2 by幸
過ぎてみれば早いもの。試験前日夜。
ソウジロウたちのチームはそれぞれの部屋で明日に備えている。
試験が明日に控えていようが、座学と演習はある。明日に疲れを残さないためにほとんどの生徒は就寝しようとしていた。
同室のサキとマモルはすでに明日に備えて眠ろうとしていた。
「今日も疲れたぁ」
「そう?」
「体力バカのサキちゃんにはわからないよ」
「えぇっ」
サキとマモルは中学卒業後に出会い、そこから仲がいい。
マモルの口調はいつものびくびくした様子がない、普通の話し方。仲がいい人とはきちんと付き合いができるのに、こんな状態だと先が恐ろしいとサキは思う。
現時点では運よく仲がいいサキと一緒に学校でも生活することができている。
リープによる実戦に置いての役割が被らないことや、きちんと訓練が行える人間関係、リープの特性をお互いがきちんと理解しているが故の連携もきちんと取れていることによる儲けである。
(今後もこれが続くとは限らないんだけどな)
今年の春、五人のチームになった時に、二人の問題児とはいかないものの、扱いに困る生徒が一緒になってしまって大変ではあった。
片方はサキと馬が合わず、人の話を聞かないレイカ。
もう片方は、やることはやるものの何故か皆に色々噛みついてくるウツホ。
そして、サキは間違っていることに対して口を出さずにはいられないし、マモルは何かと言われると委縮してしまいがちなので、この四人での纏まりはほぼ皆無である。
そのため、チーム内でまとめ役としてソウジロウがいるのであるが、彼にその力はない。曖昧にお茶を濁して再発を招いている。しかし、個々の実力が高いためか、辛うじてチームとして行動ができていることになっている。
恐らくだが、サキ自身がもう少しうまく対応できれば、この前もあった言い争いは少なくなるのだが、簡単に性格を変えられるなら苦労はない。
「明日の試験、どうなるかな」
マモルは少し不安げに言葉を漏らす。
「大丈夫よ、この前だってきちんと動けてたんだし」
「……そうかな」
マモルのチーム内成績はそこまで良くないが、生徒全体からすると上位に食い込むもの。しかし、リープが精神状態に依存することもあり、その伸び率は日によってまちまち。彼女自身の悩みの種であり、チームとしての留意するべき点である。
だから、不安をあおるようなことは彼女に対して言うまいとサキは思っている。
「自信持ちなよ」
「……うん、そうだね」
「明日、頑張ろう」
「うん」
そういった直後、連絡端末が鳴る。
「こんな時間に、誰よ」
着信音から自分のものが鳴ってると思ったサキはベッドから起き上がる。
「ホンダ……?」
端末を通話状態にして、耳元へ。
「何?」
『あ、ハヤミ。寝てた、か?』
「大丈夫よ、それで何?」
声のトーンを考えるとまた余計なことを考えてるなと感じるサキ。ソウジロウは人との距離を取ろうとするときに、不自然に言葉に詰まる。癖なのだろうが、気にしなければ気付かない程度のものではある。
ハヤミの頭に血が上りつつあるが、それを爆発させまいと自制する。いつものことだ。
『その、明日の試験、いざとなった時は勝手に動いてくれて良いから』
「え?」
『いや、その、一応チームで行動することにはなってるけどさ、俺らのチームそこまでうまくいってないし、このままだと、それに俺がリーダーじゃさ――』
「馬鹿なこと言わないで、あなた、リーダーとしてほんとに自覚あるの? そんなこと考えてる暇あったらもう少しましなまとめ方できるように頭使いなさい」
呆れた。こうまで卑屈になってるとは。
サキは通話を一方的に切って、それを置く。そして大きくため息を付く。
「どうしたの?」
マモルがベッドから上体を起こして聞いてきた。
「明日、いざとなったら勝手に動けってさ。あの馬鹿」
