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一章 月に打たれた心

**年齢制限は設定していませんが、ストーリー後半に一部軽めのR-18表現があります。苦手な方、18歳未満の方はご注意下さい**


こちらに掲載している【EYES】の姉妹作品です。(EYESの登場人物は出てきません。)

EYESよりも数年前に書いたもので、同じ世界で動いていますが、どちらも単独で読んで頂ける物語です。


*フィクション作品です。一般的な道徳性を著しく損なう考えで創作したものではありませんので、ご理解下さい。


EYESと比べてシリアス傾向が強い物語になっていますが、ぜひお付き合い頂けると嬉しいです。



別記

恋愛+サイキックの話ですが、サイキックそのものを自然な身近な能力である説を用いた内容にしたので、その手の話としてはインパクトが弱い印象になっていると思います。


会長様が交代された現在はありませんが、某大手電化製品会社にエスパー研究所があったのは知られている話で、技術者の方々の講師をしていた方にお話を伺った事をヒントに、この物語を書いてみました。

(出てくる団体は架空です。)

サイキックとは言っても、そこの会社では、出来上がった新製品の音に耳を澄ますだけで不良が分かるなどの、常識の範囲内で研究されていたようです。

(ちなみに作者はサイキック信者ではありません。笑)



光音 拝




-お願い-

この作品の著作権は、作者・光音に属します。

設定の引用・転載等は固くお断り致します。

厳守下さいますようお願い申し上げます。




 



          

      『 ――――私たちは みな パンドラの箱 』







 ボーダーラインだ。

 この境界線を越えたら、後へは戻れなくなる。

 この家の前に立ったとき、何の前触れもなくそう思った。

 そう思った自分に首を傾げて、緊張しているせいだと思い直した。


 メリーゴーランドが回転している。

 頭の中で。ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐると。

 考えても、考えても、止まらない。


 決断するために、止まらないことを確かめる。

 意を決して。私は、こわごわと、ブザーを押した。




 東京駅から、電車で北へ、だいたい三時間。終点から、路線バスで三十分。

 降りたバス停は、紅葉も終わりかけた林が広がる県道で、まっすぐの道が延々と続いていた。

 人っ子一人通らない、見知らぬ寂しい土地を一人で歩いていると、ひしひしと募る心細さ。

 一枚の紙きれを頼りにして県道をとぼとぼ歩き、しばらくすると、探していた表示にやっと辿りついた。



 ――ここから先 私有道路・私有地につき 立ち入り禁止――

 Private land of KUGA



 木立の奥へと伸びる県道よりも少し狭い私有道路、この道をさらに十分ほど歩いて、ようやく目指す建物が見えた。

 ここは、皇室の御用邸があるところとしても知られている、那須高原の別荘地。

 一枚の地図を支えにして、はるばる辿り着いた場所。

 立派な建物の前に、両手、背中に大荷物を抱えて、しばし立ち尽くす。

 呼吸を整えて、建物の全容を呆けるように眺めた。


 迷い込んだら遭難しそうな広大な森林の中に、突如として現われた大きな家。

 白茶の煉瓦の壁、屋根には同じ煉瓦造りの煙突。

 三階建てで、白い格子のフランス窓や若草色の鎧戸、優美な弧を描いたバルコニーのあ

 る洋館。

 季節がら緑の褪せた芝庭が前庭として広がり、華美じゃないけど品のある邸宅といったその風情に圧倒されながら、世の中にはお金持ちって本当にいるんだなとしみじみと思う。

 表札には、『KUGA』と、ある。

 着いたという安堵感は、ない。

 今の気持ちを言い表せば、ここが「目的地」で、「到着地」で、「出発点」なのかも、私にはわからない。



 ブザーが鳴っても、反応はない。もしかして、留守?

 おそるおそる、二度目を押す。

 反応は、ない。

 痺れる両手からバッグを下ろして、三度目の正直。これで出なければ、本当にいないかも。


 晩秋の高原地は、吹く風が身震いするような冷たさで、マクレガーのピンク色のお気に入りのコート、ちょっと重いダッフルコートを着てマフラーを巻いていても、足元から入る風で背中までうすら寒い。

 ここで、立ちんぼか? 

