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二章 多国籍な食卓

 この人たちは、知っているのだろうか。

 自分の父親の身に、起ったことを。


 手紙を読む限りでは、わかっていると思える。

 けれど、何の感慨も示さないし、私にも何も聞いてこない。


 もっと考えてあげてよ、お父さんが、可哀想すぎるよ、って。言いたいけれど。

 私には、彼らの想いは、わかりようがない。

 ほんとうに、無関心なのかもしれないし。

 どうでもいいと思うことで、父親と離れて暮らさなければならなかった理由や反目を、手放してきたのかもしれない。

 私が、こんなことを思っていい立場じゃないけれど、どちらも、可哀想だ。

 お父さんも、この人たちも。




 私は、冬馬が「ついでに」入れてくれたコーヒーを、ひとくち、ふたくち、すすっていた。

 ここに来て、一週間目の日曜の朝。

 学校の予定もまだ立っていないので、私はここ連日、午前中はパジャマのままで、二階の部屋で過ごしていた。


 冬馬、蒼馬、涼馬の兄弟は、朝の六時半には一緒に家を出ていって、私はこの家で一人になる。

 だから、キッチンの隣りで、キッチンを眺められるこの食卓、ブレックファーストルームで、異母兄弟の誰かと向かい合う朝もはじめてのこと。

 夕食の時間も、三人三様でバラバラ。

 私がキッチンを使い終えてテーブルに着いて食べ始めると、冬馬が来て、自分の夕食の支度をはじめる。

 私はその様子を見ながら、食事をしているパターンがほとんどだった。

 全員分をいっぺんに作ちゃったほうが、ムダがないのに。不経済だわ、と思いながら、この家には、経済的とか節約などという考えは、ないんだったと思い直す。

 実に羨ましいというか、なんというか。


 三人とも学生で収入はないはずなのに、どれだけ貯金があるのかしらと、下世話な興味をそそられてしまう。

 長兄の氷馬は仕事を持ってるらしいことを、それで今アメリカに出かけてるいのだと涼馬が言っていたこともあった。

 まさかその人が一人で、この生活を支えているのだろうか。



「眼科、行かなくて平気?」

 冬馬が、私の顔を見て言う。

「日曜は休診日だけど、明日行くなら場所教えとくよ」


 さっき洗面所に立ったときに、鏡で見た自分の顔を思い浮かべる。

 あのニュースの映像をありありと見てしまってから、部屋で一人になると、私は急に情緒不安定になって。

 意思とは裏腹に涙が止まらなかったり、夜は眠れなかったり、そんなことが続いていて。目も充血して、腫れたままだった。

「あ……コレは、平気です。そんなんじゃないから」

「そう?」


 私の様子を、それとなく気にしてくれている。

 そして、また「ついでに」彼が作ってくれた、スクランブルエッグとアロエのサラダ、ガーリックトーストなどを、食べる。

 霜の降りている深夜に、彼が、素足でふらふらと広い庭を歩いていたこと。あのときに目があったことも。私はそのことについて、何も切り出さずにいる。

 でも確かにこの人なんだよね……と、優雅な所作で朝食を取る彼を、チラチラと眺めていた。



 この人は、つくづく、変わってる。

 勝手にしてだとか、干渉はするなとかしないとか、突き放すように断言しながら。

「ついでに」何かとしてくれたり、気遣ってくれたりする。クールな態度とは別に、面倒見のいい人。


 どちらかというと、三人の中でも一番マイペースなのが蒼馬。

 涼馬は、自分のことも持て余してるみたいな苛立ちを常に放っていて、他人の事どころじゃないという感じ。

 個性も、性格もそれぞれで、てんでバラバラ。

 バラバラのそれを、まとめなきゃならない部分もあり、それをしてるのが冬馬なのかと、観察していたりする。



「このアロエサラダ、すっごくおいしい!」

 ひとくち食べて、びっくり。

