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愛言葉

作者: 氷浦 凛和

2019年もよろしくお願いいたします。

星村家にて……

世間では四月の始まりの忙しい時期だが、大学三年生である自分にとってはありがたい休息日だ。

今日のテレビで流れているニュースは入学式や入社式のことばかりだ。

今は新しい環境だがそのうち日常に戻るだろう。

自分にとってもこの研究所を正式に次ぐべきか、それともIT企業に就職するべきか決めなければならない時期か……

迷いながら母から仮に引き受けた所長を正式に次ぐかの結論は出ていないが今すぐに決めなくてもいいかな……

新生活の始まったこの頃、春風の吹く群青色の空はどこまでも広がっているように見えた。


その後日……

大学の講義が終わり、帰宅してから一息ついて仮眠をとる。

そして四時に起きて、今度は家庭教師の準備をする。

五時からなので焦る必要はないので落ち着いて授業の準備をすることにする。

眠いなぁ……時間もあるしもう少し仮眠しよう。

午後四時四十分……

仮眠を終えて自分が家庭教師を勤めている浅尾家に向かう。

インターホンを押して、暫くして生徒である浅尾芽依さんが出てきた。

「こんばんは、星村先生」

「こんばんは、浅尾さん」

「えっと、今日は数学を教えて貰えますか」

「うん、わかった」

「あの……今日は自室で教えて貰ってもいいですか?」

いつもはリビングで教えているのだが今日はどうやら違うらしい。

「うん、いいけど」

彼女の案内で彼女の自室へ向かう。

「お邪魔します」

彼女の部屋にはふわふわの犬のぬいぐるみや、もこもこの猫もぬいぐるみ等が置かれていた。

女子高生の部屋ってこんなに可愛らしいんだね……

浅尾さんの女子力の高さに圧倒されていると、

「あの……先生?どうかされましたか?」

「とても可愛らしい部屋だなぁ、って思って」

「か、可愛らしい……ありがとうございます」

「じゃあ、今日の授業始めようか」

「はい」

それから数学、地理を順に教えていく。

彼女は数学の証明と、地理の地形があまり得意ではないので重点的に教えていく。

しかし、彼女の凄いところは苦手分野の要点をまとめて、解き方をマニュアル化していくところである。

しかもそのマニュアルを少しずつ改良していくのが尚更凄い。

「あの、先生?」

「何?どうかしたの?」

「空間における座標とベクトルについて教えてもらえませんか?」

その教科書には重要なところには、ラインと書き込みがしてある。

その教科書を一瞥して、これまた要点を教えていく。

でも、一体何故こんなにも熱心に勉強しているのだろうか?

余程難易度の高い大学に行くのだろうか?

よくわからないが努力することは別段悪いことではないのでいいか。

そんなことを考えながら、教えているうちに授業は終わった。

「これで今日の授業は終わりかな」

「ありがとうございました。あの……先生」

「ん?何?」

「この後時間ありますか?」

「あるけど……どうかしたの?」

「ちょっと進路のことで相談が」

「ああ……進路か……そうだよね、もう高校二年生だから進路も考えないといけない時期か……」

「そうなんです。今日進路希望調査票を渡されたので……」

広げられたパンフレットのところに書いてあるのを見てみる。

一連大学経済学部、誠栄大学情報学部……

どちらも大きな大学だ。

偏差値も六十とそこそこ高い。

そして、心衛大学……?

どこかで聞いたことがあるような……?

