メカナイズド・ハート 28話
いつも通りの遅延でございまする。大変申し訳ございません。
暗闇の中を走る。わずかな光が街灯から注ぎ落ち、彼の胸元から背へと流れる。視界が左右にブレながらも確実に路面のコンクリートを撫でるように地表スレスレで飛び続ける。
直前でバネのように、あるいは獲物に飛び掛かる頂点捕食者のように、跳ね上がり垂直に敵の頭上から襲いかかる。
敵はおののく暇も、避ける隙も、悲鳴を上げることもできずに、直撃して炸裂する。爆風がコンクリートの路面上に積もったホコリを巻き上げる。
直撃を受けた灰色迷彩の塊はホコリに包まれ、その輪郭がぼやけて位置が掴めなくなる。迷彩効果を実際に実証するが、もはや意味はない。
その人間だった塊は、先ほどまで持ち合わせていた生命たらしめるものをこぼし、目からは正気を失っていた。
それを眺める監視ドローンが一機。そこから撮られた映像は全て、何十キロも離れた、あるいは別コロニーの隠蔽された地点にいる、ドローンオペレーターに送られる。目の前に映された殺害の映像をオペレーターは見て口を開く。
「よっしゃ!!まずは一発!!」
「おお〜、やるな。」
「これで俺が一発リードだ、賭けから降りるなら今のうちだぜ!!」
陽気な声が狭い部屋一体に響く。決して大声ではないが、歓喜の感情が乗った声がつぶやかれ、それに対してもう片方の男も賞賛の言葉を発する。
「まあ見てろって・・・、それっ!!」
また一つ爆発が起き、逃げる敵兵の四肢には爆発物の破片が食い込む。次は賞賛していた側が賞賛される。
「お前も上手いな、でも賭けは先に11キルした方の勝ちだ。まだ勝負は決まっていないぜ。」
「まあ今の戦況なら余裕だろ、獲物に困ってこっちの担当地域に来るんじゃないぞ。」
彼らの中には緊迫感はなく、目標が偵察係から送られてくるたびに遠隔でドローンを発進させ、暗闇に紛れて目標を破壊する。
死神と恐れられるドローンオペレーターも、ただの遊びで殺人を進めていく。そんな不道徳な戦争の香りを感じさせない空間に、上官が入ってくる。
「おお〜、盛り上がっているな。調子良さそうだしノルマ追加で頼む、今日中に40キル達成でよろしくな。」
敬礼をする二人を見て微笑みながら、上官は追加でノルマの書かれた紙をバインダーに挟んで二人のそばに置く。
「今日のシフトは二人とも13時までだろ?」
「「はい。」」
「なら20キルを目標に、残りの20キルはエルハルトの組にやらせる。」
「「了解であります。」」
「よろしくな。」
2名のオペレーターが了解を示すと、上官はそのままオペレータールームを退出して行った。
「チェッ、簡単に言ってくれるぜ。」
「ほんと、自分は書類に適当に書き込むだけなのにね。」
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ドローンを使う側にも苦悩がある。しかし、1番の苦悩は使われる側にある。
ブブブブブブッ
虫の羽音を大きくしたような不快な音が頭上から聞こえてきた瞬間、炸裂音が近くで響く。クソッ、リタはそう心の中で思う。決死の覚悟で戦争の荒波を乗り越えてもまた、叩きつけられる。
死んでいないだけまだマシだろう。まだ、死んでないだけかもしれないが。
〈そっちにいくぞ!!〉
近くでリタと同じように伏せて隠れている分隊の仲間が、ドローンの接近を無線で警告する。その無線の音ですら息をひそめているリタには怒りを感じさせる。
「バカッ、黙れよ。」
思わず小声でそう呟いてしまう。
ブブブブブブッ
どんどん音が近づいてくる。足の方から音が近づいてくる。
ヴヴヴヴヴヴッ
音が近づき、リタの耳の中の空洞で音が響くのが感じられる。耳栓をつけていても感じられるその爆音は、リタの不安感をさらに増幅させる。
頼むから、こっちに来ないで。今日何度目かの神への祈りを送る。どうやら神に既読無視をされたようだ。
ドローンは近づく。
ドクンドクンドクン
ドローンの音が接近するたびに心臓が早鐘を打つ。
ドローンの音が絶頂に近づいた瞬間、全ての音が裏返る。頭上を通り過ぎて行ったのだ。心臓が落ち着きを取り返し、止めていた息をそっと吐く。
ずっと呼吸を抑えていたため、咳き込みそうになるが押さえ込む。
手足を一つ一つ触っていく。全て無事だ。最後に胸と自慢のお尻が欠けていないことを確認すると、傍に置いていたライフルを抱きしめて匍匐前進を再開する。
無線機から再び指示が聞こえてくる。
〈その建物の屋上から敵を監視しろ。情報があり次第連絡を。〉
今日も無茶を言う偉い人の命令を受けて、分隊長を先頭に兵士たちは地獄を進んでいく。
