不発弾の通報
エミリーサンダースが渋谷が見たいと言って出かけた為、アリスは一度、本庁に戻った。公共交通機関や不特定多数のいる場所で『塹壕ゾンビ』を発生させても目的の人物を狙うことは難しいだろう。
別の呪い使うとしても同様で、物理的な防御があれば良いと判断されたからだ。
霊能課の自席につくと、柴田が声をかけてきた。
「どうですか? 要人警護は」
「順調よ。ただ、あんな奴さっさと帰って欲しいけど」
「そのエミリーサンダースに関係するか分からないんですが」
柴田は印刷した資料を手渡した。
さっと目を通すと、そこには都内での不発弾の通報が並べられていた。
「増えているというか、急増しているんですよね。」
「何か不審なことでも?」
「普通は工事業者などの地盤調査などで分かるんで、『法人』としての通報ですが、今回の通報はどれも『個人』なんです。それに驚かないでくださいよ。例の『ユキネェ』主催のデモ行進あったじゃないですか。あれの参加者と通報者が被ってるんですよ」
どこまで一致を取ったか分からないが、氏名が一致するだけでもそれなりの偶然ではある。
「デモ参加者の多くは、保守党の支持団体である教団の信者です」
そもそも雪音の通う関東ローム大学自体が教団が運営している訳だから、関係者の多くが教団の人間であっても不思議ではない。
「それで、不発弾の処理はどうなっている?」
「通報のあった不発弾が多過ぎて、処理の予定が立っていません」
「しかし、なぜ、教団が不発弾を通報してくるのか……」
アリスは目を伏せて首を捻った。
「そこです」
アリスは目を開き、期待に満ちた目で柴田の顔をみた。
「わかったのか?」
「いいえ」
「そこが重要だろう」
アリスはそう言って、ため息をついた。
どうやって不発弾を探したのか。
それから不発弾を通報すると良いことがあるのだろうか。
どちらも全く手掛かりすらない状態だ。
「一度、見つかった不発弾のところに入れないだろうか?」
「すべて都内ですから、二つ三つ行ってみますか?」
「すぐ出かけるぞ」
アリスはエミリーの警護から外れていられるうちしか自由になる時間がない。
「えっと許可は?」
「電話で許可を取ればいいだろう」
柴田とアリスは、専門家を連れて一つ目の現場に着いた。
神宮外苑の中の一画だった。
柵に掛けられた南京錠を開けると、静かに柵を広げ、ゆっくりと中に入る。
慎重に進むと、掘り返された場所の中心に緩衝材で包まれたがあった。
アリスが訊ねる。
「こんな状態で放置していて、大丈夫なのか?」
「戦中から今まで爆発していないので、信管が壊れているという判断です。ただ、万一何かの衝撃を受けて爆発するかもしれませんから緩衝材で包み応急措置としています」
「中を見たいんだが」
あからさまに嫌な顔をする。
「写真は送ってあったかと思います」
「緩衝材を外して付け直すだけじゃないか。そもそも、ここにくる前にも言っておいただろう」
「どれだけ危険なのか分かりますか?」
「危険ならさっさと信管を外す処理をすべきだろう」
柴田はアリスがなぜ、強硬に爆弾を見せろというのかわからなかった。
「なぜ見たいんですか?」
「映像で霊的な何かが分かるものではないからだ」
「近づくだけで感じることは出来ないのですか?」
アリスは首を横に振った。
「それで分かるものもあるが、ここにきても何もわからないということは、この緩衝材を外すしかないということだ」
処理の専門家は頷き、柴田に細かく指示をして緩衝材を外す処理を始めた。
幾重にも巻かれている緩衝材を、ゆっくり解いていく。
アリスはスマホで時刻を確認しながら、時間的に他の不発弾を回ることは出来ないなと感じた。
完全に緩衝材が外れると、不発弾の姿が露わになった。
その不発弾には事前にもらった映像の通り、エミリー・サンダースが求めていた模様が描かれていた。
「慎重に」
アリスはゆっくりと不発弾に手を近づけていく。
指先が触れ、手のヒラが爆弾の表面についた時、アリスはその禍々しさに一瞬で手を引いた。
「なんだ、これは……」
逃げ場を求め荒野を同じ方向に歩く人々。
