メカナイズド・ハート 17話
本当に申し訳ない。
「この中隊にも通信機はないんですよ!!大隊長殿に行ってください!!!」
そう彼は絶叫する。エリーコ中尉の目は充血していて額や首元には嫌な汗。
「お、おう、わかった。行ってくるよ。」
その怒鳴り声で気圧されたライアンは中隊指揮所を後にして大隊指揮所に向かう。
大隊指揮所には当然大隊長がいる、人物は知らないが階級は上位者だ。そう考えるとライアンは歩きながら襟を整えて首元に掛かっていたホコリとフケをパサパサと上着を煽って落とす。
「ったく、どいつもこいつも余裕がないなあ。」
彼は自分の過去の姿を棚に上げて他者を批判する。彼の顔は清々しく晴れやかな良い顔をしている。
その様子を後を音を立てずに追うベルはジト目で見つめる。もし彼にもう少しの貞淑さと高潔さ、身長と筋肉と知力と集中力とコミュニケーション力と逸物の長さ+3cmあれば良かったのに・・・。
そう彼女は心の内で思いつつも、まるで全てを肯定するかのように無言で着いていく。
しかしその従順な姿もまた、彼を満足させない。
ライアンの辛うじて残るベルの恋人としての善性に突き動かされて彼女に声をかける。
「どうした?」
「いや、どうも。」
「そうか、なら良かった。」
そう言って彼は前を向く、その様子に思わずベルはため息を吐きたくなってしまった。
彼女のモヤモヤと胸の中に残る気持ちが消え去る前に大隊長の指揮所に着いてしまう。集合住宅の一角を改造した場所だ。
我々ポッド部隊の上官ではないが、共同で戦う歩兵部隊の大隊長だ、気を引き締めなくては。
そう彼女は思う。
「中佐どの、入室してもよろしいですか?」
「誰だ?」
「サムエル少佐の使いできました、ライアン大尉です。」
「おおあいつのか、入れ入れ。」
「ハッ、失礼します。」
扉を開けると中には白髪と黒髪が入り混じり、右手のない、やつれた顔でこちらを見ている男性がいる。彼が大隊長だろう。
「私はのようだね?」
「サムエル少佐の命令で旅団司令部から新しい指令を受け取るようにと。」
「ほーん、なら自分の司令部のところから電話を一本かければ済むじゃねえか。」
要件を聞いて呆れたような口調でライアンに当たり前の事を指摘する。その疑問を解消するためにライアンはなるべき丁寧に、そしてシンプルに説明しようとする。
「こちらの大隊長が既に電話を一本かけようとしたら、通じなかったようです。」
「はあ?そんなことあるかよ。間違った大隊通信機でも渡されたんじゃないのか?」
「かもしれません、ですので私がこの大隊の通信機をお借りできないかと思いまして。」
「なるほど、なら良いだろう。」
そう大隊長から許可を取るとライアンはベルに目をやる。彼女が電話をかけてこいというサインだろう。その通りにベルは大隊長に向けて敬礼をすると、部屋を退出して指揮所の別ね部屋に入室する。
「うおっ。」
ベルが扉を勢い良く開けたために鼻先を削られかけた当直士官数名が驚きのでは声をあげる。そこにベルがズンズンと突っ込んでいき、肩がぶつかる。
「いってえ。」
「何しやがるんだ。」
「なんだなんだ。」
その様子を無視してベルは1人が持つ無線機をひったくると番号を入力して旅団司令部と通信を始めてしまった。
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エミーとルーカスは狭いコックピットの中に止まるのをやめた。あまりにも退屈すぎるのだ。おしゃべりで時間を潰そうにも、聞かれるのを避けるためお互いの機体の無線を使って話すことができない。
大人しく2人とも孤独なコックピットから逃げ出して地面に降りてくると彼らはおもむろに地面に手をつく。そして肩と胸を地面に近づけては遠ざけるを繰り返す。
十数回も繰り返せば肩から爪先まで温まってくる。
ふうっ ふうっ ふうっ
ハッ ハッ ハッ
額に汗が湧くが同時に体に心地よい怠さが残り、暇な気持ちを消し去ってくれる。
「ふうううう〜、気持ちいいなぁ。」
「分かる、体動かさないと暇になっちゃうよ。」
ルーカスは体を少し休めつつ、エミーと話す。
「早く新しい命令来ないかなあ、晩御飯も食べそびれちゃった。」
「本当に腹減ってきたよ〜。」
2人とももう長い間腹の中に消化できる物を突っ込んでいないが故にお腹がぺこぺこだ。
そこでルーカスの頭に電流が走る。
「待てよ?こっそり売店に行けば良いのでは?」
