教皇がやって来た
十日後。
遠距離会話を可能とする特殊な魔法具を使用し、ドラクロワ帝国駐在の大司祭経由で教皇が呼んでいると連絡が入った。
再びバイクをかっ飛ばして、教皇庁の大神殿へ向かい、教皇と再び面会する。
調査に掛かる時間の目途が立ったと知らせを聞いて来たが、想像を超える程の汚職人数の多さだった事を考えると『十数年掛かる』と言われても驚かないぞ。
「五年以内に終わる? 過労死で何十人使い潰すの? それとも、賄賂で揉み消しが発生する前提の年数なの?」
「使い潰さぬわ。それから賄賂は無い前提だ。ドラクロワ帝国に限っては半年で終わる見込みだ」
「強制的に代替わりさせて、大掃除するの?」
「掃除が終わるまで代替わりはさせぬ。終わったら真っ当な皇子を椅子に座らせる予定だがな」
「それを強制的って言うんじゃないの?」
「違うわ。皇帝の意思で決まった事だ。次の皇太子選出に、大掃除を使うと言っていたが」
「つまり、半年間で誰が一番、大掃除出来たか、掃除の量で決めるって事?」
「そう言う事じゃな」
教皇と出されたお茶を飲みながらの会話は進む。視界の隅でアンリが『教皇と聖女の会話じゃない』と、視線を虚空に彷徨わせて呟いていた。教皇の耳にも届いていたけど、揃って無視。話題を変えた。
「そう言えばさ、退職金と給金の支払いは何時になるの?」
「二十日後に、儂自らドラクロワ帝国を訪れる。それまでに用意するようにと、通達はした」
「それってさ。二十日後に、確実に貰えるって訳じゃないのね?」
「多分だが、渡したらドラクロワ帝国の国庫が空になる。拘束した枢機卿達の資産を差し押さえしても足りん」
「どれだけ使い込んでいたのよ」
「全くじゃ」
教皇と顔を見合わせて、同時に肩を落とす。
結局、この日は何も貰えなかった。
それでは何故、呼び出されたのかと言うと、自分がどこかに出奔するのを防ぐ為と、教皇との会話内容を周囲に聞かせたくないのと、直接会いたかったらしい。
確かに、五年間のタダ働きで自分の体は栄養失調に近い状態だった。あの夜会から十二日が経過し、毎日栄養たっぷりの食事を取る事で多少は肉が付いた。十歳の頃から余り食事を取っていなかったので、体は余り成長していない。自分が真っ当に扱われているかの確認だったのかもしれない。
再びバイクに乗ってふらりと帰り、教皇が来国する日まで待った。
その間に、記録石に移した情報の整理を行う。毎日限界になるまで情報処理に時間を当てた。その甲斐あって、教皇が来る前日にまでに七割近く終わった。残念ながら、未だに霊力と転生の術に関する情報は得ていない。残りの三割にある事を祈りたいが、ノーランは『知らない』と言っていた。虚偽の可能性を考えて情報の処理を行っていたが、出て来る情報は審判者と世界樹と天樹に関する情報ばかりで、手掛かりすら無い。徒労になるかもしれないと、苛立ちを押さえながらの作業だった。
二十日後。教皇がついに来国した。
ドラクロワ帝国は上から下まで――皇帝、貴族、騎士はおろか一兵卒に至るまで、そして商人までも含む――蜂の巣を突いたような大騒動だ。
約一ヶ月前に、元皇太子の婚約者だった聖女の名を騙った汚職とヤバい事実が大量に発覚した。国を挙げて聖女を迫害していたとも取れるので、国単位で破門を言い渡されるかもしれないと、皆戦々恐々としている。その中に含まれている商人は、取り引き先が汚職に手を出していた連中だった事から連座で破門されるのではないかと勘違いして怖れているだけだ。
聖女をしていた間に同行していた護衛の連中は、男尊女卑の思考が強く、女の自分を良く思っていなかった。だから五年もの間、自分の扱いに誰も疑問に思わなかったんだろうけど、その連中ですら今更になって破門を言い渡されるかも知れないとビクビクしている。
