垣間見える闇やあれやそれ
「さ、この部屋だ。男所帯だからちょっと、その、すまない。ここに座ってくれ。」
「お言葉に甘えて……。」
身分証明カードを作る部屋に着くとルークさんが扉を開けて、椅子を勧めてくれた。ので、素直に着席。意外に座り心地が良い。ジャストフィット。整理整頓が行き届いているかどうかで言えば、あんまりだけど、物自体は大事にしているみたいだ。
しかし、ルークさん、短い道中でだいぶ砕けた話し方するようになったなぁ。個人的に嬉しい。
「じゃあ、早速身分証明カードを作ろうか。と言っても、スノーさんが記入した羊皮紙をカード化するだけなんだけどね。」
「はー、これがカードになるんですか。」
私の向かいの席に座ったルークさんがそう言う。羊皮紙、そんな凄いモノだったのか。
「えぇ。この羊皮紙は「渡り人」が新しく現れると同時に、どこからか現れる不思議な物でね。オ、うぅん゛、ワタシ達はウネーイ様という神様からこれをカード化する技術を授けられたが、正直、なにがどうなっているかさっぱりなんだ。」
アハハと笑うルークさん。それでいいのか……。ところで、一人称ワタシじゃないな?オレって言いかけて無かったかな?
しかし、ウネーイ?んん?なんだろう、引っかかる。うーん、ウネーイ、ウンネーイ、ウンエーイ、うんえい……運営か!!!いや、確かに神様みたいな立ち位置だろうけども!!授けられるだろうけども!!
「オレって言っても良いですよ。もうだいぶ砕けた話し方されてますし。コレ、お渡ししますね。」
「あー……。ありがとう。言い方もだけど、未だにワタシって言いなれなくて……。うん、確かに。じゃあ、少し待ってくれ。」
内心あらぶりながら、彼に羊皮紙を渡し一人称を指摘するとそう返された。やっぱり生粋の良いところの兵士です!って訳じゃないんだな。というか、兵士に向いてないように見えるんだけどなぁ。なんでここに居るんだろ。
そう思いながら、なにやらトランプカードサイズの銅板かな?それを取りだしてガサゴソしているのを観察する。水晶みたいに透明な石も出て来た。どう使うんだろ。
「えーと、これをこうして……。これはここ……。あれ、君「農家」なんだ。」
「あ、ええ、そうです。とは言っても、農家ののの字も分かっていない若輩者ですが。」
「そうなんだ。……うん、準備が出来たよ。スノーさん、この板の上に載せたリンクストーンに手をかざして。」
なんだろう。「農家」になにか思うところでもあるんだろうか?気になるけど、今は置いておこう。「はい」と返事をして透明な石改めリンクストーンに手をかざしてみる。
するとパッと光ると同時に羊皮紙と石が板ににゅるんと吸い込まれていった。そうして光が収まると、そこにはリンクストーンと思われる石が薄く貼られた赤銅色に輝く板が。そして板には私の顔写真とプレイヤーネーム、メイン・サブジョブ、現在のレベルが黒い文字で記載されている。
「おぉっ。カードだ。」
「ふはっ、うん、君のカードだよ。この板は記録石と呼ばれる石で出来ていてね、そこにリンクストーンと羊皮紙を重ねて所有者になる人がかざす事で出来るんだ。」
「へぇ。これって、レベルも書いてありますけど、専門の機関で更新する必要はありますか?」
「その必要はないよ。あるとするなら、ギルドカードだね。
必要ないって言うのは、リンクストーンが関わってるんだ。その石の上に手をかざしたろう?それで所有者と紐づけされて、レベルが上がった時やジョブを変更した時なんかに自動で書き変わるようになってる。それと、不思議なんだけれど、一度作ると絶対に失くす事は無いんだ。」
「なるほど、それは楽ですね。」
余談だが、これらの内リンクストーンと記録石は各国で採掘・加工は管理されているらしく、現状入手経路は極々限られているそうだ。購入も一般販売はしていないとか。
「……あぁ、そうだ。スノーさんは従魔士でもあったよね。」
「はい。」
そうだが、どうしたのだろうか?
