力こそパワー
永江除霊事務所で除霊士見習いとして働いている橋口かんな、と冴島麗子は、御所に住んでおられる内親王のご要望により赤坂御所に出るというゾンビを調査・退治するために中に入っていた。
内親王のご案内によりゾンビを見たという場所に来ると、ソンビが現れた。
現れたゾンビに、橋口が囲まれてしまい、彼女は手持ちのバラ鞭を使って一斉除霊を試み、見事に成功させる。
しかし、相手にしたゾンビの数が多すぎたのか、霊力を吸い込む力が強すぎたためか、御所にある無尽蔵の霊力を吸い込みハイパー化してしまう。
ハイパー化とは、体に保持できないほどの霊力を蓄えた状態であり、そのままでは命に関わる問題だった。急いで橋口の霊力を適切な量まで減らさねばならなかった。
「かんな、お願いだから私の話を聞いて!」
橋口は地上より1.5メートルほど浮いたまま、何も反応しない。
「さっきも言ったでしょ。彼女は今、体を満たしたもの凄い量の霊力で精神がまともではないの。百人、二百人の人間に囲まれ、一斉に話しかけられているような状態よ。あなたの声は届かない。もっと強い刺激を与えないと」
内親王の説明を聞いて、麗子は頷いた。
「わかりました……」
一か八か、橋口に向けて強い霊弾を撃つ。
橋口の中の霊力が十分強ければ、体を傷つけることなく守ってくれる。その状態なら霊弾で、彼女の中の霊力を弾き出すことができるだろう。
力を持って、力を制すのだ。
麗子は右の人差し指を、橋口に向けて構えた。
指先に霊光が輝き、それが大きくなっていく。
「ねぇ、それって彼女を傷つけてしまわないかしら。正常な精神状態じゃないのよ」
麗子は自分の考えを話す。
「そもそも霊弾は体を傷つけるものではないんです。その者の持つ霊を撃つものです」
「けど、外傷も与えられるのでしょう?」
その通りではあるのだが、今、麗子にやれるとしたら、これしかない。
「かんななら、対応できるはずです」
当たる直前に、正気を取り戻すかもしれない。
正気の橋口なら、私の霊弾の対処方法はわかっている。
強い霊弾をぶつければ、同じだけ強く霊力を使って消滅させてくるはずだ。
無意識でも防御しようとすれば同じことだ。
どちらにせよ彼女の中の霊力が減る。
指先で大きくなった霊弾を、橋口に向けて放つ。
レーザーのように伸びていく霊光は、彼女の胸元に達した。
「彼女、精神が壊れ始めてる」
内親王は橋口の状況を見て、そう言った。
橋口は麗子の放った霊光を、そのまま自らの霊力へと吸収してしまったのだ。
通常、襲ってくる脅威には抵抗する反応を起こすのが普通だ。
霊弾に気づかなければ、最初の目論見通り、霊力を弾き出せただろう。
だが、彼女はなんの躊躇もなく霊弾を吸収してしまっている。
向かってくる霊光に敵意がなく、吸収可能だと判断するにしても、ためらいは生じるはずだった。
麗子が呆然と見ていると、橋口の体表から、飛び散るように霊力が光りはじめた。
体自体も、数パーセント、あるいは十数パーセント、大きくなっていた。
「麗子さん。霊弾を撃つのではなく……」
内親王が言いかけた時には、麗子は橋口のところへ走っていた。
「そう…… 彼女に直接触れるべきだわ」
麗子も同じことを考えていた。
橋口の体に触れて、直接霊力を抜き出してしまえばいい。
過去にも霊弾を放ちすぎて、麗子の霊力が尽きかけた時、橋口から霊力を分けてもらったことがあった。
おそらく今彼女に触れれば、その時と同じことが起こるに違いない。
だが、彼女の意志を無視して、霊力を引き出すことができるか。
先ほど強い霊弾をぶつけたのと同じように、根拠のない賭けだった。
麗子は橋口の下に入ると、飛びついた。
足に抱きつくと、麗子は足を絡めながら、橋口の体をよじのぼる。
『ドケ!』
橋口の膨れ上がった体のせいか、少し前とも違う声が響く。
強い蹴りが麗子の胸に入る。
さっきは不意打ちで受け止めることができなかったが、今度は初めから予想の範囲だった。
麗子も自らの霊力をドライブして体を強化していた。