手足が欠損していたり、手足がまともな者も、大きな火傷を負っていたり、様々な破片が身体中に刺さっていたりする。
この不発弾が落ちた時、つまり空襲時の東京の光景なのだろうか。
あるいはエミリーのひいおじいさんが、これを描いた時の異常な精神状態が見えたのであろうか。
どちらにせよ、この不発弾に描かれた絵柄はまともなものではない。
「ど、どうしたんですか?」
「もう十分だ。元通りに緩衝材で包んでくれ」
アリスが爆弾から引き下がり、そう言った時だった。
爆弾の周囲から黒い煙が漂ってきた。
「……」
専門家に対応してもらおうと、口を開きかけると、そこに居た全員の髪を揺らすように風が吹いた。
漂っているはずの煙は、一切影響を受けていない。
アリスは彼女に見えている『煙』が霊的なものだ気づいた。
そんなことは知らない不発弾処理の専門家が、叫ぶ。
「伏せて!」
アリスが姿勢を低くしながら、見ると不発弾に描かれている模様が『光って』いるのだ。
流石にこの位置で爆発したら、全員の命はないだろう。
それどころか、周囲の通行人など、何人に被害が及ぶか分からない。
アリスが見ている黒い煙は人の形に纏まり始めると、その場に居た全員がその煙を指差した。
「塹壕ゾンビ!」
その柴田の声を待たずに立ち上がったアリスは、ワンピースの裾を捲し上げ、レッグホルスターに収めていた銃に手をかけた。
「!」
爆弾の専門家は、アリスの太ももを凝視した。
「ダメです、銃はダメ!」
万一、不発弾に弾が当たった場合、先ほど想像した通り、大勢の人間に被害が及ぶだろう。
銃から手を離し、アリスはポケットからトランプを取り出した。
箱の蓋を開け、指で弾くと一枚のカードが飛び出し、お辞儀をする。
「お願いよ」
トランプカードは宙を飛ぶと、一体のゾンビに向かっていった。
しかし、不発弾の周囲では、更に多くの煙が人の形を作り出している。
その黒い人形が、ゾンビになるのは明白だった。
「数が多い!」
専門家が頷く。
「ここで銃は使えない。早く逃げましょう」
「柴田、『ユキネェ』のサイトを確認して」
「そんなこと言ってないで、逃げますよ!」
カードが一体のゾンビの額に張り付くと、カード背面の絵柄が光った。
「ゾンビが彷徨いて良いわけないよね」
「ゾンビは柵から出れない」
「!」
アリスはようやく不発弾の周囲が柵で覆われていることを思い出した。
柴田がアリスの手を引っ張る。
だが、彼女抵抗するので言った。
「柵から出てしまった時はその『トランプ』で対応してください!」
アリスは頷いた。
三人は急いで、鍵を外した柵へと向かった。
ゾンビの生成と、ゾンビの歩行速度はそれほど早くなく、柵を開け閉めしても間に合いそうだった。
三人は外に出ると、鎖と南京錠で柵を閉じた。
アリスはスマホを取り出すと、ユキネェのサイトや動画のチャンネルを確認する。
現状はこれと言って何も疑わしきことは書き込まれていないし、ライブ配信もないようだ。
これまでの件とは違い、今回は白土雪音が関わっていないのだろうか。
「……」
アリスは不発弾の専門家に言った。
「別の場所の不発弾について、状況を確認できる?」
「監視カメラは設置してるから、見てみるか?」
専門家が取り出したタブレットで、他の不発弾に向けて仕掛けられた監視カメラ映像を確認する。
「……」
その映像にゾンビは映っていない。
「なぜだ?」
そう言ってアリスは首を捻った。
報告によれば見つかった全ての不発弾に、エミリー・サンダースのひいおじいさんが描いた図柄が描かれていた。
雪音が不発弾の図柄を利用して、ゾンビを作り出している、あるいは送り込んでいるのだとすると、入り口と出口があるではないか?
だとすると、雪音がどこかの不発弾のエリアに侵入したかもしれない。
「この映像、まとめて私に送ってもらえないかしら」
専門家にそう言うと、目の前の柵から「ギシギシ」と音が聞こえてきた。
すぐには柵から出てこないだろうが、放って置く訳にはいかない。
「やっぱり、トランプを!」
柴田の声に焦りを感じる。
アリスは箱を叩いて、飛び出してくるカードたちに命じた。
「ゾンビを浄化して!」