「君が訪れてから暫くして、従魔を預かる部屋がある所に契約が半端になってるモンスターが現れたんだ。最初は何が起きたのか驚いたもんだけど、まるで誰かを待っているかのようにジッとしているもんだから、そのままにしていたんだよ。」
「……つまり、そのモンスターは私の従魔だと?」
「ああ。実は、ここに「渡り人」が現れた事は未だ無いんだ。ただ、従魔士になった「渡り人」が現れると、契約が半端になっているモンスターが預かり部屋に現れるって聞いた事を思い出して、そうじゃないかと思って。」
そういう事になってるのか。てっきりフィールドに出てからどうにかして従魔を手に入れるのかと思ってた。初期従魔って言うのかな、ランダムでも仲間が早速出来るのは嬉しいね。
「そうでしたか。どんな子か、楽しみですっ。」
「良かった。噂では「自分で決められないのか!」って怒ったり「気に入らなかったら作り直しかな」と言ったり……そういう人も多いと聞いてたから、君は大丈夫そうで安心した。じゃあ、早速連れてくるからここで待っててくれ。」
そう言ってルークさんは部屋を退出して行った。
このゲームで従魔に出来るモンスターに何が居るかは調べてないから知らないけど、人によっては虫は特にそうだけど、鳥がダメだって言う人もいるし、水場の無い所で水棲モンスターを連れるのは大変だろうから、まあ、言い分は分からなくもない。でも、運命ってチャチな言葉にはしたくないが、そういう相手との縁は大事にしたいと私は思う。ただし、同じクラスになったとか同じゲームしてるからとかそう言う奴は除く。
ぼーっとそんな事を考えていると、コンコンコン、と扉を叩く音が鳴り、ルークさんが戻って来た。
「お待たせ。この子がそうだよ。さ、お前さんの待ち人だ。行ってごらん。」
彼がそう言って抱えていた子を降ろすと、その子は私の所へトコトコと寄って来た。
まだ小柄ながら、将来大きくなるんだろうと思わせる太い脚。パッと見、真っ黒だが光の加減によって青色が見える体毛。ブルーゴールドストーンと言っただろうか?それみたいなクリッと愛らしい瞳を持った仔馬。そう仔馬。その子が真っ直ぐ私を見つめてくる。
正直申し上げよう。めっっっっっちゃタイプの子来た。胸にズドンと来ましたわ……。
<ダークホースに名前をつけてください。>
あ、スキルは関係無いのね。半端な契約状態って聞いてたから、スキル使うのかと。そしてダークホースって競馬で聞くようなぁあ~仔馬様おやめくださいもしゃもしゃふくらはぎを食まないで仔馬様ぁあ~~っ。
「随分と懐かれているようだね。ははっ、ほらほら、その子が待ってるよ。早く名前を付けてあげな。」
「ぶるるっ。」
「くぅっ、可愛いが過ぎる……っ!うーん、うぅん……、み、満月!綺麗な満月が昇ってた日だから、満月!」
<名付けが完了しました。ダークホース「満月」との正式契約が成立しました。>
私が仔馬改め満月に内心萌え転がりながら名前を決めると、そうアナウンスが流れた。すると、いままではみはみしてた満月が今度は身体ごとすりすりしだした。ッヴ、可愛い。
「ミツキ、か。良い名前も貰えてよほど嬉しいんだろうね。」
「私もまさかここまで可愛い子が来るとは思わなかったので、嬉しいです。」
「そうかい。あぁ、そうそう。君は従魔士をサブジョブにしてるだろう?その場合、一度に連れ歩けるのは3体までだから、そこは気を付けてくれ。」
「サブジョブのでデメリットって事ですか。」
「そういう事だね。ただ連れ歩けるのが3体までであって、契約自体は3体以上可能だ。まあ、ホームがあればの話になってくるが。」
なるほど。そういうデメリットがあったのか。心のメモに取っておこう。
しかし、ホームか。ハウジング機能って言うんだっけ?従魔の事もだけど、農家がメインジョブだし、早めに手に入れたいかなぁ。満月がゆっくり出来るだけの広い所が良いなぁ。
「……なぁ、スノーさん。メインジョブは農家だろう?」
「えぇ、そうですが……。改まって、どうしたんですか?」
「今ホームの話をしたろう?それを含めて、頼みたい事があるんだ。」
おっとぉ、まさかここで突発クエスト発生か?初めも初めで出てくるとは驚いた。でも、そういえばジョブで反応してたもんな。トリガーだったのかな?なんにしろ、出会って間もないけれどルークさんからの頼みだ。話を聞いてみましょう。
