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いじめという観点から見る「クラス」

作者: Lomyrrh
掲載日:2019/08/09

 近年、いじめが原因と見られる「中学生の自殺」が問題視されている。

 そもそもいじめによる自殺がニュースとして取り上げられ始めたのはいつ頃からであろうか。勿論、いじめという行為自体は寺子屋や分校といった現在の学校制度以前から存在したものと思われるが、しかし、いじめのせいで自らの命を絶ってしまう程に子供が追い詰められてしまうという状況が頻発し、社会問題として表面化してきたのはどうも最近のように思われる。

 これらの事項を総合して考えた結果、私はこの社会問題の解決策として「中学校のクラス制度の廃止」を提唱したいと考えている。

 さて、中学校のカリキュラムは大学とは違い学習指導要領として文部科学省によって厳格に決定されている。そのため曜日や時間で生徒が受けなければならない授業がおおよそ確定している状態で、開催されているどの教室で授業を受けてもいい状態を「生徒が教室を自由に選択できる環境」として定義した場合を考えることとする。

 中学校の行事は体育祭にしろ合唱コンクールにしろ大抵クラス毎に分けられてしまうが、私はこれらに大きな意味があるように私は思えないのだ。仮にクラスが存在しなかったとしてもこれらの行事の時だけランダムで割り振ることは当然可能である。蛇足ではあるが、高校進学率が98%を超える現在、成績順で生徒個人に行事のグループを選ぶ権利を与える等の決定法を実践したのであれば、競争心が生徒の自我の発達を促進させ、学習をすることの意味が明確になることで学習への積極性の向上も見込めると予想している。

 クラス制度がなぜ一般的であるかと言ったらひとえに中学校というポリス(社会)が小学校の延長線上に存在していることが大きな要因だと私は分析する。中学校では担任教師がクラスを観察できる時間というのはとても短い。その為、小学校では担任教師が気づく異変であっても気づけなかったり、担任教師以外が気づいてもそれをうまく解決に導けなかったりするのではないだろうか。また、アンケートなどでいじめの「発見」を行なったところで生徒は「いじめられている」と本当に書くのであろうか。そうなのだ、いじめに関するアンケート、それら全ては所詮「見つけるためのもの」に過ぎない。これらのことから解ってしまう。現状、いじめを本気で「予防」する気は皆無であると。

 いじめは少人数というには多くしかし、世論というにはあまりに少なすぎる「クラス」のなかで一種の異常な心理状態が引き起こしているものと思われる。この「クラス」の壁を取り払うことで、生徒は校内で多様なネットワークを自身で構築し、心の逃げ道をそれぞれが模索することがひいては、いじめの「根本的な解決」をもたらすものであると私は期待している。

_________________________


参考:

・文部科学省-数字で見る高等学校

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/047/siryo/__icsFiles/afieldfile/2011/12/15/1313846_02.pdf (2019年7月21日現在)

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