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雪音と麗子

 麗子(れいこ)橋口(はしぐち)が、教団関係者に捉えられトラックの荷台で運ばれていた事件は、先に二人が施設内に不法侵入したこともあり、うやむやになった。

 一時的に拘束されていた教団関係者の男二人は、起訴されないまま釈放された。

 その話を聞いて、橋口は怒った。

「どう考えても、人身売買しようとしたあいつらの方が悪人度高いんだケド」

「証拠が残らない式神で調べるだけなら問題なかったのに、二人して施設に入るからよ。こっちが訴えても、向こうは未遂だし、こっちの不法侵入と相殺されてしまう」

 いつものように短い髪を全て後ろに撫でつけた永江(ながえ)所長は、サングラスを指で直しながらそう言った。

「すみません」

 麗子が謝ると、所長は続けた。

「どうやら、アリス刑事も『雪音(ゆきね)』たちを式神で追わせたことがあったらしいわ。その時は、教団施設に入るなり、式神が消失したらしい。教団側は雪音たちが目をつけられているという認識はあるみたい」

 所長である永江リサは二人に対して指を一本立てて、言った。

「今後は十分注意することね。トラックドライバーの二人を返してしまったから、あなたたちの存在は雪音たちに知られてしまったはずよ」

「けど、教団が私たちに何をしようとしたか、彼女たちは知っているんでしょうか?」

「わからないわ。繰り返すけど、今回の件に限って言えば、先に法に触れるような事しているのはあなたたち(・・・・・)なのよ」

 麗子は唇を噛み締めながら考えた。

 雪音たちも教団とぐるで、最初から二人が追跡していることに気づいて罠にはめたのだろうか。

 それとも、教団の悪事を知らずにゾンビを作り出す協力しているのだろうか。

 アリスからの報告に雪音が作り出したゾンビで学内のイベントをやっていたと言う。

 彼女たちはゾンビが危険であるとは思っていないのだろう。

 それに、道端で死んでいたカラスのこともある。

「私は、彼女たちが悪い人には思えないんです」

 麗子はテーブルに手をつき、身を乗り出すようにして言った。

「確かめてきます」

 そう言うと除霊事務所から飛び出してしまう。

「ちょっと、麗子!」

 所長も立ちあがろうとするが、立ちくらみしてしまう。

 橋口は冴島(さえじま)麗子が忘れていったバッグを手に取り、言った。

「私もいってくるんだケド」

「かんな、無茶しないで。そして、無茶させないように」

 橋口は所長に向かって『わかってる』と言わんばかりに手を振った。

 二人がいなくなった除霊事務所で、所長はため息をついた。

「お願い……」




 麗子と橋口は、モノレールに乗っていた。

 今日は学校が終わっていたので、二人とも事務所で制服から普段着に着替えていた。

「確かめるって言っても、どうするつもりなんだケド」

「ストレートに質問するわ」

 麗子が軽く右手を左から右へ動かしたのを見ると、橋口は言った。

「……相手の力が上回ることだってあるんだケド」

「その時は、かんなが助けてくれるでしょ?」

 麗子が微笑むと、橋口は照れたように顔を赤くした。

「ずるいんだケド」

 モノレールが駅につき、二人は降りた。

 大学専用のような駅。

 周りに広がる草木を見渡すと、橋口は言った。

「本当にここは『都下』なんだケド」

 二人はローム大のキャンパスに入ると、ある広場へと向かった。

 前回大学に入った際、案内図とキャンパス内の人の流れを見て、その広場から眺めていれば多くの人の流れを捉えられることを知ったからだ。

 しばらく二人は広場を眺めていると、人の流れに乗って雪音が出てくるのを見つけた。

 彼女は相変わらず茶色の髪に白いブラウス、青白のギンガムチェックのオーバーオールを着ていた。それはオズの魔法使いのドロシーをイメージさせる。

 距離も遠く、大勢の人が歩いていて、二人の間は見通しが悪かったが、見つめる麗子に、雪音が気づいた。

「ちょっと、ガン見してるからバレたんだケド」

「いいのよ」

 雪音は周囲にいた女性に声をかけ手を振ると、麗子に向き直って広場を突っ切るように歩き出した。

 彼女は麗子と橋口から五メートルほど離れたあたりで止まった。

「話があるの」

 麗子が言うと、雪音はすぐに答えた。

「……そこの建物に女子更衣室があるから、そこにしましょう」

