フリーズ
駅を降りると橋口と麗子はある場所、不発弾が見つかった中の一つにあたる場所へと向かっていた。
「アリス刑事は?」
「来ないんだケド」
「ちゃんと内容伝えた?」
橋口はむくれた。
「当たり前なんだケド。アリスが来ないのは、警察が動いているのがバレたら人質の命に関わるって理由なんだケド」
「……私たちだけでやれるのかな」
「どのみち、やるしか無いんだケド」
数十分前、二人は教団理事会メンバーを待ち伏せていた。麗子はやってきた理事会メンバーの一人に命令をかけて、教団が一番重要視している不発弾の場所を聞き出したのだ。
そして今、そこへ向かっている。
「エミリーがいるといいけど」
「一番、やばいところに人質を連れていかないと、最悪の事態に対応できないんだから、間違い無くいるはずなんだケド」
橋口が言うのももっともだった。
一番、来てほしくない、最も重要な場所に人質配しておかないと、他の場所に置いていた人質を奪い返されたりした場合、重要な場所が無防備になってしまう。
「それと目的を果たすまでは、絶対に人質は殺さないんだケド」
だが、麗子たちには教団の目的はわからない。
それと表向きは『不発弾処理費用を大国に負担させる会』が誘拐したと言うことで犯行声明を出している。だから麗子たちがうまくエミリーを見つけ、犯人を特定したとしても、教団は関与していないと言う態度を貫いてくるだろう。実際は教団が絡んで組織的に動いているのに、だ。
「麗子、これは無駄なことをしているわけじゃないんだケド」
「……うん。そうだよね」
スマホの地図を見ると、問題の不発弾処理の場所に近づいていた。
都心の公園の中で見つかったものだった。
二人は歩いていると交差点の角に立って、人待ち顔で周囲を確認している男を見つけた。
それとなく男の胸元を見ると、スーツの上着に『教団』のバッジが付いていた。
「かんな、あの人」
「そろそろ、あっちの道に回った方が良さそうなんだケド」
橋口はオフィス街に向かう道を示した。
麗子は頷くと、二人はまるでこれから集まって勉強でもするような会話をしながら、交差点を曲がっていく。
「私たちって、教団に顔を知られているわけじゃ無いのかしら」
「施設で捕まったのは、式神検知で引っかかったからなんだケド」
「顔バレ全開状態じゃなくて助かったわ」
だが、施設に侵入した時と同じように罠の可能性もある。と麗子は思った。
周囲に行動を察知されないように行動するべきだ。
二人は、追跡されていないかをそれとなく確認しながら、不発弾処理の場所へと近づいていく。
向かっている公園の中の不発弾処理現場は、教団が一番人数を導入した場所だ。
何も無いわけがない、二人は確信していた。
いきなり前の視界が開けたため、橋口は足を止めると静かに道端によけた。
麗子も橋口の後ろから、彼女の頭越しに不発弾処理現場を見つめた。
囲いを開け閉めして、人が頻繁に出入りしている。
「なんだろう。出入りする人達、みんなマスクしてる」
人質をそこに隠しているのなら全員が共犯だし、顔を隠す目的もあるだろう。
あるいは単純に人が沢山いるから感染症予防ということも考えられる。
「全身の汚れも気になるんだケド」
足元だけでなく、顔にも泥はねがあるようだ。
麗子は出入りする連中の多くが長靴を履いているのにも気づいた。
マスクで隠れない額には、皆、汗をかいている。
しばらく囲いの外で休むと、再び中に入っていく。
「偵察を出そう」
麗子が紙を取り出すと、橋口がその手を抑えた。
「また式神検知されたら人質が危ないんだケド」
「じゃ、どうするの?」
「出入りしている連中をぶん殴って入れ替わんだケド」
出てきた人に『命令』しても、強く口止めされていれば自白はしない。
やはり中で何が行われているかは、橋口のいう通り自分達の目で確かめるしかないのだ。
麗子達はしばらく出入りする者の行動を監視すると、行動にでた。
連中は何か識別のために首から身分証のようなものをぶら下げていた。
背格好が似た者を見つけ、麗子が『命令』をかける。
彼らにはしばらく公園の椅子に座り続けてもらう。
身代わりになる者から上着と身分証を奪うと、麗子と橋口はそれを着てマスクをつけた。
髪型もそれっぽく寄せると、トイレから戻ってくるようなふりをして、さりげなく不発弾処理現場に入る列に並ぶ。
処理現場の囲う柵につけられた扉の中に入ると、いきなり何も見えなくなった。
いや、囲っている柵が正面に見えた。
「!」
処理現場は、中心が深く掘り込まれていたのだ。
だから反対側の柵が正面に見えたわけだ。
不発弾の処理の際にここまで掘ったのだろうか、と麗子は考えた。
人質を取って時間的猶予を得て『不発弾処理費用を大国に負担させる会』が掘ったのだろうか。
確か、今回は土木・建築などの企業ではなく、どれも個人の通報で分かった不発弾だ。