この世界の宗教は自然を神として祀っており、数十年から百年に一度見つかる希少な光属性の魔法適性を持つものを『聖人・聖女』として崇める。何故光属性の魔法適性者をこのように崇めるのかと言うと、ここは『希少な力を持つものは神から何かを託された人間。そんな希少な光属性の魔法が使える人間=神から何かを託された人間を聖人・聖女として扱う』世界だった。よく解らん理屈だ。こじ付けな気もする。別の、隠された理由が在りそうだが、教皇に尋ねても教えて貰えないだろう。
皇帝以下大臣級の面々が出迎えて挨拶などの対応をする。微妙な立場の自分は顔を出さない。教皇はやって来たけど、実際に会うのは歓迎の夜会が終わってからだ。それまで、離宮の部屋で待つ。
昼前に到着して、日が沈んだ頃に夜会に参加する。中々にハードなスケジュールだ。老骨の身ではキツイだろうな。会ったら疲労軽減の魔法を掛けてあげよう。
そんな予定を立てながら、最近になって入手した大陸地図をテーブルに広げる。そろそろ隠居先を決めなくてはならない。ついでに入手して置いた方が良さそうなものを紙に書き出して行く。勿論、食料の事では無い。材料の事だ。
実はこの世界には、変わった特性を持つ鉱石が大量に存在する。聖女認定を受ける前、たまたま本を読んで知った時に『絶対に手に入れよう』と決めていた。
流石に、ファンタジー系の定番鉱石『オリハルコン』は存在しない。代わりに存在するのは、『酸素を吸収して白く発光する』、『水を吸うと重くなる』、『横に衝撃を加えると綺麗に割れる』、『水を吸って発熱する』などの特性を持った鉱石だ。これ以外にも『火薬の代わりになる鉱石』も存在した。
ぶっちゃけると、オリハルコンよりもこう言った類の鉱石の方が重宝する。日常生活で役立つし、加工すれば色んなものが作れる。その分、自分の発想力が試されるけどね。
入手したいものを書き連ね、隠居先の候補を吟味して挙げて行く。
集中していたからか、ノック音を聞いて驚いてしまった。窓から外を見ると、暗くなっていた。応答の声を上げると、教皇が離宮の応接室に来ていると知らせを聞いた。思わず首を傾げる。教皇が来るとしても、国の対応内容を考えて、明日になると思っていた。
予定を前倒しにしたのか、それとも最初から自分に会う方を優先していたのか。
真相は知らないが、来ているのなら会った方が良い。
ドアを開けて廊下に出ると、帝国の騎士と教皇庁が抱える聖堂騎士団の騎士数名と教皇の秘書官アンリがいた。久し振り、と挨拶する。
「二十日振りですね。聖女様」
「聖女は廃業になった筈だけど?」
「そう言う事は言わんで下さい。応接室で教皇様がお待ちです」
「皇帝は良いの?」
「教皇様が秒で終わらせました」
「そうだったの」
アンリは非常に良い笑顔を浮かべた。つまり、皇帝を絞り切ったのか。まぁ、皇帝が萎れても、自分は困らない。存分に絞って良い。短く返すと帝国の騎士の案内でアンリが応接室へ歩き始めた。自分もそのあとを追う。後ろには聖堂騎士が付く。これは何かを警戒してではなく、自分が逃げ出さない為の見張りだろう。
無言のまま歩いて、応接室に到着した。
約一ヶ月前にも訪れた応接室にいたのは、教皇、皇帝、皇帝付きの侍従、拘束された数人の男性司祭だ。室内では、拘束された司祭達が教皇に文句を言っていて、入室した自分達に気づいていない。
暫しその光景を眺めていると、教皇がこちらに気づいた。
「ん? 何故部屋に入って何も言わぬのだ?」
「そこの司祭一同が、文句を叫ぶように言っていたのが原因でしょ? そこのは、汚職の手助けして新しく拘束されたの?」
「そんなところだ。今回の汚職の範囲は広い。五年も発覚しなかった原因を調べたら、駐在の司祭までもが汚職の手助けとして偽の報告書を提出していた」
「聖職者なのに、教皇庁って碌な人材がいないの? 末期なの?」
「末期ではないわ。埃落としは強めにやっている」
「……今思い出したんだけど、三年前に直談判したよね? その時に調べておくとか言っていたのに、結局やらなかったの?」
「どうじゃったかのう? だが、手元に上がって来る報告書が偽物では調査員を送っても追い返されるだけだったぞ」
