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第四話 傭兵の雇用


 迷宮国は、とてつもなく長い壁でぐるりと周囲を囲まれた城塞都市だ。


 どういう経緯で迷宮への入り口を無数に内包することになったのか分からないが、とにかく東西南北の果てには壁があり、そこを通って外に出ることはできないとされている。


 北から時計回りに八つの地区に区切られていて、俺たちがいるのは八番区。ここには星一つの初級迷宮が幾つかあり、俺はその中でも一番近い『曙の野原』と言われる迷宮の入り口を目指した。


 ルイーザさんがライセンスに、傭兵斡旋所の地図を描き込んでくれたので、迷宮に向かう途中で立ち寄る。魔物の解体屋、奴隷市場といった施設に隣接した場所にあり、中に入ろうとすると眼帯をした赤毛の女性が出迎えてくれた。


「おまえ、初級者ノービスか。ここまで一人で来るとは、今期の転生者たちはなかなか骨があるようだな」

「この辺りって、そんなに物騒なんですか?」

「いや、それほどでもないがな。魔物の解体屋の店先など見た転生者は、怯えて迷宮に向かわなくなってしまうこともたまにある」


 眼帯をつけた女性は苦笑して言う。いかにも屈強なアマゾネスという感じで、革製のぴったりした鎧のようなものをつけているが、腹筋にあたる部分が見えていて、適度に引き締まっていることが見て取れる。


「む……この筋肉の良さが分かるか。なかなか見込みがあるようだな。探索者にとって最後に頼れるものは筋肉だ。覚えておくといい」

「ははは……俺は前衛ではないんですが、確かに身体は鍛える必要がありますね。デスクワークでなまりきってますから」

「まあ確かに、今の鍛え具合では、初級迷宮の浅い層に出てくる小動物系のモンスターの攻撃すら脅威になるだろうな。ひとつ言っておくが、レベルが3程度まで上がるまでは一撃を受けることは避けろ。なめていると一撃で死ぬぞ」


 死ぬという単語があっさり出てきてゾクリとさせられる。ライセンスのページをめくると、職業を書いたページにレベルも表示されており、その下に赤と青のバーが表示されていた。さらに下には、黒い小さな丸が十個並んで表示されている。赤が体力、青が魔力、黒い丸はたぶん経験値だろう。


「なんだ、ギルドで説明を受けなかったのか。担当官は誰だ?」

「あ、いや、俺が聞くのを失念してたので……担当はルイーザさんです」

「ほう、そうか。ルイーザなら担当官になって五年のベテランだから、頼りにしてもいいだろう。なりたての担当官には使えないやつも多いからな」

「この銅のチケットは、ルイーザさんに貰ったんです。特別な措置ってことで、何度も甘えられないんですが」


 チケットを見せると、女性は持っていた板を俺に渡してきた。その板はバインダーみたいなもので、何か文字列が並んで書かれた紙が数枚挟んである。


「名乗り遅れたが、私はこの傭兵斡旋所で副所長をしているレイラだ。ギルドは傭兵チケットを買い上げてくれる得意先だから、ギルドの連中とも面識がある」

「それでルイーザさんのことを知ってたんですね」

「うむ、そうだ。彼女も元は探索者で、引退して探索者を支援する側となった。ここにいる亜人たちも、ある意味ではそうと言えるが……まあ、それはいいだろう。さて、どんな傭兵が必要だ?」

「リザードマンで、前衛を希望してるんですが。このリストにも載ってますね」


 レイラさんは少し申し訳なさそうな顔をする。もしかして、もう雇われてしまって残ってないとかそういうことだろうか。


「あいにく、今リザードマンの体格がいい男の個体は出払っていてな。女の個体なら残っているが、持てる装備も違うし、完全に前衛向きとは言いがたい」

「戦士系ではあるんですか?」

「『ローグ』という職だな。前衛、後衛ではなく、正確には中衛だ。ある程度の武具を扱えるが、特化した戦士には劣る。手先の器用さもシーフには劣るが、弓を使うこともできるし、そういった意味では万能の職だ。リザードマンでこの職は珍しいが、初級探索者は特化した技能を持つ者を集めた方が安定するから、あまり人気はないな」


 それで残っているということか。それは、チケットの数が限られていれば、まずは明確に戦力になりそうな男リザードマンの戦士を選ぶだろう。


「そのローグのリザードマンは、盾は使えますか?」

「うむ、革のバックラーを装備している。性能はそれほど高くないが、この先にある『曙の野原』の一層なら、十分に通用するだろう。しかし気をつけるべきは、打撃は本人の身体能力と、盾の性能でどれだけ耐えられるかが変わるということだ」


 そのリザードマンの能力を鑑みつつ、リスクの少ない打撃を受けてもらい、『支援防御1』を試す。ならば、順番待ちをして時間を浪費することもないだろう。


「他に雇用できる亜人族もいるが、レベルが大きく離れると、離反こそしないが指示を聞かなくなるのでな。そういった意味では、この若いリザードマンは良いかもしれない。レベル3だから、言うことはしっかり聞くだろう」

「ありがとうございます。じゃあ、このリザードマンを雇わせてください」

「いいだろう。連れてくるからここで待て」


 斡旋所には他にも傭兵を雇いに来ている人たちがいるが、彼らは他の所員が対応していた。副所長じきじきに対応をしてもらえたのは、ある意味で運がいいんだろうか。


 少し待つと、斡旋所の建物の中からレイラさんと――俺が想像していたリザードマンとは、何か違う姿をした人が出てきた。


(……トカゲのコスプレ?)