 食欲があまりなくてさっぱりした口当たりのサラダに手をつけたら、おいしい味覚が刺激されて、もっと食べたいと思う元気が出てくる。

 これまでも何品か食べさせてもらったけど、ほんとに料理が上手。

 レモン風味の蜂蜜に漬け込んだアロエの甘さと歯ごたえが、他の野菜のパリパリ感と、甘酸っぱいフルーツドレッシングとであいまって、凄くおいしくて。

 無条件に、たちまち笑顔になってしまう。



「ありがとう」

 そう応えて、ほんの少し、彼は微笑んだ。

 温もりのある表情を見せてくれたことが、とても、嬉しくなる。



「このドレッシングの作り方、教えてもらってもいいですか?」

 遠慮がちに訊ねてみると、

「いいよ」

 迷惑そうな影もなく、あっさりとした返事。

 私は、ホッとする。

 少しでも、うちとけあえたら。

 少しでも、親しくなれたら。

 気持ちと気持ちを、交し合えたら。

 無関心で暮らしあうより、ずっと、嬉しい。



「ありがとう、です」

「なにが?」

「いいよ、っていってくれたから。嬉しいなって」


 冬馬が、パンを食べる口をゆっくりと動かしたまま、私を見て沈黙する。

 調子にのって、言い過ぎちゃったかな、と、気まずくなって。

 でも、正直な気持ちだから、悪いことじゃ、ないよね? 



「君は、愛されて、育ったんだね」


 思いがけない言葉に、今度は、こっちが沈黙してしまう。気まずくて。


「さっきの、こぼれるような笑顔も目を惹いた。邪気のない素直さは、愛されて育った証で、無条件に愛された経験を心に刻んでる。

 そこから愛の本質を学んで、それを自分の光にかえて、周囲に穏やかに放つ力強さが、君にはあるね」

 私から目をそらさずに、彼はそう言った。


 そんなことを、面と向かって言われるのは初めてで。

 返事をするのに困って、冬馬の顔を見ることができなくなる。



 冬馬といい、涼馬といい。相手に対して率直に意見をしたり、女の子に対しても自分の考えを臆さずに話す男の子に、私は会ったことがない。

 共学の学校でも、男の子とちゃんと向かい合って話すことなんて、あまりない。恥ずかしさが、先立ってしまうから。


 お父さんも、きちんと話をする人だったけれど。それは、父一人子一人だったから、厳しさも織り混ぜて、真剣に接しようとしてくれてるのだと、思っていた。

 私に接するときも、大人の曖昧さでごまかしたりしなかった。

 気詰まらせない包容力を持ちながら、行動も考え方もいつも真剣で、人はそうして生きるのだと、お手本のように示して見せてくれた。

 そして、笑顔が素敵な、大好きな父だった。


 お父さんの強さと、彼らの率直さが、重なる。

 年頃の男の子なのに、恥ずかしさとか、ためらいを置かない、まっすぐな態度。



「私は、そんなに、ステキじゃないし……」

 率直に言われても、頷けないことがある。

 言われるほど強くない私で。

 まして、愛についてだって、深く考えたこともない子供で。



 そこへ、涼馬と蒼馬が、前後してやってきた。

 涼馬は、パジャマのまま。

 蒼馬は着替えてるけど、漆黒に濡れた髪をタオルで拭きながら、水もしたた滴るイイオトコの風情。

 すっごい、かっこいいかも。

 こんな人が学校にいたら、大変だろうな、女の子たちが。

 ここへ来た日の、インターホン越しに聞こえたやり取りも、さもありなんと実感されられる。


 挨拶をするタイミングに戸惑いながら、冬馬も応じて返事をくれたことを思い出して、二人をふり向く。

「おはようございます」

「グッモーニン」

 あくび混じりに、気だるげにそう応えてくれたのが、涼馬の方。

「ブーナデミニーツィァ」

 ハスキーな声で、蒼馬も応えてくれた、けど。

「……?」

 蒼馬の方をふり向いたまま、私が目を点にしてると、冬馬の笑う声がした。

「ソウの血は半分、ルーマニアだから。母親がそうで、確か、ドイツと中国も入ってるんだっけ?」



 ルーマニア? 

