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飽きた寸劇だけど、嫌いな奴に言われる婚約破棄は嬉しい

 帝城の廊下を駆け抜ける。五年前――十歳の頃、聖女に祭り上げられ皇太子と強制婚約させられた結果、公式行事では『聖女用のローブ着用』が義務付けられ、ドレスが着れなくなった。これが幸いし、只今、全力で帝城の長い廊下を駆け抜ける事が出来る。

「ふっふっふ。あの皇太子(馬鹿)からどうやって婚約破棄宣言をさせようかと悩んでいたけど、自称聖女(アホビッチ)に引っ掛かって自ら破棄してくれるとは……」

 運が良い。正に棚から牡丹餅だ。待ち望んだ婚約破棄でテンションが上がる。婚約破棄される事自体は飽きて来たけど、嫌いな奴からされると嬉しい。

 さっき、夜会会場で冤罪を理由とした婚約破棄を宣言された。

『五年間無休で奉仕活動(タダ働き)させられて、毎日一食か二食で拳大の黒パン一個と肉の切れ端二切れのと野菜の切れ端スープしか食べられない生活送って、一年振りに帝都に戻ったら訳の分からない冤罪を擦り付けられる。こんな国はもう知らんっ!! 引退して出て行く! 二度と戻らないし仕事もしないから、今後の仕事はそこの自称聖女にやらせないさいっ!』

 と鬱憤を叫び、『ジゼル侯爵令嬢こそが真の聖女』などと、ほざいた枢機卿を一発殴って会場から去った。

 どうでも良い知識だけど、アホ女の名前である『ジゼル』って名前のバレエ作品が有ったな。

 確か、『身分を隠した貴族と仲良くなった村娘だが、裏切られたショックで錯乱して死ぬ話』だったよね? 二部構成の前編がこんなんだったな。

 現実になるかどうかはどうでも良い。

 今重要なのは『皇太子に婚約破棄』された事。そして、帝城内の私室に戻り、荷物を纏めて国外逃亡する。実家のデメル伯爵家はどうでも良い。私物を送ってくれと言っても送ってくれなかった。調べたら無断で私物が廃棄もしくは売却されていた。あの家に私物は残っていない。没落するのなら勝手にしろ。そして運のいい事に、皇太子妃教育は来年になってから受ける予定だった。さっきの婚約破棄で面倒な勉強予定も無くなった。

 私室のドアを開けて入る。勿論ドアの鍵は掛ける。文字通り、ここが最後の砦になるからね。

 元々、逃亡用の荷物は纏めていた。諸事情から道具入れにいれる事は叶わなかったが、部屋の整理整頓と称して荷物(五年前に伯爵家から持って来たもの)を纏める程度は出来ていたので、大急ぎで荷物を道具入れに仕舞い、ローブを脱ぎ捨て唯一の衣類であるワンピース(ボロ布化が進んでいる)に着替える。ブーツも五年近く履き倒しているからか、結構ボロい。ローブに隠れて見えなくなるからそのまま履いていた。

「よしっ」

 廊下が俄かに騒がしくなったが無視。ドアが荒々しくノックされても無視。

 窓を開け、窓枠に足を掛ける。

「ふっふっふ。楽しいバカンスの始まりだー!」

 窓から外に飛び降りる。同時に背後でドアが蹴り開けられたが、既に宙に身を躍らせている。つまり、捕獲は不可能。

 頭上から野太い悲鳴が聞こえるけど無視。帝城の四階から飛び降りたけど、魔法が使える身だ。この程度の高さはどうにでもなる。

 風の魔法で減速し、体のバネを利用して地面に着地、即ダッシュ。城門から出てしまえはこっちのもの。いざとなったら強行突破。

 走りながらそんな事を考えていたからか、城門前に青い顔をした盾持ちの騎士が大量にいた。帝国の盾は全て鉄製。いざとなったら鈍器の代わりに使用する事も在るので矢鱈と重い。

 しかし、あの盾は鉄の鎧よりも重い。鈍器代わりに使用する――と言っても、実際に使用されているところを見た事はない。大体、二人がかりでやっと持ち上げられる盾をどうやって鈍器の代わりにするのか? この世界で高難度に分類される身体強化系の魔法を習得した人材はほぼ近衛騎士団に持って行かれる。

