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Leap/the first contact  作者: 海雀鳥落&幸
3/9

3 by海雀鳥落

 試験は学園から山を一つ越えた先にある演習場で行われる。

 四つの異なる環境下を潜り抜け、ゴールにたどり着けば合格。

 途中で脱落者や負傷者が出たらチームごと不合格となる。


 道中には訓練用ロボットが複数配置されているが、全滅させる必要はない。この段階でのテストは敵を殲滅できるかどうかではなく、エイリアンが出現する環境下でも生き延びられるかどうかを見極めるものだからだ。


「所詮訓練と思うなよ。敵の配置や行動パターンは実戦以上に厳しくしてある。今日でこの一年間を棒に振るかどうかが決まるんだ。覚悟して臨むように」

「はい、教官!」

「時間制限はない。焦らず、偵察を入念にして、自分の頭で考えて動け。……五分後に無線で試験開始を指示する。頑張ってこい。以上!」


 待機用の小屋から去っていく教官の後姿を見ながら、ソウジロウはごくりと唾を飲み込み、チームメンバーたちを見渡した。


 ソウジロウやマモル、ウツホは訓練時と同じ装備だが、ハヤミは彼女専用に調整された、背中と膝上が大きく開いた耐衝撃スーツを身に着けている。

 彼女の《リープ》である身体強化は、発動中は体温を大きく上昇させるため、こうした露出の多い装備でないとあっという間に熱中症に罹ってしまうらしい。

 そして腰には大振りのヴァイブロ・ナイフが二本。高周波エネルギーで相手の分子間結合を弱め、鉄板を紙のように切り裂く武器だ。リープを発動させ、猛獣のような動きで襲い掛かるのがハヤミの戦闘スタイルである。


 そして、レイカ――軽装のハヤミとは対照的に、彼女はここにいる誰より重装備だ。

 防護服の類こそ着ていないが、頭には耳垂れが付いた毛皮の防寒帽、制服の上から厚い綿入りのコートを羽織り、背中には大型のバックパックを背負っていた。

 今は冬でこれから登山に行きます、と言われたらつい信じてしまいそうな格好である。


「相変わらず、凄い銃だな」

「……?」


 ソウジロウの質問にレイカが何を今さら、といった風に首を傾げ、手にした大型の機関銃――通称、『ストゥカリスカヤ超速射機関銃』を両手で抱え直した。銃の給弾口からは弾薬を送り込む給弾ベルトが伸び、背中のバックパック型の大容量弾倉に繋がっていた。彼女専用に組み上げられたオーダーメイド品で、分間四〇〇〇発もの発射速度を誇るレイカの相棒だった。


「《リープ》があるんだから、あんたも前に出ればいいのに」

 ハヤミが呆れたように言うと、レイカはうんざりしたようにウツホの後ろに隠れた。――もっとも、レイカの方が二〇センチ以上長身なので、全く隠れられていないのだが。


「こっちの方がいっぱい殺せる。……超能力を見せびらかすことに興味はないし、そんな恰好で敵に向かっていくほど死にたがりじゃないわ」

「だから――」


「その辺にしときな。レイカ、お前もだ」

 言い争いに発展しかけた二人だったが、意外な人物がそれを止めた。ウツホである。


「留年したくないのは全員同じだ。ここで喧嘩してる場合じゃないのが解らねえほど間抜けじゃないだろう。文句は試験が終わった後にとっときな。……こういうのは隊長が言うべきなんだろうけどさ」

 ウツホはソウジロウを一睨みしてから座り込み、グレネードランチャーの点検を始めた。腰に下げた弾帯にはグレネードの予備弾の他に、彼女の能力による白いカプセルがいくつか収納されている。


 《リープ》の中には物理法則を捻じ曲げるようなものも多いが、なかでもウツホの《リープ》はかなり特異な性格(ルール)を持つ。


 第一に、触れたものを白いカプセルに収納する。元の物体の質量に関わらずカプセルの重さは一〇〇グラムジャスト。また、生物を収容することはできない。


 第二に、彼女自身の合図で収納したものを解放できる。解放と同時にカプセルは消滅するが、それ以外の手段での物理的破壊は不可能である。


 第三に、カプセルは理論上制限なく出せるが、収納できる限界容積はバックパック二つ分。


 彼女は外にいた頃この能力で窃盗を繰り返しており、犯罪が露見して捕まった後に更生プログラムの一環として強制入学させられたという話だった。

 元々の使われ方はろくでもないものの、少人数で動くことも多い対エイリアン部隊では彼女の能力は非常に有用である。

 ――惜しむらくは、ウツホ自身が二年の任官期間を終えたら即除隊するつもりだと公言して憚らないことだが。


「ごめん、ウツホ。気を付けるよ……」

「ふん」

 照れ隠しなどではなく、純粋な不機嫌さを孕んだ仕草でウツホがそっぽを向く。

 