 思うだけで、背中のリュックがずっしりと重くなる。


 届いた手紙にあった電話番号は何度かけても通話中。やっとつながったときには留守電だった。

 仕方ないので、「今日、お邪魔します」って、携帯の番号と一緒にメッセージを残しておいたけど……。聞いてないのかな。

「土、日ならいつでも来てかまわない、連絡は不要って書いてあったのに……」

 呟いて。心細さと疲労感が募り、ダメもとでもう一度ブザーに触れる。

 押しかけたそのとき、スピーカーから響く声。



「誰だ」

 思いっきり、突っけんどんな応答。

 この家の風情とはおよそ不釣合いな乱暴さに、思わず目が点、息をのむ。


 …………。ダレだ、って。

 来客にこんな出方をするって、アリなの? 


 どういう家なのよ? 激しく疑問に思いつつ、留守じゃなかったことにホッとしつつ、スピーカーに顔を寄せた。

「門のカメラまだ直んねーの?」

 と、家の中で叫んでいるのが響いてくる。



「あのぉ……すみません。こちらは、玖珂くがさんの……」

「まぁたトーマのオンナかよ」

「は?」

「トーマ! トウ! お前の客。さっきとは別の女」スピーカーの向こうで、男の子の叫ぶ声が聞こえる。

 変声期をおえたばかりの、元気いっぱいから、ほどよく落ち着きはじめた感じの声。

 と、分析してる場合じゃない。

 ちょっと待って! と思う間もなく、次の声。


「はい。どちらさま?」

 今度はえらく、丁寧な口調。さっきより大人びた、男の子の声。男の子というより、大人の男性って感じもする。


「あ、ちょっと、待って。違うんです! 私は……あのっ」

「――違うって。やっぱりリョウ、お前じゃない?」

「オレ、知らねぇ。聞き覚えねぇよ」

「面倒でも自分で出て断れよ」

「聞こえてんぞ」

「聞こえるように言ってるんだ。とっかえひっかえ連れ込むな、うちはラブホテルじゃない」

「うるっせーな! オマエじゃねーならソウじゃねぇの!? スミマセェンって来るオンナは、お前かソウのどっちかだろ!」



 スピーカーからガンガンに響く、男の子の会話。

 静かな周辺の林に、ビンビン木霊している。

 あっけにとられて、立ち尽くす。

 トウ? リョウ……ソウ……?

 って、名前?


蒼馬ソウマはいま不在です。どなたが存じませんが、ご用件をどうぞ。伝えておきます」

 ここまで聞かされて丁寧な言葉で返されても、シラけるような困惑。

 伝えるも何も、どういう家なの? ここは。

 女の子が訪ねて来ると、ダレかの相手で、カノジョで?

 もしかして、ここは、男ばっかりがいる家なの?

 どういうとこ?


