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Leap/the first contact  作者: 海雀鳥落&幸
8/9

8 by海雀鳥落

 異形の新種を前にして、ソウジロウは息を呑んだ。


 太く頑強な手足と、筋肉質に引き締まったスマートな胴体。

 地球上のどの生物にも似つかない骨格は、どこか大昔のSF映画に出てきたモンスターに似ていた。

 人間の胸を破って飛び出してきた怪物が宇宙船の中で成長し、乗組員を殺してまわるのだ。

 ――この場合、その乗組員の役回りは自分達か。


「縁起でもない……!」


 ソウジロウは槍を構えるが、その足捌きは普段よりやや精彩を欠いていた。


 こんな怪物と一対一で、後ろには負傷者がいる。

 裸でライオンや虎と対峙した気分だ。重火器を使いたがるレイカの気持ちが少し解った気がする。


 窓を破って飛び込んできた怪物が、繊維板のような装甲組織で覆われた左腕を持ち上げ、頭と胸部を腕で隠すような構えをとった。

 指の隙間から覗く白目の無い瞳が、無感情な殺意を込めてソウジロウを見つめている。


(急所をガードした――銃への対策か!)

 背筋に寒気が走る。エイリアンが武術めいた構えをとるなど、見たことも聞いたこともない。

 たじろぐソウジロウの背後でレイカが弾かれたように飛び出し、マモルのバトルライフルを拾い上げてエイリアンに狙いをつけた。


「残弾数は?」

「十八発!」


 確認と同時にレイカが引き金を引いた。

 鉄芯が入ったスチール・コア弾がエイリアンの腕に数発まとめて命中、装甲組織を貫き――腕の肉に食い込んで、そこで止まる。


「――硬い。こんな銃じゃ駄目ね」

「こ、これでも強力な方なんだけど……」


 暴力的な発射レートを持つ「ストゥカリスカヤ」であれば、無理やりガードを貫通して胴体を挽肉にできたかもしれないが、携行性を重視したバトルライフルではそこまでの火力は望めない。


 エイリアンは特に怯んだ様子も見せないまま、空いている右手でコンクリートの床に触れ、そのまま畑の土でも掴むように床材を抉って握り込んだ。


「マモル!」


 その意図を察したホンダが叫んだ直後、エイリアンが左手を振りかぶり、握り込んだコンクリートや鉄筋の破片をこちらに投げつけた。

 

 咄嗟にマモルが障壁を発動させて瓦礫の勢いを殺し、止まり切らなかった分をソウジロウが槍で叩き落とす。

「ふう――」


 息を吐きかけたソウジロウの眼前にエイリアンが強烈な踏み込みで迫り、その勢いのままに尻尾を横薙ぎに振り抜いた。長くしなやかな尾に横腹を打ち据えられ、ソウジロウの体が紙くずのように吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。


「がはっ……」


 ――まるで人の知能を持った猛獣だ。

 俊敏性や体組織の強靭さだけではない。急所を庇う構え。

 床材を削り取って投げつけ、そこに尻尾による追撃を重ねてくる知能。

 目の前にいる生き物からは老いた虎のような狡猾で野性的な知性が感じられた。


 エイリアンがソウジロウにとどめを刺そうと踏み込み――突然、動きを中断してその場から飛び退く。


「隊長っ!」


 エイリアンの背後、部屋の入口にいたのは、騒ぎを聞いて戻ってきたサキだった。

 既に《リープ》を発動しているのか、紅潮した肌からは熱気が立ち上っている。


「かああああっ!」


加速したサキがヴァイブロ・ナイフで斬りかかると、エイリアンはそれに対応すべくガードを解いて体勢を低くし、飛び掛かったサキと再び大立ち回りを演じ始める。


「すまん、助かった」

「いいから立て直して!」


 このままではジリ貧、さっきの二の舞だ。ソウジロウが打撲傷を負った横腹を押さえながら起き上がると、その背後から身震いするような冷気が迫ってきた。一瞬、緊張によるものかと思ったが、違う。背後にいる者が物理的な冷気を放っているのだ。


