パンドラ 4
冬馬を初めて見たとき。これだけの美しさを持っていたら、人生が薔薇色に染まりそうだ……と、思った。
目覚めた冬馬は、ぼんやりと天井を見つめていた。
その力ない眼差も、頬も、唇も、微細な影を纏わらせて。
この人は、どんなふうにいても、美しい人なのだと、思い知らされる。
でも、この人の見つめる世界の深遠に、薔薇色の幸福はないことを。
それを知った今の私も、あの時のままの私じゃなくて。
たった二ヶ月前の自分が、私には眩しくて。
思い返すと、眩しさで、胸が痛くなる。
彼について、何も知らない無邪気さで、目の前の美しさに見惚れながら。
私は、この人を、傷つけていただろうと思う。
その心を知らない多くの眼差が、無邪気な干渉や無思慮な羨望で、彼を見ていただろうことも。
癒されないその苦痛に、冷たい力を注いでいたのかもしれない。
目の前にいる彼が、痛々しくて。そう思わずには、いられなかった。
冬馬は、誰の声にも反応せず、何も口にしようとしない。
蒼馬が用意する食事にも飲み物にも、手をつけようとしない。
浅い眠りと目覚めを繰り返し、目覚めるとまた身じろぎもせずに、空中の一点を眺めていた。
生きることを拒否して、彼の心が、静かに、泣いていた。
体も心も、生を放棄している。
たまに起きて、手洗いやシャワーを使っても、水の一滴すら飲む様子は見られなかった。
物を食べないで生きているという氷馬のような体質が、本当のことなのかどうか未だわからない私は、食事をしない冬馬に心配が募るばかりだった。
蒼馬と涼馬は学校が始まり、氷馬はまったく姿を見せない。
私は、お風呂とお手洗いに立つ以外は一日中ずっと、冬馬のそばについていた。
夜は毛布に包まって、冬馬のベッドの近くで眠った。
煩わしいと思われていても、そばにいたかった。
初めのころは、慣れなかった冬馬の部屋。
白と青と紫の色合いで纏められたインテリアは、冬馬のパーソナルカラーだと聞いていた。
彼の精神世界を、肌身でひしひしと感じるようで。
彼を思うが故に、私の息苦しさも募らせた。
五日が過ぎたころ、私は思い余って、横たわる冬馬に語りかけた。
「お白湯だけでも、飲んでみない……?」
答えはなく、反応する視線もない。
心配が昂じて、でも、どうしていいかわからなくて。
私は……お白湯を自分の口に含んで、冬馬の口へと、そっと注ぎ込んだ。
…………誰かに、自分から口づけするなんて。
冬馬の唇に自分の唇を重ねているこの今も、信じられない。
私が、信じていたのは。
私にとって、はじめてのキスは。
もっと、何もかもが優しくて、何もかもが幸せなときで。
甘い感情と、恥ずかしさでいっぱいで。
きっと、私の未来はそうなのだと、そうなるのだろうと、漠然と思っていた。
信じていた。
いつか、そんな恋をしたいと。
自分がいつか、女の子らしい幸せな恋をすることを……信じていた。
私が、はじめて知る人の唇は、冷たくて。
触れながら、震えが止まらなくなった。
私の体温では、温められないと。知らされた唇。
ただ、切なかった。
微かに喉を動かして、口移しの白湯を、冬馬が飲み込む。
…………生きようよ。
生きて、答えを、見つけようよ。
苦しむためだけに、絶望を知るためだけに、生まれてきたんじゃないよ。
私も、答えは、何も見えないけれど。
生きていても、幸せは遠すぎて、見えないかもしれないけれど。
念の力で、命を手折ったことも、事実ならば。
生きて、答えを見つけなきゃ。
命を失った人たちのためにも、歯を食いしばって、これから出来ることを、見つけなきゃ。
「そばに、いるから」
そばに……いさせて。
私も、手伝うから。
何も出来ない、私かもしれない。
でも、心を、あげられる。
唇が僅かに離れた距離で、そう囁いたとき。
冬馬の指が、そっと、私のうなじを滑って。
私を、引き寄せた。
冬馬が、私の唇にキスをする。
