人質により要求されたもの
麗子と橋口が所長と一緒に事務所に戻ると、そこには警視庁から有栖が来て待っていた。
「雪音たちに逃げられたのね」
所長は前に垂れてきた髪を後ろに撫でつけながら、言った。
「その件は申し訳ないです。ただ、内容は全て電話で報告したはずですが」
「こっちの件があるの」
「こっちの件とは」
所長の質問には答えず、有栖が立ち上がると、慣れた感じに事務所の会議室へと歩き出す。
ついて来いということらしい。
「麗子ちゃんも、かんなちゃんも来てくれる」
四人が会議室に入ると、有栖がテーブルの真ん中にタブレットを置いた。
「不発弾処理の現場で、私が塹壕ゾンビを浄化している間に、警護していたエミリー・サンダースが誘拐された」
麗子たちはよくわからず、何も言わないでいると、有栖が言葉を続けた。
「そしてエミリーを誘拐した者からさっき、連絡があった。不発弾の処理の一時中止を要求してきたわ。犯行声明を出したのは『不発弾処理費用を大国に負担させる会』つまり、先日デモ行進した雪音たちの団体よ」
「人質をとって要求することがそれ、って感じなんだケド」
麗子は訊ねる。
「本当に雪音たちの団体がやったの? なんか、ありえない気がするんだけど?」
「不発弾処理の現場で撮っていた映像を解析した結果、どうやら犯人は『教団関係者』なの。そもそも『不発弾処理を大国に負担させる会』のメンバー自体、教団関係者で占めているから、教団の仕業思って間違い無いんだけどね。で、ここからが疑問なの。彼らは不発弾の周りに我々を近づけさせないようにして、何をすると思う?」
「不発弾処理の場所からゾンビを野に放とうとしてるに決まってるんだケド」
有栖はあごに指を当てたまま、頷かなかった。
「果たしてそうかしら? 麗子ちゃん、他に何か考えられない?」
「雪音たちは不発弾についてデモを起こしていた訳ですよね? だとしたらエミリーが一番邪魔な存在なのではないですか?」
「殺す目的なら、もっと不可能な要求をしてくると思わない? その要求に応えられないからエミリーは殺された、としたい訳でしょう」
困った麗子と橋口は、所長の方に視線を送った。
そして有栖もつられるように所長のサングラスの奥の目を見た。
「一番単純に考えると教団関係者は、不発弾処理現場に入りたいのでは?」
「なぜ?」
「それはわからない。ゾンビを作り出して危険な噂を立て不発弾の周りに人が近づくのをやめさせたかったのに、有栖がことごとくゾンビを消してしまうから、エミリーを誘拐してでもやめさせたかった」
有栖は困った顔をした。
「不発弾を見つけ、通報して来たのは教団の信者なのよ」
「なんでそんなことが分かったんですか?」
「通報が急増したので、どんな人が通報しているのか柴田が考えた時、たまたま雪音たちがやっていたデモ行進の名簿と見比べたらしいの」
不発弾を見つけ、不発弾を通報し、不発弾の処理を止めさせる。
教団はなぜそんな回りくどいことをしている。
麗子は言った。
「彼女たちも不発弾のような筒を持っていますよね」
「そして彼女たちはそれを使って、塹壕ゾンビを作り、騒ぎを起こした」
「それも教団から依頼されていたようですよ」
麗子が言うと、橋口が付け加えた。
「ゾンビが出てくる時、不発弾は光るんだケド」
「……」
何も謎は解けない。有栖は困った顔のままだった。
麗子は言う。
「もしその『光』を見つけられれば、不発弾を探すことはできる。教団関係者はあらかじめゾンビを出す時間帯を知っていて、不発弾がありそうな場所に待機していた」
「教団がそうする理由がわからないんだケド」
また話が戻ってしまった。
アリスがボソッと言う。
「不発弾の外殻に描かれた図柄」
ここまでずっと聴いているだけだった永江所長が口を開いた。
「あり得るわね」
「エミリーが欲しがっているものがまさにそれじゃないかと思っていたの」
謎の電子回路か、あるいは分子式。
特定の順番に並べることで暗号文になるとか。
芸術的なものなのか。
もっと明確に宝の地図かもしれない。
単独では成り立たないが、全ての不発弾をまとめることで出来上がるとか。
麗子は言う。
「教団が不発弾のエリア内で何をするのか監視しましょう」
「上空にヘリやドローンが飛ぶと、人質の命はないということになっている」
「高いビルの一室からなら?」
会議室の連中が顔を見合わせた。
屋上に人がいたら不審に思われるだろう。だが、部屋を借りれば?