 とりあえず今は、それどころじゃないわけで。

 肩に食込むリュックを上下に揺らして、気持ちを落ち着ける。

「玖珂です」

「――――はい?」

「私、玖珂くがなつめです。親戚の」






「友達がいのない」

 凛ちゃんが、電話の向こうで舌打ちした。

「ゆってくでしょー? ふつうは!」

「ごめん。ちょっと、っていうか、全然……余裕なくてさ」


 私は、ぼんやりと……壁に、頭をもたせかけた。

 胸元でいつも切り揃えている髪が、広がってパサついているのを見て。もうしばらく、トリートメントすらしていないと思い出す。

「なつめは長い髪がよく似合う。女の子らしくしていなさい」と、お父さんに言われ続けて。

 私の髪型は日本人形みたいに、物心がつき薄っすらと記憶がある頃から、同じ長い髪のままだ。



 友達の思い詰めた声で、もうひとつのシビアな出来事を噛み締めさせられる。

 ネックレスにして身に付けたままの、銀の指輪が、セーターの下で、生々しい熱を発している気がして。

 胸に手を当てて、握り締めてみる。


 気持ちは、落ち着かない。

 溜息すら、出てこない。

 なんだか、ひどく、だるい。


 凛ちゃんの携帯と、私の携帯を、重い空気が行き交う。

 凛ちゃんが、私を抱きしめて。声ない声で、振り絞るように二人で泣いたあの日から。二週間が、過ぎようとしていた。



 あの日の感覚が、よみがえる。

 私たちは、しばらくの間、無言でいた。

 埋められる言葉は、世界中のどこを探しても、ないように思えた。

 それは、大抵が、突然なのかもしれない。

 あまりにも唐突すぎる“突然”を、どれだけの人が受けとめてきたかなんて、考えたこともない。



 それは、本当に、唐突で、突然で。

 ひとかけらの合図も、なかった。

 嘘みたいに、何もないな空間に放り出されたような感覚になって。

 私は、漂っていた。

 足元もなく、上もなく、左右もない。何の掴まり所のない空間は、ひどく不安定で。

 私は時々、込み上げる吐き気で、ひどく気分が悪くなった。




「住むとこが見つかったんなら、よかったけどさ」

「ん……。未成年に、世の中がこんなに厳しいとは、思わなかった」

「ジンセイケイケンだね」

「そんなカンジ」

 私は、力なく苦笑する。

「学校は、どうすんの?」

「転校、するか、退めるしか、ないかな……。まだ、よく、わかんない」


 学校のことまでは、考えられずにいた。

 学校の奨学金制度を利用すれば、学費はどうにかなりそうだけど、通えるようになるのかも見通しが立てられない。

 少しの間の後で、そっかぁ……と、呟く声。


「クラス副委員って、退学していいもんなの?」

 気を取り直す口ぶりで、凛ちゃんが毒づく。


「それは関係ないでしょ。だいたい凛ちゃんがみんなを扇動してハメたから、冗談みたいな選挙で決まっちゃったんじゃない」

「そうだったっけ?」

「そうだよっ」

「いいじゃない。ちょっとうっかりで信じらんないボケをやらかすことはあるけど、明るくて地道な頑張り屋で、責任感の強いなつめだからこそ、適任なのよ。まあ、さすがの私も委員長まで推す度胸はなかったけどさ」

「ほっといて」

「お人よしそうなタヌキ顔なのもポイント高いよね」

「それは関係ないから」


 彼女らしい辛口が、もう、懐かしい。

 中学の頃からの同級生で、毎日のように、顔を合わせていたのに。

 もう、しばらくは、会えないかもしれない。


「あのクリクリとしたなつめのタヌキ目が、これからは毎日、見れないんだね。……いきなり、なつめが引っ越してくなんて、いなくなっちゃうなんて、思わなかった。一言くらい、言って欲しかったよ」


 言いながら。凛ちゃんが、泣いていた。

 私は、ぼんやりと、携帯を耳にあてたまま。

 私のことで泣いてくれる、凛ちゃんに、友達に。

 泣いてくれる人がいる、ということに。

 噛みしめたことのないありがたさを、感じた。



 ありがとうの気持ちを感じたところから、あたたかいなにかが、滲みでてきて。

 私のなかいっぱいに、広がっていく。

 声に出して、泣きそうになりながら。泣いてしまえば止まらなくなる自分を、ギリギリのところで圧し留めた。




 ――――ほんとうに。突然。

 いなくなっちゃうなんて。

 思いもしなかった…………





「平日の夜とかもさ、携帯に電話して大丈夫?」

「大丈夫だよ。私もかけるね」

「親類の人、どう? いい感じ? いい人そう?」

「シンルイ?」

「親戚のところに行ったって、先生から聞いてたし」

「ああ。うん、そう。そんなとこ」

 適当に返事をする。


「せいぜい、ネコかぶっときなよ? ゼッタイに降ろすんじゃないよ!? なつめは黙ってれば、エセ大和撫子になれるんだから。普段は大人しいくせに時々壊れるのが玉にキズ、はみ出た一言が災いになるんだからねっ」

