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夢で声を聞き、隠された場所で会う

 ――夢を見る。

 黒一色の世界だと言うのに、懐かしいと感じる夢。

 ジャネットとして転生してからは、見なかった夢。

 この夢は『夢を見ているのに夢であると認識出来る』と言われる明晰夢だが、自分が見る場合に関しては違う意味を持つ。

 それは、未来を視る予知夢で在り、遠い過去を追体験する夢で在り、自分を探す『人間でないもの』との遭遇・対面とバラバラだ。

 今回はどれだろう? そう思った瞬間、若い男の声が響いた。

『――ああ。やっと届いたか』

 言葉の意味を考え、周囲を見回す。目を凝らしても、耳を澄ましても、何も見えない聞こえない。

『難しい事は考えるな。俺が指定したところに来てくれれば良い』

 指定場所に来い? どこに行けと?

 こちらの思考を読むように、男の声が響く。

『エクリプス山脈で一番高いところだ。成るべく早くに来てくれ』

 それを最後に声は聞こえなくなった。


 目を開く。借りている部屋の天井で視界が埋まる。目を擦りながら起き上がる。ベッドに手を着くと奇妙な感触が在った。

「ペンダント? 誰の?」

 感触の正体はアイオライトに似た青紫色石のペンダントだった。しかし、ジャネットとしての自分はペンダントと言った類のアクセサリーを持っていない。持って眠った覚えも無い。

 何故手元に在るかと考え、記憶が一瞬フラッシュバックする。

『やっと届いたか』

 聞き覚えのある声を思い出し、言葉の意味を理解した。届いたと言うのはこれを指していたのか。ついでにすっかり忘れていた夢の内容を思い出す。

「エクリプス山脈か」

 平均標高六千メートルの山が連なる、大陸最高峰の山脈の名前だ。最も高いところで標高九千メートル近くもある。標高が七千メートルを超えると一年を通して雪と氷に閉ざされた極寒の地に変わる。

 この山は地球の『ノアの箱舟伝説』に似た『世界が水没した洪水伝説』において、命懸けで山に登って生き延びた人々が水が引くまで共同生活をしていた、と言う伝説が残る山だ。洪水が何が原因で発生したのか言い伝えられていない。

 ただ、標高が最も低い(と言っても三千メートルある)山頂は信仰深い聖職者の鍛錬の場となっており、今尚、伝説を語り継いでいる人間がいる。

 その山脈で最も高いところに来いとは……。

「でも、誰なんだろう?」

 何故呼ばれたのかよりも、声の主は一体誰なのか、その方が気になった。

 身支度を整え、運ばれてきた朝食を食べて、出立の準備をする。

 魔法で移動するからそう時間は掛からないだろう。

 けれど、準備を終えて『よし、出発』となったところで待ったが掛かった。リオンクール王国の面々である。どうやら、どこかに雲隠れするのではと勘違いされたようだ。行先を告げると怪訝な顔をされたが引き留めはなかった。今度こそ出発する。離宮を出て、王都からこっそりと出て、宝物庫から飛行魔法具を取り出して乗り、空に舞い上がる。

 エクリプス山脈はドラクロワ帝国から見ると東に位置し、大陸を縦断するように存在する。

 直線距離は約三百キロだが、目的地は山頂。かっ飛ばせば午前中に着く筈だ。

 飛行型の魔力駆動バイクを操作して東の空へ飛んだ。



 調子に乗ってかっ飛ばした訳ではないが、予想以上に早くにエクリプス山脈に着いた。高度五百メートルを維持して飛んで来たが、山脈の中腹にも達していない。ここからは垂直に飛ぶ。途中、鍛錬場に寄って伝説をもう一度聞いた方が良いかと思ったが、何となく止めた。

 標高が七千メートルを超えると、砂漠地帯の採石場のような砂色の岩石だらけの光景から、白一色の雪と氷の世界に変わった。

 事前に首から下げて来た外気温調整の魔法具を起動させ周囲の気温を調整する。

 更に上昇を続けると酸素が薄くなって来たが、支障が出る程のものではない。そのまま上昇を続け、山頂に達した。

 青く澄んだ空と純白の雪のコントラストは筆舌で表し切れない程に美しいが、今日は観光に来たのではない。

 エクリプス山脈で最も高い場所を探す。

 山頂までの登頂者がいないと、こう言う時に不便を感じる。登頂者はいないが、山頂までの高さは三角推量で計算して出したそうだ。計算式が知りたいが、理解出来なさそう。

 フラフラと飛び回って探していると、白い岩が積み上がっている場所を見付けた。登頂者がいない場所で岩が積み上がっている。不自然だ。他に調べる場所も無いので一応調べよう。