私の体の奥から、彼を愛しいと思う気持ちが溢れでてきて。
脈打つ鼓動も思考も、すべてが、白い炎のように燃え広がり。
何も……考えられない。
冬馬は、私の呼吸を導きながら、私へとキスを重ねる。
どれくらいの時間が流れたのか。
ささやかな判断さえ失っている、放心した時が、過ぎて。
冬馬が、言った。
「…………僕は……君を守るために、戻ってきた……」
私の息と、冬馬の息と。
触れ続ける距離で、囁かれた声。
数日ぶりに聞いた冬馬の声が、嬉しくて。嬉しくて、胸がいっぱいになる。
けれど、その喜びも。
僅かな一瞬で、私を締めつける苦しさに変わる。
……辛い、と……思った。
「……心の音を、聞かせてくれる……?」
「……心の音……?」
「なつめの……心臓の音」
「…………」
戸惑って。
どうしたらいいのかと、困惑してしまう。
ゆっくりと身を起こした冬馬に向き合い、動揺しながら、彼の求めに応じようとする。
ベッドに座って、私は、冬馬の上半身を、抱きしめた。
私へと重心を傾ける、冬馬の体。
私の胸に預けられた頭と、冬馬の体のぬくもり。彼の、感触。
温かくて、温かくて……泣いてしまいそうだった。
セーター越しに感じる、彼のすべて。
支えながら、私の指に伝わる、彼の感触。
私の指に絡む、細く柔らかな髪。
それから、冬馬の体の、重さ。
あの闇のなかで、私が触れたいと、心から願ったもの。
魂から、祈ったもの。
この重さ以上に、大切なものは。
愛おしいものは……ないと思う。
世界中、どこを探しても。見つからない。
そして、私は。
この人の生きている重さを、泣きたいほど愛しく感じながら。
この人を見つめるたびに、心の奥から、震えてしまうのだ。
私が、冬馬のそばにいるということは、風のように絶えなく揺れる不安を、見つめ続けるということ。
彼の繊細な優しさに、どこまでも触れたいと思い。
触れてしまうと、どこまでも引きずられる、自分の心を知り。
……不安になる。
彼を好きになることは。その不安をもまた、手放せず、愛するということなのだ。
「…………君は、温かいね……」
囁きが、聞こえた。
「僕は……僕の、この汚れた手では……どこへも、行けない」
私の胸に耳をあて、目を閉じたまま。
呟やかれた、彼の思い。
「でも、君は、僕のような生き方を、しちゃいけない……。違う生き方を、君はまだ、選べるのだから」
「……冬馬……?」
「僕が、君を、守るから」
何を……言ってるの?
「僕が、生きているかぎり……僕は君を、守り続ける。君の父が、湘馬が、君を守り続けたように。君一人なら、僕の力でも保護できるから」
「…………」
「どんなに遠く、離れていても……必ず、守れる。それくらいの能力は、あるから。僕に、任せて」
遠く…………離れていても?
私は、抱えた冬馬の体、そこに触れる両手から。
力が、抜けていきそうになる。
「……だから、君は、安心して。自由に、幸せに、生きて欲しい……。零れるような笑顔で、これからも、ずっと……」
伝えられて。
未来のない優しさを、伝えられて。
私の瞳から、止められない心が溢れかけて。目を閉じて、呑み込もうとする。
少しして、冬馬が、ベッドサイドの引き出しに手を伸ばして、何かを取り出した。
手のひらに載せて、差し出されたそれは、金鎖で通したペンダントだった。
丸い金の台が、太陽の炎を思わせるように彫金されていて、中央に、つるりと滑らかなカボション型の、透明な緑の石があった。
石の大きさは、二センチはあるだろうか。
「凄く、綺麗な石……」
突然に見せられて、躊躇いつつも、美しさに惹き込まれる。
「エメラルド。……カボション型で、傷一つない。インクルージョン(内包物)もまったくなくて、滅多に出ない品質の石らしい」
説明されて、
「エメラルド? これが?」
驚いてしまう。
宝石の価値はよく知らなくても、凄い物だと思う。