「この心衛大学というのは……」

「心衛大学は心理学を専門とした大学です」

そういいながら差し出されたパンフレットを見てみると、確かに私立心衛大学と書いてあった。

そして学部は臨床心理学部、社会心理学部、心理学部、科学心理学部の四つがあるようだ。

科学心理学部……初めて聞く学部だ。

「それで浅尾さんは心衛大学のどの学部を目指しているの?」

「私は科学心理学部を目指そうかな、と思っています」

「科学心理学部って、どんなことを学習するのかな?」

「科学技術と人間の共存をテーマにしているそうです。研究や実験を重ねて科学技術を用いた新たな心理学を追求するそうです」

「なるほど、研究系か」

「はい」

「それでどの大学を第一希望にするか決めた?」

「それがまだ迷っていて……」

「なるほど、それを相談したかったということかな?」

「はい、そうです」

「まず、仮定としてもし決めるなら現段階ではどの大学を第一希望にしているの?」

「一連大学経済学部です」

「志望動機は?」

「えっと……親と先生にこの大学は就職が良いって勧められたから……です」

「……第二希望は?」

「誠栄大学情報学部です」

「志望動機は?」

「大学を探していて就職先が良いとほかの人に勧められたから……です」

……これ、浅尾さん個人の意思がほぼゼロに近いような気がする。

「第三希望は?」

「心衛大学の科学心理学部です」

「志望動機は?」

「人間の感情の変化についてもっと追究してみたいと思ったからです」

最後の最後は自分の意見。

安堵とともに彼女が心配になった。

自分の先行きを選択するのに他人の意見が多く混ざっているのだ。

彼女自身の第一希望はおそらく心衛大学だろう。

心衛大学の志望動機だけしっかりと自分の意見が出ていたのはそういうことだろう。

彼女にもう一度第一希望を聞いてみるとしよう。

本当の第一希望を。

「親や他人の意見を除いて、君が本当に行きたいのはどの大学?」

「それは……心衛大学です」

やはりそうか。

「では何故第三希望なのかな?」

「それは……その大学は私学なのでお金がかかるから……」

本当にそうだろうか?

確かに金銭的にも私学は高いが何かそれ以外にも理由がある気がする。

もしかして彼女が本当に気にしているのは金銭面ではなく……

「もしかして周りの人に反対された?」

これではなかろうか?