 近くに降り立ち、歩いて近付いて見ると、写真でしか見た事の無い『弁慶七戻り』みたいな感じに積み上がっていた。

「うわぁ、今にも崩れそう」

 史実でも『岩を見た弁慶は今にも崩れ落ちそうな光景を見て七歩後退りをした』と言われている。確かに、今にも崩れそうで崩れない引っ掛かっているだけにしか見えない絶妙な岩の配置は、その下を通った瞬間、徒歩の僅かな振動で崩れそうな恐怖を与える。

 どこからどう見ても人工物にしか見えないが、実際は奇岩の一種で『自然に出来たもの』だ。意外な事に。日本各地には人工物にしか見えない天然の奇岩が幾つか在り、その幾つかは神社の御神体として祀られている。落ちそうで落ちない岩とか在ったな。

 ただし、弁慶の七戻りのような奇岩は古くは『石門』とも呼ばれており、確か『聖と俗を分ける門』でも在る……みたいな言い伝えもある。

「……門、か」

 連想ゲームのように出て来た知識を思い出し、目の前の岩を改めて見る。確かに、見ようによっては門に見えるだろう。穴の向こう側には、雲一つない青い空が広がっている。

 足を踏み出し、門のような穴を通る。

「――っ」

 通り抜けると景色は一変し、前兆なき変化に足が止まる。

 頭上と左右に青い空はなく、満天の星が輝く夜空が広がり、視線を横にずらせば天の川のような光の帯が見える。

 そして、正面には階段のような人工物が在る。いかにも登って来いと言った感じだ。

 生唾を飲み込んでから階段を上る。

 密室でもないのに、一歩階段を上る度に足音が反響して響く。洞窟の中で、天井から一滴の水が地面の池に向かって落ちたような、波紋に似た音だ。

 一歩上る度に心がざわつく。最後の一段を上り切り、広間のような空間に出た。

 広間の奥には見覚えの有るものが枯れた状態で安置されている。

 その前に一人の騎士格好の黒髪の男がこちらに背を向けて立っていた。

「やっと来たか」

 夢と同じ声で出迎えの言葉が響いた。

 だが、その言葉を紡いだ男の姿は陽炎のように揺らめいていた。

 一目見て判った。この男は既に死んでいる。魂だけの、幽霊のような状態でここにいたのだろう。

 男の横に歩み寄り、枯れている――いや、朽ち始めているものの正体を見た。

「天樹?」

 余りにも身近な――そう言って良いか分からないが――ものの正体に驚く。

 ここまで朽ちている状態の天樹を見た事はない。しかし、朽ちてなお、巨木の威容を誇る様は間違いなく天樹だ。

 朽ちた天樹。数百年前に現れた姿形なき魔王。魔王を倒した聖女と聖騎士。

 まさかと思っていた疑問が、真実味を帯びて来た事を理解し、背筋が寒くなる。

「知っていたか。ならば、説明はある程度省けるな」

「いや待て、省くな」

 ククク、と喉の奥で笑う騎士を見上げて説明を求める。愉快そうに弧を描く、澄んだ緑色の目と視線が合った。

 

 説明を求めた結果、頭痛がして来た。説明内容を少し整理しよう。

 まず、この男の名はジャコポ。名前で判るだろうか? 数百年前、この世界に守護者として召喚された異世界の人間だ。元いた世界でも騎士で、この世界では聖女付だった事から聖騎士と呼ばれるようになった。

 こいつを召喚したのは数百年前の聖女様。今日には聖女として伝わっているが、実際は管理化身を務めていた女性。

 そして、数百年前に何が起きたのかと言うと、選定の儀を終わらせる『停止の儀』が執り行われた。前管理化身の妨害で停止出来たのが術式発動途中だった。止めるまでの災害が、姿形なき魔王と呼ばれている。

 災害が魔王呼ばわりされているのなら、何故『数百年前に魔王に関する詳細が広まった国は壊滅的な被害を受け、あっと言う間に民ごと滅ぼされた』と言う事実が残っているのか。これは、真実を知った王が前管理化身の足止めを行い全滅した事実が、『停止の儀が失敗した』時の事を考えて手伝うなと言う教訓で(誇張されて)伝えられた結果だ。

 失敗しても記録は残らなかっただろうが、口伝による記録伝承程度は出来ると考えての行為だろう。



 ここまで聞いて気になる疑問が浮かぶが、口に出す直前でぐっと堪える。

 選定の儀を止めるには、当代の管理化身を殺す必要が有る。

 ――では、管理化身(聖女)を誰が殺したのか? 

 当然の疑問だが、聞くのは野暮か。聖女に関する事を口にしたジャコポの目が悲しげに眇められ、何となくだが疑問の答えを得た。



 災害が魔王と呼ばれているのなら、司祭の小父さんが昨日言っていた『数百年振りに魔王が目覚める兆しがある』と言うのはどう言う事なのか?