 中国、ドイツ……。

 私はアタマの中に、知識に乏しい世界地図を広げてみる。

 それで、瞳が、グレイっぽく見えるのね。顔立ちも、どっちかというと、日本人離れした整い方だけど。


「リョウは、見ての通りのアメリカ混じり。母親が、ネイティブインディアンとメキシコの血を引くアメリカ人」

 冬馬が続けて言う。

「見ての通りってなんだよ?」

 涼馬が、オレンジジュースをグラスに注ぎながら、不機嫌そうに冬馬を見やる。

 私は、広げた地図を、日本を軸にさらに東へ移動して、アメリカ大陸をイメージする。

 涼馬へ微苦笑を返しながら、自分の胸を軽く親指で指す冬馬。

「ちなみに僕は、ノルウェー人とのハーフ」


 ノルウェー。

 というと、ずいぶん遠い国という印象がある。

 私の中の想像の北欧と、冬馬の雰囲気がマッチして、思いっきり納得してしまう。


「うん、北欧っぽい」

 頷くと、

「北欧っぽいって?」

 冬馬が訊き返してくる。

「えっと、ヨーロピアンで、優雅な感じだから。どことなく上品で。最初に会ったときから、そう思ったの」

 繊細で、儚げな感じが。北の国の雪深い冬の、美しい静寂と孤独を想わせるから。

 とは、言わなかった。


 すると、涼馬が、

「オレと見比べてじゃないだろうな」

 私を睨んでくる。


 蒼馬が、器用に卵を二個打ちつけてフライパンへと割り入れ、涼馬をふり返った瞳に笑いを滲ませた。

「大雑把でガサツで超短気だって自覚があるなら、改めれば?」

「うるせーよ!」

 蒼馬の突っ込みに、涼馬が空になったジュースのパックを握り潰し、目玉焼きを焼いている背に投げつけた。

「コントロール悪いな、俺はゴミ箱じゃない。球団からのドラフト指名は来年も諦めた方がいいぞ」

 二人のやりとりを聞いて、スクランブルエッグを突つきながら吹き出す冬馬。



「野球なんかに興味ねえよっ。オレはバスケのほうが好きなんだ、余計なお世話だ!!」

「NBAに行くには身長が足りないだろ。そんなチビでちまちましてたんじゃ、ボール替わりに転がされるのが関のヤマ」

「殺されてーのか、この野郎!」

「はっきり言うけど、お前には無理」

「黙れっ! これから、まだまだまだまだ伸びるんだ!! オレがチビならお前だってメジャーじゃミソッカスだっ。大して差もねーのにえらそーに言うな!」

「俺はプロバスケに興味はない。だから、お前のその短気な性格が、チームプレー向きじゃないって年上としての意見。猪突猛進だからな。やっぱりJRに世話になるのが一番だろって、この前もトウと話し合ってたんだ」

「オレだってプロになんかならねえよッ、たまの息抜きでやってんのがバスケで――あああクソッたれ、なんなんだよ! だからオレがJR行ってナニするってんだ? え!?」


 冬馬は、食事を続けるのをひとまず諦めたのか、フォークを置いて笑いっぱなし。

 三人がそろっているのを目にするのも今朝が初めてだけど、どうやら仲は、いいらしい……?

 なんとなく、よかったなぁ、なんて。

 こんな時間が、この家にあることに、ホッとする。

 お父さんのせいで、皆がバラバラでいることが当然のような、冷めた感覚の人間でいたら。私も、苦しい。



 三人を一緒に、改めて眺めてみる。

 髪や瞳の色が三者三様なこともあって、異母兄弟だとはパッと見はわからない。

 でも、よくよく見ると、顎の形や眉の形の微妙な造作や、肩のラインが似ていたりして、不思議と兄弟に見えてくる。

 そう見えてくると、お父さんに似ているのは蒼馬だけだと思っていたのが、涼馬も冬馬も、「なんとなく似ている」と、思えて。

 それはそれで、複雑な心境になる。

 私の思考は、このところ、休まる時がない。めまぐるしく、忙しい。




「氷馬さんも、ハーフとかなの?」

 いまだ現れない、もう一人の兄弟。冬馬に訊くと、

「そう。あいつの母親は、モスクワ生まれのイギリス人だって聞いてる」

 頷きながら、返された。


 なんでか、やっぱり、混血なのね。予想はしてたけど。

 モスクワって、ロシアの首都で、それでイギリス人? 

 イギリスってどのヘンだったっけ? 

 確か、日本と同じ島国で、ビクトリア海峡があって、ブーツ型の形をした国……あ、それはでも、イタリアだったかもしれない?


 中国とドイツの混じったルーマニア。

 ネイティブインディアンとメキシコの血を引くアメリカ人。

 それからノルウェー。

 加えて、まだ現われない、モスクワ生まれのイギリス人とのハーフの、異母兄弟。


 なんだって、お父さんの相手が、皆、外国人なの!? 

