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不発弾

 翌朝、麗子(れいこ)橋口(はしぐち)は宮内庁の人間を連れ、内親王(かこさま)が住まわれる家からゾンビが発生した場所へ向かった。

 橋口が足を引っ掛けた筒を見るなり、宮内庁の人間は凍りついたように固まった。

「……」

 しばらくすると、小声で話し合いを始めた。

 その話し合いが終わると、一人が庇うかのよう筒と内親王を結ぶ直線上に入った。

「戻りましょう。まっすぐ、お住まいの方へ」

「あの筒はなんなのでしょうか?」

 内親王の問いに、宮内庁の者はゆっくりと話す。

「落ち着いて聞いてください。あれは大戦時に投下された爆弾が当時動作しなかったいわゆる『不発弾』です」

 彼女の表情は大声をあげそうになりながらも、手のひらを口の前に持っていくと声を我慢した。

「ちょっと、今の聞こえたんだケド」

「全員に聞こえるように言ってください」

 麗子の苛立った声に、その場を制するかのように、声を張り上げた。

「内親王の!」

 筒に、いや、『不発弾』に一番近い宮内庁の男は言葉を続けた。

「内親王のお命を守ることが最優先でございます」

「違います」

 内親王(かこさま)が否定した。

「全員の命が大事です。すぐに不発弾を処理出来るものに連絡してください。御所(ここ)には私だけが住んでいるのではありません」

「!」

 するとすぐにスマフォを使って連絡を始めた。

 内親王と麗子、橋口の三人は、指示により再び内親王の住まいに戻った。

 宮内庁の者が、全ての窓の雨戸を下げて回った為、外は明るいのにも関わらず、部屋の中で明かりをつけなければならなくなった。

 ただ、雨戸を閉じただけでここが安全になったとは誰も思っていない。

 麗子は、不発弾がある方向を向いて言った。

「爆弾処理って、自衛隊が来るんですか?」

「おそらく市ヶ谷から来るでしょうね」

「爆弾処理するところ見てみたいんだケド」

 麗子がすぐに橋口の口に手を当てた。

「余計なこと言わないの」

「見るのは無理ね。不発弾の処理が始まる時は退避させられると思うわよ。あるいは、地下室にいろと言われるか。どちらにせよ見れないわ」

 麗子は筒の様子を思い出していた。

 原色で何か幾何学的な模様が描かれていた。

 あれが呪術的な意味をなしている場合がある。

 スマホを取り出すと、内親王に見せた。

「かんなが見たい、というのも少し理由がありまして」

「これ、さっきの不発弾の写真?」

「そうです。この模様がただの兵士のイタズラではないように思うのです。不発弾の処理の過程で、爆弾の外殻に描かれている模様を写しておいて欲しいのですが」

 内親王は無言で頷くと、麗子の手を引きスマホを見せながら宮内庁の者に説明した。

「これが昨晩の『塹壕ゾンビ』と関係があるかもしれない、ということね?」

「そうです」

「……だそうよ」

 宮内庁の者は、しばらく考えていると言った。

「ということは、皇居にも同じように不発弾があることになります」

「アリス刑事が見たというゾンビですね」

「ドローンに探知機つけて探せば早いんだケド」

 橋口以外は、不発弾を探すことが、そう簡単なことではないことは分かっている。

「何無視してんだケド」

「しばらく地下室にいてほしいという要請です」

 内親王(かこさま)は頷くと、麗子と橋口に声をかけた。

「ちょっと長くなると思うから、飲み物と食べ物を運ぶの手伝って」

 三人は冷蔵庫から簡単に食べれるもの、と紙パックの飲み物、インスタントコーヒーや砂糖など、それぞれ分担して抱えると、地下に降りていった。

 宮内庁の者は、入り口の外で地下室のハッチのような扉を閉める役に回った。

「連絡があるまでは出ないでください」

 持ち込んだ食べ物や飲み物を、小さな冷蔵庫とその横にあるテーブルに置くと、三人は奥の部屋に入った。

 奥の部屋には厚手の絨毯が敷いてあり、大きめのクッションが四つ五つおいてあった。

 地下施設内で自家発電をしている割には、中にその音は響いてこない。

 供給される電気も安定していて、明かりも、一定の光を供給し続けている。

 空調も動いているようだったが、自家発と同じようにとても静かだった。

 内親王(かこさま)がクッションを放り投げると、麗子と橋口は受け取って絨毯の上に座った。

