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騒動への対処

 エミリーのいるスイートルームの扉が閉まると、アリスは素早く引き金を引いた。

 淀んだ体液が、銀の銃弾が撃ち込まれた頭から飛び散った。

 そしてゾンビの反応が完全に停止した。

 ……かに見えた。

 アリスが近づいていくと、生きてはいないその瞳に、再び光が宿り、動き出した。

 アリスはすぐに距離をとって、もう一発打ち込んだ。

 ゾンビの頬の、爛れた皮膚や、あちこちについている黒く固まった血など、まるで本物(リアル)に見えるが……

 アリスは服のポケットから、左手でトランプの箱を取り出した。

 右手で持っている銃は、銃身が熱くなっている為、すぐにレッグホルスターには戻せないからだ。

 彼女は器用に左手だけで素早く箱を開け、箱の腹を指で弾く。

 一枚飛び出してきたカードは、箱の上でまるでお辞儀をするように頭を下げた。

「お願いよ」

 アリスがそう言うと、カードは床と水平になるように向きを変えて、空を滑空していく。

 そしてハエを払うように振り回す手を避け、そのままゾンビの額に張り付いた。

 張り付いたカードの、アリス側を向いている裏面の、赤い幾何学模様の絵柄が光った。

 ゾンビは、カードを剥がそうともがくが、カードは張り付いたままびくともしない。

 カードの光は、点滅するように強くなったり弱くなったりした後、強く光った。

 すると、張り付いていたゾンビの肉体にヒビが入っていく。

 その亀裂は、指数関数的に増えていき、ゾンビの体が膨張したように見える。

 急速に分割された肉体の大きさが認識できないほど微細になると、それぞれが光り、消え始めた。

 あたかも画像処理したように、ゾンビは頭の方から光って、消え去った。

 床にはカードだけが残っていた。

 やはり、これは元になる死体のないゾンビなのだ。

 だが、(はら)われない時には物理的に形をなしている。つまり完全な霊体だ。

「早く!!」

 アリスは思い出した。イヤホンから聞こえてきた会話からすると、ゾンビに捕まった警護の者がいるのだ。

 物理的に形をなしている間、奴らは『ゾンビ』そのものだ。

 映画のような出来事が、現実に引き起こされてしまう。

 つまり、噛みつかれれば、ゾンビ化してしまうのだ。

 だがゾンビ側が霊として昇華しても、噛みつかれた方は『ゾンビ』としての事実が残ってしまう。

「どこ!」

「こっちだ!!」

 アリスは声のする方に向かう。奥の開きっぱなしのエレベータからは、次々とゾンビが湧くように出てきていた。

「噛まれる!」

 口を開いたゾンビが、捕まっている男の後ろから襲いかかる。

 もう一人の制服の男が、捕まっている男の腕を引っ張る形で正面を塞いでいる。

 距離もある。トランプを呼び出すのでは間に合わない。

 アリスは右手の銃を向けた。

 一瞬でも隙が作れればいい。

「頭下げて!!」

 アリスの声に反応した二人が、頭を下げると、躊躇せず引き金(トリガー)を引いた。

 乾いた甲高い音が響いた。

 確かに音は大きかったが、スイートがあるフロアらしく反響音は抑えられていた。

「今よ!」

 捕まっていた男は必死に動こうとするが、服を掴まれていて動けない。

 助けに入っていた男が、男の服を脱がせにかかる。

「頭!!」

 最初に着弾したところから数センチ下にずれ、眉間に入った。

「早く!」

 服が裂ける音がすると、二人が勢い余ってアリスの方に倒れてきた。

「部屋に入って、私が言うまで部屋から出ないで」

 二人の男は、頷くと必死に立ち上がり、詰め所代わりにしている部屋に飛び込んでいった。

 アリスは何体かのゾンビの額を撃ち、動きを止めると壁の代わりにした。

 そして左手でトランプの箱を開くと、箱の腹を叩き続ける。

「あれを倒して来て」

 箱から飛び出してきたカードが頭を下げるように一度たわむと、床面と水平になって飛んでいく。

 箱を叩いた分だけ、カードが飛んでいくと、一枚一枚ゾンビの額に張り付いた。

 カード裏の赤い絵柄が光ると、ゾンビは破壊される。

 アリスは残りのゾンビの数を数えながら、さらにトランプの箱を叩く。

「お願いね」

 頷くようにカードは曲がると、弾けるように飛んでいく。

 四、五体のゾンビが消えた後、連中も何かに気付いたのか、トランプを額から外そうとはせず、アリスに噛みつこうと近づいてきた。

 多くのゾンビは彼女にたどり着く前に動きが止まり、昇華し、消え去った。

「!」

 一体のゾンビが、アリスに襲いかかった。

 額にはカードが張り付いていたが、大きく口を開けて、アリスの左肩を狙っていた。

