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メカナイズド・ハート 32話

再び1週間遅れとなりました。大変申し訳ございません。


「どうする?」


ルーカスに残された時間は少ない。


答えは一つだけ。


中立国の領域を通過して、最も近いコロニーに向かい保護を受けるべきだろう。

損傷していて安定しないこの機体で、戦場に戻ったところで何もできないだろう。苦渋の選択肢ではあるが、緊迫した状況の中でルーカスの選択は早かった。


最も近くにあるコロニーはスウェーデン領レネだろう。バルト低高度国際航路のど真ん中にひっそりと浮かぶコロニーであり、バルト低高度国際航路上でトラブルに見舞われた多くの事例で緊急避難先として使われてきた。

長らく中立国としてドイツ情勢に関与してこなかったために、戦闘で損傷した艦艇が生き残るためによることも多い。


しかし、問題がある。敵機のパトロール部隊と接敵する可能性が捨てきれないのだ。バルト低高度国際航路は、ポーランド・ドイツ両国の戦争によってほぼ全域、スウェーデンとデンマーク両国の領域以外の全ての区間が戦闘危険区域に分類されており、たびたびポーランド・ドイツ双方が高速艦隊を走らせて機雷を設置している。


もし、ドイツ高速艦隊かパトロール艦隊に遭遇した場合、ルーカスの損傷した戦闘ポッド一機では勝ち目がないだろう。


ルーカスは胸元で一度十字を指で切ると、勢いそのまま機体のスラスターを全力で噴射、目的地へと向けて機体を加速させて軌道合わせを試みる。


きた。


ランデブーポイントを確認すると、ルーカスの機体とコロニーの軌道の軸を合わせようとする。


うまくいかない。機体のロールが相当遅くなっている。次の瞬間、右ロールを続けていた機体はガクッと音を立てるように急激に機体がずれ始め、右ロールに加えてとてつもない上方向への負荷がかかり始める。慌ててスラスターを切り、なんとか軌道を安定化させるが、危うく再びスピンに落ちるところだった。


問題点はすぐに思いつく。


機体の片側のスラスターが壊れているためロール速度が遅くなり、さらに機体の左脚部の燃料が使い尽くされているため、どうしようもないほど機体が鈍いのだ。


重量バランスと推力バランスが崩れた機体は、サーファーが体を斜めにしてボードに乗りバランスを取るように、推力方向というボードに対して機体を斜めに向けることで機体の安定を保っている。


ルーカスは機体の自動姿勢制御装置を使用して機体の精密な操作をコンピューターに任せようと試みる。

しかし、先ほど切った自動姿勢制御装置は切った時の従順さとは対照的な反抗的な態度を見せる。装置はボタンを何度押しても反応せず、うんともすんとも言わない。


「クッソ、使えねえな。」


不平を言いつつ、自動姿勢制御装置の起動を諦め手動でコロニーの軌道に機体を合わせ始める。


コロニーは常に重力を生み出すために回転している。当然ドッキングポートもそれに合わせて回転しているため機体の速度だけでなく、こちら側も螺旋状に回転しながら接近しなければならない。


ピーッ ピーッ ピーッ 


推進剤が残り少ないという警告が流れ始める。

メーターを見れば限りなく0に近いレッドゾーンに突入している。


頼む、もう少しなんだ。


ルーカスは心の中で祈りながら瞬きも忘れて、全神経を集中しつつ操縦レバーを握りしめる。


「持ってくれ、持ってくれよ。」


だんだんとスクリーンいっぱいに広がる巨大な灰色の物体は、冷たい表面を見せていて、近づけば近づくほど、デブリで傷ついてデコボコになった表面と、こちらに砲を向けているコロニー防衛用の砲台が見える。


