離宮で話し合い
このあと、リオンクール王国用に用意された帝城敷地内の離宮に連れて行かれた。
質問と言っても、聞かれた事に答えただけ。どうやら、これまでの五年間に関する事で『虚偽申告の有無』の確認をしているだけのようだ。『誰に何を言ったか』まできちんと答えた。その返答の内容も。
答えて行く内に腹が立って来た。気を紛らわせる為に、途中から戦槌を布で磨いた。顔色の悪い侍女が軽食としてサンドイッチを出してくれたので、戦槌を磨く手を止めて食べる。この五年間、毎日一食か二食しか食べていなかった影響か、サンドイッチ一切れしか食べれなかった。お腹いっぱいと言ったら、侍女が悲しそうな顔をしていたけど、これが現実だよ。
質問が終わったあと、離宮の一室を宛がわれた。王子付きの侍女に浴場に連れて行かれ、久し振りにお湯と石鹸で洗われる。何時もは水浴びして、魔法で清潔さを保っていた。久し振りに浴びるお湯は眠気を誘う。
眠気を堪えて入浴を終え、侍女達に体を拭かれたあと、寝巻を借りて眠る。
久々のベッドは寝心地が良かった。
翌日。寝坊した。起きたら昼前で吃驚した。
慌てて着替えて部屋から出る。廊下には誰もいなかったが、代わりにメッセージカードが置かれた一台のカートが在った。
カードを手に取り読む。
『何時起きるか不明な為、手紙で失礼する。
カートに軽食と着替えの衣服一揃えを置いておく。衣服はドラクロワ帝国から頂いたものだから、ボロボロのワンピースではなくこちらを着なさい。
午前中に取り調べを完了させる。昼過ぎに説明でそちらの部屋に向かうから、部屋で待機するように』
と言った内容が書かれていた。思うところは在るが、ありがたくカートを室内に押し入れた。
カートの上部にはサンドイッチが何切れか入ったバスケット、水差しとコップに、冷めた黄色のポタージュスープが注がれたスープボウル。下部には籠が入っており、新品の衣服とショートブーツが入っていた。
カートを眺めて思う。……どうしよう。
非常に、今更感が溢れる。でも、メッセージカードに『着なさい』って書いて在るから着替えた方が良いな。
いそいそと着替えた。新しい服もワンピースだったけど、五年振りに着る新品の服は着心地が良い。
ただ、サイズが合っていないので袖を折って長さを調整する。本来のワンピースの長さは膝下程度だったんだろうけど、サイズが合わず脹脛半ばにまで達している。今更ながらに、新品の衣服がワンピースである理由に気づく。
サイズが合わない事に気づいていたな。
昨晩の入浴時に鏡を久し振りに見たが、見た目は、良くて十二歳程度。現在十五歳なのだが、体は殆ど成長していない。一日一食か二食で、あの食事内容では成長しないのは当然。
嫌な現実に直面し、思わず嘆息が漏れる。
気を取り直して軽食をテーブルに並べ、魔法で冷め切ったポタージュスープを温めてスプーンを手に取る。
行儀悪くスプーンを持ったまま手を合わせてから、スプーンでスープを掬い口に運ぶ。黄色にしては濃く橙色に近かったので、てっきり牛乳入りの南瓜のポタージュかと思ったが、一口飲むとコーンポタージュだった。スプーンでスープボウル内をかき混ぜるように浚って見ると賽の目状にカットされた野菜がたっぷり入っていた。ここまで来ると『具沢山ポタージュ』だ。冷めない内にとスプーンを動かしたが、七割食べたところでお腹一杯になり、頑張って全て食べた。
スープ一杯で満腹になるとは、何の冗談かな?