「レイカ!」

「……目いっぱい下がって」

 彼女は右手で拳銃の形を作り、エイリアンに向けて真っ直ぐ向けていた。彼女がこんな仕草をするところを、ソウジロウは今まで一度も見たことはない。


「何をする気だ?」

「能力を使う」

 そう告げられて――ソウジロウはずっと失念していたことに気が付いた。

 機関銃のイメージが強すぎて、普段は誰も意識していなかったが――彼女の能力は、ここにいる五人の中で唯一、明確な攻撃力を持っているのだ。


「最大出力……〇・〇一ケルビンまで……収束……」


 呪文のようにぼそぼそと呟きながら、レイカが精神を集中させていく。

 側にいたソウジロウは自分の吐息がみるみる白くなり、それが氷となって眉毛にへばりつくのを感じた。

 マモルとウツホが大慌てで教官を引きずって部屋の隅に避難し、ソウジロウもそれに続く。少しでも体温の漏出を防ごうと四人で固まり、マモルがレイカとの間に障壁を展開する。


「――サキ、今すぐ下がれ! 凍って死ぬぞ!」


 いわゆる低体温症による「凍死」ではない。全身の水分が凍り付いて、死ぬ。

 ソウジロウの叫びと共にサキは攻撃を切り上げ、部屋の端まで飛び退いた。

 エイリアンは目の前の敵が突如距離を取ったことを警戒し、再びガードの構えをとりつつ窓の傍まで飛び退く。


「人類の敵を、嘆きの川へ」


 レイカが呟いた瞬間――その場にいた全員が、空間が凍り付く音を聞いた。


 窓と入り口から風が吹き込み、部屋を満たす冷気を掻きまわす。空気そのものが凍結して固体となり、室内の気圧が一時的に下がったためだ。想定を超えた超低温に晒された床や壁のコンクリートの表面が、収縮してビシビシとひび割れた。


「ぐううう……」


寒さによる頭痛、吐き気、眩暈。極寒という表現すら生易しいと感じられるほどの冷気がソウジロウたちを襲う。余波だけでこの出力か、と戦慄したが、口に出す余裕はなかった。

直撃を食らったエイリアンはどうなったのだろうか――そちらに視線を遣る。


「――しくじった。これだから超能力は」

 構えを解いて舌打ちするレイカの前には、シャーベット状に凍ったエイリアンの青みがかった血液と、凍って腕から脱落したエイリアンの左手だけが残されていた。


 レイカの攻撃が直撃する寸前、エイリアンは咄嗟に左腕を突き出してそれを受け、次いで窓の外に跳躍して脱出した。そのとき衝撃で凍った腕がぼきりと折れて、床に落ちたのだ。


「君がこんな隠し玉を持ってるなんてな。冷気を飛ばしたのか?」

「……冷凍範囲を直線に伸ばして、ぶつけた。左腕の組織は完全に死んだはず……機関銃さえ無事なら、ここで殺しきれたのに」


 片腕を奪えたと見るべきか――片腕を犠牲に逃げられたとみるべきか――ひとまず、危機は去ったのである。

「良かった、誰も怪我しなくて……」

「……」

胸を撫で下ろすソウジロウの横でウツホが一瞬不快そうに眉を顰めたが、彼はそれに気付かなかった。


「――さて、じゃあ作戦会議といこう」


 それまで留まっていた部屋を放棄し、通り全体を見通せる二階に移った後、ソウジロウたちは教官の荷物から引っ張り出した地図を開き、一階と同じくコンクリートが打ちっぱなしになった床に座ってこれからの方針について話し合うこととなった。