そのため橋口のその蹴りを受け止めることができた。
「かんな、私の声を聞いて」
強く抵抗された麗子は、橋口の足にしがみつくのに必死で、のぼることが出来ない。
「かんな!」
浮いている橋口に飛びついて捉まえている麗子の足に触れるものがあった。
「!」
見ると内親王が麗子の足を引っ張っていた。
「のぼれないなら、引き摺り下ろしましょう」
「内親王、こちらにきては危険です」
「人が死ぬのを見過ごせません」
麗子は橋口を地上におろす方法を考え始めた。
彼女はゾンビを一蹴した直後から、突然浮かび始めた。
ゾンビの穢れた霊力を吸収し、自らの霊力と相殺して消した。
その時に生じた吸収する力によって、橋口は御所に溢れる清冽な霊力を過吸収してしまったのだ。
体に入りきる以上の霊力を吸収しているから、精神も体も異常な状態になっている。
そう考えると、過剰な霊力を無意識に消費する為、浮遊することで力を使っているのだろう。
二人が重しとなってもまだ軽く浮いている。
余っている力を少しでも減らせば、浮遊をやめるということになるが、そもそも力を減らそうとして橋口の胸に触れようとしているのだ。この時点で本末転倒だ。
霊弾を防御させることで彼女のなかの霊力を消費させようと思ったが、霊弾をそのまま吸収されてしまった。
『ならば、吸収できない形で霊力を使えばよかろう』
「狐?」
麗子の中の曼荼羅を埋める霊的存在がある。
まだ曼荼羅は空席になっている部分があるが、埋まっている中の一つが、この狐だった。
『そうだ。俺の狐火をカンナの上空に撒き、回避させればいい。周りを囲んでしまってもいい。熱を下げるとか、そういうことに霊力を使うだろう。力には力。力こそパワー』
「わかったわ」
『いくぞ!』
次に何が起こるか想像した瞬間、麗子は自らの足を掴んでいる存在に気づいた。
「待って!」
『遅い』
浮遊する、青白い炎が円錐を描くように現れていた。
炎は橋口を地上に下ろすために、隙間なく大きくなると、落下し始める。
「内親王、逃げ……」
いや、もう間に合わない。
狐以外の三人にとって、この狐火はただの炎の塊だ。
麗子はこの青白い炎を、自らの霊力を使って処理するつもりでいた。
だが、内親王はこの狐火に対抗できる手段がない。無防備なのだ。
麗子は橋口の体から手を離し、内親王のもとにおりた。
橋口は一人で空間に浮いている。
「体を小さくして。私が守ります」
麗子は内親王を庇うように覆い被さった。
次々に落ちてくる青白い炎の塊を、近づけまいと霊力で自らの周りを守るように光る壁を作った。
青白い炎は、落下してくるとその光の壁にぶつかり、激しく燃焼すると燃え尽きた。
卵の殻のように橋口を包む壁は、青白い炎で、瞬間、穴が開くが、あっというまに再生される。
光る壁を作っているせいか、橋口はゆっくりと地上へおりてくる。
いくつかの青白い炎は、橋口の光る壁に当たらずに麗子の背中を直撃する。
制服も体も燃えはしなかったが、弾くために彼女の霊力が削られた。
「!」
麗子も橋口同様、霊力を展開して青白い炎から身を守る壁を作った。
どのくらいこの青白い炎が降ってくるのか。
壁を維持できなくなり、霊力が尽き、この炎をキャンセルできなくなったら……
麗子は霊力を使い、壁を維持しながらもそんなことを考えていた。
だが、それは些細なことだった。
麗子の上に、卵のように光る壁に包まれた橋口が『落ちて』きたのだ。
麗子は、言葉にならない声をあげた。
橋口の光の壁が、麗子の作った傘のような壁を突き抜け、麗子の背中を直撃したのだ。
相容れない霊力がぶつかりあい、落ちてくる橋口を押し返さねばならない麗子は、激しく霊力を消耗していく。
激しい霊力の消耗のせいで、実際に触れてはいないにも関わらず、背中を抉るような痛みを受ける。
青白い炎はまだ止む様子がない。
内親王を守るためにも、今避けるわけにいかない。そして狐火が落ちてくる間、壁も維持する必要がある。
橋口の霊力を削るつもりが、今、強いダメージと共に激しく霊力を消耗しているのは麗子の方だった。