「あれ?」

 目を凝らすと、盾を持っているのは服装を見るに全員近衛騎士と判明する。思わず舌打ちをする。

 誰だよ、近衛騎士団を動かしたのは。

「ちっ、まぁいいか」

 粉砕すれば全て同じだ。

 半月前。隣国ガイヤール帝国との共同戦線にて、『イヤアァァァッ!?』と悲鳴を上げても手を止めずに撲殺した魔竜のように。粉砕すれば全て終わりさ。

 物理は全てを解決する。(物理)は正義なり。無理が通れば道理引っ込む。

 身体強化魔法を発動し、道具入れから戦槌を取り出す。近衛騎士達が動揺の声を上げた。

「大盾構えろーっ!」

 近衛騎士に指示を飛ばしてるから、この声はマジメル近衛騎士団長かな。

 この戦槌の打撃面は、とある世界で手に入れた魔力に対する伝導率が低く、創作ファンタジー系でお馴染みの鉱石『オリハルコン』を使用している。故に、魔力を使った攻撃を『戦槌で打ち返す』と言った事も出来る。炎弾を打ち返された術者の間抜け顔は笑えるものだが、実戦中に笑ってはいられない。

 内部には別の鉱石を使用しているので、魔力効率は悪いが魔法付与も可能。

 走りながら戦槌を振り上げると、近衛騎士達は産まれたての子鹿のように青い顔でプルプル震え始める。

 ――済まない。

 心の中で謝る。だが、走る足は止めない。

「全ては、バカンスの為に」

 五年間無休でタダ働きをした。待遇は悪い。その悪さが出ているのが食事だ。貧民以下の食事しか出て来ない。身に着けているものもボロボロ。支給して欲しいと頼んだが要らんと却下された。平民でも一年に一度は服を新調する。対して自分は五年間一度も支給して貰えなかった。

 この世界の各国共通の国際法では『五日毎に二日の休暇を与えなくてはならない』とある。つまり、日本と同じく、一週間は七日で、週休完全二日制。一年の日数も同じ三百六十五日(閏年は無い)で、つまり五年間――千八百二十五日休みなしで働いた。

 休暇は無い、給金も無い、待遇も悪い。支給するとか言って置きながら一度も支給してくれなかった。嘘つき集団め。

 ついでに言うのなら、『未成年(十五歳未満)に重役を課してはならない。王族のみ対象外』と国際法も有る。自分のように『王族や皇族の婚約者』の場合は、婚約者と共に行動するのであれば『対象外』になるが、あの皇太子は『影武者に仕事をさせて』ずっと帝都にいた。つまり、国際法違反。

 こんなナイナイ尽くしの果てに在ったのは、衆人観衆で行われた婚約破棄に伴う侮辱。

 もう我慢ならん。

 ありとあらゆる障害を打ち砕き、スローライフを送るのだ。もう働きたくもない。

 テンションがおかしい事は認める。だが、テンションをおかしな状態にしたのは連中。『週に一度で良いから休暇をくれ』、『食事を三食にして欲しい』、『平民向けで良いので簡素な服と靴を一揃え送って欲しい』と、陳情書を何度送っても無視され、我儘聖女と蔑称が付いた。

 休暇給金無しで五年間働き詰めで、食事と待遇は貧民以下。文句が有るのなら同じ生活を送れ。

 城門は目の前。走った勢いそのままに地面を蹴り、戦槌を振り回した。

「「「「「「ぎゃあああああっ!?」」」」」」

 くの字に折れた盾と一緒に近衛騎士が数人吹き飛ぶ。回転するようにそのまま二度三度と、戦槌を振り回す。

「よし」

 道は出来た。そのまま突撃。眼前の城門は閉まっている。夜だから閉まっていて当然か。

 野球ボールを投げるように片足を上げ、戦槌を振りかぶる。背後から、待てとか、止めろとか、聞こえるけど気にしない。

 何故なら、目の前に自由に続く扉が在るからだ!