「そう言えば、内部の蹴り落とし合戦にしか、興味の無い連中だったわね。そりゃあ、適当な報告を上げるわ」
「お主は聖職者を何だと思っている?」
「汚職三昧していた枢機卿は何人に増えたんだっけ? 千人超えたんだったっけ?」
「枢機卿は千人もいないぞ」
「その物言いだと、汚職に関わった人間の総数だけで数百人いそうね」
「どうじゃろうな……」
目を逸らした教皇をじっと見つめる。
「御二方。じゃれ合うのはそこまでにして下さい。深夜になっても知りませんよ」
何時もの調子で教皇と言い合っていたら、アンリが割って入って来た。アンリが発した『深夜』の単語を聞き教皇と二人で黙る。周囲を見ると、アンリと聖堂騎士以外の面々が。カパッと口を開けて驚いていた。
「えーと、そこの司祭は、な・ん・で、いるの?」
「偽の報告書を五年間提出していたもの達だ。お主に謝罪させようと思ってな」
「謝罪? こいつらの反省心の無い顔を見なさいよ。『聖女なら許せ。許すのが務めだ』って、伝言鳥みたいに同じ事を言い続けるでしょ」
伝言鳥とは、この世界特有の鸚鵡や九官鳥のように喋る鳥の事だ。伝書鳩と同じような調教を受けており、手紙の代わりに伝言を届ける大型の鳥だ。
「確かに言いそうだがな。謝罪したと言う事実が、全く無い事の方が問題だ」
「要するに、看板の問題か」
「そう言う事じゃ。……ほれ、司祭一同。聖女に何か言う事が在るだろう?」
教皇に声を掛けられて、今まで黙っていた司祭一同の肩が跳ねた。全員そのまま俯く。
「言いたくないみたいね。言わなかったら破門って言ったの?」
「それは言っておらんが、聖女を前にして『どのような行動を見せるか』で破門にするか否かを決める、とは言ったな」
「ふぅん。それで、どうするの?」
「破門にするのは容易い。だが、こやつらの今後の人生全てが決まる。反省心が有るならば、降格に留めるつもりでいた」
教皇に話を振って視線を向ければ、困り顔になっていた。
「……何故、ですか」
その時、微かに聞こえた歯軋りのあとに、憤怒に満ちた声が上がる。
「聖女ならば、未だに聖女を名乗るのならば、どのような扱いを受けても我らを許すべきでしょう! 何故、こんな小娘に頭を下げねばならないのですか!?」
項垂れていた司祭の一人が、我慢ならんと言わんばかりにそう叫べば、他の司祭も同調の声を上げだした。挙句の果てに『聖女なら許せ』コールが上がる。
余りにも阿呆過ぎる展開に、自分は蟀谷を擦った。教皇を見れば、天井を仰いでいる。アンリと聖堂騎士達は呆れている。
「世界が滅びへ近づいていると、聖職者も馬鹿揃いになるのかしら?」
「ジャネットよ、それはどう言う事だ?」
「時間が有ったら教える」
教皇の問い掛けに短く答える。魔王について報告した時に教えていなかったか。記憶を探ったが、あとで教皇と情報の擦り合わせをしよう。今は喚いている今馬鹿共を黙らせる事を優先せねばならない。
息を吸い、言葉を纏めてから一気に言う。
「何? 聖女に強いるのは良くて、聖女が強いてはいけないの? 聖女はこう在るべきって散々理想を押し付けて、枢機卿達は自分勝手に汚職三昧して良いって言うの? あんた達は聖女を何だと思っているのよ! それとも、聖女は人間扱いしなくて良いとでも言いたいの?」
「ち、違います。その……」
「その、何なの? まさか、『女には何をやっても良い』とは言わないでしょうね?」
反論しようと口を開いた帝国駐在の司祭の男は俯いて黙った。けれども、小声で『女の癖に』と言ったのがはっきりと聞こえた。
反省が無い模様。いや、下手な口答えをしたら『教皇直々に破門を言い渡される』この状況が気に入らないらしい。
こいつ、自分が何をやらかしたのか判っていないのか? それともただ単に、認めたくないのか。
苛立ちから拳を握ると、そっと、誰かが拳に手を添えた。
添えられた手は枯れ木のように細く、老人のようだった。室内でこんな手をしている人物は一人しかいない。手の主を見れば、教皇だった。
視線が合うと、教皇は一度頷いた。『任せろ』と、顔に書いて在った。
