4 by幸
屋内施設に入り、そこで今回の試験のマップをもらう。
「これは、山村か」
初めに見たソウジロウが呟く。
「それも、雨の、ね」
先に施設内のフィールドに足を踏み入れたサキが言う。
雨の勢いは強く、視界が悪くなっている。戦闘的にも、外に出るという意味でも最悪のコンディションであることは間違いない。
他のメンバーたちも先に入っていたので、皆雨に濡れていた。傘なんて誰も持ってきてないから当然だ。
「それにしても、整備されてないな」
フィールドに足を踏み入れつつ、地図を再度確認するが集落一つ意外に特徴はない。集落に通じる道路は一つのみ。途中、畑とか多少大きめの施設が見える。あとは見る限りの木々が生い茂る林のようだ。
「取りあえず、偵察ね」
「頼む」
サキとウツホは普段通りの流れで偵察に向かう。
このフィールドは雨のせいもあるが思った以上に視界が悪い。周りの木々が邪魔な上、高地が存在しない。運が悪ければ、何かしらの出会い頭にエネミーたちとご対面ということも十分考えられるだろう。
だから慎重に行わなければならない。
ウツホは常に音に気を配りながら、辺りを見渡す。今のところエネミーは見えない。
ここも安全かと思ったが、同時に自分ではない足音に気付く。
体を隠し、顔だけ足音がする方向へ出す。こんな状況で見つかってたまるか。
エネミーだ。レベルは1一体。四足歩行のトカゲ型。足の速さは普通。これなら見つかっても自分でもなんとか倒せるかとウツホは思った。
しかし、いつもと違う。何だと思ったが、すぐにそれは分かった。
発光箇所が赤く光っている。警戒状態、または戦闘状態を示すものだ。
完全に異常事態。耳に着けてある通信機からメンバーに呼びかける。
「誰か見つかったか? エネミーが警戒状態になってるぞ!」
『いや、こっちはエネミーの姿すらまだ見てないぞ』
まず、ソウジロウが応答した。
『サキが見つかったのかも、偵察の時いつも先行してるみたいだし』
ぼそりとレイカが通信に割り込んでくる。サキに対する嫌味だろうなとウツホは思うがこの際誰も触れることはない。
『見つかってないわよ』
すぐに本人から返事が来ると分かっていたからだ。サキの声はあきれているような感じだ。
『サキ、現在位置は』
『多分、あんたたちから見て北西、距離六〇〇くらい。エネミーの姿を今のところ確認してないわ。多分、ウツホの方に集中してるんだと思う。集落はそっち寄りだしね』
「それだと、何でエネミーが警戒状態で配置されてんだよ」
『多分、もうエネミーは敵と交戦した後なんじゃないかな』
すると、マモルが口を開く。
『どういうことだ?』
『ほ、ほら、エイリアンて交戦後すぐには警戒状態を解かないって』
いつものおどおどした口調で話し出す。すると、サキが反応した。
『あ、なるほど。それなら誰も見つかってなくても発光部位は赤のままね』
「エネミーは交戦後の状態での配置? くそ、趣味悪いな」
『つまりは、ここの敵は常時警戒態勢。見つかれば脅威かどうかの確認せずに襲ってくる。集落の設定は多分エイリアンによって壊滅したって感じか?』
『あ、あ、けど、それだと、要救護者は――』
『今回は考えなくていいってさ』
ソウジロウは焦りだしたマモルを諫める。今思ったことだけで考えるから、こいつはいつもおどおどする羽目になるんだ。
『そ、それじゃ、大丈夫だね』
「作戦はどうする」
『殲滅』
レイカの即答。しかしこれは何も考えてない時の話し方だとウツホは思う。何か考えてるときなら、突然通信に割り込んでくるからだ。
『却下。レイカ、あなたさっきのエリアの時、自分が持ってた弾、ほとんど撃ち切ってたじゃない。予備もあるだろうけど、まだ試験が始まったばかりなのよ?』
サキがそれに反発する。
確かに、試験が始まってまだ二つ目のエリアだ。次がどのようなエリアになっているかもよく分かっていないのに、火力の高いレイカの戦力を削ぐのは惜しい。
『それだと、倒しきるのは無理』
『別に全部倒す必要ないでしょ』
『ダメ』
しかし、レイカは譲ろうとしない。何が彼女をそうさせるのか分からないが、理にかなっていないのは事実だ。仕方ないので、ウツホは口を挟む。
「レイカ、ここはハヤミが正しい。大人しく弾温存しときな」
『…………分かった』
また、柄にでもないことを言ったなとウツホは思う。自分も優等生側になったつもりはないんだけど。