「選択肢は二つ。ここを出るか、残るかだ」

「移った方がいいんじゃないかな。また襲ってくるかもしれないし」

「無駄だね。あいつは多分、この瞬間もここを監視してる」

「監視?」

 マモルが聞き返すと、ウツホは顎に手を当てつつ頷いた。


「アタシの推測も混じるけど……いいか、奴の行動を最初から思い出してみろ」

 ウツホがぴん、と人差し指を立てる。

「まず、最初の遭遇だ。

 そこのオッサンを奇襲してぶっ飛ばした後、暴れるだけ暴れといて、急に撤退した。前衛のハヤミが意外に食い下がったのもあるが、銃火器持ちが何人もいることに気付いたからだ。これが一回目」


 次に中指が立つ。

「次に二度目の遭遇。建物の中に猛スピードで突入した。レイカの機関銃が壊れて、ハヤミが部屋から離れたのを見たからだ。だが、途中でハヤミが戻ってきた上にレイカが必殺技を使った」

「別に必殺技じゃないわ。デリンジャーみたいなものよ」

「話の腰を折るな。……奴はハヤミが自分から離れた瞬間、攻撃を察知して窓の近くに寄ったが、避け切れずに片腕を失ったってわけだ」


 ウツホがそこで一旦言葉を切った。

「どうだい、なかなか賢い相手じゃないか。

 ――奴は確実に優位な状況でしか戦わないんだ。敵と見りゃ闇雲に突撃してくるハリボテ共とは、そこが違う。そんな奴が獲物から注意を外すような真似をするとは思えないね。

 移動中にまた瓦礫でも投げ込まれてみな、アタシらはともかくこのオッサン死ぬよ。

 ……と、アタシは思う。隊長、どうするんだ?」


「確かに、俺も狭い屋内の方が戦いやすいと思う。……ええと、皆はどう思うかな?」


 ソウジロウがいつものようにチーム全員の意見を聞こうとした瞬間――、ダァン、という大きな音が部屋に響いた。


「……いい加減にしろよ」

ウツホがランチャーの銃床を勢いよく床に叩きつけた音だと解るまで、少し時間が必要だった。


「長話ついでに例え話を聞いてもらおうか、ホンダ。アタシらは普段使ってる演習場にいる。みんなやる気満々だ。――だが目の前にいる教官がこう言うんだ。『今日の演習では何をしようかな。ええと、皆はどう思う?』ってな」


「一体、どういう……」

「途方に暮れるだろ。ついでに腹も立つよな。

 決定権と責任を持ってる奴が、何一つ自分で決めようとしないんだからさ。

 そんな奴の下についてる自分が情けなくなってくるよな。

 ――前々からアタシらがアンタに抱いてる感情ってのは、つまるところそれなのさ」


「それは、誤解だよ。ソウちゃんは皆の意見を聞いて、納得できる答えを……」

「黙れ! お前らがそんなんだから問題が手つかずのままなんだ! 誰も言わねぇならアタシが言ってやる!」

 擁護しようとしたマモルを一喝して抑えつけ、ウツホはその場で立ち上がった。


「アタシも大概ロクデナシだけど、人を見る目はあるつもりだ。

 ――アンタは自分が失敗するのが怖いだけだ。

 だから周りに意見を求めて責任を分散させようとするんだ。

 自分の決定に責任が持てねぇなら隊長なんぞ止めちまえ! アタシかハヤミがやった方がよっぽど上手く回るだろうさ!」

「え……」

 真正面から堂々と弾劾され、ソウジロウがショックを受けてその場でへたり込む。


「モチヅキさん、止めてよ! 今は非常事態なんだよ!」

 マモルが彼女には珍しく強い口調でウツホに食ってかかるが、ウツホは止まらない。

「非常事態だからだ! 訓練ならともかく、実戦でこいつの指揮下で動いたら命がいくつあっても足りやしない! さっさと指揮権を他の奴に――」


 その瞬間、トラックが突っ込んだような轟音とともに、建物が大きく揺れた。


「また来た!」

 サキの叫び声が引き金となり、その場にいた全員――倒れた教官と、ソウジロウを除いて――が立ち上がった。下で再び衝突音が響き、建物を二度目の衝撃が襲う。


「ここの真下だ、柱に体当たりしてる!」

「た、建物を出る?」

「教官を連れてちゃ無理だ。不利でも外に出て追い返すしかない! 