 エセヤマトナデシコ。誉めてるの? それは。

 色を入れずに伸ばしている真っ直ぐの黒髪が、大人しいお嬢様系に見えるとか、クラスメートの評もあるけど。


「助言、どうもありがとう」

 なかばヤケ気味でお礼を言うと、凛ちゃんがフフンと笑っている。

「それでも、イジメられたりしたら、戻ってきなよ?」

「え? でも。戻っても」

「うちに来ればいいじゃん。高校卒業までの二年ちょいくらい、居候させてあげるしさ」

「遊びに行くのとは違うんだから」

「それくらいの気持ちで、あてにしてていいってことよ。私がいるってこと」

「……うん」

 親友が、いてくれるということ。


「なつめ」

「うん?」

「ガンバレ」







 親戚、か。

 うん、まぁ、親戚といえば、シンセキだ。血縁ではあるみたいだし。

 一字チガイで、インセキだけど。


「…………」

 独り沈黙に、荷物を片付ける手が止まる。

 頭がバカになってる。私。もともと、バカだけど。

 ダジャレを思いつくくらいだから、私もまだ、元気力があるみたい。


「まぁ、似たようなもんよね。ぶっ飛んでるし」

 そう、かなり、ぶっ飛んでる。

 この、現実。この、状況。

 ほんとに隕石がぶっとんできて、いきなり後頭部をノックアウトされたみたいな、衝撃。



 私は、いっこうに片付かない細かいものを、どう整理しようかと悩んだ。

 整理してしまっていいものかどうか、考えてしまう。

 十二畳はありそうな部屋を見渡して。

 どうしようか、と、溜息。


 ちょっとしたホテルも顔負けするくらい、上品に居心地よく調えられた室内。

 ふかふかの毛長の、乳白色の絨毯。

 精巧なガラスで、桜の花びらを模して創られた可愛らしいシャンデリアが、キラキラと優しい光を放っている。

 ドレープのカーテンは、白地を基調に、桜や銀色の小枝模様が散りばめられたもの。

 ベッドスプレッドもソファーカバーもクッションも、お揃いの柄で統一されている。


 片付けて、自分の部屋にしてしまったら。

 しばらくの間。

 ここが、私の、居る場所に……なっていくのかな。

 なっていきそうもなにも、他がないんだけど。

 悲しいかな、生活力のない十六歳。


 身の回りの荷物と一緒に入れてきた、ボストンバッグの底にある新聞は、とうに日付の過ぎたもの。

 いくつかの束になったそれに触れずに、バッグをクローゼットへとしまい込む。   

 広げる気には、なれない新聞。捨ててしまうことも、できないもの。

 空になったバッグに詰め込んだまま、いつまでもこだわり続けてしまうだろう私の心に、埋められない空虚があることを確かめる。

 捨てられない新聞。

 埋められない心の穴は、ずっと私の中に在り続けて。二度と、埋まらない。



 重すぎて、倒れそうなのに。

 自分の中はもぬけの殻で、カラカラとからっぽでいるみたい。

 重いとも、何もないとも。

 どちらとも言いようのない不安定さ。


 わかっていることは、私には自分以外に、何もないこと。

 ここにいる自分を、確かめて、自分を確認して。

 これからの生きる道を、探さなければならないこと。


 白い格子の、ガラス戸の向こうを見つめる。

 濃い藍色の空の下の景色は、深とした静けさが重く低く垂れ込め、何の灯りも見えない。

 夜のなかに、小さな窓明かり一つすら見えない。

 東京から遠く離れてきた現実を、突きつける闇。

 たくさんの街の灯りが、あの街のざわめきが、恋しくなる。

 お父さんと二人で暮らした、あの場所。


 もう二度と、私の日常になることのない。

 温かかった、あの日々。






 この家に来たのは、昨日の日曜日。

 電子ロックの解除された門扉をくぐり、前庭を横切るスロープを歩いて玄関へ向かうと、両開きにされたドアの双方に、二人の男の子が立っていた。

 まるで異様なモノを見るかのように、彼らは、私を見ていた。

 私の目にも、その二人は明らかに、異様だった。


 思わず、

「日本語、話せるんですか?」

 と、口走り、一瞬、顔を見合わせた二人から、眼力で刺されるかとビビッてしまった。

 だって、どう見ても、日本人には見えない。

 私の親戚なら、この家の住人は日本人のハズでは。

 どういうこと?