 ハンサムだったからモテたのは察しがつくけど、でも、いったい、どういうつもりで、ナニをやってたのよ………。



 大好きとは別に、溜息が止まらない。

 ううん、大好きだから、溜息も出るのよね。



「つまり、つまんねー日本産なのは、コイツだけってことだな!」

 涼馬の声が頭上で響く。つまんねー日本産。どうやらオハチが、私に回されてしまったらしい。

「あの男が日本人を選ぶとはな。やっぱどっか血迷ってたんだな。ケツもムネも貧弱な人種も、守備範囲だったってことか」           

 

 ケツもムネも、貧弱な人種。

 ソレをショッチュウ連れ込んでるあなたも、守備範囲が広いわよ、と、心の中で密かに呟いて呆れてしまう。



「オレはいちおう、限定して選んでるぜ」

 ギョッとして、涼馬を振り仰ぐ。



「私、なにも言ってないわよ!?」

「貧弱な女のヒガミのオーラーが、アタマのてっぺんからユラユラと伝わってきた」

「ひがんでなんかないわよっ」


 貧弱な女って、そういう目で観察してたってこと!? 

 カッと赤くなって、腹立たしくなってくる。

 そりゃ、自信はぜんぜん、まったくないけど、でも。わざわざ口に出して言わなくたって!

 いくらなんでも失礼じゃないのっ。


「ま、そうツノ立てんなよ。日本産のオンナも日本産なりに、いい味してるぜ」

 クッと喉を鳴らして笑っている。

 嘲笑たっぷりの、すごく嫌なヘン目つきで、私を眺め回しながら。


 完全にバカにされて、さすがの私も、頭の神経がブチブチ鳴っている。

 気分が悪い。


 いい味してるって、なに? 

 どーいう意味なのか知らないけど、ムカムカがおさまらない。

 ヒンジャクだとかナンだとか、仮にも女の子の真ん前で言うことなのっ!?



「日本産日本産って。頭の上から見くだすように言わないでくれる? いーじゃないの、犬だって猫だって、雑種より純血種のほうが血統書まで付いて、セレブ級に扱われてるんだから!」

 ムカムカが、叫ぶように口から飛び出てきた。



 ハッとして、即座に口元を押さえて目を瞑る。


 ヤッテシマッタ。


 しまった。ついつい、感情的になって、トンデモナイせりふ台詞を、口走ってしまった。

 周りの顔から、自分を隠そうと。テーブルに伏せんばかりに、うつむく。




 しぃぃんと静まり返る、ダイニングルーム。

 コーヒーをろ過する音だけが、コポコポと響いている。




「ザッシュ、と言われたことはなかったな、そういえば」

 冬馬に次いで、

「俺も。はじめて聞いた」

 蒼馬の声。



 自分のうっかり発言に、キリキリと胃が痛くなってくる。


 私って、普段は大人しいんだけど。

 ストレスを溜めやすいのか、何なのか。

 イロイロ気を回すわりには、ついというか、言葉の使い方を間違えるというか、自分でも把握しきれていない本性のボロ、きかん気が出るというのか。

 自分でも愕然とする失敗をする場合が、ままあるのだ。


 親友の凛ちゃんにも、「なつめといると時々、心臓がびっくりしてシャックリ起すのよ! 黙ってな、なつめはゼッタイ黙っとけ! 黙ってれば人当たりのいーい、大人しい大和撫子だって、他人は勝手に誤解してくれるから。なにがなんでも黙っとけ!」と、何度、言われたことか。