 右手の銃の引き金を引けば、多少の時間は稼げるだろう。

 だが、額を撃ってカードを破るわけにはいかない。

 アリスは必死に体を捩って、ゾンビの顎のしたに銃口を捩じ込む。

 乾いた音が響き、ゾンビの動きが止まった。

 粘り気のある赤黒い体液が、アリスの顔に飛び散った。

 そのまま倒れかかってくるゾンビを避けきれず、アリスは押し倒されるように床に転んだ。

 トランプの力が働き、アリスに載ったゾンビの体は消えていく。

 アリスは床に背をつけたまま、銃口をエレベータ側に向けて這って下がった。

「……」

 大きくため息をつくと、アリスは立ち上がった。

 どうやら今のゾンビが、最後の一体だったようだ。

 アリスは徐に立ち上がると、顔にかかった体液を布で拭った。

 そして廊下を進み、開いているエレベータの中を確認する。

「あれは……」

 エレベータのカゴの中に楽屋で見た『筒状のもの』を見つけたのだ。

 するとすぐにエレベータの扉が閉まり始めた。

 アリスは慌てて廊下を走った。

 扉に何か挟むか、呼び出しボタンに触れるか。

 アリスは判断に迷いながらも、筒状のものが『不発弾』であることを思い出した。

 扉に飛び込むのが成功した場合、不発弾を刺激して爆発させてしまうかもしれない。

 アリスは進む方向を呼び出しボタンへと変えた。

 ほんの少しの判断の遅れのせいなのだろうか。

 エレベータの扉は閉まっていく。

 彼女が呼び出しボタンに触れた時、ボタンは光ったが、扉は開かなかった。

 アリスはイヤホンのマイクを使い詰め所にいる連中へ伝える。

「ゾンビは全部祓った。問題の呪物が階下に降りていくわ。手伝って!」

 アリスはエレベータのフロア表示を見つめる。

 光る数値はどんどん減っていく。

 まさかスイートに至るエレベータは地下駐車場まで直結しているのか?

 アリスは思い出した。空港からここまできた車から降り、どこにも寄らずにスイートに入った。彼女自身はエミリーの指示のせいでぐるぐると階段を回らなければならなかったのだが……

 地下駐車場で待っている連中が、筒を回収して逃げるつもりだ。

「間違いない、地下駐車場よ!」

 詰め所として使っている部屋から、次々と警察官が出てくる。

 もう一つのエレベータを使う者、階段を降りていく者、電話をして近所の交番から地下駐車場に向かわせる者、様々な行動をとっていた。

 アリスが上がってきた別のエレベータに乗り込もうとすると、アリスは追い返された。

「犯人逮捕や筒の捜索が任務ではない。エミリー・サンダースの警護が目的だ」

 ここで全員が対応するわけにはいかないということだ。

 アリスはすぐにエレベータから引き下がった。

「もう出てこないとは思いますが、ゾンビが出たら全力で避難してください」

 エレベータのドアが閉まった。

 筒の載ったエレベータは、予想通り地下駐車場で止まった。

 アリスはそれを伝えると、エミリーの様子を確認するため、彼女のいるスイートルームへ戻った。

「モウ、ゾンビ、イナイ?」

 エミリーは扉を開けて、部屋の外を見ている。

「ええ。全て祓って、いなくなったわ」

「ハラウ?」

 アリスはスマホで翻訳してみせた。

「ゾンビヲ、ハラウ事、初メテ聞イタ」

「あれは映画で見るようなゾンビじゃないの。呪術により作られた霊体なの」

「……」

 スマホで翻訳しようとして途中までやってみるが意味不明な英語になっているのを見て、アリスは説明することを諦めた。

「不発弾に描かれた図柄、あなたのひいお爺さんが描いたと聞きました」

 エミリーの様子が変わった気がした。

「……ハイ」

「呪術的な知識や、興味は持っていなかったのでしょうか?」

 エミリーはすぐに答えた。

「平和ヲ願ッテ描カレタモノダト聞イテイマス。絵柄ヲ集メルコトハ、ヒ孫ノ私ノ使命デス」

「絵柄の目的ではなく、人柄というか、人間としての話なのですが」

「温厚デ優シイ人ト聞イテイマス」

 おそらくひ孫であって、お祖父さん本人と直接関わった体験があるわけではないのだろう。

 アリスは絵柄に含まれる呪術的な要素を確認することを諦めた。

 イヤホンから捜査状況が聞こえてくる。

『ダメだ。エレベータ内の筒は持ち去られてしまった』

『出ていく車の確認も出来ませんでした』

『監視カメラを確認しろ』

 そんなこと調べる前からわかっている、とアリスは思った。

 不審者の顔が映っていないのだから、車も同じようにカメラ映像で特定できないようになっているに違いない。

 アリスは銃の弾倉を交換するとレッグホルスターへ戻した。




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