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広大な空間を狭苦しく思わせるほどポッドが積み込まれているハンガー、そこには異常な熱気がこもっていた。
鼓膜を破くほどの轟音が響き、誰もが耳栓をつけてなお聴覚障害に悩ませられる現場を一歩一歩ルーカスは進む。
「おい!!ここへこんだままじゃねえか!!」
「はい!!今直しまあす!!」
モンキーレンチでヘルメットをぶっ叩かれながら新人が走り回る。普段ふんぞり返っているだけの高齢の職人たちも作業服を着ている。
あれは軍属だろうか?略式階級章がついた整備兵たちも見える。軍民問わず呪文のようなポーランド語と、信じられない訛りのついた英語が合わさった業界用語を話している。
「おい!この塗装ハゲをなんとかしろ!!こんなんでパイロットが安心して乗れるかよ!!」
「すんません、今直しますう!!」
今度は女の子が工具箱でどつかれている。あの子は随分と若く見える。工業学校の学生だろうか?若い女性が作業員の5割を占めている。
「てめえ仕事遅いんだよ!!早く終わらせろそんなの!!!」
あたりに響く声には一切女性らしさを感じないが、確かに女性作業員や整備兵が多くいる。
あたりに気を配りながら進んでいくと、ようやく目的の機体を見つける。
angelだ。パイロット科で訓練を受けた時、初めて乗った機体でもある。この機種だけで、初等教育と高等教育そして実戦までこなせる優秀な機体だ。
搬入時にボロボロだった外装は整備兵たちのおかげで、綺麗さっぱり。塗装もやり直され、以前自分の手でつけたオリジナル金星迷彩は正規の金星迷彩へと変更された。
「あ、マクワイヤー中尉ですね!?」
「おう。」
唐突に知らない女性の整備兵からファミリーネームを言われて、一瞬フリーズする。彼女の略式肩章を確認して自分よりも下位の人物であることを知ると、セルゲイの真似をして鷹揚に返事をする。ここは非公式な場面だ。多少ゆるい挨拶の方が良いだろう。
すると敬礼をされる。
「この機体の整備を今後専属で担当させていただく、ウルシュラ・ノワクです。」
その女性はそう言うと、ルーカスも敬礼と共に一言。
「ルーカス・マクワイヤー中尉だ。よろしく頼む。」
そうやって挨拶も返した。
挨拶が終わるとすぐに仕事の話が始まる。彼女はスペイン機には慣れていないらしく、手伝って欲しいらしい。書類がまだあるため暇ではないが、機体の状態は完璧にしておきたいので協力する。
「ありがとうございます。それで、こちらなんですが・・・。」
彼女に案内され、コックピットの中に入る。各操縦装置にパネルは外され配線が露出している。シートに座るスペースはあったが、わずかにでも体を動かすと配線とぶつかりそうで怖い。
「よいしょ。」
彼女は若干おっさんくさいセリフを吐きながら、四肢を伸ばしそれぞれをコックピットの隅に当て、身を捻って該当の配線を見せようとする。結果として、ポールダンサーでしか見ないエビのような体勢になる。
バムッ モワッ
ルーカスの顔にウルシュラのケツが直撃する。なんだこれは美人局か?そう思ってしまう。ただ美人局にしては杜撰じゃないだろうか?エミーに一筋の俺にしたって反応しないだろう、そうルーカスは思う。
「あ、これです。」
彼女の言葉で気が引かれ、何事かと顔を向ける。そうだ、作業の手伝いに来ているのだった。慌てて役目を思い出して、ウルシュラのケツを顔から退けて、股下をくぐるように首を通して彼女が手に持つ配線を上目遣いで覗き込む。
これ以上首を持ち上げると彼女の股下のデリケートゾーンに直撃しそうだ。そのような悲惨な事態を避けるためにもルーカスは首の激痛を我慢する。
「ここのコードってどこに挿したら良いんですか?整備マニュアルは全部スペイン語で読めなくて・・・。」
「端末では調べた?」
「はい、ただ全部スペイン語記事で性能を賞賛するようなものしかなくて。」
「ああ、やっぱりそうか・・・。」
思わず頭を抱えてしまう。彼女が片手で見せる携帯端末には「無敵の機体!!その特徴とは・・・!?」「整備性が勝敗を分けた!?」などなど、確かに役に立ちそうな記事は無さそうだ。
代わりに整備マニュアルを見せてもらう。冒頭にある、索引からコックピットを探し出し、そこからパネル、フロントパネル、配線へと潜っていく。
見つけた。
ルーカスの背筋が限界に近づいた瞬間、探していた情報を探すことに成功した。ページを読み上げる。