「さよなら搾取帝国。こんにちは自由」

 戦槌を投げる。柄をパージして一時的にフレイルのような『振り回す打撃武器』の形態になるように設計した一品だ。やっぱり、打撃系武器は先端と柄がパージ出来ると戦闘の幅が広がる。今回は使用しないけど。

 剛速球で飛んだ戦槌は城門に迫り、その手前で見えない何かを音を立てて粉砕してから地面に落ちた。視認出来なかったところから察するに魔法障壁の類か。ちなみに、城門に魔法障壁の類が発生する魔法具は使用されていない。使用されているのは帝都と外を繋ぐ門。

 魔法が使われる前兆を感知出来なかったが、障壁は既に粉砕している。駆け寄って戦槌を拾い、もう一度城壁に打撃を叩き込む。

「むぅ……」

 しかし、再び障壁が張られた。再度粉砕するが、粉砕直後に障壁が張られる。

 ――これではキリがない。

 気分的に城門を破壊してから出て行こうかと思ったが、これでは気分が萎える。

 仕方がなく、城門を跳び越えた。城門の反対側に着地。城門に背を向けたところで足が止まる。

「ガイヤール帝国の騎士?」

 何故か隣国の騎士が道を塞ぐように並んでいた。

 全員が若干青い顔色をしているのは、気のせいだろう。

 不意に騎士の横列が中央から割れ、灰色の髪を揺らしながら一人の青年が出て来た。知っている人物で、彼の兄弟とは半月前共に魔竜の討伐で仕事をした。

「あら殿下。『ドラクロワ帝国での聖女と言うのは貧民を指すのか』と、散々私の待遇を笑っていた皇子殿下の御兄弟が、今更何用ですか?」

「……その件については済まない。侮辱発言をした弟は罰として十年間の辺境送りになった。それと、昨日までに君の実情の調査をした結果、嘘だと判った。弟の礼を欠いた行為の謝罪がしたい」

「そこから退いて頂けるのなら、上辺だけの謝罪は結構です」

 戦槌の先を向けて『早よ退け』と言外に言う。機嫌が急低下し始めたので、視線の温度が徐々に下がる。ガイヤール帝国の騎士一同が、先程の近衛騎士達のように震え始める。

 そんな中、この皇子は肝が太いのか逆に、ぷっ、と笑い出した。皇子の後ろの騎士一同の視線が彼に集中する。

「待て済まない悪かった戦槌を構えるのは待ってくれ」

 戦槌を両手で構えたら、皇子は表情をやや強張らせ、ノーブレスで言葉がつらつらと出て来た。

「いい加減、退いてくれません?」

 一刻も早く、この帝都から出て行く。そして、辺境でスローライフを送るのだ。邪魔をするのなら、全て粉砕して行く。

 心はそれで固まっている。

 中々道を譲らない皇子に苛つき始め一歩踏み出した時、背後の城門が開いた。

 舌打ちしてから肩越しに背後を見ると、意外な人物がいた。目の前の皇子よりも立場が上なので振り返る。ただし、頭は下げない。

「ジャネット……」

「今更何用ですか。陛下?」

 自分の服装を見て、憐みの籠った視線を送って来たのは近衛騎士を従えた、ドラクロワ帝国の皇帝だった。さっき婚約破棄をほざいた馬鹿の父親である。

「人を強制的に聖女に担ぎ上げて、命令とか言って皇太子と婚約させて、私にだけ仕事をさせて」

 諸悪の根源と言って良い皇帝を見て、怒りが込み上げて来る。

「伯爵令嬢だから公爵家並みの待遇にするとか言って置きながら、週に一度も休暇をくれないし。食事は毎日一食か二食で。三食にして欲しいって言ったら『大食漢』何て暴言吐かれるし。平民向けで良いって陳情書に書いたのに『贅沢好きだな』って見当違いな叱責は飛んで来る」

 戦槌の柄を握り締めて一歩皇帝に近付く。青い顔をした近衛が皇帝の前に出る。

「実家は実家で私物を無断で廃棄売却するし、皇太子は影武者を送り出して帝都で遊び回り、一度も婚約者としての義務を果たさない。休暇も給金も無しで働いているのに、性悪聖女だの、我儘聖女だの罵って来る」