「湘馬は昔のソビエト系とのクォーターだから、なつめも生粋の日本人とはいえないだろ」

 コーヒーのカップを口に運びながら冬馬が言い、またもや初耳のことをさらっと聞かされて目をむくと、

「そんなこたどーでもいい、それよりオマエ、人に向かって雑種とはなんだぁ!? 何様だよっ!」

 耳元まで迫ってきた涼馬に、おもいっきり怒鳴りつけられた。

「もういっぺん言ってみろ、てめぇ! ボコボコにしてやるっ!!」


 青筋を立てた男の子に怒鳴られて、私は震え上がってしまった。


 けど、そのすぐ後には、むっくりと顔を上げていた。



 ダテで、クラス副委員までやってたんじゃない。

 男子の脅しにひるんでたら、務まらないのよ。

 冗談でハメられてなったからって、いい加減にはやってない。

 逃げ回る男子を執拗に追いかけて、課題の取り立てに勤しみ、授業をさぼる生徒を学校中探し回って引きずってくる役目まで、しなきゃならなかったのよ。

 クラスの男子に、「顔はタヌキ星人みたいな童顔のくせに、気性はババア」なんてからかわれても、メゲずに頑張った私なのよ。



「てめぇ、無神経なのもたいがいにしろよ!?」


「無神経なのはどっちよっ!」

 ガタっと椅子から立ち上がって、涼馬の顔をグイっと見上げた。


「散々言い散らかしてるのはそっちじゃないの! あなたが無神経なことを言うから、私だって腹が立ったのよ!!」


 怒鳴り返した私を、あ然として見返す涼馬。


「デリカシーくらい持って言って欲しいわっ」



「じゃあ、口に出さなきゃいいのかよ?」

 涼馬が、ギリギリと眉を寄せて、私に詰め寄る。

「表に出しさえしなきゃ、心ン中じゃ、無神経のカタマリでもかまわねぇってのか?」


 思わず後ずさりしつつ、言い返す私。

「言葉にして、人を傷つけるよりは、いいはずよ。言っちゃいけないことだってあるのよ」

「そんなのは、正直にモノを言えない人間のヘリクツだぜ」

「でも、ダメなことだって、いっぱいあるのよ。皆が皆、涼馬くんみたいに言いたい放題やってたら、人類はとっくに滅亡してるわよ!」


 啖呵を切ったら、大袈裟な身振りで高笑いされた。


「はん! 大層なこと言ってくれるじゃねえか。オレはな、顔はニコニコ適当なことをぬかしながら思ってることは大違い、ブリッコだの猫かぶりだの腹ン中真っ黒けだのって人間が、大ッ嫌いなんだよっ。だからオレはそうしないんだ!」

「じゃあ、どうして私が言ったことに怒ってるのよ?」

「アタマにきたからだろっ!」

「あなたが言うとおりなら、アタマにきても言われたほうがいいんでしょ!?」

「人をザッシュ呼ばわりするその根性をどうにかしろって言ってんだよ!」

「あなたが、“正直に”つまんねー日本産とか貧乳だとか言って、見くだしてバカにしたから、私だって我慢できずに言い返したのよ! 怒り任せで言ったことよ、本気で思ってるわけじゃないわ」

「貧乳とは言ってねえだろがッ。ヒガミで勝手に解釈してんじゃねえよ!」

「同じことでしょ!?」



「ストップ!」

 いきなり両肩がつかまれれた。

 冬馬が私の背後にいて、私を自分の方へと引き寄せる。

 涼馬のそばには、蒼馬がいる。



「いいかげんにしろよ、リョウ。あんまり絡むなよ」

 すぐ近くからの、透明感のあるきれいな声。

 間近に接してしまい、私はこれまでの勢いはどこへやら、頭に上っていた血が甘いワインみたいに揺らめいてくる。

 心が、ゆらゆらとよろめきだす錯覚。あっという間に。


 なんとまぁ、ゲンキンな。

 クリスマスの夜にお父さんと二人でこっそり飲んだお酒で、ほろ酔い気分になって、世界が回っていたような、あの感覚。


 シトラスグリーンの芳香が、私の肌に触れる。

 仄かにスパイスの効いた、ビターテイストのもの。

 私の髪に絡みそうな……冬馬の中性的な雰囲気に、似合っている香り。



「それ以上言い合っても堂々巡りだ。リョウ、お前がやりすぎだぞ。女の子に向かって、言うことじゃなかっただろ。途中で止めに入ればよかったんだけど」

 肩をつかんだままで、背の高い冬馬が、斜め横から私の顔を覗きこんでくる。


「それにしても、なつめ。君も相当なきかん気だね。気は強いだろうと思ってたけど、可愛らしくて大人しい印象だから、さすがに驚いた」

 苦笑しながら、瞳が、どこか優しい。

「新しい環境で疲れてるとこに、ちょっかいだされて、バクハツしちゃったんだね。でも、悪いことじゃない。リョウも、こいつなりに気遣って、君にちょっかい出してたんだと思うよ」



 さりげなさの中に、思いやりがあるのを、感じた。

 私は、売り言葉に買い言葉とはいえ、考え無しなことを言ってしまったと、自己嫌悪になる。



「ごめんなさい……。変なことを言っちゃって。でも本当に、本気じゃなくて、感情的になっただけで。言っちゃった後で、何を言っても言いわけでしか、ないけど」


 言いながら、どんどん落ち込んできて、うな垂れていると、

「てめっ。トーマには素直に謝んのかよ!?」

 涼馬が食って掛かってくる。


「やめろって」

 隣りで蒼馬が、涼馬の肩を片手で押さえた。

「こいつ超激情型体当たり人間だから。軽く受け流して、いちいち取り合うことないからね。ふゆみちゃん」



 瞬間、涼馬と冬馬が声を合わせる。

「なつめだろっ」                       





  


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