シンクロニシティ
都心部の公園。
公園の片隅でも不発弾が見つかっていた。
そして今から三十分ほど前から、不発弾処理が始まっていた。さらに三時間以上前から、周辺に至る道路の交通規制と、周囲の半径二百メートル内への立ち入り禁止を実施している。
有栖刑事は、未だ警護しているエミリー・サンダースの要請によりその不発弾処理の見学に来ていた。
見学といってアリスとエミリーは装甲車の中で、信管の抜き取りを待っているだけだ。
作業が終了次第、車を出て不発弾の外殻を確認することになっている。
「ナゼココカラ見レナイノデスカ?」
「作業の様子をモニターで見れてるだけでも運がいいと思ってください」
「ココマデ来タノデスカラ、ライブガ見タイデス」
アリスはため息をついた。
日本の行政がそんな簡単に『特例中の特例』を認める訳がない。
そろそろこの女も、日本のこういった事情を理解してほしいと思っていた。
だがそんなことは口に出さず、アリスは作業を映し出しているモニターを見つめた。
二人が見つめているモニターはブラウン管式で、しかも白黒表示だった。
ノイズで一切見れなくなるデジタル式より、多少障害があってもなんらかの映像が見れるアナログ式を採用しているという事だが、流石に古い。もうメンテナンスができなくなるのではないか、アリスはそう思った。
「?」
その白黒映像に映っている作業者の様子が変だった。
作業途中と思われる状態なのに、次々に作業者が不発弾から離れていく。
すると突然、装甲車の中に音声が響いた。
『アリス刑事! 至急不発弾へ来て欲しい』
アリスはその音声を聞くと、背筋に寒いものが走った。
そして、車両を出て不発弾が見える場所まで進むと、呼ばれた訳がわかった。
「また、塹壕ゾンビなの……」
不発弾の外殻に書かれている模様がゆっくりと点滅している。
そして周囲に黒い霧のような影が現れていた。
霊的要因のものはこのカメラで捉えることができないのだ。
完全霊体として塹壕ゾンビになればカメラに映るが、そうなってからでは遅い。
「やっぱりそうですよね」
アリスは以前の不発弾処理のことを思い出した。
そしてすぐさま指示する。
「他の不発弾処理にも伝えて。以前と同じように周囲にゾンビが出る可能性が!」
「はい!」
作業員が他の不発弾処理へと連絡をつける。
アリスはポケットからトランプが入った箱を取り出した。
以前、河原近くの不発弾を処理した時、一箇所でゾンビを浄化したら、他の場所に現れたゾンビもいなくなっていた。
今日も同じことになるのだろうか。
もしも、そうならなかった場合は……
アリスのスマホが着信する。
橋口という名が表示されているのを見ると、慌ててスピーカーに切り替え、応答する。
「どうした!?」
『雪音が大学でゾンビ作ってんだケド』
「雪音が! 麗子は!?」
橋口の避難するよう周囲に呼びかけている声が、スピーカー越しに聞こえる。
『麗子は、ブリキとに足止めされてんだケド』
「ブリキ?」
アリスはデモ行進の時、オズの魔法使いの『ドロシー』の格好をした雪音を思い出した。
たしか彼女の周りに、ブリキの兵隊とカカシの格好をした男がいた。
ブリキは短髪で眼鏡をかけていた男だ。
「格闘してるってこと?」
『その通りなんだケド』
「こっちの処理が終わったらすぐそっちに向かうから、必ず捕まえて」
アリスはスマホを切った。
黒い霧が人の形にまとまり、密度を上げていく。
アリスのトランプはゾンビになったものを浄化はできても、今の段階では何も手出しができない。
そもそも、ゾンビはこの場で作り出されているものではない。
どこかで作り出されている本体の分身なのだ。
だからどこかで浄化すれば、他の分身も消えた。
いや、ゾンビが出来上がるのを待たずとも、ここから呪いの元に対してアリスが『呪い返し』をすればゾンビが出来上がるのを阻止できるかもしれないが……
その場合、この黒い霧が悪質で反社会的なものか不明な状態で対応することになる。令状でも先に出ていれば良いのだが、今の時点で対処すると呪い返しをした方が傷害罪で捕まってしまう。
そういう二つの意味で、アリスはトランプを構えたまま、ゾンビの出現を待つしかなかった。
たくさんの黒い霧の柱が立ち、密度をあげ、姿が現れてくる。
出来上がってくるのは赤黒く、腐った肉体を持つ、ゾンビ。
それを確認するなり、アリスはトランプの箱を叩く。
上に上がってくるカードに命じると、カードは宙に飛び出し、ゾンビへと向かっていく。
そして額に張り付くと、ゾンビの動きが止まる。
固まったゾンビは分解され、元の霧となり、光りながら消えていく。
「アリス、助ケテ!」
エミリーの声に、アリスは振り返る。
体を抱えられて、エミリーが連れ去られていく。
不発弾の作業員は、どうしいいか分からずにただ連れ去れていくところを見ている。
アリスは、ここでゾンビの処理を止めることが出来ない。
慌ててスマホの音声操作を利用して柴田に電話をかける。
『どうしたんですか?』
「エミリーがさらわれた」
『今、どこにいるんですか?』
アリスはトランプに指示しながら、柴田に居場所を伝える。
『とにかく、すぐ手配して、警護担当にもこちらから連絡しておきます。とにかく今はゾンビを浄化することに集中してください!』
アリスは柴田の言葉に泣きなくなってしまった。
なぜこんなに周りに迷惑をかけてしまうのか。
前回の事態から、今回も不発弾の周りにゾンビが出てくることは予想できたのだ。
ゾンビが出てくれば、要人警護が疎かになることも、だ。
あれだけ人数をかけて警護してきたエミリーをあっさり連れ去られてしまうなんて……
「あ、危ない!」
目に映っていたのに、アリスはゾンビの手に届く範囲まで近づくのを許してしまった。
ふとともにつけた銃に手が伸びかけて、止まる。
ここは不発弾がある危険な場所だ。万一跳弾が不発弾に当たったら、大惨事だ。
腕を掴まれかけたアリスは、ゾンビを蹴り飛ばす。
「!」
アリスは、蹴り飛ばした反動で、転んでしまった。
同時に、トランプの箱を投げてしまった。
近づいたゾンビを蹴ることを考え過ぎ、トランプの箱から意識が逸れていたのだ。
立ち上がって、トランプの箱をとりに行こうとすると、何かに引っ張られる。
蹴り飛ばしたゾンビとは、別のゾンビが彼女の裾を握っていた。
「放せ……」
アリスは迷わず銃を抜いた。
火薬の炸裂音が響くと、周囲の人間は凍りついた。
不発弾は何もなかったように変化はない。
眉間を貫かれたゾンビの動きは止まった。
アリスは素早くトランプを拾い、箱を叩いて出てくるカードたちに命じた。
「ここのゾンビを祓って」
アリスの前に横一列、宙に浮かんでいるカードは左から順にゾンビを見つけ、飛んでいく。
これは術者との根比べだ。
アリスは連れ去られたエミリーの無事を祈った。