「どんなことでしょう?私に出来る事は、まだ少ないですが、それでも力になります。」
「ぶるるん。」
「おっと、そうだね。私達が、力になります。」
「ぶるるっ。」
「……ありがとう。初めて会った「渡り人」が君で良かった。」
私と満月でそう答えると、ルークさんはホッとした顔になって話し出した。
内容はこうだ。
この砦を抜けて、道形に進んだ先に「ナウリ村」と言う小さな村があるという。馬に乗れれば早いが、歩けばそれなりの距離があるそうだ。
そこはルークさんの故郷だという。
やっぱりというかなんというか、元々、彼はそこで両親と畑を耕して生活していたそうだ。だが数年前、国が戦争の為に若い男から戦いの心得がある者、丈夫な者達に軍隊への召集をかけた。つまり、赤紙が送られて来たわけだ。村の人達は殆どが高齢だったが、それでも条件に合った者達は居た。
その内の1人が彼だった。
彼は、両親が遅くに産んだ子だった為、その時には2人とも60を超えていたらしい。だから最初は両親を残して行けないと抵抗したそうだが、無理矢理連れて行かれたという。
「その時の事があったから、逃げられないようにされてるんだよねぇ。」
「え、でも、今は停戦中なんですよね?辞めたり、それこそ故郷に帰るのは自由じゃないですか?」
「それが、そうもいかなくてね……。」
停戦となって、ルークさんも故郷に帰れると思ったそうだ。けれど、現実はそうもいかなかった。と言うのも、彼の元のメインジョブ「召喚士」が関わってくる。
停戦後、兵士たちは軍を抜けたり、故郷に帰る者達はもちろんいた。でも、中には有用だからと残らされた者達も多く居た。それに思いきり引っかかったのがルークさん。……運悪すぎない?
彼は守護に特化した召喚獣・ゴーレムを複数体と契約していたのだ。
上層部は停戦中とは言っても、いつまた戦争が始まるか分からない。そうなった時に狙われるのは手薄な所。
ナウリ村自体は、出来た理由はともかく、国に早々に見捨てられる様な所らしい。砦の外にあるのがその証拠。だが、今ルークさんが配属されたこの砦を越えられると困る要所があるというのだ。だから時間稼ぎの為にルークさんはここへ配属されたという。
彼は、さっき言ったように逃走防止の道具を付けられている。その上、常時ゴーレムを召喚させられているという。
「召喚士が召喚獣から一定の距離から離れると、繋がりが薄くなって強制的に召喚が解除されるんだ。だから、戦時中と今まで含めて、6年近くこの砦に居て、帰郷も出来てないんだ。」
ブラック企業以上じゃん。いや、企業じゃなくて国だから、ブラック国家か?
「何度か逃げようと思った事はもちろんある。けど、そうした場合、村の皆に迷惑がかかる……。それに、本当に他国が攻めて来た時に、距離はあるけど、すぐに対応できるならって……はは、それでここに大人しくいるんだよ。」
「……うん、うん。」
頷くしか返せないよ。こんなん。凄い悲しい顔してんだもん。齢16の小娘には内容が重いです。気軽に言うんじゃなかった。いや、でも本当、こんなん聞かしてルークさん、私に何させようとしてるんだ?
「あぁ、すまない。話が逸れちゃったな……。
えぇと、そう、でね、オレは未だに帰郷は出来てないんだが、この先に用があってこの砦に村人が来る事があるんだけど、その人達から聞いた話で、手の空いた人がオレの実家を管理してくれてるそうなんだ。でも、いつ帰れるか分からない奴の家を爺婆に任せっぱなしっていうのも、悪いとずっと思っててね。」
「……ん?あれ、ご両親は。」
「……、2人は、オレが連れてかれた翌年に。」
「ご、ごめんなさいっ!」
なんで村の人がと思ったら!そういえば、高齢だったって話だもんな……。少し考えれば分かったもんじゃん!
「いや、家の管理を他人がしてるのは不思議に思うだろうし、謝らなくていいよ。……話を戻そうか。それで、家と畑の管理を君に頼めないだろうか?」
「家と、畑の管理、ですか。」
「君にとっても、そう悪い話じゃないと思うんだ。」
彼がそう言うと、軽い音と共に、
●●突発クエスト発生●●
「ルークの頼み事」
依頼主 :ルーク
依頼期限:受注したプレイヤー次第。
依頼内容:ルークの代わりに、ナウリ村にある彼の家と畑の管理をしよう!