だとすればこんなに深い所から不発弾を見つけられただろうか。
……というか、なぜこんなに掘る必要があるのか。
考えながらゆっくり歩いていると、麗子に対して橋口の後ろから声がかかった。
「ほら、早く下りろ」
現場の底を見ると、機械は使わず、手でスコップを使って掘っている。
いや、掘っているというか何かを探しているのだろうか。
麗子は底につくと、汗だらけの男からスコップを手渡された。
汗だくになった麗子は、螺旋上に坂を足をひきずるように上っていく。
後ろには橋口がついてきていた。
上りきると小さなプレハブ小屋が立っていた。
思わず顔男を見合わせる二人。
「!」
互いに頷くと、小屋の裏を通る際、後ろから来ていた男性を先に行かせた。
周囲を見回し、麗子は小屋の窓から何か見えないか探った。
小屋の戸口に触れた時、麗子にはテレビで見た『エミリー・サンダース』の顔が浮かんだ。
橋口は戸口に立ち尽くす麗子を引っ張った。
「(誰か来るんだケド)」
二人は物音を立てないように注意し、反対側の陰に隠れる。
男が二人、大きな紙袋を下げて来た。
「全く贅沢な女だ。だから大国の女を誘拐するのは反対だったんだ。このクソ高いバーガー代も、不発弾処理代と一緒に大国に請求してやる」
「おい、誰かそこにいなかったか?」
「いや、俺は見なかった」
紙袋からはハンバーガーとフライドポテトの特有の匂いが流れてくる。
『グゥ』
そこに姿はなかったが、腹の音だけが響き渡った。
橋口が自分のお腹を抑えていた。
「お前か?」
「んなわけあるか。やっぱり誰かいたんだ、隠れてる」
「ちょっと見てくる」
男の足音が聞こえてくる。
麗子は近づいてくる男に『命令』を入れる準備をする。
建物の角を曲がると、半ば引き込むように腕をとり、男の額に指を当てる。
「(私の命令に従いなさい)」
「どうした? 何かあったのか?」
このままだと麗子が男に命令を入れ、いう通りに動くようにしている間にもう一人やってきてしまう。
「(早くして、なんだケド)」
「(そっちはお願い)」
橋口は懐に隠しているバラ鞭を取り出した。
「だから返事ぐらい…… って、おま」
橋口のバラ鞭のふさが吸い付くように男の体を捉えた。
「寝ててもらうんだケド」
橋口の能力によりバラ鞭から霊力を奪い取り、人の生気を減らして動けなくするのだ。
男は膝をつき、脱力していくと地面に転がり、寝てしまった。
麗子も、男に術を入れ終わっていた。
「命令よ、人質にこれを届けなさい」
「麗子、何言ってんだケド」
「届けるということはそこを開けなければならないでしょ?」
麗子と橋口は、紙袋を持って小屋に入る男の後について、小屋に入った。
「遅イジャナイ!」
声の主は、外国の女性だった。
これがエミリー・サンダースなのだ、と麗子は思った。
彼女はなんの不自由もない風に、ソファーに座っていた。
普通に口もきけるし、手も自由だった。
ただ、よく見ると、両足が鎖で繋がれていて、歩くにはその鎖が短すぎるようだった。
「助ケニ来テクレタ?」
「落ち着いて。大声を出さないで」
麗子はそういうと、彼女の足を繋いでいる鎖を確かめた。
鍵で開くようになっている。
男は紙袋をソファーの前のテーブルに置くと、中身を取り出して並べ始めた。
麗子は男に言う。
「鍵はどこ? この足の鎖を外す鍵を出しなさい」
「……」
男の手は、紙袋に入ったまま止まってしまった。
麗子は何か別の策がないか考えた。
「じゃあ、持ち物をテーブルに並べなさい」
直接、鍵や人質を解放するためのワードを使うと拒否されると考えたからだった。
男は、ゆっくりとポケットからものを取り出して、バーガーやポテトと同じように並べ始めた。
だが、テーブルに並んだものを見ても、鍵のようなものが見当たらない。
麗子は男が動かす手の動きを見ながら、ズボンのポケットにまだ何か残っていると感じた。
「両手をあげて、大人しくするのよ」
男がポケットから手を出し、手を上げたまま止まった。
麗子は男のポケットに手を突っ込んだ。
鍵に手を触れた、と思った瞬間、男の手が麗子の手を掴んだ。
力づくで鍵を抜き取ろうとしても、抑える力が強くて取り出せない。
「か、かんな、助けて」
橋口は男の腕を外そうと腕を握ったが、二人がかりでもその腕をどけることが出来なかった。
「仕方ないんだケド」
橋口はバラ鞭を取り出して、男に当てた。
ふさが男の体に張り付くと、男は腕をだらりと垂らしてしまった。
麗子はその隙に鍵を取りだした。
直後、男は立っていられなくなり、そのままテーブルにしがみつくようにして倒れ、テーブルと一緒に横になると、寝てしまった。
麗子は冷静に人質の鎖の鍵を開けた。
「逃げましょう!」
小屋の外に出ようとする橋口。
エミリーの手を引き、橋口を追いかけるつもりの麗子は、強い抵抗にあう。
「逃ゲナイワ」
「えっ!?」
麗子も橋口もエミリーを振り返ると固まってしまった。