 ……グレネードなら、ここから狙える!」


「お願い! ――レイカ、ライフル持って私と来なさい!」

「一階のドアから出るのは危険じゃない? 変態露出ナイフ」

「何よそのあだ名! ――だったら、窓から降りるまで!」


「気を付けろ! アタシも機を見て下に移動する!」

「私も、障壁くらいなら出せるから……ソウちゃん、ちょっと待っててね!」


 ウツホが窓から身を乗り出し、ランチャーを真下に向けて連射。

 マモルがいつでも障壁を展開できるように窓際につく。

 下でグレネードの炸裂音が響くと同時に、サキがレイカを抱えて二階の窓から飛び降りた。


 仲間たちが自分を無視しててきぱきと行動を始める様子を、ソウジロウはへたり込んだまま傍観していた。


「……やっぱり、俺なんて、いらないのか……」


 何故。

 どうして。

 そんな疑問ばかりが頭に浮かぶ。

 

 以前にもこんなことがあった。

 もっと幼い時、この学園に入る事すら考えていなかった頃だ。

 二人の親友が起こした喧嘩を正義感から仲裁しようとしたら、どちらも口を利いてくれなくなって、それぞれ別の生徒と遊び始めた。

 ――彼らはソウジロウがいなくても、ソウジロウがいた時と同じように笑っていた。


 それ以来、他人の領域に深く踏み入るのが怖くなった。

 クラスの委員長になったりしたときも、揉め事の仲裁はできるだけその場が穏当に収まるように努めた。下手なことをして怒りを買い、そこから弾き出されるのが怖かったからだ。


 友達は多いが親友はいない、そんな広く浅い人間関係をずっと今まで続けていた。常に中立を保ち、誰からも恨まれず、誰からも嫌われない交友関係。


 ――しかし、今度はそんな姿勢のせいで仲間から見捨てられた。


「どうすれば、いいんだよ……」


 涙が止まらない。


 すぐそこで仲間が戦っているというのに、槍も持てない。


 項垂れて子供のように泣くソウジロウの足に、誰かが触れた。


「!」


 ソウジロウが顔を上げると、気絶していたヨコオ教官が上体を起こし、困惑した顔でこちらを見ていた。

「君は、隊長のホンダだな……? 今は戦闘中か? 君は一体何をしているんだ?」


「あんたを吹っ飛ばしたエイリアンと交戦中だよ! そいつは優柔不断で使えねぇから戦力外通告したら泣き出した! 目が覚めたなら見張っといてくれ!」

 ウツホが状況をごく端的に伝えると、教官はむぅ、と唸り声を出した。


「ホンダ君、しっかりしたまえ。君は隊長だぞ。

 部隊のメンバーを指揮して、敵と戦わなくてはならない。そのための教育も受けてきただろう」

「教官……もう無理です……俺にはリーダーなんて……」

「できるさ。私は君のような生徒を何人も見てきたし、私自身の時もそうだった。

 リーダーの責任というのは、いつだって重いものだ。

 押しつぶされそうになるのも、解る。何か派手な失敗をしてしまったのなら、なおさらだ」


 ずっと昏倒していた教官は、これまでの経緯を知らない。

 ましてやソウジロウの過去や事情など知りようがない。しかし目の前の若者が何か大失敗をやらかして、それで心が折れかかっている事だけは察することができた。


「だがね、重要なのは、そこからだ。想像してみろ。

 ずっとここで泣き喚いていたら、君は今度こそ全てを失ってしまうぞ。

 名誉も、信用も、男の誇りも――取り返せたはずの仲間との友情も、永遠にだ!」

「ゆう、じょう……」


 腕が折れ、全身に打撲傷を負っているにも関わらず、教官は力強い表情で言葉を続ける。


「冒した失敗は、行動で取り返せ。

 ……線を引くぞ。入って男になるか、入らずに負け犬になるかだ! 