「えっ!なんでそのことを知ってるんですか?」

「本当に志望しているところを第三希望にする理由は、反対されたか、金銭的な問題か、それ以外の問題かのどれかだと思ったからかな」

「……確かにその通りですけど」

「本当に行きたいならその反対を押し切ってもいいと僕は個人的に思うけどね」

「えっ!反対を押し切る、ですか?」

反応を見るに反対を押し切るという選択は今の今までなかったようだ。

「君が本当に望むならね、それも一つの手だと思う」

「分かりました……私、もう一回親と話し合ってきます」

「うん、頑張ってね」

「はい!」

夕暮れに一つの星が輝き始めたときだった。


あれから一年……

自分は大学四年生に進級し、浅尾さんは高校三年生に進級した。

お互いに今年は、就活生と受験生という立場になる。

就職か……もう他人事ではない年齢になった。

自分が通っている大学の学部は情報系の学部なので就職先はおのずとほとんどの就職先がIT企業となるわけだけど……

今運営している研究所に専念するという手もある。

その後少しずつ研究所も軌道に乗り始め、大きな成果が出てきた。

ただ、一つの分野だけは大分苦戦しているが。

その分野である心理学研究室だけは現在の研究に難航している。

それもそのはずだ。

なにせ研究員は、全員ロボットなのだ。

それが例え、人間と同じように成長する自己進化型AIといえど研究するのは【人間の心】である。

だがそれでも、少しずつ成果も出てきている。

心理学研究室のAIに簡単な感情はもちろん、少し複雑な感情まで理解できるようになってきた。

そして、性格という個性が生まれ始めた。

かなり冷静といった感じや、穏やかな感じといった性格など、少しずつ成長していっている。

今の心理学研究室の研究テーマは【情緒】らしい。

もっと細やかな、言葉にはできないような感情について追究しているとのことだ。

そう、この研究テーマが一番進捗が停滞しているのだ。

だが、そう簡単に追究できるような分野ではないので焦ることなく地道に進めるべきだろう。

そして現在、新しいプロジェクトを開始しようと思っている。

このプロジェクトは研究とは違う、ビジネスの分野だ。

自分の学んできたものと自己進化型AI、両方の力を活かせるこのプロジェクトを始めるのは少し大変で、今の自分にとっては大きな挑戦と呼べるものだった。


浅尾さん宅にて……

「先生!」

「ん?どうしたの?」

「やっと説得に成功しました!」

「おおー、良かったね」

「はい、これでようやくスタートラインに立てます!」

「うん、じゃあ早速勉強しようか」

「ほんとに早速ですね」

「勉強しておくに越したことはないでしょ」

「それもそうですね」

「じゃあ今日は数学から始めようか」

「はい」

こうして僕らは新しい春を迎えたのだった。


そして八月……

「夜なのに暑いですね……」

「ほんとに今日は暑いね、外は30度ぐらいあるらしいからね」

「エアコン様様ですね」

「ほんとにそうだね」

「そういえば、今日は花火大会ですよね……受験生じゃなければ行きたかったなぁ……」

「受験生ってやっぱり大変だね」

「先生はこれから花火大会、行くんですか?」

「いや、行かないかな」

「先生は就活生ですからこれからより一層忙しくなりますね」

「藍川君は就職内定決めたらしいけどね」

「私もいつか就職先について考える時が来るんですね」

「そうだね」

「まあ、でも今は目先の受験のことを考えないと」

「受験応援しているよ」

「はい!」

ドーンと花火の鳴り響く音が聞こえてきた。

「ここからでもしっかり見えるね」

「ほんとですね、色とりどりで綺麗……」

「ほんとに綺麗だね……」

「先生」

「ん?何?」

「来年は会場まで花火大会一緒に見に行きませんか、二人で」

「そうだね」

「今度は……先生と教え子じゃなくて、恋人として」

え!これって、俗にいう告白、というものだろうか。

というか、告白なんて初めてされたし、どう返したらいいんだ!?