それもこれもリーダーがチームをまとめられないからなんだけど。ウツホは通信機先のソウジロウを恨めしく思う。
「ハヤミ、策はあるんだろうな」
『もちろんよ。私が囮で敵を引きつけるわ』
『囮って、それじゃサキの消耗が――』
ソウジロウが口を挟もうとするが、サキが続ける。
『これがベストよ。こんな障害物の多いところで戦ったって、無駄な弾と必要な精神が削られるだけよ。ここで無駄な消耗をして、他のエリアに行ったときにどっちかが切れたら試験終了よ。それだったら、弾を使わず、やることを絞ってここを突破するのが効率良いわ。私の場合、体力は使っても消耗品は少ないんだし。それでいいわよね、ウツホ』
「OK、それが一番だろうな」
『おい、ちょっと待てよ、他にもある――』
納得がいかないソウジロウがまだ何かを言おうとするが、サキはそれを無視する。
『はい、作戦会議終わり。ソウジロウ(リーダー)、ルートを早く決めなさい。でないと、勝手に始めるわよ?』
『あぁ、もう! 分かったよ。んじゃ、ルートはこっちから北東に向かってほぼまっすぐ。一応集落を通って、そのまま出口に向かう。サキはエネミーを引きつけつつ、エリア南西に移動。俺たちが集落を出たら、切り上げて直接出口に向かってくれ』
「『『了解』』」
『了解』
サキは荷物を下ろし、装備の確認をする。
まずはスーツから。体を動かし、装甲のずれや肌にきちんと合ってない箇所はないかを確認する。基本的にはソウジロウやマモルが着ている、エイリアンの構造を応用した対ショック特化の防護スーツであるが、サキのものは彼女のリープに合うように改造されている。
簡単に言ってしまえば、防護スーツの軽量版である。防護加工された装甲の厚さや面積を削り、基本敵の攻撃を当たらないことを前提に、リープによる身体への反動を軽減するための対ショック加工に変更されている。身体強化の能力とはいえど、彼女の場合は体の強度が変わらないため、通常状態ではもろ刃の剣状態だ。そのため、このような加工をされたスーツが彼女には必須なのである。
そして、彼女のリープは血液の循環の加速による体温の上昇を伴うため、体温上昇の抑制と放熱を目的に布地が削られており通気性、汗の揮発性に富んだノースリーブのアンダーシャツの上にスーツを着込むことになっている。下半身部分は、アンダーウェアの上に装甲がついているだけの状態。靴の部分は特殊で、そこに鋭いスパイクが取り付けられており、どのような場所でもきちんと踏み込めるようになっている。
スーツは問題なし。体の動きを止め、自分の武器を手にする。握り込むと自動で刃が振動する特殊性。駆動は問題なし、目だった刃こぼれもない。これも良し。
サブのハンドガン。基本使うことはないけれども、いざという時に使わないといけないため、リロードと第一段階の安全装置を解除しておく。これで準備は整った。
この作戦は自分にかかっているのだと思うと少し興奮する。
しかし、焦ってはダメ。深呼吸をして、上がってくる気持ちを落ち着かせる。
幸いなことに雨のせいで、このエリアの温度は低い。リープによる副作用を少しでも抑えてくれるはずだ。水分も周りにたっぷりある。まあ、だからって飲むわけないんだけど。
まあ、どうにかなるでしょう。
サキはリープを発動する。体の中心にエネルギーの核があり、それを体全体に巡らせていくイメージだ。
すると、段々めぐる血液の循環が早まってくる。体温がぐんぐんと高くなっていく。
発動時の違和感は何度やっても慣れることがない。
熱い。
血液が沸騰している。そう錯覚せずにはいられない。
こぼれる吐息が熱を孕んでいた。
肌に汗の粒ができ、それが集まり雫となって体の表面を滑り落ちていく。
一瞬、視界がゆがむ。軽い熱中症になったように頭に靄がかかっていく。
だが、それも段々とクリアになっていく。リープが上手く発動した証だった。
十秒もすれば、体温の上昇も緩やかになり、体のだるさも消えていた。
(準備完了っと)
「…………はぁ……」
気温が低いせいか、体から湯気が出ている。まだ運動はこれからなのに。
『準備は良いか。サキ』
ソウジロウから通信が入る。どこか不安げで、情けない声だ。相変わらずリーダーのくせに頼りない。
「大丈夫」
『わかった。サキのタイミングで始めてくれ』
通信は切れた。サキは自分の通信機を全員につなぐ。