 もう一歩近づく。

「挙句の果てに、浮気宣言して冤罪擦り付ける。私の五年間は何だったんですかね? 時間は戻らないのですよ。どうしてくれるんですか?」

「う、うむ……」

 皇帝が言い淀むが、手を緩める気は無い。

「週一の休暇、毎日三食、ボロボロになった衣類や靴の新品の支給。この要求の、一体何処が贅沢で我儘なんですか?」

「そ、そのぉ、す、済まぬ。財務大臣と枢機卿が其方の陳情書を差し替えていたのだ」

 冷や汗を掻きながら、皇帝が説明を始めた。

 何でも、自分が出した陳情書はさっき殴った枢機卿と財務大臣他数名が差し替えて皇帝に届けていたらしい。で、自分に本来使用される公費は枢機卿や財務大臣に皇太子他数名が横領していた。五年間バレなかったのは財務大臣が絡んでいたから。

「そうでしたか」

「うむ、だから――」

「だから?」

 皇帝の言い訳を切って問う。

「だから許せと? 一度も調査をせずに放置していたのは、陛下でしょう? 調査を一度でも行って置けば、国際法違反は防げたでしょうね」

 許す気はねぇと、言外に言えば皇帝は黙った。返す言葉を考えているのだろうが、何もかも遅い。

「今日の夜会はガイヤール帝国とリオンクール王国からの使者を招いて、魔竜討伐の成功を祝うものだった筈ですが、ふふふ、何故私を辱める場に入れ替わったのでしょうね」

 今頃、この二ヶ国の使者は母国に『ドラクロワ帝国の国際法違反』の報告を上げているだろう。共にドラクロワ帝国の隣国だから、今後の付き合いについて考えなくてはならないし。

「五年に及ぶ国際法違反。経済制裁十年でしょうかね」

 国際法の違反が一つでも判明すると、違反年数の二倍の年月の経済制裁を受ける。経済制裁と言っても、大体は輸出入品制限と関税倍化が行われる。

 この世界に長距離転移魔法(在るのは最長一キロの転移魔法)は距離が短く、飛行機のような空輸手段もない。ただ、陸路を行くのみ。

 今後についての想定を口にすれば皇帝の顔色が悪くなる。

「まぁ、私は出て行く人間なので帝国がどこまで零落しようが知りません」

 戦槌を一振りし、肩に担ぎ背を向ける。

「待つんだ」 

 一歩踏み出したところで、第三者の声が響いた。

 声の方向を見る。そこにいたのは、リオンクール王国の騎士に囲まれた青年。こいつも王子だったな。

「ドラクロワ皇帝陛下。この場は我がリオンクールが預かりたい」

「それはっ」

「支援だけで討伐に殆ど関わっておらず、聖女様の実情も知らない第三者は、現時点では我々以外に不在と判断しました」

 一睨みで皇帝を黙らせた王子は、続いてガイヤール帝国側にも同じ事を問う。流石にあちらは討伐時に共に行動している。その上、皇子の一人が侮辱発言までしている。大人しく引き下がった。

 ドラクロワ帝国とガイヤール帝国、そしてリオンクール王国の力関係を考えると、大陸屈指の大国リオンクール王国が最も強い。それに比べて、ドラクロワ帝国の影響力類は弱いし、今後を考えるとリオンクール王国に頼る可能性が高い。

 ガイヤール帝国はリオンクール王国と比べるとやや劣るが中堅国家の中でも上位に位置する。

 どちらもドラクロワ帝国より上位に位置する国。

 仲裁が入り、どうするか悩む。

 本音を言えば直ぐに出て行きたいが、リオンクール王国の王子は視線で却下される。

「我々が利用している外交館で詳細を教えて頂きたい」

「会場で言った事以上の事は有りませんが?」

「幾つか質問したいので来てください」

 逃がしてくれないらしい。

 荒んだ心で舌打ちは止められなかった。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

最後まで連続で投稿しますので、お付き合いいただけると嬉しいです。


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[良い点] 掴みが良すぎる。プルプル震える騎士一同にめちゃくちゃ笑った 10代半ばの成長期に5年にもわたる虐待を受けた結果、チビガリであろう聖女が重たいハンマーを振り回すのいいですね。そのまま娘を売っ…
[気になる点] 「世界を救える者は世界を壊せる者でもある」と某少年漫画でもあったけど、魔王を虐待するなんて関係者はバカしかいないのか?
[気になる点] なんで5年も我慢したの? 馬鹿じゃねぇ
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