「……聞いていいですか? ここ、入ったことあるんですか?」

「ここに入るのは初めて。けど、家族と住んでいる家の地下室ならあるわ。Jアラートがなった時と、関東を超大型の台風が直撃した時だったかな」

 そうだ、と麗子は思った。

 これはただの地下室ではない。

 皇室の血を守る為のシェルターなのだ。出入り口を見れば分かるとおり、かなり厳重に作られたものだ。

 近所で不発弾の処理を間違えたとしても、このシェルターはびくともしないだろう。

「麗子、アリスからメッセージが入ってるんだケド」

 橋口が内容を読み上げた。

 模様が描かれた筒が、不発弾だとすると『ユキネェ』達が持ち歩いているジュラルミンケースに入っているのも『不発弾』だということになる。

 麗子は言った。

「もしその筒も爆弾だったら職質してその場で捕まえちゃえばいいのよ」

「職質に答えるかどうかは任意なんだケド」

「けど、それだけ危険なものを持っていると推定される場合はほぼ拒否できないでしょ」

 『ユキネェ』たちの訴えている内容の中に幾度も不発弾の話が出ているのは、自分たちの手元にあるからなのだろうか。と麗子は考えた。

 もしかすると、もっと多くの不発弾を見つけ、所有しているかもしれない。

 そんなものを都心のあちこちに仕掛けられたら……

 『塹壕ゾンビ』なら麗子達でも対処できるが、不発弾となったら手も足も出ない。

「とにかく、不発弾の話になったら、私たちは手を引くしかないわね」

 橋口の反応を待っていると、内親王(かこさま)が言った。

「寝ちゃったみたいね」

「……すみません、勝手に寝ちゃって」

「別に気にしないで。普通に接してくれる方が嬉しいわ」

 麗子は内親王に惚れそうになった。




 数時間後、不発弾が処理されたため麗子たちは地下室から出ることができた。

 しかし、不発弾の外装に描かれていた模様が送られたのは、御所を出てから丸一日以上経ってからだった。

 麗子と橋口は、所長と一緒に永江除霊事務所にいた。

「自衛隊は、ずいぶん時間かけるのね。たかが画像データ一つ送るだけなのに」

 所長は自分の短い髪を後ろに撫で付けながら言った。

「変なものが写っていないかとか、送り先にミスがないかとか、組織からデータを受け取る時にはこのくらい時間がかかるのよ。丸一日で出てきたのは早いと思った方がいいわ」

 永江リサ所長は、サングラスをずらして、送られてきた画像に目を近づける。

「画像を外部に流したら処罰されるから注意してね。特にカンナ、スクショとか歩きながら閲覧するのは厳禁よ。これは脅しではなくて、超法規的に処理されるから、裁判とかを待たずに処罰が実施される」

「どうやって漏洩したのがわかるんですか?」

「そこまではわからない。この画像は専用のビューアでしか見れないし、専用のビューアが起動しているOS上ではスクショが撮れないように仕掛けられてる。この画面を撮影することは出来るけど……」

 さっきいった通り、それがバレれば超法規的にその者を処罰できると言うことだ。

 麗子はあらためて画像を見直す。

「この時点でしっかり確認しておかなければならないと言う意味ですね」

「そうなるわね」

 麗子は何枚かに分割されている映像を見ながら、何かの事件でこのような模様がなかったか思い出す。

 しかし、過去の事件でこの手の模様が使われた記憶はなかった。

 すると橋口が言った。

「この模様、どっかで見たことあるんだケド」

「そりゃ、あんたが足を引っ掛けた不発弾なんだから、見たことあるでしょうね」

「そう言う意味じゃないんだケド」

 彼女の大きな胸の前で、腕を組み、怒ってみせる。

 麗子は抑えるような仕草をして、言う。

「軽い冗談よ。けど、どこで見たの?」

「それが、まだハッキリ思い出せないんだケド」

「……いざとなったら、私が思い出させてあげる」

 サングラスをかけ直した所長がそう言うと、橋口は少し震えた。

 所長が他人の記憶を手繰るなら、それなりに過激なことになりそうだからだ。

「見れば見るほど、この模様は何か呪術的な雰囲気を感じますね」

「私から事務所の除霊士全員に見てもらうようにするわ。誰か、知っている者がいるかもしれないし」

「お願いします」

 しばらくの間、三人は同じ画面をじっと見つめていた。




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