「それだよ!!」
「よし、そうしようそうしよう。」
2人は財布を握ってこっそり街へと繰り出した。
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港湾ブロックの隅に停車された2トントラック。その荷台から幾らかの声が漏れ出てくる。
「各隊の機材、全て回収し終えました。先遣隊の戦力回復を優先させます。」
「艦隊からの伝言です、後続の到着は遅延するとのこと。」
「数時間前奇襲を受けた燃料貯蔵庫は消化活動が終わりました、現在死者の集計中です。」
さまざまな報告が寄せられる。その報告の数々は数人の肩を張った数人の男性たちに集中する。
その内一番偉そうなのが、中央の椅子で片手をコロニー内の略式地図を片手にペンを走らせる男性だ。その男性の見た目は若く、少し神経質そうに見える。時計を出してはしまい、手を揉んで足を軽く動かしては、またやめる。彼は旅団のトップである旅団長の地位にありながら、ソワソワとしている。
「ここの地点は工業排水を流す用水路のせいで疑似的な川になっている。迂回か橋を確保するか。」
彼はブツブツと呟いては押し黙り、時計を繰り返し見る。
「第2488ポッド大隊から追加の命令を求めているようです。いかがいたしますか?」
「ローテーションどうりに後退させて休息を取らせるべきだ、次の輸送船団の帰りに乗せて「いや、彼らには追加で作戦に参加してもらおう。」
途中で神経質そうな若者が参謀を担当する士官の話をさえぎって命令を出す。その命令の無情さに周りの階級持ちたちは目を丸くする。
「ロシアの民間軍事企業の派遣と他部隊の敗残兵を集めた部隊だ、機材が多様すぎて兵站の負荷を減らすためにも死んでもらおう。」
「しかし、それはあまりにも・・・。」
「そうです、いくらなんでもそれは良くない、漏れたら他の配下の部隊から不信感を持たれます。」
それ相応に高い階級を持ち、それ相応の階級を持つ彼らもそのような過酷な判断には二の足を踏んでしまう。
ふんッ
冷酷な命令を出した旅団長は側近2名を鼻で笑い話す。
「彼らのような傭兵部隊はいくら失っても査定に響かない、使わない手はないよ。それに、現場の大隊長は戦闘能力を維持できているとお墨付きを出している。」
それでも納得できない残りの兵士と士官たちに彼は続ける。
「20:00までにこのラインまで進出しなければならない。本当に戦闘能力を維持できているのなら生き残るだろう。
彼は円筒形のコロニーを切って開いたように表示されている紙の地図に蛍光ペンで線を引いてラインを示す。そしてその線の手前に次々と内側に番号が書き込まれた丸を書いていく。
「期限は迫り、戦力は不足している。全滅覚悟でも突っ込ませるしかないとわかるはずだ。」
「しかし期限を延長させれば・・・。」
なおも副官の1人が食い下がる。
ドンッ
神経質そうな旅団長が地図のおかれたテーブルを強く叩く。
「勝手に現場が期限を延長できるわけがないだろ!これは政治で決まったものだ!!」
「作戦に無理を出せば作戦そのものが崩壊するんです!作戦そのものを成功させれれば政治はついてきます!!」
旅団長と彼の部下の1人が激しく言い合い始める。
「もう良い!黙れ黙れ!!」
旅団長は自分の部下を黙らせると無線機を持つ階級の低い士官に命令を出す。
「こちら旅団司令部、第2488ポッド大隊は再編終了次第、第21予備歩兵大隊と合流して指定されたエリアにて待機。」
「こちら大隊司令部、了解であります。」
通信機の向こう側から聞こえてくる女性の声が了解の意を示す。
「ふう〜。」
一件片付けると旅団長の元にまた面倒ごとが飛んでくる。今度は民間人避難に関する一件だ。
「これはまた・・・。」
面倒な、と言い切る前に彼は次の仕事に取りかかった。
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「こちら大隊司令部、了解です。」
ベルがそう無線機から手を離すと、未だ驚いた顔で途方に暮れている当直士官たちの横を通り扉を開けて通路に出る。
「終わったか?」
ちょうど廊下で待機していたライアンが声をかける。その方を向いていベルは要件を伝える。
「第2488ポッド大隊は再編終了次第、第21予備歩兵大隊と合流して指定されたエリアにて待機しろ、言っていた。」
「やっぱりか・・・、大隊長が俺にこの隊がまだ戦闘能力を有しているか聞いてきたんだよ。」