かなり大きい石でとても美しく、多面体にカットされていない分、自然な輝きを放っていた。
石そのものの価値が、グレードが高い物なのだろうと、素人でも判断できる。
「僕の母の、形見だ。身につけることはなかったけれど、子供の頃から、僕の御守りだった」
「お母さんの?」
「僕の母は、このペンダントを僕に残して、行方不明になった。湘馬を本気で愛していた人だったから、《組織》から離れた彼を追って、そのまま、消えてしまった」
「…………。…………それって……」
言葉のない私に、冬馬は首をふる。
「僕は、君のママをどうこう思っちゃいない。母もそういう人だった。……ただ、彼女は、優しすぎて繊細で、《組織》にいるには、心が弱すぎた人だから……仕方がなかったんだと思う」
優しすぎて、繊細な……冬馬の、お母さん。
冬馬の、儚い心象と、重なる人。
私の手のひらに、ペンダントが、そっと置かれた。
冬馬の温もりのあるそれを、見つめる。
「僕の曾祖母は、ラマイエ聖族の人間だったと聞いている」
「ラマイエ? って、前に、話に出ていた? テレビに映っていた、あの、ラマイエの王子とかいう……」
神に愛されているような、光の側の人。生まれながらに輝いて、日の照らす場所を歩ける人。
そういう一族、そういう人たちがいることを、思い知らされたとき。
「そう……駆け落ちして、一族からは離れたそうだ。その曾祖母の形見が、祖母から母に渡り、僕にも伝わってきた」
「とても、古いものなのね」
「鎖は、交換してるけどね……その昔、ラマイエ聖族、スマクラグドス一族の長から、下賜されたものらしい。半信半疑だったが……鑑定に出したら、値が付けられない貴重な物だと言われた。台座の内側には密かに、あの一族の刻印が彫られてあるそうだ」
言って、少し息苦しそうに顔をゆがめた。
「横になって」
慌てて横たえようと手を伸ばすと、大丈夫だと、返された。
「僕には、この石の陽の力は強すぎるんだ。……あの一族の、上位に座す者は皆、緑色の瞳をしているのは有名だ。エメラルドは多分、彼らにとって、特別な意味のある石なのだろう」
そして、私を見つめて、言った。
「君に。ネックレスを、千切ってしまっただろう?」
「え!?」
驚愕して、首をぶんぶんふる。
「貰えない。こんな大切なもの」
しかも、値が付けられない物って。
「私には、無理!」
手にしているのも怖くて、冬馬に渡し返そうとしても、
「御守りの一つとして、持っていてくれればいい」
受け取ってくれなかった。
「聖なる一族として、知られているほどだ。その恩恵に、預かるくらいは、できるだろう。
石は、沢山持つよりも、ただ一つ、大事にできる物を持つといいと、言われる。持ち主の心、想い、持ち主の正しき“意思”を、“石”の輝きに投影するように……ね。
君に……持っていて欲しいんだ」
呆然とする、私の首に、ペンダントをかけてくれながら。
冬馬は、優しく微笑する。
私は、首にかけられたそれを、すぐに外そうとして。
でも、冬馬の気持ちを、すぐにむげにするのは、気が引けて、困りきって彼を見つめた。
「冬馬」
見つめていたら、確かめなければならない衝動に、駆られた。
「私のこと……どう思ってる?」
間近にある薄い紫色の瞳を、そらさないで見つめる。
「好きじゃない、よね?」
それくらいのことは。
私にだって、わかる。
恋じゃ、ないんだって。
「私のことが好きだから、キスをしてくれたんじゃないよね? ペンダントも、そんな気持ちとは関係がないもので」
なんで、私、こんな惨めなことを言ってるんだろう。
初めて好きになった人の前で。
すごく好きになってしまった人を、見つめて。
なんで、こんな哀しいことを、自分で言わなきゃならないんだろう。
「守ってくれなんて、思ってない。私は、自分がどこにいくのかも、自分で決める。だから」
溢れてくる。
涙が、いっぱい、いっぱい、溢れてくる。
こんなふうに、泣きたくないのに。