 教皇庁では魔王と認識されているが、厳密には違った。

 前管理化身が選定の儀を再び発動させようと暗躍している様が、伝承に残る魔王と似ている事から『復活の兆し在り』と誤認されてしまったのだ。

「さて、ここまで説明したのだ。俺が何を要求するか分かるだろう?」

「……選定の儀を再起動させようと暗躍している馬鹿の排除か?」

「正解だ」

 少し考え込んでから回答を口にする。ジャコポは愉快そうに口元を歪めた。

 抹殺対象が何処にいるかはペンダントが教えてくれるらしい。だが、ペンダントと聞き首を傾げ、直ぐに思い出す。

 ここまでずっとポケットに入れていた、朝起きた時に手元に在ったあのペンダント。ポケットから取り出して、これの事かと、訊ねるとジャコポから鷹揚な肯定が返って来る。ジャコポはこんな状態で、どうやってペンダントを自分の手元に転送したのだろうか。気になって訊ねたけど教えてくれなかった。

 このペンダントは先代の聖女の持ち物で、『望んだものの在りかの方角を示す』特殊な道具らしい。

 使い方は、石を手に望んだもの居場所を思い浮かべると、石が所有者の魔力を吸い取り、輝いて方角を示す。

 試しに横にいるジャコポの居場所を思い浮かべて、横に向けると淡く輝いた。逆方向に向けると光は収まった。ガイドレーザーのような閃光が出る訳じゃないのね。ちょっと不便だけど、隠密行動時には重宝しそうだ。

「名を、月の導き石『ルーノ』だ」

 ペンダントの名前を聞き、再び首を傾げた。

 今更感溢れるが、この世界のものの名称は大体がフランス風。フランス語で『月はリュヌ』と言う。間違っても『ルーノ』ではない。

 聖女がこの世界出身ならリュヌって言う筈。どう言う事なんだろう? 

 首を傾げたまま考え込んでいたら、不審に思ったジャコポが尋ねられ、疑問をそのまま口にする。

 ジャコポは口元に手を当てて考え込む。暫しの沈黙を得て、何を思い出したのか、ゆっくりと語り出した。

「そう言えば、彼女も俺と同じ『異世界から呼ばれて来た』と言っていたな」

 聖女もまた、異世界の住人だったのか。とんでもない事実だな。

 懐かしむようにゆっくりと、しかし、衝撃の事実が多く混じった内容で疑問はある程度解消で来たが、別の疑問が浮上する。それは、『何が原因で仲間割れが起きたのか』だ。

 ジャコポの話しを聞く限りだが、聖女と先代管理化身は仲間だったと推測出来る。だが、何が原因で仲間割れが起きたのか。ジャコポが召喚された時点で、二人は既に袂を別っていたので理由は不明との事。男女の痴情の縺れではないのは確からしい。

 その他にも色々と尋ねて情報を仕入れ、最後に選定の儀の停止に使用した一式を受け取る。

 一度使用されたからだろう。全てが一つに纏められた状態で渡された。渡されてしまった。

「しっかし、引き受けるとは一言も言っていないのに、よく渡す気になったわね」

「ふん。そもそも、他に渡して問題の無い人間がおらん。ならば、引き受けるか否かは別として、渡しても阿呆な事に使わぬ人間に渡すのは当然だろう?」

「……それは確かに」

 嫌味に聞こえるように言ったら正論を返されてしまった。確かに、ジャコポの言う通りに『自分も同じ判断をする』と感じてしまった。

 少しだけ反省していると、ジャコポの体から輝く粒子が立ち昇り始めた。

「む? 時間切れか……」

 時間切れ。その言葉が示すのは――ジャコポの本当の意味での終わり、いや、最期がやって来たと言う事。

「ここまでか。意外と永かったな」

 粒子となって消えて逝く己の手を眺めながら、ジャコポは自嘲するように笑う。エメラルドグリーンの瞳には悔恨の色が濃く在った。

「……ジャコポ」

 彼の名を呼べば、皆まで言うなと視線で制される。

「たった一人の犠牲で救われた世界が『再び救われる価値』が在るのか、無いのか。……世界を救うか見捨てるかは、その目で世界を見て、お前が決めろ。お前がどちらを選んでも、俺は否定しない」

 引き受けるか否かの回答は不要と言う事か。

 互いに向き合う。向こう側が見える程に体が透けたジャコポと視線を合わせる。

『強引に祭り上げて、都合良く使い倒して、都合良く助けを求める人間なんてどうでも良い。あたし一人が戦う事で救われるような世界なら潔く滅びれば良い』

 昨日そんな事を言ったが、今言うのは野暮な気がするが、それよりも『ヴェーダ』と名乗ったあの男の手掛かりが得られるかもしれない。

「なら、言われた通りに『世界を滅ぼそうとした馬鹿』を見てから決めるよ」

「そうか」

 ジャコポは最期に満足そうに笑った。

 そして、完全に消える直前に天樹を見上げて、小さく『ヴィオロ』と呟き、ジャコポは完全に消滅した。

 冥福を祈るように、暫しの間、黙祷を捧げた。

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