備え付けのナプキンで口元を拭い、椅子の背凭れに寄り掛かって、ぐで~と、伸びる。
……満腹になった影響か眠い。すっごく眠い。
食休みを取ってからベッドで横になると眠気が強まった。
眠気に勝てずそのまま眠った。
西日を浴びて目が覚めた。
部屋には誰もいない。代わりにカートに手紙が置いて在った。サンドイッチが入っていたバスケットとスープボウルは、寝ている間に回収されたのか消えていた。
コップ一杯の水を飲んでから手紙を読む。
『取り調べの結果、国を跨いだ想像以上の不正が見付かり、もう少し時間が掛かる。
ドラクロワ帝国の不正についての調査と追及だけは完了した。
幾つかの報告が在るので、目を覚まし次第、応接室に来られたし』
簡潔に、以上の事が書かれて在った。
国を跨いだ不正行為。国際法の違反に関わる事かな? 実際に聞いてみないと分からないけど。
部屋を出て離宮の廊下を歩く。ドラクロワ帝国に複数存在する離宮の内部構造は知っている。実際に足を踏み入れた事が在る離宮はここではなく別の離宮なのだ。けれど、離宮は全て同じ造りをしているので道に迷わずに応接室に辿り着けた。
ドアの前にはリオンクール王国の近衛騎士が護衛として立っていた。
持って来た手紙を見せると、騎士の一人が取り次いでくれた。
入室の応答挨拶をしてから部屋に足を踏み入れると、青い顔をしたドラクロワ皇帝、ガイヤール帝国皇子、リオンクール王国王子に、知らない小父さんと司祭格好の小父さんがいた。
知らない小父さんについて誰何すると、国際司法所から派遣された調査員だった。
……そう言えば、国際法を違反していたっけ。
すっかり忘れていた事を思い出す。皇帝の顔が青いのはそれが原因か。
自分は被害者だし、このあと国がどうなろうがどうでも良い。
手紙に書かれて在った『幾つかの報告』について尋ねる。
一つ目は、元婚約者だった皇太子の処罰について。
皇帝が決めた婚約を独断で破棄した馬鹿の末路は大体想像出来るし、大体想像通りだった。
私財没収(使い切っていたらしい)、皇位継承権と皇籍の剥奪。去勢した上で、僻地の鉱山に昨日の内に送り出された。
終身労働刑を言い渡され、処刑にするには罪の重さが足りない重罪人が送られる鉱山行きになったのだ。恐らくだが、二度と王都の地は踏めないだろう。
皇太子廃嫡に合わせて第二皇子が皇太子になる予定らしいが、関わる気は無い。
二つ目は、『自称』真の聖女事、ジゼル・フリース侯爵令嬢の処罰について。
公費横領と聖女侮辱に関わったとして、特殊な薬品を使用して子供が産めない体にしてから、生涯奉仕活動を言い渡された。奉仕活動先が元皇太子と同じ鉱山の娼館(ここに送られる女性も罪人で、娼婦としての仕事が出来なくなったら雑用などの下働きになる)の辺り、『性』女としての仕事をしろと言う事なのだろう。
どう考えても『性奴隷』に身を落とすと脅迫されているも同然だ。これを聞き、同じ女として内心同情は……しない。皇太子と一線超えていたらしいからこの処罰が下されたのだ。侯爵家だったら、婚姻するまで純潔は守るように言われて育つ筈。それを自ら破り捨てた女に同情する価値は無い。てか、やったら誰からも擁護されないって、教わらなかったのか? あの阿保女。
超うろ覚えだけど、その辺法律で決まっていたよな? 身内に聖職者がいた場合、処罰が重くなる筈だけど、何故あの女は知らんのだ?
娼館行と言われているけど実際は違う。真面目に仕事をさせる為の脅しみたいなものだ。
女の身で炭鉱夫と同じ重労働をさせるのは難しい。鉱山送りとなった女は娼館で病気の有無を確認してから、最初に娼館で下働きをさせる。仕事をサボらずに真面目にしていると炭鉱で下働き昇格。昇格後にサボり出すと『もう一度娼館の下働きに戻す』と警告を受ける。警告を受けてサボらなければ良いけど、無視したら娼館の下働き戻される。ここで真面目に仕事をすればこれ以上、下がる事は無い。
ここまで落ちる前に高頻度で『性奴隷になりたくなければ真面目にやれ』と言われるんだけど、まれにここまで落ちてもサボる女が出て来る。ここでサボった女が最終的に娼婦に落とされる。娼婦の仕事が出来なくなったら、下働きと言う名の重労働が待っている。
鉱山行きとだけ言えばいいのに、何故こんな回りくどい事になっているのか。謎だな。
フリース侯爵家も、当主が公費横領に関わっていたらしく爵位二階級降格と領地六割没収になった。しかし、調査を進めた結果意外な事実が判明する。
侯爵家の令嬢であるジゼルの父親は、当主ではなく彼女を聖女だと言ったアメデ枢機卿だった。つまり隠し子である。だが、ジゼルの産みの母は侯爵夫人。どう言う事かと夫人を尋問すると、『当時子爵と浮気していた事がバレ、夫にバラされたくなかったらジゼルを産めと枢機卿に脅された』と言い出した。
自業自得な事が原因で脅されたとは言え、夫人は夫の弟の子供を身籠り産んだと告白した。
この事実を知った侯爵は夫人と離縁するそうだ。夫人は修道院に自ら入るらしい。戒律の緩いところでは他国に示しがつかない事から、国内で戒律が最も厳しい修道院に、国が送ったそうだ。どれほど厳しいかと言うと、『これ以上は無理』と言って本当に自殺した人間(自殺未遂除く)が毎年数人出るレベルだ。
三つ目。諸悪の根源と言っても良いアメデ枢機卿について。