おもいきり泣くことも、我慢してきたのに。
「優しくしないで。私に、何の気持ちもないのに、優しくなんかしないで」
「…………僕は、君の、恋人にはなれない」
告げられて。
わかっていた答えなのに。
胸の奥で、軋む音。
私の、心の音。
「君の、最愛の人を殺めた人間に、君を愛する資格はない」
「………………」
「けれど、誰よりも大切にしたい。君を苦しめるすべてのことから、君を守りたい。誰よりも、幸せになって欲しいと思う」
冬馬の指が私の涙を拭い、濡れた前髪をかき分ける。
美しいトワイライト・ヴァイオレットの瞳が、私を包み込む。
「だから……僕からも、この家からも、離れて欲しい」
…………冬馬……
「自由に、生きながら。君なら……人を傷つけたり、誰かの不幸を望んだりする孤独な人たちの心を、救えるかもしれない。……この世のなかには、そういう想いが、溢れている……。そうじゃない想いも、あるけれど。悲しいくらい、痛い想いも、溢れているから」
私が見つめたいと願った、この眼差。
私を見つめて欲しいと願った、美しい夕暮れの、菫色の瞳。
「君の強さと、心からの純粋な慈悲は……そんな悲しい人々の心に、光の雨を降らすんだ。
彼らを癒し、温もりを取り戻させる……優しい光の雨を。僕の心に、降り注いだように……」
私の髪を そっと撫でながら、語りかけられた。
この人は、その瞳で、私のすべてを奪いながら。
その瞳で、私に、離れることを告げている。
その想いをわかりながら。
突き放されていることも、知らされて。
こんなに、わがままな自分だったのかと。
こんなに、この人に惹かれてしまった自分なのかと。
それを、どうすることもできなくて。
「……私は、幸せになりたいなんて、思わないよ……」
「……なつめ」
「なにも、できないけれど……私が温めたいと思うのは、あなただけだよ」
それが、それだけが、私の本心。
「そばにいちゃ、いけないの?」
他には、もう。
なにも、望まない。
「そばに、いたいの」
強く、彼を抱きしめた私に。
そうすることしか、できない私に。
もう一度、冬馬の唇が触れた。
さっきよりも冷静な意識で、冬馬の唇を感じたとき。
冬馬のことが好きなのに、これ以上、引き寄せられてしまうのも怖くなって。
唇を離そうと身じろぎをすると、それを許さない力で抱きしめられた。
さっきよりも、深く長く、熱く触れてくる冬馬に戸惑いながら。
どうして、こんなふうにキスをしてくれるのだろうとか。
そばにいたいと言った私への、どういう意味の答えなのだろうとか。
思いながら。
そして、私は次第に、はじめて教えられる男の人の情熱に、キスの深みに、陶然と導かれていく。
すべてが混ざり合った、あの感覚。
真っ白な世界で味わった陶酔が、この現実に蘇えるのを……この体で、感じながら。
このままどうなってもいい。
このまま、明けない夜を、永遠の闇を生きて、かまわない。
この人と一緒なら。
冬馬の指が触れる、この髪の先まで、そう想い募る私がいて。
でも……冬馬は、それ以上を、求めなくて。
私のすべてに、触れようとはしなくて。
見つめあった後で、私は、自分から、冬馬を抱きしめた。
「僕を、憎んでいるだろう?」
呟かれた。
その時の彼の腕は、私を抱きしめ返さなかった。
「僕の、この汚れた手では、君を抱けない」
冬馬も、私も、ずたずたに傷つける事実。これからも、決して変えられない過去。
否定は、できない。激しい悲しみは、これからも消えない。癒えない。
だけど。
「どんなあなたでも、愛したいの。あなたのすべてを、抱きしめたいの」
体を少し離して、もう一度冬馬の目を見つめて、言った。
「冬馬のそばにいて、生きていく道を、探したいの」
冬馬が、首を振る。
「君は……馬鹿だな」
そうかもしれない。でも。
「私じゃ、駄目? 私じゃ、支えにならない? 私じゃ、冬馬の生きる力に、なれない?
