく(・・・・)モノレールだったからだ。

 一般的な単語として電車の中に含まれるのかも知れないが…… この乗り物はどうしてこんなにゆっくり(・・・・)走るのだろう。

 アリスは、内心イライラしながら腕を組み、車両の戸口近くに立ち、外を睨みつけていた。

「柴田。なぜ、ローム大で見つかったと思う?」

「彼女がローム大ですからね」

 柴田は言い終えると、アリスに顔を向けた。

「ローム大って、教団が創設した大学よ」

「やっぱり彼女の団体は、教団が支援をしてるんですかね」

「その裏をとるのよ」

 柴田は頷いた。

 モノレールは進み、ローム大の駅に着いた。

 二人は下りると、ゆっくり駅からでた。

「ここ本当に都下なの?」

「何を言っているんですか。都下ですよ。ずっと山の方まで都下です」

「大学は?」

 柴田は周囲を見回して、看板を見つける。

「こっちです」

 大学まで行くと、今度はそこから柴田の知り合いが平山らしき人物といる場所まで歩いて行く。

 整備はされているが、山の中に作ったせいか道には階段や坂が多く存在する。

「なんで車で来なかったの……」

「車の話は、最初に言ったじゃないですか」

 二人は息を切らしながら、大学の広場に着いた。

「柴田刑事、こっちです!」

 二人が制服の警官に近づいていくと、後ろのベンチに呆然と座っている男がいた。

 真っ黒いスパッツと、カラフルなジョギングパンツ。上も薄手の黒のアンダーウェアに蛍光色のシャツを着ていた。失踪時の平山の服装と一致する。

「あの、ちょっとお尋ねしたいのですが」

「えっ? 服を着たウサギは見ませんでしたよ」

 ランニングウェアを着た男は、そう言うと笑顔を見せた。

 アリスは自分の格好を確認してから、ポケットに手を突っ込み、手帳を取り出した。

「こんな格好ですが、警察官なんです」

「……先ほどからそちらの制服の方に説明している通りです」

「失礼」

 アリスは平山と思われる人物の頭に両手を置いた。



 粉雪が完全に真横から飛んでくる。

 踏みしめている大地の感覚はない。

 まるで雪の川の中に浮いているようだった。

 アリスは雪の中から上がり、上からその流れを眺めている。

 どうして体が浮くのかわからない。

 眼下で流れ、去っていく雪の中に、時折、光る雪があった。

 アリスは、タイミングよく手を伸ばしてその『光る雪』をすくう。

 固く、冷たい雪は彼女の手のひらの上でも、溶けることはない。

 そっと右手を合わせると、光る雪は川のように流れる雪の上に、映像を映し出した。

 皇居近くで走る前のストレッチをしている。

 スマホやスマートウォッチの画面など、見渡す限り、彼を平山だと示すような情報はない。

 しかし、アリスには彼が『平山』だと感じられた。

 なぜなら、これは単純な記録映像の再現ではないからだ。

 人の心にアクセスして取り出された当時の様子。

 当時、彼は間違いなく『平山』だったのだ。

 彼はストレッチを終えると、皇居を走り始めた。

 一周目は何もなく、二周目を半分ほど進んだところだった。

 周りを走る人が居なくなったと思った瞬間、前に人影が現れた。

 その人影の動きはどこか(いびつ)で、正常さが失われている。

 人影を避ける方へコースを取って進むと、近づくにつれ姿がはっきり見えてきた。

『ゾンビ?』

 常識的な人間として『ゾンビ』は絵空事だと認識しているはずだが、彼は最近ネットで見た記事にある『塹壕ゾンビ』の話を思い出す。

 完全に前を塞がれて、後ろを振り返ると、そこにも現れた。

『助けてくれ!』

 平山は叫んだ。

 彼の脳裏にどう焼き付いたかはわからないが、その様子を見る限り彼を捕まえているのは仮装した(・・・・)人間であり『塹壕ゾンビ』ではない。

 だが今、アリスが客観視する限り、彼の目にも『仮装』として映っていた。

 ただ、行動が普通ではない。

 ゾンビの格好をしていようが、いまいが、自分に危害を与えようとする者からは逃げなければならない。

 マラソンをしている平山は、その運動能力を使って振り切ろうとする。

 だが、避けた先にいたゾンビに足をかけられ、転んでしまうと、あっさり捕まってしまった。

 袋を被せられ、前後が見ない状態で暴れる。

 持ち上げられ、そのまま揺れる床に落とされた。

 アリスは彼の体が感じる感覚から、落とされた先は、車の荷台かトランクのようなところだと感じた。



 アリスは一度、男の精神世界から抜け出した。

「この人、平山で間違いないわ」

「何が見えたんですか?」

「ゾンビの格好をした『人間』に連れさられる平山さんの光景が見えた」

 なぜ、この人を捕まえなければならなかったのか。

 アリスは続ける。

「きっかけは家族からの捜索願いだったし、たまたま塹壕ゾンビに出合わせたせいで連れ去られたように考えていたけど、それ自体、間違えだったのかも」

 連れ去られた時の映像は、呪いで歪んでいた。

 だから連れさったものが塹壕ゾンビだろう、という推測をしていた。

 だが、実際はあまりに作り物風であったために、監視カメラに残らないよう細工をしたのだろう。

 アリスは平山の記憶をみて、そう判断した。

「どう言うことですか? 平山さんは狙われていたと言うことですか?」

「そう。何か平山さんだけが知りえる重要なことがあるはず。至急依頼して」

 柴田は頷くと、電話(スマホ)を取り出した。

 アリスは再び平山の頭に手を置いた。



 薄暗い地下室。

 見上げると腕は鎖で縛られ、頭上から冷たい水が流れ落ちている。

 寒いと言うレベルではなく、冷たい水と鎖で腕の感覚がなくなってきていた。

『場所をいえば済ことだ』

 平山は明らかに拷問を受けている。

 両手に持ったパッドを押し当てられると、平山の体は流れる電気と苦痛で痙攣した。

 アリスはまるで自身が受けたかのようなに、生ましい痛みを感じる。

 自分が受けているのではない、と言い聞かせながら必死に歯を食いしばる。

『早く喋っちまえ。誰も助けには来ないぞ』

 どんなタフな男でも、これを続けられたら耐えられないだろう。

 何を守ろうとして、平山はこの苦痛に耐えているのか。

『死にたいのか!』



「……」

 アリスは、平山から手を離していた。

 送られてくる苦痛の情報に耐えられなくなったのだ。

「彼が何を知っていて、何を話してしまったのか……」

「アリス巡査、どうしたんですか?」

「私が、彼の受けた拷問を受け止めきれなくなってしまったの」

 アリスの両手は震えていた。

「それ相当の秘密を知っていないと割に合わないわ」

 アリスの様子を見て、柴田は息を呑むように頷いた。




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