依頼報酬:ルークの家(無期限)、畑(無期限)、畑で育てた物及び成果物を売買して得た金銭
●●●●●●●●●●●●
クエストの画面が目の前に出て来た。だがしかし、初クエストにテンション上げて即承諾する前に、もう少し話を聞いてみたい。ちょっと退けて、あ、保留の文字と一緒になってずれた。よしよし、なら会話再開。
「家と畑の管理とは言いますが、こうして欲しいとか、これはしないで欲しいとかありませんか?」
「そうだね……。家は、なるべくそのまま使って欲しいけど、不便だと思ったら変えてしまっても構わないよ。畑も小さい畑だし、もし君が拡張したいと思ったらしても良い。」
「それは、なんというか……。」
私にメリットが大きすぎる。いや、嬉しいんだけど、あまりにも話が美味い。
「ちょっと君に有利すぎたから気になる?」
「えっと……はい。」
「まあ、そう思うだろうね。でも、オレにとってもメリットはあるんだ。
まず、家っていうのは人が住まないだけで潰れていく。今は管理してもらっているから何とかなっているけど、これからも大丈夫とは言えない。オレはそっちの方が嫌だ。
次に畑だけど、こっちも似たようなもんだ。管理しなくなった畑は、栄養が無くなって作物が育ちにくくなるし、それ以前に草木が生えちゃって、元に戻すのも大変だ。いつか、オレが帰れた時に、多少変わっていても家が、父さんと母さんが耕していた畑が残っているのが、大事なんだ。」
一応、デメリットも提示された。といっても、家賃や所得税とか所有地の税とかのお金関連。あと、家具。さすがに使えない物が多いだろうから自分で購入してほしいとの事。
デメリット……うん、デメリットだわな。それにしては、やっぱり破格なんだよな。だって初日に従魔士の今後に必要なホームに、農家として活動するなら必要な畑がタダで手に入るかもなんだもん。無期限って言うのも……。国の闇が見え隠れ……。
うん、でも、聞いて少し悩みはしたけど、
「分かりました。お受けします。」
<突発クエスト「ルークの頼み事」を受諾しました。>
メリットデメリットを抜きにしても、断る理由は無かった。
だって、ねぇ。私も、ほんの少しだけど、似たような経験はあるのだ。その時の光景は寂しく哀しいものだった。
仮に、彼が帰郷できたとしてだ。更地になった光景より、明かりが灯る実家の方を見たいだろう。ならば受けるしかない。
「ああ、本当かいっ?良かった……っ!ありがとう!」
「どこまで出来るか不安ですけど、やるだけやってみます。」
「そんなに肩肘張らなくてもいいよ。あ、そうだ君の紹介状と依頼した事を村長とギルドに書かないと。」
「ギルド、あるんですか。」
あったのか、この手のゲームに必ず存在すると言っていいギルド。話に聞く限り、ナウリ村とやらには無さそうな印象があったんだけどな。
「あぁ、総合ギルド・ナウリ村支部って言うのがあるんだ。随分前の話だけど、あそこは元々、新たな広大な農業地の拠点として拓かれた村だったんだ。だから、開拓者の第一陣が行った時にギルドも建てられたんだよ。まぁ、戦争が悪化して、以降放置されたままになった、その、なんていうか、オレが言うのもなんだけど、今でも存続してるのが不思議な村だよ。」
国ェ……。一応ギルドは機能してるようだけど、国内にもう少し目を向けて?
「よし、お待たせ。こっちの黒い紐を巻いてある方がギルドの人宛てで、こっちの赤い紐を巻いてある方が村長宛てだよ。」
私が少し思考の海へ泳ぎに行っていた間に書き終えたらしい。ファンタジーらしい羊皮紙を紐で留めたものに、テンションが少し上がる。らしいよね。
「行けば分かると思うけど、ギルドは剣が3本交差してるマークが入った看板が目印の2階建て建物だ。中で勤めてるのはギルド長とギルド副長、庶務の3人だけだから誰に渡しても大丈夫。村長の家は煙突が一つ、大きく真ん中に突き立ってる屋根が目印ね。」
「分かりました。ちゃんと届けますね。」
「うん。よろしく頼むよ。」
「大船に乗ってとは言えませんけど、小舟で湖渡るくらいの気持ちで、」
「ぶるるんっ。」
「あっはは、ミツキも一緒に乗る小舟なら丈夫な舟だね。」
……確かにそうだ。私1人じゃなくて満月も一緒なんだ。うん、頑張れる気がしてきた。寄り添う満月の首を撫でながら、気持ちを改める。
「そうですね。うん。私と、満月が乗る舟なんで、安心して帰ってきてください。」
「あぁ、改めて、頼んだよ。」
そう言って手を差し出してきたので、私はその手を握って、満月は鼻先をチョンと付けて、彼の気持ちを改めて受け取った。
潤んだ目は朝陽がまぶしいからと、見ないふりをして。
私と満月は、ルークさんから餞別を貰い、荷物と装備を持ち直して砦を後にした。