私は知っている
何故に人は争いをやめる事が出来ないのだろう。
何故にたった1つの物を争うようにして、奪い合おうとするのだろう。
譲り合う事、時にそれは自らに不利を課す事になるのかもしれない。
だがきっと、心には有利に働くはずだ。
◇
ドンドン! ドンドンドンドンドンドンドン!
ドアは乱暴に叩かれていた。その音は私を怯えさせる程の勢いで以って鳴り響き、激しさを増すばかりで決して止みそうには無い。だが今は勇気を以って、その理不尽な音に耐える事こそが必要な時だ。
『ブツブツ独り言を言ってねぇでとっととトイレから出やがれ! 出すもんだして早く出ろ! 漏れちゃうだろ!』
トイレの外では夫が叫んでいた。お腹を下している私に早くトイレから出ろとは、何と優しさを感じさせない夫だろうか。この家にはトイレが1つしか無いのだから仕方が無いだろうに。自分の愛する嫁が大変な事になっても良いとでも言うつもりだろうか。そんな情けない男であって欲しくは無い。私が愛した男はもっと大らかに構えていて欲しいものである。
『おい! 聞こえてんのかよ! ブツブツ言ってねぇで早く出ろよ!』
当然聞こえている。だがその希望には沿えない。
『おい! これマジなんだって! マジでヤバいんだって!』
それは私も同じ事。であれば、ここは女が優先されるべきであろう。夫には愛する女に男の威厳というやつを見せて欲しい物だ。
『なあ、マジ……マジでやばい……あっ……はっはっはっふぅ……うっ……』
気持は分かるが、私だって一時たりともここを離れる訳にはいかないのだ。という事で、私は夫の声に耳を塞ぐ。
『おい……おま……バ、バカ……ほんと……マ、マジで、あっ……はっ……』
だが私は知っている。
『あぁはぁぁあぁ! はっ! はっ!』
例えどんなに口汚く罵ろうとも、夫がこの世で一番愛する人が誰なのかを、私は知っている。
『も、もう! もう! ほんともう!』
例え世界がどうなろうと今後何が起ころうと、夫が未来永劫、愛し続ける人が誰なのかを、私は知っている。
『だっ、だっ、も、もう、ほんとにもう、だ、駄目――――』
夫がこの世で最も大切な存在とするのが誰なのかを、私は知っている!
『あっあぁぁぁぁっ――――はぁあはぁぁぁぁぁぁっ!』
そう! それは私っ! 私もそんな夫を愛してるっ!
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――!』
だから私は誓う! 未来永劫、夫1人を愛し続けると! ここに誓うっ!
『あっ……あぁ…………ぁぁ…………ぁぁ…………』
……愛しているわ、あなた。
2020年08月22日 初版