 建物に入り、廊下を進むと女子更衣室の扉があった。

 雪音は首から下げていたカードをかざすと、電磁石がパチンと動く音がして鍵が開いた。

 三人は部屋に入ると、いくつかカーテンで仕切られている中の一つに入った。

「あなたたち、誰?」

「そんなのどうでもいいんだケド」

「こっちは名前を知られているのに、名乗らないのね。卑怯なヤツ」

 麗子がいきなり右手を顔の前に上げると、雪音は驚いて後ずさった。

 その後、右手の意味を知ったかのように、彼女は麗子の腕を取りにきた。

 麗子は雪音の手を左手ではらい、右手の指で彼女の額に触れる。

「!」

 橋口は素早く雪音の体を支えるようにつかまえた。

 雪音は瞳の光を失って、呆然とした表情をしている。

「質問します。白土(しらと)雪音(ゆきね)、あなたは動画でゾンビを探すふりをして、ゾンビを作り出していますね?」

 麗子は言いながら、右の手のひらを彼女に向け、左から右に流れるように動かした。

「……」

 雪音の反応がない。

 麗子はもう一度、右手をかざして左から右へ動かす。

「答えなさい」

 彼女の顔が歪む。

 何かを我慢するように、歯を食いしばっている。

 麗子の『命令(オーダー)』に抵抗しているのだ。

「麗子、こういう時は簡単な質問をするんだケド」

 麗子は橋口の言葉に頷き、質問を変えた。

「お母さんの名前は?」

 彼女の表情が緩んだ。

 そして、言った。

「……朱音(あかね)

「一緒に住んでるの?」

 雪音は返事を返してこない。

 だが、表情に苦しげな変化はなかった。

「もう一度聞くわ。お母さんはどこにいるの?」

「お母さんは死んだ」

 雪音は命令前とは違い、発声するための筋肉の使い方が違うようで、同じ声に聞こえない。声が低く、言葉に抑揚もなかった。

「お母さんは何故死んだの?」

「そこ追求するところと違うんだケド」

 橋口は言ったが、雪音はすらすらと答えていく。

「母は大きな借金を作って、父と一緒に死んだ」

「あなたにも今、借金があるの?」

「ないわ。それに今、教団に守られてるから」

 そうか、と麗子は思った。

 彼女は信仰によって教団に帰依(きえ)しているのではない。

 経済的、社会的な関係から教団に依存しているのだ。




 麗子は、突然見知らぬ家の前に立っていた。

 すると、彼女の体をすり抜けていく女性がいた。

 声を出そうとしたが、喉は動かず、空気を振るわせることが出来なかった。

 そうか、麗子は思った。

 これは『雪音(かのじょ)の世界』だ。

 彼女の記憶の世界に入り込んでいるのだ。

 雪音は家のインターフォンを押すが、何も反応が無い。

 そのまま玄関に進むと鍵を取り出した。

 麗子は自然と、雪音の後ろをついて家に入っていく。

「お母さん!?」

 何度も母を呼びながら、彼女は部屋を移動する。

 麗子は、何故彼女が母親を見つけられないのか疑問に思った。

 まるで、あえて部屋に辿り着かないようにしているような、そんな気がした。

 ある部屋の扉の前にたどりつくと、彼女は何か考えがあるかのように立ち止まった。

 不思議な時間が過ぎた後、彼女は扉を開けた。

「!」

 部屋の真ん中に二つ並べられた布団。

 男と女が布団(そこ)で横になっている。

 寝ている、と思わなかったのは、二人とも目が(ひら)いているからだ。

 目はいているが、扉を開けた雪音に対して反応もなく、ほお・・の血の気は失せていた。

「お母さん、お父さん……」

 雪音の言葉はそれ以上続かなかった。

 彼女が近づいてかけ布団(・・・・)を剥ごうと引っ張ると、乾いた糊が剥がれるような音がした。

「……」

 男も女も、胸から激しい出血をしている。

 横になった女の手は、まっすぐ足の方に伸びて包丁が握られている。

 女が男を刺してから、自分を刺したのだろうか、と考えたが、それは違うだろう。

 自分を刺した後、刃を引き抜き、このように手を綺麗に体側(たいそく)に沿って維持し、静かに死ぬことはできないと思われる。

 縛られて胸を刺され、気を失った後に無理やり誰かに包丁を握らされたのだ。

 雪音は足に力が入らないのか、フラフラと揺れると、やがてその場で倒れてしまった。

 黒々としていた彼女の髪は、みるみる内に白髪になっていった。




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