 さあ、立ち上がって行動しろ! 

 でなければ、君は今日の出来事を一生後悔し続けることになるのだぞ!」

「……!」


 気が付けば、涙は止まっていた。

 ソウジロウは泣き腫らした目を袖で拭うと、足元の槍を掴み、立ち上がった。

 《リープ》が発動し、赤い光が――いつもより強く、激しい光が、槍とソウジロウの身体を包み込む。


「俺……俺、行ってきます!」


 ソウジロウが床を蹴り、一度の跳躍で二階の窓から飛び出す。

 ウツホとマモルの視界にちらりとその横顔は、今までにないほど吹っ切れていた。


「……やるじゃん、おっさん」

「きっかけを与えただけだ。私にも少々覚えがあってね。

 彼には失敗して欲しくないものだ。……ところで、この銃は使えるのかね? 弾切れか?」


 教官が近くにあった鉄塊――レイカが置いていった、給弾機構が歪んだストゥカリスカヤ超速射機関銃を拾い上げた。


「無理ですよ。発射速度が速すぎて、レイカさん以外は使えないんです」

「だいいち給弾機構が歪んじまってる、工具があっても無理だ」

「レイカ? あの変わり者か。……ふむ、故障なら私が何とかしてみようじゃないか」


 教官が故障箇所に触れて、何かを念じるように目を閉じた。

 するとメキメキと金属が軋む音を立て、歪んだパーツが変形を始める。

 まるで手品かなにかのように、指先がほんの数秒ほど触れただけで、故障箇所は元通りに修復されていた。


「あんた……」

「私の《リープ》だ。無生物なら壊れた箇所を修復できる。

 私のお陰でこの施設の維持費は想定よりだいぶ安く済んでいるという訳だ。

 ……あとは、これをどう下に届けるかだが」


「よこせ!」

 ウツホが引っ手繰るような動きでストゥカリスカヤを掴むと、一瞬にして機関銃と弾倉は小さな白いカプセルへと姿を変えた。

 それからグレネードランチャーの弾倉から弾を全て抜き、カメラを打ち上げるのにも使った空砲カートリッジを挿入――さらにその上から、機関銃が入ったカプセルを突っ込む。


「そ、そんなことして大丈夫なの……?」

「このランチャーはアタシ専用だ、こういう設計なんだよ! ……レイカ、受け取れ!」


 ウツホが照準器を覗き込み、窓の外――レイカの目の前を狙って、カプセルを撃ち出した。



 ――「彼」は兄弟たちの中では異端の存在だった。

 「彼」は俊敏で、力も強く、兄弟たちの誰よりも頭が回ったが――彼らの種族が当たり前に持っている、念波で互いに情報と意思を共有する能力が、極端に弱かった。

 母胎――自分たち全ての母であり主である存在がミスをしたのか、あるいは敢えてそのように作ったのか、「彼」には解らないし、解ろうとも思わない。


 姿形は異なれど、「彼」の願いは兄弟たちと同じく、ただ一つのみ。

――この地を、我ら種族の安寧の場所に。


 そして「彼」は現在、勝利を確信していた。