コロニーの表面が迫り、推進剤の残量を示すメーターは0に振り切っている。圧迫されながらもルーカスは正確に機体をコントロールし続ける。


不意に灰色の圧迫の中に光が見える。赤と緑の光はルーカスを誘い、彼を招き入れる。


ドッキングポートだ。ルーカスの機体は等速直線運動により、海面の浮遊物のように、流れに揺られながらゆっくりとドッキングポートへと侵入した。


中は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっていた。


赤い緊急事態を知らせる光がキラキラとドック全体を照らし、ドック内を漂って作業していた作業員たちはもこもこの作業服を必死で動かし命綱をたどって逃げる。


その状況を見て初めて、ルーカスはこのコロニーに対して一切通告をせずに接近してドックまで侵入したことに気づいた。


数分もしないうちにポッドや警備艇が飛んできて銃口を向ける。警戒させてしまったようだ。


「注目せよ、注目せよ。こちらはスウェーデン王国軍レネ警備隊、ポーランド軍機につぐ、即座に機体の武装を解除し、投降せよ。」


国際チャンネルで投降と機体の放棄を要求する通信が流れて来る。ルーカス機の周りには10機近いポッドがやってきて砲をルーカス機に向けている。


「繰り返す、こちらはスウェーデン王国軍レネ警備隊、侵入機は即座に機体の武装を解除し、投降せよ。受け入れない場合はこの場で破壊する。」


スウェーデン王国は中立国であるため、中立国でい続けるために、規則を守る義務がある。


「こちら侵入機、了解した。武装を解除して投降する。推進剤が切れているので、曳航してくれ。」


そう言いながら、身を乗り出して目の前にある操作盤に手を伸ばしてパチパチとスイッチを操作、機体に装備されていた全ての武装を放棄した。


「武装の放棄を確認、22時45分。あなたと機体はスウェーデン王国の管理下に置かれます。」


その言葉に安心し、シートにもたれかかるように睡魔に追われた。


こうしてルーカスの多忙でヒヤヒヤする1日は終わった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「捕虜番号11813番、前に。」

病院の入院患者のような真っ白で薄手の服を上下に纏う人間たちの列から、同じく真っ白で薄手の服を着たルーカス・マクワイヤーが進み出る。


ザッ ザッ ザッ バシッ


綺麗に左右の手の動きと両足の動きをマッチさせ、全身に神経を張り詰めながら敬礼を決める。部下や上官にも稀にしか見せない完璧な敬礼を披露する。


「もっと前に来い。お前の尋問をしなければならん。」


ごっついライフルを持った警備兵たちがルーカスに向けて手招きをする。行き先は尋問官の待つ小部屋だろう。


冷たい廊下は、青く光る1つおきに点灯する電球に照らされて氷の上を歩いているような感覚に襲わせてくる。素足なため、凍てつく寒さで足がかじかみ長靴の底のように硬い。


どんなねちっこい性格の尋問官が待っているかと想像しつつ歩いていると、警備兵たちの足が止まる。目的地に到着したのだろう。


コンコン


「尋問官どの、捕虜11813番をお連れしました。」

「よろしい、入室してくれ。」


若々しくハリのある声が頑丈な鉄フレームで補強された扉越しに小さく聞こえる。


警備兵は指紋認証機に指を当てて解除すると、扉を開ける。2人の警備兵の間に挟まれる形で中に連れてこられると、小さな事務用の灰色の机と銀色のパイプ椅子に座る男性将校がいる。


年は30手前、中肉中背、ぶっとい首から戦闘機かポッドのパイロットであった可能性が示唆される。しかし肌自体はティーン顔負けの綺麗さで、手にもマメのようなものはなく、顔も首元も傷どころかニキビ1つない。


どう考えてもエリート様だ。こんな田舎の警備部隊で尋問官をやる顔じゃない。田舎上がりのルーカスには分かる。


コイツは中央のエリート様だ。大方でっかい首も趣味のカーレースか、専属コーチとシェフとメイド付きのホテルのジムでデカくしたのだろう。


気に入らない。


恵まれている奴らはいつもこんなもんだ。


「座りたまえ。」


鼻につく言い方でエリート様が声をかけてくる。


大人しく手錠がはめられた状態のルーカスはゆっくりと腰掛ける。パイプ椅子のくせに随分ピカピカに拭かれている。


「ルーカス・マクワイヤー、地方の低層民出身、2級市民、家族全てと生き別れ、強制徴募を受けてスペイン軍ポッド部隊に入隊、退役後は民間に戻り現在は、ロシア政府の息がかかったロシア系民間軍事会社で勤務・・・。」


彼は手元のファイルに書かれている情報を読み上げると、ファイルをルーカスにも見える位置において、ティーカップを口元につけて傾ける。


これまた美しい所作で、余裕を感じさせる。


何よりも大切な恋人エミーの安否はわからない。変人ベルとご機嫌ジェットコースターのセルゲイとも会えない。まあ、彼らとは会えなくても大丈夫だが、エミーだけは見つけなければいけない。それにポッドも失っている。