 インターフォンに出た二人だということは、彼らの前に立って三呼吸くらい置いてから、確信した。

 大人びた雰囲気で私より年上だとわかる、淡い金色の髪を肩にかかるくらいに伸ばしているのが、丁寧な口調で出たほう。

 で、肌が少し浅黒く、燃えるように赤い髪をベリーショートに刈り上げた、勝気な感じがするのが、口の悪い男の子のほう。


「はじめまして、なつめです」

 とりあえず、あいさつ。


「何しにきたんだよ」

 赤い髪の彼が、スピーカー越しに聞いたのと同じ声で、睨んでくる。

「何しに、って、言われても……」

 面食らって、どうしよう? と思う。

 歓迎されてない? 全然。

 だったら、なんで、手紙なんて送ってよこしたのよ? と、不安になる。丁寧に記された地図まで一緒に。



 私は、両手の荷物をその場に降ろし、屈んでボストンバッグのひとつを開けようとした。「叔父さんから、手紙をもらったので……」


 焦っていたので、ファスナーが中の物に噛んでしまう。

 ますます焦って、顔どころか耳の末端まで赤くなりながら必死で動かそうとしても、しっかりと食込んでしまって動きようがない。

「ちょっと、待ってください、いま、ちょっと」

 さらに力入れて、引っ張る。

 どうしよう!? 早く開いてよ!

 指が痛くなって真っ赤になってきてるのに、ウンともスンとも動かないっ。


 そのとき。すぐそばまで伸ばされてきた手が、バッグを掴んだ。

 無言で自分の足元へ引き寄せると、瞬時の力でファスナーをジッと開けた。

 ブロンドの髪を揺すってバックを持ち上げて、私へと渡す。

「オジサンから、手紙?」

 あっという間の、さり気ない動作だったので。

 私はお礼を言うのも忘れて、頷いた。


「そう、です……。一週間前に、届いて。そんな人がいたなんて、お父さんから聞いてなかったから、びっくりしたけど。すごく嬉しくて、ほっとして」

「一週間前?」

「早くしないとマンション、引き払わなきゃいけなかったから。大家さんに、未成年の一人暮らしは困るから、悪いけど、なるべく早く越してくれって言われてて」

 荷物の中をゴソゴソと探りながら、説明する。


「家財は全部、リサイクルショップの人に来てもらって処分して。自分の荷物だけまとめて、残りは管理人さんに預かってもらってて、後で送ってもらう予定で。すみません、お言葉に甘えちゃって、ずうずうしく」

 勝手に一人で色々言いながら、内ポケットから手紙を出して、バッグ開けてくれた彼に渡す。


 その彼は、黙って手紙を受取り、斜め後ろにいる赤い髪の彼とチラッと目を合わせた。

 便箋を取り出して、指先でパラリと開く。

 水色のような薄い紫のような、彼の瞳が、文面を見ると同時に鋭く光り、

「やられた」

 苛立つように舌打ちした。

「ヒョーマのヤツ……」


「なんだよ?」

 赤い髪の彼が近づいて、便箋を覗きこんだ。

 眉を寄せて、ぶつぶつと口早に読んでいく。   


「拝啓 玖珂なつめ様…… 

 ……この度の事では、心よりあなたさまの御心痛をお悼み申し上げます。

 御無沙汰にしておりましたことが今更ながらに悔やまれますが、せめて兄の愛娘であるあなたの、今後のお手伝いができればと、願っております。何の心配もありませんので、ひとまず落ち着くまで、我が家にいらっしゃいませんか……

 って、オマエ、これ読んで来たの!? ここへ!?」


 驚きめいっぱいの顔で、食い入るように私を見る、赤い髪の彼。くっきりとした二重の琥珀の瞳は、珍妙なモノを見るように見開かれている。

 両耳にいくつものピアス、鼻にもドクロのピアス。

 頭に剣を刺したイラストの黒いTシャツ、その袖を捲った二の腕には、なんの模様なのか知るのも怖い派手なイレズミ、そこにもピアス。

 ボトムは、ボロボロに穴のあいたビンテージ物っぽいデニム。

 いかにも、反抗期が行き過ぎちゃったって感じの、ガラの悪い男の子。

 せっかくの整ったな顔立ちに、鼻ピーなんてもったいないと、このさなかに上の空で思ったり。


「そうですけど……」

「バッカじゃねぇの!? このオンナ!」

「どうしてですか?」

「アタリマエだろ!? こんな、ワード書きの手紙の、会ったこともない親類のとこへ、荷物まとめてノコノコくるかよ!? 危ねーとか、怪しーとか、思わなかったんかよ!?