公費横領、聖女侮辱、兄嫁への脅迫と強姦、これ以外にも色々とやらかしていたらしく、地下牢で取り調べをしてから絞首刑になる。野心が潰えたと諦め顔で尋問に正直に答えているそうで、芋づる式で汚職聖職者が大量に逮捕される見込みだ。
四つ目で実家、デメル伯爵家について教えて貰った。
借金返済の為に公費横領に関与していたのであっさりと没落した。……没落以外の道が在るとは思っていなかったので、サラッと流した。
そして、枢機卿尋問で得た情報を教えられた。
「アメデ枢機卿を尋問して判明した事だ。簡潔に言うと、教皇庁を経由して複数ヶ国の、複数の大司祭と枢機卿が関わっていた」
余り知られていないが、聖女用の公費は教皇庁を経由して各国から多少なりとも支援金が出る。聖女の仕事として支援金を出してくれた各国に出向く。逆を言うと支援金を出さない国には出向かないのが暗黙の了解になっている。
全体の八割以上は所属国家持ちだが、公費横領に関与していたものは自分の名前を使って水増ししていた。
その後も、自分の名前を使った横領が大量に行われていた事を教えられた。どう言った横領かの説明も受けたが数が余りにも多く、途中から聞き流した。
総括すると、報告とやらは実にどうでも良い内容だった。
どうでも良い扱いしてはいけないんだろうけど、『人の名前を使って好き勝手やり、それが五年経っても誰一人疑問に思わず調査しなかった教皇庁と各国の落ち度』で簡潔に纏められる。それ以外に言いようが無い。
最大の問題は、関与している人間の多さか。
現時点で判明しているだけでも、六名の枢機卿と十数名の大司祭が関わっている。そこに複数ヶ国が絡んでいる。素人目にも調査は長期的になると推測出来る。
調査期間が長引く事が確定すると、一つの問題が浮上する。
それは自分の今後の扱い。
自分は被害者だから扱いを考えるのは楽だろう。そう思ったが、実際は違う。
この五年で自分とドラクロワ帝国と教皇庁の評判も落ちている。汚職を公表すれば、自分の評判は払拭出来るだろうけど、ドラクロワ帝国と教皇庁の評判は更に落ちるのは目に見えている。汚職の中心地で、積極的に聖女を虐げていた実行犯だし。
故に、帝国と教皇庁の扱いは難しい。そこへ――調査結果次第でどれ程増えるか分からないが――これから帝国と同じ汚職をしていた国が追加される。自分の扱いを先に公表すると隠されるのは必至だし、調査が更に困難になり長期化する恐れがある。
何が言いたいのかと言うと、『調査をスムーズ且つ、確実に終わらせる為に公表を先延ばしにしたい』って事だ。
調査の流れは、教皇庁→各国の王族→各国の貴族の順だ。最初の二つが逆か同時になるかも知れないが、各国の貴族が最後なのは、各国の王に恩を売るのが目的だろう。
『汚職に関与していないか叩く過程で、ついでに埃が出ないか追加で叩き、どさくさに紛れて潰したい家を潰す正当な理由にする』
文言にするとこんな感じか。
叩いて埃が出ない貴族は少数。後ろ暗い部分を王家に突かれ、弱みとして握られるのは貴族としては嘸かし嫌だろう。弱みを握るのは王家だから尚更だ。逆に『埃を隠し通せた』ら、王家に警戒されるから今後の冷遇される可能性が出て来る。重罰・冷遇・没落どれが一番マシなのか。
今回の一件を機に、貴族の大量粛清とかが『ついで』に起きそうだが、自業自得と切って捨てよう。
自分は被害者。真面目に仕事をしていただけなので何もしていません。
隠居用の資金をくれるのなら公表がどれ程延びようが構わない。これしか言いようが無いのでそう言えば司祭格好の小父さんが血相を変えた。
「お待ちください聖女様! 数百年振りに魔王が目覚める兆しがある今――」
「どうでも良い。もう知らん」
顔色を変えた小父さんの台詞を途中で遮り、言い切る。
「強引に祭り上げて、都合良く使い倒して、都合良く助けを求める人間なんてどうでも良い。あたし一人が戦う事で救われるような世界なら潔く滅びれば良い。それでも助かりたいのなら、『自称』真の聖女にやらせれば?」
魔王の対処は各国で行うべきもの。人間の存亡を賭けた戦争になるのは間違い無いだろうが、引退すると決めた今となっては『どうでも良い』にしか感じない。
しかし、俯いた小父さんから予想外の言葉が飛び出した。
「……大変申し上げ難い事だが、ジゼル嬢は魔力を持たない」
「はぁ?」
突然の暴露に思っていた以上に低い声が出た。
自分の声に肩を震わせた小父さん曰く、
「光属性の魔法適性と高い魔力保持者が聖女候補になり、その中で最も高い魔力を持った候補者が聖女に認定される。ジゼル嬢は魔法の適性どころか、魔力すら持っていなかった」
思いもよらない実情に、室内にいた誰もが絶句した。それでどうやって皇子に『自称聖女』として近づいたんだと疑問が湧くが、逮捕された枢機卿が手引きしたに違いないな。それ以外に思い浮かばん。
「加えて、現時点で候補者は一人も存在しない。聖女としての資質を持つのは、貴女だけです」
絞り出すように小父さんはそう言った。視線が小父さんから自分に集まる。
……マジかよ。
視線が集まる事で思考が再起動し、真っ先に浮かんだ感想はこれだった。
「ですので、引退は認められないものと判断します」
最悪な発言を聞き、思わず天井を仰ぐ。
「あぁ。やりたくない」
心の声が漏れる。同調者はいなかったが、文句を言う人間もいなかった。