ルーカスの心は、自分以外の妹含め全ての家族を失ったことに由来する孤独に対する恐怖心、恋人を超え家族の一員とまでなっているエミーを失ったかもしれない事実に震えていた。


おまけにポッドをパイロット人生で初めて失い、安物の手錠と囚人服でコーディネートさせられたことは彼の自尊心にまで傷を入れている。


そのような状態で魅せられる目の前の小男の自尊心を高めるためだけの、茶番。こんな気色の悪い自己満足オナニーにルーカスは付き合いたくない。


「何が知りたいんだ?」


単刀直入にルーカスは聞く。


「よく聞いてくれた、君たちは部屋から出たまえ。」


目の前のいけすかない尋問官は、ルーカスの背後に立っていた2人の警備兵を大仰な手振りで追い出すと、ご機嫌な様子でタバコを口に入れ火をつけて話し始める。


「君のような南欧の能天気な人間にはわからないかもしれないが、このレネはデンマークとスウェーデン、ドイツ間で常に争いの火種となってきた。」

「俺の緊急時の行動でレネに来たことに問題があったと言いたいのか?」


いけすかない尋問官の態度にカチンときて喧嘩腰に話を進めると、ルーカスの怒りを煽るような回答をされる。


「そうだ。安易な君の行動には確実に問題があった。」

「ふざけるな、あれは緊急時の避難のためだったんだ。」


ルーカスの言葉は本当だった。紛争地帯を避けろなどと言われても、避けれないものは避けれない。油断を許さない危険な状態で推進剤も少なかった。他国の国際問題がどうとか気にしている場合ではなかった。


「避難のため・・・、避難のためね。」


余計に怒りが湧き出る言い方で、尋問官はやれやれと肩をすくめるような態度で続ける。


ムカつく野郎だ、そうルーカスは思う。さらに尋問官は続ける。


「我が国は文明国だ。当然条約は守るし、中立国としての常識も心得ている。この場において何を言おうと、外交ルートを通じて君の身柄は、我が国の船舶か、第三国の船舶によって返還されるだろう。」

「何が言いたいんだ?」


目の前のうざったい男の尋問でルーカスの我慢は限界だ。目の前の男はため息をついて、足を組んで口にする。


「つまりは貴方はスパイでは?」

「は?何だよそれ。」


ルーカスは目の前の、エリートそうな尋問官が口にした言葉に目を見開きながら驚きを隠せず呟く。


ルーカスには今の発言が1ミリも理解できなかった。

条約と国際基準に則った緊急事のための避難であり、いかなる攻撃的な意思も持たないものとして済むように、教育された通りの振る舞いをしたのだ。


「俺の行動は全て、国際的な規範に照らし合わせても何も問題がないはずだ。俺がそのような疑われる行動を取ったのか?」

「ええ。」


その言葉でルーカスは愕然とする。

目の前の尋問官は俺と違う世界を見ている。それともエリートでも何でもない見てくれだけの男なのか?

そうルーカスは混乱する。


「俺は何をした?」

「我が国の早期警戒網をすり抜けて領域に侵入・・・。」

「それはお前らの問題だろうが!!!」


尋問官が放った言葉にすぐルーカスは怒り噛みつく。スウェーデンの早期警戒など、鼻くそだ。突破されようがどうされようが、ルーカスにとって知ったことではない。


「さらに不自然な機体の軌道・・・。」

「だから、機体の制御を失っておかしな軌道を取ったって言っただろうが!!」


保護された瞬間から何度も伝えた言葉を再度伝える。


そもそも機体のダメージを専門家が見れば一発で理解できるのに目の前のエリート野郎は何だ。そう、ルーカスは不満を大爆発させる。


「しまいには!!機体センサーでレネの形状を精密にスキャンしたデータやコロニー内の見取り図を、機体のデータベースに保管!!!」

「今の時代その程度のデータ携帯端末にも貼ってる!!!!」


しまいにはトンチンカンなデータの話をし始めた。

明らかにまともじゃない。

未来が暗くなるのを感じ、ルーカスの頭は尋問官の絶叫をシャットアウトし、沈むように、眠っていった。

ますます寒くなってきました。読者の皆様のご健康をお祈りしています。

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