 目の前には小さな二本足の敵性生物が二体。

 一体はやたら素早く、両腕に長く鋭い爪を一本ずつ持っている。

 もう一体は先ほど自分の左腕を奪った個体で、地面の上に散乱した瓦礫の陰に隠れつつ、腕に持った道具から断続的に小さな硬い欠片を射出してきていた。


 片腕を無くした「彼」が選んだ戦法は、釣り出しと引き撃ちだった。

石でできた巣を体当たりで揺らし、敵が飛び出したらすぐ距離をとって、投擲による遠距離攻撃を行いつつ相手の息切れを待つ。

 片腕を無くしている現状、この戦法が最も安全に勝てると「彼」は判断し――そして今、その判断はまさに的中しようとしていた。

 「彼」自身、兄弟たちの中では息切れは早い方だが、目の前の爪を持った個体はそれ以上に体力が長続きしないらしく、俊敏さが目に見えて落ちている。

 最も警戒していたのは「彼」の左腕を奪った謎の攻撃だが、今のところ一発も飛んできていない。遠すぎるのだろうか。

 ともあれ、この個体さえ叩き潰せば邪魔者はもういない。

 いつも通り、残った敵を一体ずつ潰していくだけだ。

 そう考えているうちに、爪を持った個体が散乱する瓦礫の一つに足を取られてバランスを崩した。

 

 ――今だ。

 

「彼」が全力で地面を蹴り、渾身の一撃を叩きつけんと拳を振りかぶった瞬間――。


「うおおおおおおおおっ!」

 さっき巣の中で叩き伏せたはずの個体が、上から降ってきた。



「ソウジロウっ!?」

 突然雄叫びと共に乱入した彼の姿をみて、サキは驚きの声を上げた。

 全身から恒星の如く赤いオーラを放ちながらエイリアンに突きかかる彼の姿は、さっきショックを受けてへたり込んでいた時とはまるで別人だった。


「おらああああっ!」

 エイリアンが突然の乱入者に尻尾と右腕による連携攻撃を仕掛けるが、ソウジロウは宙に赤い残光を引きながらこれを回避し、今までとは見違えるような動きで敵の胴体に突きを差し込んでいく。

 傷口から飛散した青い体液が、路上に落ちて染みを作った。


 近接戦では勝ち目がないことを悟ったか、エイリアンが路面を掬い上げるように剥がしてソウジロウに投げつけ、その隙に飛び退いて距離を取った。


「まずい! 投石が来るわ!」


 ソウジロウもサキも遠距離攻撃の手段は拳銃がせいぜい。

 レイカが持つバトルライフルも奴を抑え込むには火力不足だ。

 つかず離れず間合いを取られて投石を続けられたら、いかに今のソウジロウでも対応しきれないだろう。


(あいつの機関銃が残っていれば――)


 銃を犠牲にしてレイカを助けた自分の判断が間違っていたとは思わないが、なるほど、このような場面で火力が足りないのは致命的だ。

 

 あの銃は自分が思っていたよりも、チームの安全を担保していたらしい――サキが遅ればせながら後悔した次の瞬間、背後で雷鳴が轟き、十メートル近く離れた場所にいるエイリアンの身体から血と肉片が飛び散った。


