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消える大切なもの

 眼の前には彼に初めて感情と痛覚を与えられた我らの姿があった。


「わたし達はモノ。それに感情など必要ありません。何故、そんな無駄な願いを叶えさせたのですか?」


 意味が分からないと若干苛立たしげに尋ねるコキネリに彼は笑って返す。


「お前らには意思がある。それに、お前達、気付いてないだろうけど、俺が一緒に行こうって言った時、目ぇ輝かせてたんだぞ」


『そんな事はありえない。我は至宝の守護者。それ以外の何モノでもない』


 我は至宝を守るためだけにある。……本当に?

 否定する我の隣でモジモジと前脚をコキネリがすり合わせていた。


「……ホントはちょっぴり、ちょっぴりだけよ。貴方達人類が羨ましいと思ったの」


「じゃあ、もらって正解だったろ」


 小さく頷くコキネリの頭を彼が優しく撫でた。


 強引に与えられた痛覚のお陰でひどい目にあったのはそれから数日後の事だった。


 初めて訪れる黄金の宝物殿以外の迷宮。拒絶反応とも言える小さな痺れの洗礼は驚いたものの取り乱す程ではなかった。

 踏み入った森林階層で狼型の怪物と会敵し戦闘が始まる。初めての実戦。戦うために作られたものの実際に戦うのはこれが初めてだった。勝手は分からずとも自身が持ち合わせている能力で殲滅は容易。

 全て倒し終えたと思った瞬間、まだ存在していた一体がコキネリに襲いかかった。咄嗟にコキネリと怪物の間に割り込んだ我の背中を浅く怪物の鋭い爪が引っ掻き数本の爪痕を残す。


 切り裂かれた背中が熱くてズキズキする。これが痛ミ?分カラナイ。イタイ、イタイ、イタイノハコワイ

 未知の感覚にパニックを起こした我は槍を放り投げ、岩陰で小さく身を丸めていた。


「もう大丈夫だ」


 震え座り込む我の目線に合わせて彼が話しかける頃には怪物は全て魔石に変わっていた。


「まったく、クーったら痛がりなんだから。こんなの貴方からしたらかすり傷でしょうが」


 背中に治癒の魔法をかざしながらコキネリが意地悪な笑みを我に向ける。その顔が無性に憎らしく見えた。


『コキネリだって、初めて転んだ時には泣いていただろうが』


「初めてなんだから、びっくりしただけよ。それに本当に痛かったんだから」


『我だって初めてで驚いただけだ!』


 噛み付くように言い返す我にムキになって返すコキネリ。お互い熱くなって手が出そうになったところで彼に止められた。


「喧嘩はそこまでだ」


 我とコキネリの頭を彼の大きな手が包む。


「クリューソスは初めてで驚いたんだよな。でも、それは大事な感覚だ。忘れないでくれ。痛みを知っているから人は優しくなれる。コキネリもそうクリューソスをいじめるな。痛みを知ってるお前達は誰よりも優しくなれるはずだ」


 彼が話し終わる頃には背中の痛みとともに彼の姿と我らの姿が消えていく。


 我は仲間と共に笑い合う楽しさとそれを分かち合える喜びと不条理に憤る心……痛みを知る痛覚を返上した。



 次に現れたのはベッドに横たわる年老いた彼とその傍らに佇む我とコキネリの姿。


「お前達との冒険もここまでだな。楽しかったよ。もし、俺の子孫がお前達の元を訪れたら一緒に冒険に出てくれ」


 そう言い残し彼はこの世を去った。彼の死に泣き崩れるコキネリ。胸が痛むはずなのにもう、痛覚のない我の胸は傷まない。けれど、まだ残っている悲しみは翠玉瞳から一筋の雫を流させた。

 彼の枕元で咲き誇る百合の強い香りが消えるのと同時に我の悲しみと嗅覚も我だったもの全てが……金色の太陽神に返上された。

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