息を吸い込み、吐き出す。そして、心の中でカウントダウン。
3、2、1、――
「それじゃ、行くわよ」
サキは地面を強く蹴飛ばした。前傾姿勢だった態勢は一瞬転がりそうになるが、足がそれを支え、そのままエネルギーをスピードに変化させていく。
一瞬の加速だった。多分もう、ここにいる誰にも彼女のスピードを追い越せるものはいない。
まずは西方のエネミーを一体片付けよう。サキは体を傾け、方向転換をして林の中を走り抜けていく。
林の中の障害物たちは容赦なくサキに迫ってくる。
しかし、彼女はそれを自前のリープと身体能力でかわしていく。彼女の視界に移ってる光景は、ラリー(自動車競技)のドライバーでさえ目をつぶってしまうほどの恐怖を持っている。ここには道はない。ただ林の中のランダムに現れる木々の間を目にもとまらぬ速さで走り抜けている。もし人がいたとしても風が通ったようにしか感じられないだろう。
雨の日の滑る地面は中々に心配要素ではあるが、彼女に合わせて作られたスーツが彼女の体を守る。足底のスパイクがきちんと機能している。これならまだスピードを上げられるな。
万が一にも態勢を崩してぶつかろうものなら、全身の骨が砕け、肉を抉りかねない状況だが、臆することは許さない。
断じて、この状態で気を抜くことは許されない。
移動すること、敵を見つけることだけに集中する。
すると、エネミーの姿を捉えた。
レベル1型が一体。まずはこいつを狩る。これがエネミーたちに送るサキによる宣戦布告である。
ナイフを抜き取り、駆動を開始。
地面をけ飛ばしもう一段回スピードを上げる。そして、レベル1の後方で跳びあがり、木の幹を利用して無理矢理進路方向を変える。林の中でも、三次元移動の攻撃。
サキはエネミーの死角からナイフで思いっきり切りつける。ナイフがエネミーの足を通り過ぎていくと、足はフレームごと綺麗に切断されていた。
足が切断され体躯が傾いたところを飛び上がって、真上を取る。エネミーは未だに襲撃されたことには気付いていなかった。
サキは間抜けなエネミーに対して容赦なく、頭の神経核に向かってナイフを振り下ろし、手首をひねる。
神経核の破壊。その瞬間エネミーは沈黙した。接敵からわずか三秒の出来事だった。
ナイフを引き抜き、周りを確認する。他の個体がいる気配はなかった。
しかし、エイリアンの習性には、別個体が突然死ぬとその死んだ場所に向かうというものがある。このエネミーもそれをまねているため、同じように行動する。だからしばらくすればここにエネミーたちは集まり始めるだろう。その上、現在エネミーたちの状態は警戒態勢。全速力でこちらに向かってくることが予想できた。
サキはエネミーから離れ、そしてまた移動を始める。じっとしていても、囮はできない
こいつらを誘導するためには、ある程度数を倒して移動させなければならない。
次の獲物を探さなくては。
またしばらく走ると、エネミーが見えた。
次は二体か。
見つかることを念頭に、一体を潰す。警戒態勢であったが、こちらのスピードについてこれなければただの案山子と変わらない。
頭は陥没し、ロボットではあるがびくびくと体を震わせていた。やがて沈黙。
近くにいたエネミー、レベル2型が反応してこちらに迫ってくる。
サキはそれを誘導に利用する。
ここでは倒さずに、いったん逃げることにした。
レベル2はレベル1に比べて早く、トップスピードだとサキのリープ使用時に迫る勢いである。しかし、彼女は負けない。
林の中を駆け抜け、エネミーをひきつけ続ける。相手がこちらを見逃さないよう、自分が追いつかれないように気を付けながら。
走り続けて、数百メートル。
さて、そろそろ頃合いかしら。
サキは進路方向とは逆にエネミーに向かって走り出す。こいつはここでお役御免だ。これ以上は他の個体と会う可能性があるから、始末しなければならない。
ナイフを持った腕を大きく振るった。
エネミーは自身の機能停止するとき、彼女の姿を捉えていない。
作戦開始からそろそろ五分を過ぎようとしていた時、ソウジロウから連絡が入る。
『今、ウツホと合流した。集落まではあと三分で着くはずだ』
「了解」
『陽動はうまくいってる、エネミーはそちらに移動してるぞ』
それを聞いて、軽くガッツポーズ。
「早くしてよね、私に迷惑かけたくないんでしょ」
サキはソウジロウにしか聞こえないチャンネルにそう言葉を残す。昨夜の電話の仕返しを含めて厭味ったらしく言う。