 その瞬間、ソウジロウの腰につけた通信機が電子音を鳴らした。

『――時間だ。これより試験を開始する』

 無線越しに出された教官の号令で、ソウジロウたちは行動を開始した。


「ここが最初の場所ってわけか」

 小屋から試験場に出ると、木がまばらに生えた草原が広がっていた。見晴らしが良いため奇襲は受け辛いが、逆にこちらが奇襲もしにくい環境である。


「いつも以上に、基本に忠実にいこうと思う。まず――」

「まず偵察、次に作戦立案、最後に実行でしょ。あたしは西。あんたは東ね」

「へいよ。――ああそうだ。レイカ、持っとけ!」


 ウツホが一個のカプセルをレイカに投げ渡すと、ハヤミとは反対方向に歩き出す。

 指揮官であるソウジロウや守備向きの能力を持つマモル、機動力の低いレイカは偵察には向かないため、自然とハヤミとウツホが偵察を担当することが常だった。


「ああもう、勝手に……。レイカ、いつも通り射撃に適した位置で準備を。俺はレイカを支援するから、マモルは後方を警戒しつつ待機。後ろに敵が配置されていないとも限らない。頼んだぞ!」

「了解」「うん!」


 レイカが機関銃を軽々と担いで駆け出し、目の前にある比較的高くなった丘の上に陣取ると、ウツホから受け取ったカプセルを地面に転がした。


「ウツホ、三脚を出して」

無線で連絡すると、薄い硝子が割れるような音とともにカプセルが砕け、鉄骨を組み合わせた折り畳み傘のような物体――機関銃用の背の低い三脚が姿を現した。畳まれていたそれを慣れた手つきで展開し、機関銃をそこに据え付ける。


『一・五キロくらい先、レベル一が沢山いるわ。見える?』

「ああ……すごい数だ」


 丘の向こう側を覗き込むと、ワニやトカゲに似たレベル一のエイリアン――無論、それを模した訓練用ロボットだろうが――の大群が蠢いていた。数は少なくとも五〇以上。戦うにせよ逃げるにせよ、上手くやらないと数の暴力に飲み込まれてしまうだろう。


『あの教官、何が何でも合格させないつもりか?』

「滅多な事言うなって。最初に大量の敵を出して、こっちの鼻っ柱を折ろうって考えだと思うよ。……実際、彼女がいなかったら俺たちも頭を抱えてたと思う」


 ソウジロウが不敵に笑ってレイカを見た。彼女は防寒帽を目深にかぶり、その場でしゃがんで機関銃に据え付けられた照準眼鏡(スコープ)を覗き込み、一、二発その場で試射をした。


「……準備完了。隊長、指示を」

「よし! ウツホ、グレネードで相手を挑発してからハヤミと戻ってきてくれ。奴らはテレパシーで繋がってるから、この場にいる全部がそこに集中するはずだ。そこをレイカに売ってもらう。急げ!」

『全く、人使いが荒いね!』


 通信機越しにウツホがぼやいた数秒後、遠くで一発のグレネードが爆ぜ、音と光に反応したエイリアンが砂糖を見つけた蟻の如くこちらに集まってくる。黒い巨体の波から逃げるようにハヤミとウツホがこっちに必死で走ってくるのが見えた。


「来たな……レイカ、射撃頼む!」

 機関銃を構えるレイカから一〇メートルほど距離をとりつつ、ソウジロウは彼女に射撃指示を――すなわち、エイリアンに対する死刑宣告を発令した。


「全員へ。リープを使う。……敵味方の区別はできない、私に近づかないで」

 普段より強い口調でそう宣言した瞬間――レイカの周囲で、ちらちらと光が漂い始めた。


 否、光というのは正確ではない。凍結した空気中の水分が、太陽光を反射して光を放っている。

 彼女が身に纏ったコートや防寒帽の表面は、付着した微細な氷晶によって白く染まり始める。

 彼女の周りだけが極寒の地と化したような様相だ。


 レイカが持って生まれたのは、世界でも最高レベルの冷凍能力。自身より三メートル以内の物体の温度を、意識をそこに向けるだけで急速に引き下げることができる。攻防に使える強力な《リープ》を、しかし彼女は戦いの軸には据えていない。


「どうした? 撃たないのか?」

「……もう少し引き付ける」


 迫りくるエイリアンの大群を見て、彼女は幼少期に見た光景を思い出していた。


 エイリアンの大群に蹂躙される町。逃げ遅れて食い殺される人々。


 駆けつけた対エイリアン部隊は、《リープ》の連続使用で疲弊したところを囲まれ、絶望に満ちた悲鳴を上げながら一人ずつ死んでいった。発現した《リープ》で周囲全てを凍らせていなければ、自分だって生きてはいなかっただろう。