「!」


 否、雷鳴ではない。高速連射によって一つに繋がった発砲音である。

しゃがんだ姿勢で構えたレイカの前には、三脚に固定されたストゥカリツカヤ速射機関銃が据え付けられていた。


「それ、何で――」

「さぁね。……どうやって直したのかは、この際どうでもいいわ」


 凄まじい発射音とともに、ストゥカリスカヤの火線が通りを薙ぎ払う。エイリアンは火線から逃れようと這う這うの体で横道に逃げ込み、ソウジロウたちの視界から姿を消した。


「逃げたの?」

「解らない。逃げたと思わせてまた来る気かも」

「あの出血じゃどのみち長くない。そう時間はかからないはず」


 三人が背中合わせになって周囲を警戒する。そこに建物から降りてきたマモルとウツホも加わって、再び五人が一堂に会することとなった。


「――皆、今言うべきことじゃないかもしれないけど……本当にすまなかった。

 これまでチームが纏まらなかったのも、みんな俺の責任だ」

「アタシは最初からそう言ってたつもりだぜ」

「私もね」

 ウツホとサキが言って、二人してクスクスと笑った。


「そうだったな。……だけど、俺はその言葉を本当の意味で理解していなかった。

 マモルにもレイカにも、いつも苦労をかけた。悪かったよ」

「大丈夫だよ、ソウちゃん」

「私はこの子で奴らを撃てれば幸せ。気にしないで」


「――ありがとう。……君たちの隊長で良かったと、心から思う」


 近くの建物の屋上で、足音が聞こえた。

「いたぞ、あそこだ!」


 四階建てのビルの屋上に、エイリアンが立っていた。

 体表を覆っていた装甲組織はレイカが放った百を超える数の弾雨でズタズタに引き裂かれ、内部の半透明な筋肉が半分剥き出しになっている。

 それらの傷口から血液が漏れ出し、その場に青い血だまりを作っていた。


 片腕を失い、満身創痍。放っておいても一時間も経たないうちに死ぬだろう。

 しかし、尽きかけた生命の残滓を振り絞っているかのような、どこか威風堂々とした立ち姿は、死にかけた獣のそれではない。相手はまだ生きていて、しかもこちらに勝つ気でいる。

 一目見るだけで、ソウジロウは本能的にそれを感じ取った。


「……勝負だ!」


 エイリアンが跳躍し、ソウジロウたちに空中から襲い掛かる。

 狙いは、レイカだ。自分に二度も大傷を負わせたチームの火力源を、エイリアンは標的に選んだ。

 歯を剥き出しにしながら拳を振りかぶり、彼女目がけて飛び掛かる。


「――展開!」


 しかし、その拳がレイカを捉える事はなかった。

 その数秒前に目の前に透明な障壁が出現し、それにぶつかって体の勢いが死んだためである。


「死になさい」

「くたばれ、化け物!」


 空中でバランスを崩したまま落下したエイリアンに、レイカの機関銃とウツホのグレネード弾が殺到。

 肉が剥き出しになった箇所を銃弾や破片がさらに抉り、流れ出る青い血の勢いが増す。


「――かあああっ!」

「――うおおおおおおお!」


 そこにサキとソウジロウが肉薄。

 エイリアンが壊れかけの機械のような動きでどうにか体を起こし、二人を迎撃せんと鞭のような尻尾を横薙ぎに振るう。


「甘いっ!」


 サキが二振りのヴァイブロ・ナイフをハサミのように構え、それで尻尾を受け止めた。

 刀身に宿った高周波振動による分子離断作用が働き、強靭な筋繊維で構成された尻尾がゴムチューブのように切断されて千切れ飛ぶ。


「隊長、よろしく!」

「……ああ。これで最後だ……」


 ソウジロウが深く腰を落とし、天地上段の構えをとる。

 彼の体を覆っていた赤い光が大身槍の穂先に集中し、長大な光の刃を構成した。


「――でやあああああぁぁぁぁっ!」


 裂帛の気合と共に振り抜かれた光の刃が、エイリアンの神経核を胴体ごと切り裂き、その生命活動を完全に停止させた。

 袈裟掛けに真っ二つに切断された死体が、その場に崩れ落ちる。


「……勝ったっ!」

 ソウジロウが叫ぶと同時に、槍を取り巻いていた赤い光が消滅する。集中力が尽きてリープが切れたのだ。


「おーい、大丈夫か……おい、見ろ! エイリアンの死骸だ!」


 三つ目のフィールドと繋がっている出入り口から、救助隊と思しき数人の教官がやってくるのが見えた。誰も彼もが死骸を見て驚愕の表情を浮かべている。


(戦って、泣いて、立ち直って、また戦って……思い返してみれば、濃い一日だったな)


 全てが終わったことをしみじみと実感しながら、ソウジロウは救助隊の面々に向かって手を振った。


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