 リザードマンというと、直訳でトカゲ男なので、トカゲをベースに人型になったものというのが普通に想像される姿だろう。


 しかしレイラさんが連れてきたのは、どう見ても『人』だ――人間の女性が蜥蜴トカゲ頭のマスクを被り、蜥蜴のレザーでできた装備をしているようにしか見えなかった。


「やはり最初は驚くだろうな。亜人とは、迷宮で魔物に倒された人間が変化する姿なのだ。それもあって、迷宮国では基本的に死者の蘇生はできないとされている。この亜人化を解ければ、生前の姿に戻れるのだが……」

「……でも、リザードマンとして扱ってるわけですか?」

「亜人に対しては、『隷属印』の使用を禁じられていないのでな。彼らとの意志の疎通ができればいいが、基本的には他人の命令で動くことしかない。戦闘となれば本能に基づいて自主的に戦うがな」


(……この展開は想定してなかった。人間じゃないというけどそれは法的な話で、姿はどう見ても……)


「蛇頭のマスクなどの装備は、本人が外そうとしない限りは外せない。中には見た目で判断して良からぬことを考える者がいるが、隷属印を使っているとはいえ自衛はする。そう言っても雇った亜人に手を出そうとして返り討ちにされる者が、たまに出てしまうのだがな。そういったことはしないよう、一応誓約書は書いてもらっている」


 確かに蛇頭のマスクの下は分からないが、トカゲレザー装備は身体のラインがくっきりと出てしまっていて、胸の間から下腹にかけてなぜか大きく切れ込みが入っている。手や足の装備も肌を完全に覆っておらず、じっと見てしまうと扇情的だと言わざるをえない――蛇頭のマスクの無感情な目を見ると、変な気も削がれてしまうのだが。


 俺は誓約書にサインし、亜人に危害を加えないことを約束する。するとライセンスの画面が勝手に切り替わり、『パーティ』のページが開いた。


 ◆現在のパーティ◆


 1:アリヒト ※◆$□ レベル1 

 2:テレジア ローグ レベル3 傭兵


(俺の職業が相変わらず読めないが……これは何語かで『後衛』って書いてあるんだろうな。そしてこのリザードマンの名前、普通に女性名だし……テレジアって、ヨーロッパ系の人なのかな)


「レイラさん、このパーティの番号を入れ替えると隊列も変わるんですか?」

「いや、そのページではパーティメンバーの確認をするだけだ。他のページに隊列という項目があるだろう、そこで個々にメンバーの位置を決定する。傭兵であれば、それで隊列を維持するように動くはずだ。生身の人間だと訓練が必要だがな」


(なるほど……ああ、みんな前列になってる。これを、しっかりこう直して……)


 ◆戦闘時の隊列◆


 1:アリヒト 後衛

 2:テレジア 前衛~中衛


 いちおう前に出過ぎないようにと、前衛一点張りの指定はしないでおいた。まずは俺の前に立ってもらい、『支援防御1』が働くところを間近で見たい。


 リザードマン――というより、トカゲ装備をしたテレジアは、これで俺の仲間になってくれたということでいいんだろうか。俺の方を無言でじっと見ている――目はどこを見ているかわからないのだが。


「ええと……俺の名前はアリヒトだ。よろしく、テレジア」

「…………」


 右手を差し出すと、テレジアはかなり遅れて手を差し出してきた。握手をすると握り返してきて、結構力がある――これなら頼りになりそうだ。


「ちなみに、傭兵は自分の身が危険に陥ると、自動的に傭兵斡旋所に転移するようになっている。返すのが面倒な探索者はわざとそうする者もいるが、カルマが上がるので、そのような行為は避けるようにな」

「はい、分かりました。探索が済んだら無事にテレジアをお返ししますので」

「うむ、なかなか気持ちの良い若者だな。先程も、ひとりで迷宮に向かった女がいたが、あれはおまえの知り合いか? 迷宮で見つけたらできれば声をかけてやれ、どのような職でもレベル1では危険だからな」


(それって、もしかして五十嵐課長か……? 他のパーティに入るって言ってたから違うよな。まあ、困った時はお互い様だし、危なそうな人を見たら助けたいけど)


 何よりも、まず自分のパーティがどれくらいの戦力なのかを知るべきだ。


 俺が歩き出すと、テレジアは少し後ろからついてくる。マスクからは人間の口元だけが見えていて、ずっと無感情に引き結ばれているのだが、今の俺にとって彼女は唯一の仲間だ。何とか二人とも無傷で帰ろうと考えつつ、初ダンジョンへの道を進んだ。


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