吐き捨てるように言い、そのままベッドにもぐりこむ。
サキの言葉を聞くと、マモルは少し微笑む。
「ふふ、ソウちゃん優しいから。自分の失敗の時にサキちゃんが自由にできるように気にかけてるんだよ」
「そうかしら、……」
ソウジロウはそんな人に対して思いやりをかけるほど、情が余ってる人間だとはサキは思っていない。彼はいつも自分で手一杯なのだから、今回も自分の責任で誰かも道連れ、自分に責任が重くなるのに耐えられないのだ。
ソウジロウに甘いマモルはそれに気づいていない。いや、気づいているんだろう。それでいてそれを受け入れている。中々に厄介で、サキはそれを指摘しきれない。
グラリと揺れ始める内心を落ち着かせるために、サキは深く息を吐きそしてこの会話を終わらせる。
「いいよ、別に、……おやすみ」
「うん、おやすみ」
明日は早いのだ。
持った小銭を手の中で遊びながらウツホは一階の自動販売機に向かっていた。
部屋の中にあったのは買って飲みかけた甘いジュースの類ばかり。普段なら平気で飲むが、今日はどうやら気分ではない。さっぱりとした、なんならいつもは飲みもしないミネラルウォーターでも良い。そんなものを求めてウツホは手のひらの小銭を宙に舞わせてキャッチ。
「よっと」
結局自販機で買ったのは、薄味の方のスポーツドリンク。よくよく考えてみたら、味がしないのはさすがに嫌だ。
さっそく、蓋を開けて飲みながらウツホは部屋に戻る。
いつもなら、誰にも見つからないように夜中の散歩にでも行ってみるかと思うのだが、非常に不服であるが、明日は試験のためいつもより早めに起きなくてはならない。
不良を気どり色々と反抗をしてきたが、彼女は試験、特に昇級がかかるとなると真面目に行かなければならざるを得ない。
彼女の今の仮の居場所はここしかないから、仕方がないのだ。
「ん?」
ちょうどエレベーターホールでレイカを見つけた。しかしどうやら様子が変だった。
普段からふわふわと何を考えているか分からないやつではあるが、今日のようにふらふらと、エレベーターの籠を呼ばずに突っ立っているのは異質だった。
「おい、そこで何して――!!」
すると、レイカの体が崩れる。
咄嗟に体が動き、ウツホはレイカの体を支えた。
「おい、どうした、おい!」
何がどうなってるのかよく分からないけど、驚きのままウツホは声を荒げた。
え、嘘、どうなってんだ。
「おい、返事しろって、なあ」
ウツホは項垂れているレイカの顔を見ようと彼女の体の向きを変える。
すぅ
寝息?
「……寝てる……?」
きちんと彼女の様子を見る。一定のリズムで膨らみ、しぼむ胸。少し開いた唇。何も苦しくない、むしろ心地よさそうに瞑っている目。
あ、これ、完全寝てるな。
「くそっ」
慌てて損したとウツホは思った。柄にでもない声出してさ。
「おーい、起きろ、レイカ、おーい、起きやがれ」
下手に起こしてキレられても困るから、ウツホは軽くレイカの頬を叩いて起こそうと試みた。しかし、それに対して反応する素振りもなく、彼女は眠っている。
「おーい、起きろって、こんなとこで寝んなよ」
少しイラついたので、叩く手を少し強める。
あ、少し嫌そう。
しかし、起きる気配はない。
「放っておくか」
手を止め、ウツホはレイカを置いて自分の部屋に戻ろうと思った。
だが、何かこれではスッキリしない。
何というか、勝手に恥をかかされたうえ相手は知らないとなると、どうも靄っとする。
「くそが……」
「何でこんなことやってんだろう」
エレベーターの籠が上昇するのを確認しながら、背中にいる自分よりもでかい同級の重さを感じていた。体重なんて、下手したら十キロ以上違うよな。
幸いなことにウツホとレイカは同じ階の部屋。階をまたぐ必要がないから、すぐに終わるだろう。
けど、レイカの部屋はどこだったっけ?