ライアンが「やっぱり」と口に出すと質問したそうな顔をしたベルを見てライアンは数時間前に起きたことを説明する。
「それで作戦を実行すると上が判断したわけか。」
「まあ良いさ。ベル、大隊長に連絡と全隊員の招集を出してくれ、俺は予備歩兵大隊の方に声をかけて来る。」
「了解。」
彼女はサッと端末を取り出すと隊員全体に緊急招集をかける。
その間にライアンはテクテクと歩き予備歩兵大隊が休息をとっている古公民館に向かっていった。
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ガヤガヤ ザワザワ
喧騒とぼんやりとした街明かりに照らされた穴ぼこだらけの街には何百という人が集まり久方ぶりの外出を楽しんでいた。少し普通の街と様子が異なる点を挙げれば、それは彼らの格好だ。
女性は目元以外を全て隠したローブを羽織り、男性も豊かな髭を生やし、幾人かは水タバコを道端に腰を下ろして吸っている。
良く見てみれば、町のサインにはスペイン語、英語、そしてアラビア語が使われている。
そこを肩から小銃を下げた兵士2人が闊歩する。露店から露店へ、ブルーシートの上に幾つかの品を置いた店とも言えないようなものまで、次から次へと見ていく。
「おや?」
「どした?」
「あれ。」
エミーが指をさした先には3人の銃を持った民兵が老店長とその息子であろう若者に絡んでいる。
店はただの射的屋、揉めるほどのことがあるとは思えないが。そうルーカスが思いながらエミーと共に近くまで寄って行くと彼らの声が聞こえて来る。
「はあ?んなアホいっとんちゃうぞカス。」
「何言ってんねん?えらい声小さいなマヌケエ。」
「んだと?このタコ!!」
彼らの罵り合いの言葉はどんどん大きくなり、周囲のイスラームでエキゾチックな雰囲気を醸し出していた喧騒と空気をぶち壊していく。
「なにいうとんねん、おらっ!!」
「なんだとこの野郎!!」
「やめてくれよおとうさん、お客様のほうも申し訳ありません。」
3人組の代表っぽい男と老人店主の言い合いに新たな乱入者が現れる。店長の、おそらく息子だろう若い男性だ。彼は場を鎮めようとした手に出る。
「一体どうして彼らは争っているんだ?」
そのルーカスの質問に答えるように3人のひとりが答えをぽろっと漏らす。
「なんだお前、おまえもこのジジイと同じムカつく金持ちサウード家の犬か?たいしたやつらだな。」
「そんなのしらないよ、帰ってください!!」
若者は喧嘩ごしの3人組を店から押し出そうとするが、誤って一人の銃に触れてしまう。
ボカッ
思わず三人組の一人が反射的に殴りつけてしまう。それにたいして殴られた店主の息子は腕を振り返して相手の顔にたたきつける。
「いってえ!!」
「何しやがる!!」
「てめえら下手なことしてんじゃねえ!!」
「おれの店でくだらんことしてんじゃねえ!!」
なぐられた民兵の仲間が店長の息子を殴り、周りの関係のない人も拳を振り上げて次から次へと拳と蹴りが右へ左へ、誰かが誰かの髪の毛をつかんで引っ張り、誰かが誰かの体をつかんで引き倒す。また誰かが誰かを投げ飛ばし、そっと人の輪ができている間に数人のコソ泥が近隣店舗から品物を取り、服の中に隠して足早に立ち去る。
これは酷い。様々な戦場と悲惨な体験をしたルーカスでも自分の国のコロニー内部にいるときはカオスから離れ、怒号も拳も蹴りも飛ぶことはなかった。
しかし彼と彼女の目の前に発生している混沌はどうにもならない諦めの感情と失望を同時に湧きあがらせた。それはルーカスだけでなく、エミーも同じようで。
「これは酷いよ、私たち何のために戦ってんの?」
「食い物と飲み物買ってすぐ帰ろう、これ以上ここにいたくないよ。」
「そうだね、そうしちゃおう。」
ふたりは数言かわすと再び足早にその場を去った。足早に歩き去ることで不快な今日の出来事を忘れるわけではないのだが。
「今日はいろいろありすぎたな。」
そうルーカスはつぶやく。コロニーの防御施設をつぶし、乗り込み、ATGM陣地をつぶし、替えの機体をもらい、乱闘に遭遇して・・・・。いろいろありすぎた、そうルーカスは思う。
ビーッ ビーッ ビーッ
ルーカスとエミーの端末が爆音と振動を繰り替え始める。その音と振動で思わずルーカスは額をパシッと叩く。嫌な予感がうまれ、それがほぼ確実であることを知っているからだ。
大台の20話が近づいています。楽しみですね。




