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異世界『不』転生

ジャンルは他の作品が似ているところにしました。純文学とヒューマンドラマの間くらいが適当な位置でしょうか。よろしくお願いします。

 

「お断りします」


 明確に正確に簡潔に、私はそう答えた。


「否、待たれよ。結論を急ぐでない」


 目の前の男が、話を引き延ばそうとする。


「いえ、この話は終わりにして頂けますか」


 そう、私には必要のない話だ。




 夏も終わろうとしていたある日、私は事故で死んでしまった。不運であったとは思うが、仕方のないことだ。20年に迫ろうかという人生だったが、つまらないこと、くだらないことの繰り返し。振り返ってみても、人生を賛美できるような出来事はなかった。この先にあるという予感もない。ゆえに宿運を受け入れるつもりだ。


 それなのに――


「お嬢さんをこのまま死なせるのは忍びない。異世界にて第2の人生をやり直させてやろうぞ」


 白髪、白髭、白い服の老人。神を名乗った彼が提案してきたのは「異世界への転生」だった。


 お断りだ。


 何が楽しくて異世界などへ行かねばならないのか。誰が好き好んで異世界などで暮らさねばならないのか。


 私には確信がある。

 私の人生の陳腐さ、退屈さ、下らなさは環境によって発生しているものではない。

 これは私に属する性質であり、呪いなのだ。

 だとすれば、異世界に行ったところで、無色(モノクローム)な日常が続くことには変わらない。仮に私が魔法を使えるようになろうとも、魔物を従えたとしても、聖剣を操れたとしても、それが何になるというのか。



「お主の世界においても、生きたくとも生きられぬ者も多かろうに」


 彼は目を細め、批難するかのような視線を向けてきた。

 私は空中でその批難めいた視線を迎撃する。


「その人らの望みと私が死を望むこととは何か関係がありますか?」


「……いや、無いのう」


 彼は私を説得したいようで、私は彼に説得されたくない。

 彼はどうしても転生させたくて、私は転生したくない。


「何かお主が望んでおることはないのか? 大抵の事であれば叶えてしんぜよう」


「では、安らかにして、永遠なる死を」


 私の言葉に彼は眉をひそめる。

 私の願いは、彼の言う大抵の事には含まれなかったのだろう。


「何故に然程に死を望むのじゃ」


 私は死ぬ理由がないから生きていただけの人間である。だが、そんな自分を珍しい、変わっている、特異な考え方をしているなどとは思わない。同じように考えている人間は、同じようにたくさんいる。表立って発言しないだけだ。


「死が好きなので」


 死と遭遇したのであれば、しかも向こうから訪れたのであれば、これを邪険に扱うつもりはない。死は平等なのが良い。公平なのが良い。絶対なのが良い。


 日に数億を稼ぎ出し、多くの美女と夜をともにして、誰からも羨まれるような暮らしを送る若い富豪。

 醜い顔立ちで身体を売ることすらできず、低い賃金で日々の食費すらままならない女。

 皆に対して善良に振る舞うが、それが優しさによるものではなく、自分の臆病さからくるものだと自覚している娘。

 自分への自信の無さを、弱く幼い異性への加虐へと転化させることで、自己を安定させている青年。


 その誰にでも死は等しく訪れ、万人を平等に無へと帰す。


 だから良いのではないか。

 それを異世界への転生などという馬鹿げた理由で台無しにする気はない。



「ふむ……確か、お主の世界では、親より先に死去することは、最大の親不幸とされているのではないか?」


 さも、今思いついたかのように彼が問いかけてくる。


「仮にそうでも、転生とは関係ないと思いますが? 転生してもしなくても、この世界では私は死んだことになるのでしょう」


「確かにその通りじゃ。だが、異世界に転生するならば、特別な計らいとして、お主が異世界で生きていることを両親に伝えてやっても良いぞ」


 お次は、肉親の情を利用するつもりのようだ。

 手段は問わないということか。形振り構わぬ姿勢は嫌いではない。姿勢は嫌いではないが、手段には反吐が出る。


 なるほど、異世界であっても私が生きている事を知れば、私を失った両親の悲しみも少しは緩和されるに違いない。異世界に転生という荒唐無稽な話だが、神ならば信じさせる手段も持っていよう。


 両親は嫌いではない。出来れば悲しませたくない。だが、その一方で自分なんかが死ぬ程度で大きく嘆き、悲しむ存在があるという事実は、私の中で負担でもあった。

 私の死など取るに足りないことと割り切って欲しい。そうすれば、私は余計な負担を抱えなくて済むのだ。そう思いながら、生きていた気がする。


 両親には悪いが、せっかく訪れた機会だ。両親との関係も柵のひとつとして、死が切り放してくれるだろう。


「いいえ、結構です」


「なにが何でも転生は断ると……」


「はい」


 私の決意は揺るがない。転生に、人生に、何も意味は見出せない。ならば死んでいるのと同じだ。


「わしは未来が視える。お主は異世界で友情と愛情を得て、人生は素晴らしいと思うようになるぞ」


 これには驚いた。恐らく嘘ではないのだろう。異世界で何らかの出来事を経験した結果として、私も人生は素晴らしいと言うようになるのだ。

 羨ましいが、恐ろしい。


「気にならないと言ったら嘘になりますが、今の私からすると、そんな自分はもう自分ではないように思います」


「ふむ」


「自分が自分であるうちに死を求めます」


 私の言葉に彼はため息をつき、ようやくその言葉を、待ち望んでいた言葉を吐いた。


「あい分かった。邪魔をして済まなかったのぅ」


 そして、彼はその掌を私にむ






 ふぅ……またか。


 かつては、異世界に転生させると言えば、皆が興奮し、熱狂したものじゃ。


 やれ、チートだ、ハーレムだ、ダンジョンマスターだと喜んで転生していったわい。


 いつの頃からか、半数以上が辞退するようになってしまった。


 今では1人の転生者を確保するにも一苦労じゃ。


 若者の異世界転生離れじゃのう。


 ん? ……そこのお主。これを見ているお主じゃ。

 お主はどうじゃ? 転生したくないかな? 


 お主が死んだときに答えを聞くので、それまでによく考えておくのじゃぞ。


ご清覧ありがとうございました。評価などを頂けると幸甚でございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] おお、『托卵』からコレだけ面白いの描くなら、コッチも面白そう。と思って読んでみたら、やはり面白かった。 ここ数年で流行っている異世界転生モノに対してのアンチテーゼとして良いものを味わえました…
[良い点]  主人公が異世界転生を辞退する点。  ”生”に頓着しない主人公の姿勢。  近年の異世界転生小説に対するアンチテーゼとなっている点。  最後に神に視点が変化する点 [気になる点]  異…
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