私じゃ、何も、あげられない?」
血の繋がる兄妹だとか、そんなことはどうでもよかった。
禁忌をそれと自覚する余裕は、私にはまるでなくて。気づいても、もう、止められないし、止めようとも思っていなかった。
世界から取り残されたようにいる私たちに、常識とか倫理の枷は、何も効力を持たない。
切羽詰る感情で、詰め寄るように言ってしまった後で。
彼が、辛そうに、顔をそむけた。
困らせてると、分かって。
これ以上、追い詰めちゃいけないと分かって。
「ごめんなさい」
私は、冬馬に回していた腕を解いて、立ち上がろうとした。
でも、立ち上がれなくて。
勢いよく腕が引かれるまま、倒れこんで。
びっくりしたまま、我に返ったときには。冬馬の体の下に、自分の体があった。
目を見開く私を、菫色の目が覗き込んだ。すぐ間近で。
「分かってる? 僕のそばにいることが、どういうことか。本当に、分かってる?」
真剣な眼差に、息をのんで。
それから、答えた。
「分かってるから、冬馬が目覚めてからも、ずっとそばにいたの。私には、それしか、できなくて」
あなたのそばにいることしか、もう、私には。
そう、言えなかった。
唇が塞がれて、優しいけれどむき出しにされた男の人の情熱で、舌が絡め取られる。
息もつけない口づけに翻弄されながら、セーターの下で初めて知る指に、体が震えた。
引き返せる場所は、どこにもない。
こうして、お互いを感じて、ぎりぎりのところで生きていることを確かめ合って、そうして歩いていくしか、もう、道がないと思っている。
長いキス、慣れないキスに必死で応える私を、長い髪ごとかき抱いて、冬馬からの求めが激しさを孕んでいく。
言葉なく狂おしいキスを交わして、温もりを抱きしめた。
失いたくない体の重さを、慈しんだ。
二人で素肌になって、髪一筋の不安さえ、せめて今だけは無くしたくて。しっかりと肌を重ね合う。
私の指が、彼の背中からすべり降りて、無意識に、彼の傷跡を手で包んでいた。残酷な支配の傷跡を。
何もなかったことにはできず、罪もなくすことはできず、すべてを慰めることも、癒すこともできない。
でも、あなたが求めてくれるなら。私の全部を、あなたにあげる。
私に触れながら、零れた、彼の涙が。
私の素肌に、私の涙に、滲んだ。
私を抱きながら泣いている冬馬の苦しみもすべて、受け入れたかった。
けれど、男の人を知らない体が、私の決意とは裏腹に拒んで、抵抗する。
「力を抜いて……なつめ」
命ある限り、君を大切にする……
額や頬、首や肩に、キスを散らされながら、囁かれる意思の言葉が。
彼の体の重さに沈み、私は囚われ、繋がれていく。
二度と切り離せない絆は、絶望へ導かれているのか、希望へ導かれているのか、分からないけれど。
…………絶望でもいい。あなたを独りにはしない。
冬の夜空の下を、素足で歩いて、暗闇の永遠を見上げていたあなたのそばに。
これからは、私がいる。
深い静けさのなかに、乱れた息と、名を呟きあう声がひっそりと木霊する。
冬馬がゆっくりと、私の中を情熱で埋めるたびに、鋭い痛みに突き動かされて叫びそうになっていた。
途中で動きを止めた彼にじっと見入られて、恥ずかしさで目をそらす私に、冬馬が熱っぽく囁く。
「なつめ……僕を見て」
躊躇いながら、瞳を絡ませる。
ベッドサイドの薄明かりに照らされて、深い紫色に変わる瞳には、私の知らない暗い煌ききが宿っている。滲む涙とは別の……男の人の本能みたいな力。
「こんなに可愛いのに…………僕のものにして、ごめん……なつめ」
切なげに、苦しげに、眉を顰めて目を閉じる彼の頬に、指を這わせる。
「……あやまらないで……」
「……なつめ……」
「…………どんなあなたでも、愛してる」
「……もう一度、言って」
「私は、どんなあなたでも、愛してる。冬馬」
解き放たれた彼の情熱に、私は、跡形もなく、呑まれていた。
痛みを超えた先にある快楽の在処へと押し流され、自分でも意図せずに、甘い声が荒い呼吸に促されて、途切れなく零れていく。
私の想いは、激しく泣いて、激しく震えた。
――――苦しいけれど。痛む心があって、悲鳴を上げている私もいるけれど。
大切だから。守りたいから。
私の温もりが、あなたの生きる力になれるなら。
いくらだって、あげる。
私の力の全部を、あげてもいい。
あなたからの想いが、恋じゃなくてもいい。
私でも、あなたの力になれるなら。そばにいたい。
冬馬は、私を壊さないように蹂躙しながら、幾度となく、息もできない強さで抱きしめてくる。
名前を呼ぶ声に、声を重ねて。
何度も、キスを重ねて。
お互いの体の、命の熱を確かめあって。抱きしめあって、眠る夜は。
私の、初めて知る夜は。
哀しみと、切なさと、胸が張り裂けそうになるほどの愛しい息吹で、満ちていた。