「良いか。希少な力と言うのは、判らぬ事が多い。判明していない事が多いのは、使い手が少ないからじゃ。分らぬ事が多く、使い手は少ない。それは、何か起きた時の対処方法も判明しておらず、何か起きた時の対応も難しいと言う事だ。希少な力を持つものを聖人や聖女と呼び、教皇庁の管理下に置くのは、誤った道へ進ませない為に教育するのが目的だ」
「教育? 聖女に選ばれておきながら、そんなものが必要だと仰るのですか!?」
司祭の叫びを聞いて、教皇は肯定した。
「必要だとも。数多の人間の中から、こやつを聖女として認定したのは、我々人間だぞ。いいか。人間の聖人や聖女を、そう認識するのは同じ人間だけだ。馬がジャネットを『聖女だ』と認識して畏まったりせんだろう」
教皇の言葉に『それはそうだ』と頷く。馬と人間では認識が違う。そもそも、馬からすれば人間なんて『餌をくれるのなら』どれも同じだろう。
「人間の聖人聖女だからこそ、必ず正しいものが選べるか分からないのだ。正しき事はその時によって変わるが、選んではならぬ間違った事は、大体決まっている。間違った事を選んで誤った道に進まないように、特別な力が齎す結果を『厄災』ではなく『恩恵』になるように、我らが教え導かねばならん」
教皇はそう言って男を見た。教皇の言葉を聞いた男は能面のような、感情が抜け落ちた顔になった。こいつが何を考えているのか全く分からない。怒りと憤りは見えないが、流石に教皇の言葉を無視する事は出来ずに考え込んでいる。
自分は教皇の言葉について少し考えた。
……『特別な力が齎す結果を厄災ではなく恩恵になるように』か。
たまに聞く『強大な力を得た人間の責任』と言う奴か。『大いなる力には、大いなる責任が存在する』だったか? 聖女教育は教皇庁の方針を覚える為のものでは無かった模様。久し振りに教皇らしいところを見てちょっと感心する。
「ま、聖女の名を使って好き放題をしていたものに、儂の言葉がどこまで届くか判らんがな」
教皇はそう締め括り、司祭から視線を別のところへ移動させる。移動先はドラクロワ帝国の皇帝だ。
「二十五年の制裁期間中の、今日から十年後に改めて異端審議する。それまでに結果を示して貰おう」
皇帝は声が出ないのか、無言で頷くだけだった。と言うか、二十五年にまで延びたのか。
これでは国際法違反の影響が既に出ている中で『どれだけ結果を示せるか』が勝負となる。ドラクロワ帝国全体が破門の対象となったら国際社会からの爪弾きは避けられないし、その影響は計り知れない。平民は間違いなく暴動を起こし、帝国内の教会は潰れる。
そうなったら帝国内の秩序は崩壊する。
平民の数は非常に多く、数の暴力にどこまで貴族が耐え切れるか不明だ。貴族の中には、平民側に寝返るなどの裏切り行動を取るものも出てかねない。
千にも満たない人間の行動が原因で、国が一つ滅びる。シャレにならん結果だ。
世界を一つ見捨てた自分が言うのもなんだけどね。あの世界では『国を挙げて色んな事をして来た』から見捨てた。でも終わりを見ると、神々が動いていたから、どう足掻いても人類は滅ぼされただろう。
やっぱり、愛着を抱かせる教育を受けたか否かって大事なんだね。
あの時そんな教育を受けた覚えは無いし、ただ都合よく使えそうだから祭り上げるかって感じの扱いだった。それも、賄賂を貰うと扱いを雑にする始末だし。今になって思うと、神託を無下にした事がバレたから、神々は動かなかったんじゃないか? 割とマジで、そんな気がして来たぞ。
過去を思い返していた間に、教皇と皇帝の話は進んでいた。主に今後の自分の扱いについてだ。帝国所属の枢機卿が原因で、聖女が引退する事態をどう扱うのか。
自分が何を言っても、これから先は政治関係の話となる。終わるまで黙って待った。
教皇は皇帝よりも、野心しか持たない陰険狸の相手を務めていた時間が永かったからか、皇帝は碌な抵抗も出来ずに丸め込まれた。