『あぁ、分かってる』
しかし、ソウジロウは短く返し通信を終える。何か一言付けたしてくれても良いとは思うんだが。
全く、分かってないなとサキは心中で呆れながら、見つけたエネミーに切りかかった。
撃破数が十を超えた。
それも今までにない高ペース。慣れないことはするもんじゃないとつくづく思う。実際の疲労はそこまでではないだろうが、感覚としてはどっと疲れた感じがする。
サキは息を荒げながら、刺さったままのナイフをエネミーから引き抜いた。
一先ず、息を整えるためにしばらく戦闘は避けることにした。
途中でレベル3との遭遇。太い両腕から発揮される攻撃力と、他個体に指示を出すことができる頭の良い個体だ。できれば、会いたくなかった相手である。
個体自体は足が遅いからどうにか撒くことはできたが、それに指示を出されたレベル2に無駄に追い掛け回されたため、想定外の消耗をしてしまった。周りにいた個体も巻き込んでしまったため、撃破と逃げるのに相当の体力を使った。
しかし、消耗の一方でさっき通信が入っており、ソウジロウたちは集落に入ったという情報は入っており、それが唯一の救いである。
地図を確認する。自分がいるのは多分エリアの西方、少し南寄り。集落とは丁度対角の位置だ。距離的には一キロ近く離れている。誘導が言うとおりに機能しているなら、彼らの方にいるエネミーの数は相当少なくなっているだろう。だが、ソウジロウたちが集落を抜けるのにはどんなに必死に走ってもあと五分はかかるだろう。それまでは時間を稼がなければ。当然、失敗して脱落と言うことはないように気を付けなければならない。
呼吸が整ったので、またサキは移動を始める。
エネミー発見。
次は一体だった。レベル1。これなら簡単に倒せる。また気付いてもらわなければ、誘導は続行できない。
息を吐き、地面をけ飛ばして肉薄。そして、神経核を破壊する。
いとも簡単にやってるように見えるが、いくら切れ味が良いナイフを持っているからと言ってこのようにうまくできるわけではない。
的確な位置取り、相手の弱点を狙い確実に届かせる手腕、相手の固い肌を切り裂く際のナイフの切れ味が落ちにくい的確な角度。
体に染みつくまで何度も練習した技でやってのけたことである。
「よっと」
背後の気配に気づき、サキは体を沈めた。すると、頭上を太い丸太のようなものが通り過ぎる。体躯からすぐにレベル3のエネミーだと分かったので、そのまま後ろに振り向きつつ相手の懐に入る。彼らの攻撃は大振りにならざるを得ないため、手前の攻撃はできない。
相変わらず大きい。三メートルに迫る体躯は彼女に比べれば壁も同然。真正面からやり合うのは常人では不可能な相手だ。しかし、それを彼女は軽々と倒してしまう。
狙ったのは胸の中にあるもう一つの神経核。ナイフを突き立て、刺し貫く。
「ふっ」
頭に刃を入れるのとは違い、肉質が固いため力を込めてナイフをひねる。
すると、レベル3が活動を止め、バランスを崩していたのでそのまま倒れた。
危うく押しつぶされるところだったが、自前の速さでサキは距離を置く。
大きく息を吐き、とりあえず安堵。今になって冷や汗が出てくる。
さっきまで気にならなかった、濡れた髪から雨粒がしたたり落ちるのが見えた。少しだけ集中力が落ちた気がする。
持っているナイフの刃が少しこぼれた。
「はぁ、さすがに疲れてきたわね」
その後も順調にエネミーを倒しつつ、囮をしていたが十七体目のエネミーを丁度倒し終えた時、ソウジロウから再び通信が入ってきた。どうやら、集落を抜けたようである。
つまり撤退の合図だ。
自分の能力に自信がないことはないが、ここまでうまくいくとは思ってもなかった。体の消耗も思ったよりもひどくない。レベル3がいたのには少し面倒だと思ったけど、それでもだ。
最後に一体、追って来ている個体にナイフを投げつけると、神経核に刺さり機能を停止させた。
彼女の今作戦での役割はここまで。あとは出口に向かって走るだけだ。
油断する気はないが、少しだけ心が軽くなる。
出口まではエネミーは無視していこうと思いながら、彼女は走り出す。
しかし、彼女はふと自分の面倒を思い出す。荷物を作戦前に置いてきていたことを。
「荷物誰かに持ってってもらえばよかった」
ちょっとだけ、寄り道をせざるを得ない。
面倒だと思う心を抑えつつ、彼女は走る方向を切り替えた。