シンクロ
冴島麗子と橋口かんなは内親王の家で休憩していた。
内親王が御所の中で塹壕ゾンビを見かけた時刻までまだ時間があり、家を出るには早いからだ。
三人は思い思いにソファーに座り、なんとなくスマホを見ていた。
「内親王はある意味というか、正直有名人なんだケド。エゴサするん?」
「なんて聞きかたするのよ」
麗子はかんなの膝を、ポンと叩く。
「良いのよ。そりゃ、するわよ。特に公務の後はね」
「どんなキーワードで調べるんだケド」
「ああ、けど、所謂『エゴサ』じゃないの。公務において大衆に与えた印象の調査、という形だから、適当なキーワードは使わないの」
どうやら、宮内庁が指定したサイトで、指示された形式とキーワードを入れて行うもののようだった。
橋口が、内親王に聞いた通りに入力してみると、非常におとなしい記事だけが検索結果に表示された。
そしてコメント欄などは、出てこない。
「へぇ。これ、変なコメント見つけて、傷つかないようになってるんだケド」
「本当にこれしか見ないんですか?」
「これは、仕事の評価結果として検索するのよ。公務は、こういう記事など、メディアの反応が評価の半分ぐらいを占めるのだから」
橋口は人差し指を立てていう。
「なら最初から報道をコントロールすれば、公務をいい加減にしても大成功に変えられるんだケド」
内親王は笑った。
「そういうことじゃないのよね。私個人の評価としてだけじゃなく、宮内庁関係者の評価、つまりお給料に直結するの」
「お姉様の駆け落ちの時は、宮内庁の人、めちゃくちゃ評価下がったんですか?」
内親王の笑いが引き攣ってきた。
「……さ、そろそろ外に出ましょうか?」
麗子は触れてはいけない内容を口にしてしまったと思い後悔した。
かんなは、返事もせず先に部屋に戻っていった。
麗子も会釈すると、割り当てられた部屋に戻り、調査のための準備をした。
二人が装備をしてリビングに戻ってくると、内親王もガールスカウトのような格好に着替えて待っていた。
「あら、二人とも制服のままなの?」
「ライトとか、鞭とか、必要な道具は装備したんだケド」
「鞭!?」
かんなが懐から『バラ鞭』を取り出すと、内親王は少々興奮した表情でそれをじっと見つめた。
「叩かれたら痛いんでしょう?」
「痛くなかったら意味ないんだケド」
「あなたはどんな武器を使うの?」
麗子は武器は使わないと言って首を横に振った。
「あえて言えばこの『指』でしょうか」
そう言って、手で銃のような形を作ってみせた。
麗子は指先に霊力を集めて、それを弾として撃つのだ。
「なんかすごいわね」
「いえ、それほどでも……」
「以前内親王が使った古の神器の方が、よっぽどすごかったんだケド」
箱から出され、絹布を開いて出てきた古の鏡。
二人は以前、時をループするアリスと会話するために内親王に御助力頂いたのだ。
古の神器を使って、ツクヨミの力を使う。
麗子や橋口が目にする呪具などとは、備わっているパワーが違う。そしてその力を引き出せる彼女の血の質に驚いた。単純な霊力といったもので計り知れない違いを感じ、俗世の者とは全く異なるのだと思い知らされた瞬間だった。
「お母様は民間の方だったのに」
そもそも上皇は、民間から上皇后となる方を選んだ。この内親王の父も、同じように民間から配偶者を選んでいる。どちらも血が薄くなる方向にしか働かないはずだ。
「単純な掛け合わせではない何か秘儀があるはずで、どうやってその血を繋いでいるのか、めちゃくちゃ気になるんだケド」
「うふふ。答えることはできないわ。正直、その質問、ものすごいセクハラなんだけど、『かんな』さんだから許してあげる」
「た、大変失礼いたしました」
麗子は橋口の頭を押さえつけるようにして、一緒に頭を下げた。
霊能課の柴田は、アリスから連絡を受けて、以前、塹壕ゾンビを目撃した皇居内のお堀の近くに来ていた。
タブレットのマップを見ながら、複数名で皇居の森の中を進んでいく。
「アリスさんが言った時刻まで、あまり間がないぞ」
「大丈夫。もうすぐですよ」
先頭を歩く警官が草木を掻き分けて進むと、前が少し開けた。
目の前には塹壕のような、人工的な窪みが現れた。
「よし、とりあえず録画を開始しておけ」
柴田はそう言うと、タブレットの端に書かれた時刻を読んだ。
ユキネェがライブ配信をする時刻まで後三分を切っていた。
その場の三人は、緊張した面持ちで目の前の窪みを見つめる。
御所の中では、内親王の案内で、麗子と橋口が探索していた。
「そろそろね。確か、このあたりでゾンビっぽいものが歩くのを見たの」
「あれっ? ここ、昼過ぎにきた場所なんだケド」
「そうだったっけ?」
橋口は怒ったように言う。
「こっちは変な筒に足を引っ掛けたから、よーく覚えているんだケド」
「あっ、アリス刑事からメッセージ入った」
「誤魔化してほしくないんだケド」
麗子はメッセージを読んで驚く。
「気をつけて!? メッセージからすると、もうすぐゾンビが出るはずだって」
「何を根拠にそんなこと言うんだケド」
「とにかく安全が第一だから、少し道の方へ後退しましょう」
内親王が襲われたら、国の一大事だ。襲われなかったとしても、危ない目に遭わせてしまったら、今後仕事を受けることが出来ないどころか、宮内庁から圧力がかかり、永江除霊事務所の免許を取り消される可能性だってある。
「だから何が根拠なんだケド」
「この『ユキネェ』とか言う人のライブ配信の時間だから、らしいよ」
「……」
橋口はスマホでその『ユキネェ』の配信を調べている。
麗子は、周囲を警戒するように何度も周りを見回した。
「ライブ配信始まったんだケド」
何も見えない。
配信の音声がタブレットから流れる。
『今日は話題の塹壕ゾンビが現れるという公園にやってきました……』
「えっ!? 今、塹壕ゾンビって言ったんだケド」
「麗子さん、あそこ! 何か一瞬光った」
内親王の細く長い指が、森の奥を示した。
橋口が昼間見た場所と同じと言った場所だ。
「!」
何か朧げに、人型のモヤが見える。
色が見えるのではなく、形に沿って光を吸収していて、真っ暗な空間が形成されているようだ。
『ブリキの木こりが、何か見つけたと言っています』
「何も見えないんだケド」
麗子は内親王と一緒に、真っ黒なモヤを見ていると、突然、モヤが光を放ち始めた。
「でた!」
『あ、今、何か光りました!』
「ゾンビ見たいのが、見えるんだケド!」
動画のライブ配信に同期するように、御所の中でもゾンビらしきものが現れた。