「どれどれ・・・、フロントパネルの配線接続は、最新の注意を払って行なってください・・・ふんふん。新しい配線を接続する際は、ただ元の場所に差し込むだけでなく、フロントパネル部分の電源を落とす必要があります。接続後に、コックピットの電源全体を一度落として、再度実行する必要があります。」
一気に読み上げるが、ウルシュラはポカンとしている。しまった、スペイン語で読み上げても通じるわけがない。改めて英語で訳して読み上げると彼女は実行に移す。
その度にウルシュラの小さいケツがルーカスの顔や首肩をポコポコと叩く。もう少し豊かなものであれば、まだ良かったのだが。
「よいしょ。」
彼女の言葉で再びケツから視線を外すと彼女がパネルを閉めていた。これで大丈夫だろう。狭苦しい空間から解放されると安心すると共に、若干もの悲しい感情に襲われる。
まあこういう日もあっても良いだろう。若干のエミーに対する罪悪感をそう考えることで水に流すと、コックピットから転がり出る。
「一体全体二人でファッキン何してたの?」
どこかで聞いたことがあるような声が、真後ろから聞こえてくる。間違いない。エミーだ。ルーカスの顔は地球よりも青くなる。
「あ、ああごめんよ。整備士の手伝いをしていただけなんだ。」
「へえ、謝るんだ。」
「あッ。」
彼女の地雷を踏んだらしい。その後1週間口を聞いてくれなかった。次はもっと上手くやるべきだろう。そう決心を固める。
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「全体〜、ならえ!!前進!!!」
ザッザッザッ ザッザッザッ
キュラキュラキュラキュラッ
左右に10車線はあるような巨大な街道を勇ましい顔つきで戦闘服に身を包んだ歩兵たちがザッザッと歩を合わせて更新する。続いて数百台の軍用車両と戦闘車、ついで戦車にポッドが続いていく。
陸戦の主役たる砲兵たちもその征服力を長い砲身から溢れんばかりに垂れ流し、カメラの主役となる。最後には特別に陸上げされた3等戦列艦だ。周りの全ての人間たちを、威圧する突き出た百近い大小の砲たちは、軍事的勝利を物質化したような存在だ。
勇壮に更新して市街地を抜けて愛国広場へと出る。誰もが身を乗り出し王家の旗を振る。この王国の富と力、そして偉大なる勝利と犠牲が集まったこの場は、何万台の報道機関のカメラと、何十万の群衆が押し寄せている。
<偉大なる勝利のために>
<平和と秩序のために>
そういったプロパガンダポスターと、白人高身長金髪碧眼の青年兵士たちがスクリーンの中を、手前を進む兵士たちと共に動く。
数万の兵士たちが進む中に小さな影が一つ、ヒョコッヒョコッ、その影はなんとか周りに合わせてイチニイチニと足を上げるのに必死だ。その影の主はリタ。兄、ルーカスが知らないうちに彼女は、祖国に帰還した「英雄」になっていた。
暑い、暑い、暑い
重い、重い、重い
フル装備の数十キロの重量は明らかに、リタの瑞々しい四肢を軋ませ、背負うバッグは肩に食い込んでいる。もう少し鍛えていたら、もう少し体が大きければこのような惨めな思いをしなくて済んだのに。リタは一歩踏み出すたびにそう思う。
グイッ グイッ グイッ
一歩一歩回りに合わせて足を大きく踏み出すたびに普段よりも重い装備が体を締め付けていた。実戦では一度も使ったことがないハイテクなよくわからない装備も見栄えのために、装備させられた。とても重い。
目の前を進む四輪駆動車に乗って進む旅団長が恨めしく思える。
ふと目線を少しずらすと観衆たちが座る雛壇が見えてくる。彼らは高い金を払って座っているのか、ジャーナリストか、将軍たちの知り合いだろう。その中でふと目が合う。
道を歩けば全ての者の視線を吸い込むような美青年だ。戦争の痛みを感じさせないきめ細やかな、シルクのような皮膚に、美しい骨格。バランスよくついた肉。整った顔立ち、汗の一つも書いておらず、若干胸元を開けたブラックのシャツと金色のネックレスは官能的な雰囲気さえ醸し出す。
それと引き換え、自分の姿はなんだろう。
訓練でつけさせられた背筋と腹筋、重い物の持ち上げ過ぎで生まれた腰痛、不味いレーションの食い過ぎで味覚もない。髪型は軍規定の、坊主よりはマシなポニーテルもどき、ヘアピンやワックス、染め色もなし。給料は雀の涙。
筋肉と逸物中毒の淫売バカ女と、売春婦の話ばかりする臭いオッサン達のせいで、下品な話以外に雑談する話題を失ってしまった。対して裕福ではなかった故郷でもまだマシだっただろう。
あまりにも惨めに感じてしまい、リタは考えるのをやめた。考えるのをやめることで、何かが変わるのではないかと、ボンヤリと願った。
パレードが終わっただけだった。
今シーズンは空き時間が多めなので執筆も進むでしょう(希望的観測)