「……」

 レイカは敵に接近して戦うハヤミやソウジロウが理解できない。

 大挙して迫りくる奴らの恐怖を知らないから、彼らはあんなオモチャで戦おうなんて思えるのだ。《リーパー》も所詮はただの人間であって、カートゥーンに出てくる無敵のヒーローではない。


「戦いは、火力が全て」


 能力の射程は三メートル、七・六二ミリ弾ならその四〇〇倍遠くまで届く。


迫りくる敵の先頭との距離が、三〇〇メートルまで縮まった。


「死ね」


 ――引き金を引いた瞬間、機を待ち続けていた超速射機関銃が咆哮をあげた。


 火線に射抜かれたエイリアンの身体がぼろぼろに齧り取られ、体を構成する人工筋肉や骨格フレームが地面に散らばる。高威力のスチール・コア弾を十数発も叩き込めば、神経節を狙わずとも体組織を吹き飛ばして失血死――訓練用ロボットは血を流さないが――を狙えるのだ。


「消えなさい」


 レイカが機械的なまでの正確さで機関銃の照準を敵から敵へと移し、七・六二ミリ弾の火線が次々敵を射抜く。発砲音が一つに繋がり、雷鳴の如き轟音となって平原に響き渡る。

 彼女の周囲に広がる局所的な雪景色の中で、銃口だけがはオレンジ色の炎を噴き出していた。


「す、すげぇ……まるで要塞だ……!」


 耳をつんざく発砲音の中、ソウジロウが耳を塞ぎながら呟く。


 五〇を超える数の突撃を、彼女はたった一人で抑え込んでいた。

 こんなペースで弾を吐き出せば、銃身はたちまち真っ赤に焼け付き、暴発や命中率低下、最悪の場合銃身破裂を引き起こすのが道理だ。

 しかしその道理をこじ開けて無理を通すため、レイカは己の冷凍能力を使う。

 彼女は銃身を常に冷やし続けて低温に保ち、発射熱による過熱を防いでいた。ストゥカリスカヤ機関銃の高レートには、彼女の能力が不可欠なのだ。


「……敵、撃破」

 

 機関銃の火線が戦場を右から左へと薙ぎ払った後には、もう平原に動くものは何一つ残っていなかった。レイカの足元にはストゥカリスカヤが吐き出した大量の空薬莢が山のように転がっており、撃ち出された銃弾の数を物語っていた。


「見苦しい死に様……」

レイカが機関銃から体を離して立ち上がり、体に付いた氷を払い落とし始める。足元で凍り付いた草が踏み砕かれてパキパキと軽い音を立てた。


「次は?」

「あ? ああ、とりあえず全員を集合させて、それから移動しよう。機関銃はもう撤去していい。……結構長く《リープ》を使っていたけど、消耗してないか?」

「平気」


 黙々と機関銃の撤去を始めたレイカの横で、ソウジロウは無線機で全員に再集結を命令。それから数分で散開していたメンバーが再び一か所に集まった。


「ウツホ」「ん」

 呼ばれたウツホが三脚に触れて再びカプセルに仕舞い込むと、レイカはそれを拾い上げてポケットに入れた。


「周りに気を配りながら移動しようと思う。俺が先頭、マモル・ハヤミ・レイカはその後ろだ。殿はウツホに任せる。……これでいいかな。みんな、どう思う?」

「身軽な私が先頭の方がいいんじゃないの?」


 ハヤミが腰に手を当てて抗議するが、ソウジロウは少し考えてからこれを却下した。

「君は防御力に不安がある。敵がどこから来るか解らないから、来るべき時まではに中央にいてほしい。……駄目、かな?」

「ふーん。ま、いいわ」


 彼女もそれ以上は食い下がらず、ソウジロウたちは即席でフォーメーションを組んで、ゆっくりと残骸の間を縫って歩き始めた。


「相っ変わらず馬鹿げた火力だ。こりゃ修理もできないかもね」

 銃弾に抉られてズタズタになった残骸を脚先でつつき、ウツホが呆れと感心が綯い交ぜになったような声で言った。


 そうして一時間ほど歩くと、向こうに見える山に大きなトンネルが口を開けているのが見えた。多分あれが次の第二試験場だろう。


「あそこ、知ってるぜ。岩山の中身をくり抜いて屋内施設にしてるんだ」

「次はあそこで戦うのか……」


 ソウジロウは顔をパシン、と叩いて気を引き締め直し、警戒態勢を維持したまま目の前のトンネルに向かって歩き始めた。


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