国庫が空になるから慰謝料と給金は支払えないとか言っていたのに、今回の騒動で長期的に支払う罰金は国家予算五年分の金額だ。しかも、その罰金の支払いで制裁期間が五年短くなっただけで、大した成果は出ていない。つーか、どんだけやったんだよ。
これから大掃除をしても、大した結果にならなそうだな。
二十五年も経たずに帝国が地図から消える、暗い未来が見えて来た。帝国が分解する時まで、自分がこの世界にいるかは不明だけど、嫌な予感で内心でため息を吐くぐらいは許して欲しい。
案の定、自分への慰謝料と給金の支払いを少し待ってくれ、などと皇帝が言い出した。国庫が空になる云々と言葉が続いたので、思い切って教皇に提案する。
「支払えないと仰るのなら、教皇庁に代理で請求します。教皇庁は利子付きの借金として、後日改めて帝国に請求すればいいでしょう。『教皇庁からの借金返済』と言う形にすれば、長期的な支払いと言う形で、表向きは支払っている事になりますからね」
「帝国の借金にするか。利子と支払いの形について改めて話し合う必要性が出て来るが、それで良いかもしれんな」
教皇が『それで良くね』と頷けば、皇帝は大量の脂汗を掻いて動きを止め、暫し熟考するもよく分からない笑顔を浮かべて、椅子から落ちるように倒れた。
侍従と帝国の騎士が血相を変えて、室内は一気に騒がしくなった。
「肝が細いわね」
「この状況でそんな鬼畜発言が出来るのはお主だけだ」
「いいえ。皇帝陛下を心配しない時点で、教皇様も立派な同類です」
「冷静だからアンリも同類ね」
「何でそうなるんですか!? 理不尽過ぎません!?」
そんな騒がしい中、教皇とアンリの三人での会話が漫才じみたものになった。
その後、三人で皇帝が運ばれて行くのを見送り、その際アンリがついでに司祭達を適当な地下牢に入れるように頼んだ。
ドラクロワ帝国側の人間がいなくなったところで、今後どうするかについて話し合う。議題は自分に支払われるお金についてだ。
帝国側に支払い能力が無いなら、そうするしかないと思って口にしたが、予想以上の大事に発展した。後悔はしていない。支払いを待ってくれと言い出したのは皇帝だし、と責任転嫁を忘れずにする。教皇もアンリも特に何も言わなかった。
教皇庁が代理で支払いをする事になったが、金額が大き過ぎる事から『毎月月初の合計十二回』に分ける事になった。支払い完了までに、一年掛かる事になったけど、逆を考えると一年間はお金の事を考えずに好き勝手していられる。
実はこの世界には、ファンタジー系でよく見る『冒険者ギルド』なるものが存在しない。職業紹介所なるものは存在するけど、冒険者と言う職業が存在しない。
魔物は存在するけど、数がそう多くない事から、退治や追い払いなどの『魔物の相手を務める行為』は国の仕事扱いとなっている。
何時もなら、冒険者ギルドで魔物相手の仕事を請け負って荒稼ぎするんだけど、この世界ではそれが出来ないのだ。
資金繰りで頭を悩ませるなら、さっさと別の世界に行くのが良いかと思ったけど、予想外の方向に転がった結果、期限付きだがその心配も無くなった。
教皇と支払い日を話し合って決め、毎月初めに教皇庁に受け取りに出向く事で合意し、この日は解散となった。
しかし、翌朝になって教皇が再びやって来たので、再び応接室で対面する。『何用?』と、首を傾げれば聞きたい事が在るそうだ。
何が聞きたいのか。ド直球で教皇に尋ねたら自分がポロッと零した言葉の意味が知りたいそうだ。
『世界が滅びへ近づいていると、聖職者も馬鹿揃いになるのかしら?』
確かに言ったな。覚えているとは思っていなかった。テーブルにお茶一式が並び終えるまでに、どうするか考えて――教える事にした。
教える前に、言葉の意味を問う教皇に人払いを頼んだ。秘書官のアンリも退室させた。遮音結界を展開して『他言無用。次の教皇にだけ、口伝で言って良し』と、教皇に言い聞かせてから、世界について――天樹と選定の儀に関する事も含めて――の情報を教えた。