「こんなところで考えてないで、実行に移すんだケド」
橋口の言葉に、有栖が立ち上がった。
「かんなちゃんの言う通りだわ。ちょっと調整してくる」
「待って、どこの不発弾を選ぶの? 現場は沢山あるのよ」
有栖は止まらない。
「警視庁に戻って計画を立てる。人海戦術で全てを対象にするかも」
有栖が出ていくと、残りの三人は黙り込んだままそこにずっと座っていた。
しばらくして麗子は橋口の顔を見ると、言った。
「御所。内親王の家の近くにも不発弾があったわよね。あと皇居内にもあったって聞いたけど」
「教団は御所にあった不発弾の絵柄を手に入れることは出来ないだろうケド」
「つまり、絵柄とか、外殻が欲しいんじゃないのよ」
永江所長が麗子の顔を見つめる。
「何かわかったの?」
「えっ、いや、何も……」
橋口が立ち上がった。
「麗子行くわよ」
座っている麗子の肩を叩く。
「こっちはこっちで、やることやるんだケド」
「何を?」
「麗子の『命令』を使って聞き込みすんだケド」
立ちあがろうとする麗子の肩を、永江所長が抑える。
「待って、教団関係者に接触するっていうの?」
二人は頷いた。
「聞いて。これは人質の命に関わるのよ」
所長は麗子の肩に手を置いた。
「かんな、やっぱりやめ……」
言いかけた麗子の肩にある、所長の手を退けると橋口は言った。
「もちろん、無茶はしないんだケド」
橋口がビルに入っていくと、フロアの案内板を見つけ、それを見上げた。
「結構近くのビルにも教団が入ってたのね」
「ネットで調べればわかることなんだケド」
エレベーターの方へ向かっていく麗子を橋口が追いかけて止める。
「乗り込んじゃダメなんだケド」
「そっか。けど、どうするの?」
「……というか、そもそもそこのゲートどうやってパスするつもりだったんだケド」
橋口はエレベーターの前に並んでいる自動改札のような『人用ゲート』を指さした。
「かんなは何か考えがあるの?」
「出入りしている人間をよく観察していれば関係者かどうかわかるんだケド」
フロアの中を移動して橋口と麗子は、端に立った。
小声で説明する橋口。
麗子はそれを目で追いかけていく。
スーツ姿の人なら左胸に社章として『教団』の飾りをつけていないか。
ウィンドブレーカーのような上着を引っ掛けている人なら、背中や胸にロゴが描かれていないか?
関係者しか持っていないだろうキーホルダーをつけていないか。
並んで歩く人の会話の中にもヒントがあるはずだ。
麗子もそんな橋口の指摘を聞きながら、フロアを流れる人がどんな人物かを考え、目で追うようになった。
「!」
二人が同じスーツの男に視線を向けた。
麗子と橋口は思わず顔を見合わせていた。
互いに頷くと、スーツの男を追った。
男は左むねに教団のバッジをつけていた。
エスカレータを降りていくと、そのまま地下鉄の改札に入って行った。
さらにエスカレータでホームへと進む。
麗子たちも持っていたスマホで改札を通ると、男と追ってホームに出た。
男がエスカレータの下側にあたる、人気の無い駅後方へと歩いていくと、橋口は周囲を見て小さい声で言った。
「今なんだケド」
麗子は素早く近づき、男が気配に気づいて振り返ったところに『命令』した。
突然、目を見開き、瞳の中から生気が消えた。
スーツの男はそのまま壁にもたれ掛かった。
背中を壁につけた時の勢いで、メガネがずれてしまっている。
「教団での立場を話しなさい」
麗子は言った。
「所属は青年部で、役職は無い」
「今、どこに行こうとしている?」
「理事会で緊急事案が決まって人を集めなければならない」
麗子と橋口はこれが『不発弾』に関わることだ、と考えた。
「どこに集めるの?」
「リストに書かれた場所」
手が震え出している。麗子は男が答えるのに抵抗し始めていると考えた。
「急ぐんだケド」
「わかってる」
麗子は男の額に指を当て、強く念じながら言った。
「なぜ集めるか、目的を言いなさい」
「ダメ、絶対」
「言いなさい」
全身に強い震えが起きる。
男の額に当てた指を通じて、麗子はさらに念を送る。
「言いなさい」
「シラ、知らない……」
引き出せた言葉がこれ?
この男は、本当に知らないのだ。
「切り替えるんだケド」
「じゃあ誰が目的を知っている?」
麗子たちは、男に質問を続けた。
すぐに電車がホームに着いて、男はその電車に乗って去っていった。
麗子たちは駅員に処理をしてもらって、駅を出るとそのままビルの地下駐車場へと向かった。
どうやらさっきの青年部の男は、理事会のメンバーに招集され指示通り人集めに戻るところだったようだ。
さっきのビルに今回の目的を知っている理事会のメンバーがいるわけだ。
「理事会メンバーの写真はこれだって言ってたケド」
橋口はスマホの画面を向けて、教団の広報イベントに掲載されている写真を示した。
二人はビルの地下駐車場に着くと、駐車場のマップを見た。
「こっちが契約車両用のエリアみたいね」
契約車両のエリアは、エスカレーターの近くに配置されていた。
壁に貼られた契約先の名称を確認しながら歩き、二人は教団が契約している場所を見つけた。
エレベーターからの動線を考え、目立たない場所を見つけて身を潜めた。
しばらくすると、エレベーターの到着を知らせるランプがついた。二人は緊張しながらドアが開くのを待った。
「!」
男は髪を後ろに撫でつけている。
大きな黒いブランドロゴで埋め尽くされた白いトレーナーの上下を着ていた。
顔は写真にあった人物の一人に似ている。
だが、こんなラフな恰好で理事会に出るのだろうか。
二人は男が歩いていく方向を、車両の窓越しに確認していた。
すると橋口が、車を何台か回り込んだ先から、通路に出て、男に声をかけた。
「あのお兄さん、私、道に迷ってしまったんだケド」
男は、橋口の方に振り返る。
それを見て麗子はそっと後ろに回り込んだ。
「そこに案内図があるだろう」
数歩動いて、橋口に指し示す。
「えっ!? どれなんだケド」
橋口が男に近づいて行く。
男は麗子の気配に気付き、慌てて振り返る。
その瞬間、麗子は男の額に指を置いた。
「私の命令に従いなさい」