 思うだろ? 疑うだろ!? フツウ!」


「え……でも、それどころじゃなくて。アパート借りて、自活するまで、ちょっとの間、お世話になろうかと……。この年で施設に入るのは抵抗があるし……とは言っても、部屋を借りるのも、保証人が必要だし……」

 脅されてるみたいに捲くし立てられ、ビビリながらおずおずと答える。

 途方に暮れる状況だったとはいえ、言われてみれば、自分でもかなり向こう見ずなことをしてる。

 というか、今気づくなよって、こと? これって。


「でも、名前は、直筆だったから」

「名前!? ――あ。玖珂、氷馬ヒョウマ……、……あンのやろうっ!!」

 赤い髪の彼が、すごい勢いで家の中へとダッシュする。

「ヒョウ! ヒョウ!! どこだ! いっつもいっつも、勝手なことばっかやってんじゃねーーーよっっ」


 怒鳴り声が外までギャンギャンこだまするのへ目もくれず、落ち着き払った態度で、金髪の彼が息をつく。

 金色というよりシャンパンカラーに見える髪は、日に当たると髪の一本一本が微細な光の泡を放つように煌いている。

 存在そのものに優雅な様子を纏わらせた品の良さがある人で、異国の王子みたいな風貌を漂わせてるのが、赤い髪のガラの悪い少年とは正反対な雰囲気。


 共通しているのは、二人ともどこか冷めていて、人を寄せ付けない印象があること。

 顔立ちが整いすぎているせいだろうか。


 上質な白いカシミアのセーターと合わせた、タイトなブルーデニムが似合う長い足。

 頬も、手紙を持つ指も、白くて。

 目を伏せて、便箋を読んでいる姿を眺めながら、惚けてしまう私。


 真っ直ぐで、軽やかなシャンパンブロンドが、彼のわずかな身動きで頬や肩先に光を彩るのも。

 前髪の間から見え隠れする、繊細に流れる眉や長い睫毛、憂いを帯びた水色にも薄紫にも見える瞳も。

 中性的で優しげな輪郭や鼻筋や口元も、見るほどポカンとしてしまう。綺麗すぎて。

 絹ごしのお豆腐を思わせるなめらかで木目細かな白い肌なんて、男の人の素肌だと思えない。

 ヒゲの剃りあとさえ見つからないって、ありえる?

 背も高くて、九頭身で、これだけの美しさを持っていたら、人生薔薇色に染まりそうだ……。



 なかば呆けて彼を眺めていたら、私の言葉を待っていたらしい彼が、私に視線を向ける。

 慌てて頭を下げて、見惚れてる場合じゃなかったと、この状況を反省。

「いきなり来て、すみません。あの、地図も入れてくれてたし、電話もしたんですけど。留守電、聞いてませんか?」

「この番号は、ヒョーマの部屋直通だから、僕たちは知らない」

 そして彼は、便箋を折りたたみながら、事も無げに言った。


「言っとくけど、ヒョーマは、君の叔父ではないよ」

「え?」

「兄の愛娘、なんて手紙には書かれてるけど。そう書いた方が都合がよかったんだろうけど、叔父なんかじゃない。湘馬ショーマの息子」

「あ、そう、なんです、か…………」



 叔父じゃない? 

 じゃあ、親戚っていうわけでも、ない……?

 私は、ポカンとして。

 言われたことを、復唱してみる。

 でも、ショーマの息子だって、言ってる。



 ――――え?



「え? 湘馬の息子? 玖珂、湘馬!?」

「そう」

「それ、私の父です!」

 まさか――――!! 

 ガクゼンと、する。



「みたいだね」

 彼は、まったく動じるふうもなく。

 口を広げた長封筒に、器用な手つきで、畳んだ便箋を戻している。

 ポカンとしたままの私を尻目に、イヤミなくらい、冷静極まりない態度。

 無関心そのものとでもいうような。


 みたいだね、って。

 ちょっと、なんでこの人、そんなことを知ってるの!? この家の住人だから?