情報源は聖騎士からだと主張しても、長年政治家を相手にしてきた教皇に通用しないのは目に見えている。下手な誤魔化しは誤解を招きかねない。
自分に関する情報を必要に応じて交えて、この世界の状況について説明する。
時折飛んで来る、教皇からの質問にも答えながら、最終的に世界がどうなるかまで説明する。もっとも、世界の滅びがやって来るのは数万年後の話だが。
「はぁ~、とんでもない事を聞いたな」
教皇はソファーに座り直してから大きく息を吐き、瞑目して眉間を揉みながら知った情報の整理をする。
自分は長々と喋って喉が渇いたので、手を付けないまま冷めきったお茶を飲む。
「これは流石に公表出来ん。次代に教えても、どこから漏れるか分からん」
情報の整理を終えた教皇はそう言うなり、眉間を揉んでいた手でお茶が注がれたカップを掴み、そのまま一気に飲み干した。教皇がカップをソーサーに戻したところで尋ねる。
「墓まで持って行くのね?」
「そうするしかあるまい。言ったところで、誰も信じないがな」
「でしょうね」
教皇の言葉に同意する。言ったら絶対に『頭がおかしくなった』と言われる。教皇庁は一枚岩ではなく、内部に複数の派閥が存在する。最大派閥のトップが目の前にいる教皇なんだけど、同じ派閥内で教皇の地位を狙う連中は多い。
個人的に話の分かる人物は貴重なので、この教皇がいないとちょっと困る事から、この五年間何か起きたら助けていた。聖女を引退したらそれは出来ないが、現時点でこの爺の代わりを務められる人間はいない。それは、自分とやり取りをしたい人間がいない、と言う意味でもある。
お茶のお代わりを淹れて飲んで思考を纏めている教皇を眺めて、ふと昨日のやり取りを思い出した。
『特別な力が齎す結果を『厄災』ではなく『恩恵』になるように、我らが教え導かねばならん』
目の前でお茶を飲んで休憩している教皇は確かにそう言った。
こんな言葉が出て来るって事は、過去に何か在ったのかもしれない。
同時に、少し前の世界で聖女の地位を押し付けられた時の事を思い出す。あの時も聖女の地位を金で売買した枢機卿がいて、王家もこれに関わっていて、自分は偽物と糾弾された。ただ、タイミングが悪く、自分を糾弾したあとになって女神からの神託が下りた。正に『後の祭り』と言う格言通りの状態だった。
どうでもいい、『後は野となれ山となれ』の言葉通りに自分は全てを放り出した。その結果、多くの人間が死んだ。
身を寄せていた神殿長官はマトモだったけど、聖女としての扱いは悪かったし、自分の糾弾に王家は関わっていた。貴族には碌な人間しか存在しなかった。こんな状況で、国に愛着を持った事は無いし、持つような教育を受けた事も無い。
今更だけど、聖女としての教育と愛着を持つような扱いを受けていたら、あの結末は変わったのかな?
でも、自分を聖女に選んだ女神は、魔王退治を放り出しても何も言わなかった。自分がどう動こうと、人類の滅亡が訪れる事を知っていたからだとしても、苦言を呈する事は無かった。もしかして、自分が『見捨てる』選択をした事で、言う気が無くなったのか。今となっては解らない。
教皇に『どうした』と声を掛けられた。少し考えてから、思い出した事を口にした。そして、自分の選択について教皇に尋ねる。
「そうじゃなぁ、たった一人に見捨てられただけで人類が滅びるのなら、結末はどうやっても変わらん。お主を偽物と糾弾した時点で、人類の滅びは決まったも同然だ。故に、お主が今になって気に病んだところで、意味は無い」
「全く無関係な第三者としての意見ありがとう」
手厳しい事に、教皇は『滅びは妥当』と言った。
「それに、神々が人類を滅ぼす事を決めていたのだろう? どう足掻いても滅びが訪れるのなら、人類を救ったところで意味は無い。神々を滅ぼせと馬鹿げた事を叫ぶものが出るだけだ。そして、それに応えねば、今度はお主が『悪』と言われる」
「想像に難くないわね」
続いた教皇の意見に頷く。周辺国は覚えていないが、あの国の王侯貴族なら絶対に言いそうだ。
これを最後に、教皇との対話は終わった。