でも、相手の気持ちには正直に答えたい。

自分の正直な気持ちを、自分の言葉で、しっかりと伝えよう。

浅尾さんの目を見てしっかりと。

「僕は君が好きです!だから、僕と付き合ってほしいです!」

これが、自分の正直な気持ちだ。

努力を怠らず、ひたむきで、感情豊かな、僕の一番好きな人へ送る愛言葉だ。

「はい!喜んで!岬さん」

……よかった。本当に良かった……。

自分の愛言葉はしっかりと芽依さんに届いたようだ。

伝えなければ分からないものもある。

これからはしっかりと彼女に伝えていこう。

自分の気持ちを、考えを、そして君がとても大切だということを。

誰かに借りた言葉じゃなくて自分なりの精一杯の言葉で伝え続けていこう。

もちろん彼女からの言葉を聞き逃さないようにしながら。

鮮やかな花火にも負けない、煌びやかとした青春の一ページとなった。

そして夏が終わり九月になった。

僕もしっかりとこの先の道について考えないといけない時期になってきた。

このままのらりくらり生きていくわけにはいかないからな。

研究所に専念すべきか、それとも内定した会社にするべきか。

もうじきキッパリと決めるべきだろう。

芽依さんの為にも自分の為にも。


秋が過ぎ去ろうとしている十一月になった。

肌寒い日が増えてきた。

それと共に受験時期も近づいてきた。

彼女の努力が実り始め、数学の成績が目に見えて上がってきている。

「凄いね」

「岬さんのおかげです」

「いや、これは芽依さんの努力の成果だよ」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

「芽依さんは凄いね」

「え!?私が凄い、ですか?」

「うん、例えゴールが遠くにあっても前を向いて追い続ける姿が、僕には輝いて見えるよ」

彼女は顔を赤くしてこう言った。

「私は岬さんに褒めてもらいたくてずっと頑張ってきたので」

思わず自分も顔が赤くなっていっているのがわかる。

「僕も君に褒められるように頑張っていくよ」

「岬さん、私は応援……いや、私も一緒に努力しますよ!」

「それはありがたい、もっと頑張れそうだ」

「それは良かったです!」

「突然かもしれないけれど芽依さん、僕は就職内定した会社じゃなくて、正式に母の研究所を継ごうと思ってるんだ」

「正式に?」

「うん、今までは母が戻ってくるまで仮の所長をしていたんだけど、仮じゃなくて正式な所長になる決心がついたんだ」

「それは岬さんがやりたいことなんですよね?」

「うん、僕が挑戦したかったことだよ」

「なら、私は岬さんの背中を支え続けますよ」

「ありがとう、君にはいつも元気をもらっているよ」

「私は岬さんから勇気をもらってますよ」

「持ちつ持たれつ、かな」

「支えあえる仲、ですか……なんか、とてもいい気持ちです」

「うん、君がいると安心するよ」

「お互い様ですね」

「ああ、そうだね」

肌寒い空気を忘れさせてくれるような温かい空気だった。


十一月も終わり季節が変わる十二月になった。

外には雪が降り積もり、人々はあわただしく動いている。

今日は十二月二十四日、俗に言うクリスマスイブという日である。

「今日はクリスマスイブですね」

「クリスマスイブでもしっかり勉強を欠かさない君を僕は心から尊敬するよ」

「岬さん、はい!クリスマスプレゼントです」

「え!ありがとう!開けてもいいかな?」

「どうぞ」

「おおー、可愛いなぁ」

箱の中に入っていたのは小さなクマのキーホルダーだった。

そのクマの両手にはハートがしっかりと抱きしめられていた。

心からの温かいプレゼントを見つめながら思い出す。

自分もクリスマスプレゼントを用意していることを。

「ありがとう。これは僕からのクリスマスプレゼントだよ」

そう言って小さな箱をリボンでラッピングしたものを手渡す。

「開けてもいいですか?」

「うん」

彼女がラッピングをほどき、箱を開けた時、その箱から音楽が鳴りだした。

彼女が一番好きな歌をオルゴールにしたものだ。

いろいろなオルゴール店を回って作り方を一から教えて貰ったのだ。

オルゴールの中では二匹のクマが手をつないで歩いている。

「これは、岬さんが作ったんですか?」

「うん」

彼女は満面の笑みを浮かべて、こう言った。

「ありがとう、岬さん。私、とても幸せです」

僕は、この笑顔を一生忘れない。


そして十二月が過ぎ一月……

今日は正月、一年が始まる年だ。

そして、今は初詣に来ている。

「岬さんは何をお願いしたんですか?」

「来年も君とここに来れますようにって、これ言葉にすると照れるな」

二人共顔を赤くして笑いあった。

次におみくじを引いた。

「岬さん、どうでした?」

「大吉だったよ。君は?」

「私も大吉でした!今年もいいことありそうですね」

「そうだね。今もいいことあってるし」

「ああー、確かに」

また、二人で笑いあった。


そして二月になり……

いよいよ芽依さんが大学受験を受ける当日になった。

最終的に彼女が決めた進路は、心衛大学科学心理学部になった。

彼女は自分の手で未来を切り開く決断をした。

誰かの意見ではなく、自分の意志で一歩踏み出す勇気を出した。

彼女の憧れである、自分の意志を貫き通せる人に彼女は追いついた。

本当に心から尊敬できるいい人だ。

「じゃあ、大学受験頑張ってね」

「はい!」

こうして彼女は大学受験に挑んでいった。

大学受験が終わり、笑顔で帰ってきた芽依さんを見た時心底安心した。

自分の全力を発揮してきたのであれば、もう後悔などないだろう。

努力の数なら彼女は誰にも負けないと僕は信じている。

だから、きっと大丈夫だ。

そして、彼女からもらったとてもとても甘いチョコレートも忘れられない大切な思い出となった。


そして三月……

「岬さん!受かりましたよ!」

「おめでとう!君の努力が実を結ぶ時が来たね」

「岬さん!ありがとう!」

「うん、本当に……本当におめでとう」

思わず自分の目から涙が出てきた。

大切な人の幸せは、自分にとって何より幸せだ。


それから五年後……

無事に芽依さんは大学を卒業した。

就職先は……ミサキ研究所心理学研究室。

今も二人、自分の知りたいことを追究している。

そして、同年七月七日

「岬さん、今日は七夕ですね」

「うん、今日は雲一つないから星がたくさん見えるね」

「本当ですね、満天の星空です」

「あの、芽依さん」

「はい」

「僕は君が大好きです。誰にも負けないほど君が好きです。君と一緒にこれからも歩んでいきたいと思います。だから、僕と結婚してください!」

うまく言葉にはできないけど、僕なりの精一杯の愛言葉だ。

「はいっ!喜んで!」

そこには満天の星空にも負けない明るい笑顔が咲き誇っていた。

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