「ってことは、私の兄弟が、ここに?」

 ずっと、一人っ子だと思ってたけど、まさか!? 本当に?

「やっぱり、聞かされてなかったみたいだな。異母兄弟がいるって」

「イボ、キョウダイ?」


 それって、お母さんが、違うってこと……よね?


「ついでに言えば、僕も湘馬の息子で、氷馬ヒョウマの弟」

「――――――は?」

「キミ、いくつ?」

「え? ……十六……」

「じゃあ、涼馬リョウマは、君の義弟だね。あいつ、十五だから。ああ、涼馬って、今ここに居たやつね」

「は?」

「もう一人、蒼馬ソウマってのがいるんだ。僕の弟で、涼馬の兄。計四人で、この家に住んでる。四人とも、湘馬の息子だよ」



 え……?

 え? 計、四人?

 え? 私に? 一人っ子だと思ってた私に、四人も兄弟が、いる、の? 

 う……う、ウソでしょうっ!?


 しかも、全然、カオの違う……。

 どう眺めても外国人の、混血と言われても「どこに日本人の血が?」と疑わしい限りの、ヨーロッパの王族的顔立ち。

 黄色人種とは著しくかけ離れてる風貌のこの人が、私と兄妹!?

 そんな、まさか。

 そんなバカな話がどこにあるってのよ!!


 とにかく、なにがなんだか、わからない。

 目の前に立っている、シャンパンブロンドの彼をマジマジと見ながら。

 頭も、体も、固まってしまっている。



 これは……ちまたに聞く、愛人というやつ、なんだろうか?

 でも、どっちが愛人だったんだ? 

 まさか、私のお母さんが愛人だった、なんてことは……信じられない!

 私がずっと小さいときに、お母さんは死んじゃったって、聞いている。

 でも、お父さんから、「おまえのお母さんは愛人でね」なんてことは、一言も聞いたことがない。


 四人の、異母兄弟?

 どういうことなの!?




「ちなみに全員、母親、違うから」

「はぁ!?」

 シャンパンブロンドの彼が、さらりとした髪を風になびかせるように、サラリと口にする。

「何も、知らなかったみたいだね」

 私に向かって、彼は、微笑んだ。


 温もりのない、微笑み。

 私とは、まったく違う、顔立ち。

 どこか冷めた感じの、隙のない表情。

 美しい倦怠感を纏い、風のようにつかみどころのない雰囲気。

「彼は、湘馬は、君に、なにも話さなかったのか」

 なにも、話さなかったのか?



「トウ! トーマ!!」

 体より先に、怒鳴り声が飛んできた。

 腹立たしげに息を切らして、再びポーチに現れた赤い髪の彼。


「ヒョウはどこだ!?」

「出かけてる」

「早く言えよ!」

「言う間もなかっただろ。お前、やっぱりJRに就職すれば? ヤマビコも舌を巻く超特急」

「あ!?」


 しれっとした真顔のままで冗談を言い、私の荷物のひとつを“弟”の胸にドサッと渡す。

「彼女の荷物、運んでやって。たぶん、おまえの隣りの部屋。ヒョウが数日前に照明の電球を全部取り替えてただろ。自分では絶対にそんなことする奴じゃないから、おかしいとは思ってたんだ」

 とっさにバッグを受けとめた、赤い髪の彼が、これ以上は上がらないってくらいに眉を縦にした。


「なんだって!?」

「アイツが決めた事情には逆らえないだろ。――なつめ」

 突然、呼び慣れたような口振りで名前を呼ばれて、ドキッとする。


「掃除はハウスクリーニングにまかせてる。食事やバス、洗濯その他の生活のこと、勝手にしてくれてかまわないから。好きなように過ごして」

「それって、ここに居てかまわないってことですか?」

「他に、暮らせるところ、あるの?」


 そう、言われると。返す言葉は、ない。


「ただし、これだけは約束。四人の決まりみたいなもんだから。

 僕たちの誰にも、干渉しないこと。他人が寄り集まった下宿みたいなもんだと思えばいい。僕たちも、君の生活には一切干渉しない。わかった?」     






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