頭の中から、自分たちの階の地図を思い浮かべる。
ウツホの部屋はエレベーターホールからすぐだ。何か他の階に用事がある時はすぐにどこかに移動できる立地が良い場所。しかし、人通りが多いため偶にしゃべり声がうるさいときがある。まあ、それは置いといて。
問題はレイカの部屋。いつも出てくるのは、ウツホとは逆の方。
…………
あれ、しかも、……端じゃねぇか。
やっぱやめた。だるい。
そう思って、レイカの足を持っていた手をパッと離し、彼女の腕を外す。
乱暴に下ろしたせいか、レイカの体は変な方向に傾き、エレベーターの籠の壁に頭をぶつけた。
「…………いたっ……」
頭をぶつけてしばらくして目を覚ます。そして、ようやく痛みを認知したようだった。意外と鈍い。
「……?」
床に座り、きょろきょろと辺りを見渡す。さっきまでいたと思っていた場所でないのに気付くまでまたしばらく時間を要した。そして、目の前で自分を見下ろしている、ウツホに気付き何となく合点がいったようだった。
「ここまで、連れてきてくれた?」
妙に勘が良いな。自分が寝ぼけながらもエレベーターに乗ったという発想は彼女に無いようである。
そして、ゆらりと立ち上がりウツホをじっと見る。
「合ってる?」
「……知らない」
「……そう?」
「そうよ」
すると、エレベーターが停止し、扉が開く。
よし、タイミングが良い。
エレベーターを降り、そしてレイカに持っていた飲み物を押し付ける。
「んじゃ」
「ん」
そして、ウツホは急いで自分の部屋へと戻る。早く狂った調子を戻さないといけないと思った。ちょっとでも長く人と関わると、ボロが出そうになる。
「ねえ」
部屋の前、ドアを開けようとすると、レイカが話しかけてくる。
ウツホが振り返ると、すぐそばにレイカの顔があった。近い。
ウツホとレイカの間には二十センチの身長差があるのに、いつもとは違う距離感にウツホは驚く。普段、わざと人に近づかない限りこの距離感になることはないため、彼女は他人に近づかれるのに慣れていない。
「な、なに!?」
ついつい声が裏返ってしまった。くそっ。
「ありがとう」
レイカは耳元でボソッと言うと、転身して自分の部屋へと小走りで帰っていった。彼女の背中が見えなくなったところで、ようやく体から力が抜ける。
「……何だったんだ」
とにかく、いったん落ち着こう。そう思って、ウツホは手に持っていた飲み物を飲む。そして、気づく。
「あ、これ、レイカが持ってたやつジャン」
今日はどうやら、調子がおかしいと再度思い知るウツホだった。
通話が切られた。一方的に。
また余計なことを言ってしまったかとソウジロウは自省する。
いつもの事だが、どうすれば改善されるのか。自分はリーダーに向いてないのかと少し考えてしまう。
「また、余計なこと……か」
「どうしたんだ? 彼女に電話でもしてたのか?」
すると、ルームメイトであるトウリに話しかけられる。
「何でも。てか、何で俺が彼女いることになってんだよ」
こいつはいつも変なことを言うなと、ソウジロウはトウリを睨む。
「え、けど、いつも一緒にいる、ほら、ゲンブは?」
「いや、別に、彼女じゃないけど」
「はあ? いつも仲睦まじそうにいるのに?」
「そうか?」
「…………えぇ、嘘くせぇ」
トウリは納得いかないような顔をしてくる。
「んじゃ、さっき電話してたの誰だよ」
「サキ、だけど」
「はぁ!?」
「何だよ」
トウリが大声を上げる。さすがにソウジロウもびっくりしたが、何にびっくりしたのかはわからなかった。
「おっと、すまん…………いや、マジかよ」
「ん、何だよ」
「いつも、あれだけ噛みつかれてるのに、よく電話何かかけるな」
「そうか?」
気にしていなかったが、傍から見るとそう見えるのかとソウジロウは思った。
今の印象を見るに、サキがソウジロウの事を気に食わないからっていう理由でいつも反対してるんだと彼は思っていた様だった。
「ま、お前が気にしてないなら良いけどさ」
「……あぁ」
サキはそんな人じゃないと思うけどな。
「んじゃ、俺寝るわ」
「おう」
トウリはそのままベッドに上がっていった。
ソウジロウは自分の連絡端末に視線を戻す。
「多分、俺自身が分かってないこと、サキは気付いてくれてるんだ、多分」
サキには悪いことをしてるなとつくづく自分が嫌になる。
誤解を解きたいとは思うけど、ソウジロウ自身どうすれば良いかが分からない。どうしようもないことなんだろうか。
けど、……………………。
端末を机の上に置き、自分も眠ることにした。
考えてたら、眠るのが遅れてしまう。これはまた後日考えることにしよう。
明日は試験だ。
皆が、合格できるように頑張らないとな。
ソウジロウは拳を固く握りしめる。