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第三十話 結界錠

 五十嵐さんはファルマさんに微笑ましげに見られていることに気づき、ぱっと俺の腕から手を離した。


「……あっ、これは違います、ちょっと彼の風紀を正していただけなので」

「お三方はパーティの仲間なんですよね。仲が良くて何よりです、ときどき箱の取り分を決めかねて、緊張感でいっぱいの方々もいらっしゃいますし」

「ああ、それは大変そうですね……」

「私たちは、この人……後部くんをリーダーとしてまとまっているので、大丈夫です。そうよね、後部くん」

「五十嵐さんがそう言ってくれるなら、間違いないですね」

「…………」


 テレジアもこくりと頷いている。犬にずっと怯えていたが、やっと落ち着いたようだ。


「あの犬はよく人に懐いてるから、噛み付いたりしないぞ」

「亜人の方は、犬が苦手なことが多いんです。ウェアウルフの方なんて、獣化して喧嘩を始めてしまうこともありますから」

「ウェアウルフ……傭兵斡旋所のリストでは見ませんでしたね」

「亜人の種族は、それこそ迷宮ごとに数種ずつありますから。探索者が最後に遭遇した魔物の影響を受けると言われています」


 つまり、テレジアはリザード系の魔物にやられてしまったのか。そう思うと蜥蜴のたぐいについては、犬よりもっと苦手かもしれない――留意しておこう。 


「では、お箱の方を拝見させていただいても良いですか?」

「はい、お願いします。これなんですが……」


 テーブルの上にファルマさんが敷き布をかけてくれて、その上に黒い箱を置く。


 改めて見ると、金属質の材質で作られており、様々な形のパーツを組み合わせて、正方形の形が作られていることがわかる。どこから開けるのか、一見しても分からない。


「……この箱は。希少な名前つきを討伐されたのですね。久しぶりに見ました……迷宮の魔力が魔物の体内で凝り、生成される箱の中でも、黒い箱は八番区ではほとんど発見されない貴重なものです」

「『ファングオーク』の名前つきで、数年に一度しか出ない大きなやつを倒したんです。『ジャガーノート』というんですが」

「はい、出現したことは聞き及んでいます。ギルドはその名前つきに標的とされた人々が倒れるか、彼らが仲間を集めて討伐するまで、猶予期間を設けて見守っていました。もう少し時間が経っていたら、序列の高い探索者が招聘され、討伐されていたでしょう」


 ギルドは強力な魔物に対して、そういった対策を講じることもある。それはそうだろう、いつ大規模な被害を出すか分からない相手を、いつまでも放置はできない。


「この黒い箱をあなた方が所持されていること、ここに持ち込んだことは秘匿いたします。『箱屋』はギルドの庇護を受けていますので、不届きな方がやってきて箱を奪うということもそうはできません」

「それは有り難いですね。この店も護衛されてるんですか?」

「はい、問題が起きたとき、いつでも『ギルドセイバー』の方々が駆けつけてくれます」


 ギルドセイバー、それがギルドが秩序を守るために保持する戦力ということか。名称として、いかにも正義の味方という感じで、直球すぎて少し恥ずかしいが。


 とりあえず、箱屋に希少な箱を持ち込んでも、安全が保障されていることは分かった。ファルマさんが貴重な箱をめぐって危険なことに巻き込まれるということがないなら、俺の箱についても安心して頼むことができる。


「こちらの箱ですが、『黒箱ブラックボックス』と呼ばれているもので、解錠時に万が一失敗してしまうと、様々な現象が起こります。通常、魔物が所持している箱とは比較にならないほど強力な罠がかかっているとお考えください」

「比較にならないって……どれくらい強力なんですか?」

「町の一角が消失したり、大量に強力な魔物が召喚されたりと、色々です。そうしたことが過去に起きて大きな被害を出したため、箱の解錠については特殊な手続きを行うことが常となりました。それでも初歩の『指先術』で無理をして箱を開けようとして、事故が起きてしまうことがありますが、昔よりは事故は激減しています」


 エプロン姿のおっとりした女性が、背中が冷たくなるようなことを淡々と言う。迫力のある人から同じ話をされるよりは、まだ怖さが軽減されてはいるが。


「……万が一というのは、文字通り万が一ですか? それとも……」


 もっと高い確率で事故が起きるのなら、あえて箱を開けないという選択もある。


 しかしファルマさんは微笑み、こちらに手を出して、しなやかな指を三つ立てた。


「事故を起こさないため、安全を保障するために、箱屋を営むには三つの条件が定められています。一つは、装備品との組み合わせでも良いので、『結界錠』の解錠確率を10割にすること。一つは、箱を開けるときは専用の施設に転移すること。最後に、箱開けの技能を保つために訓練を行い、一年に一度免許の更新を受けることです。私は『指先術4』を習得していて、『技巧のピアス』と『極意のリング』で解錠確率を上げています」


 さりげなく女性らしさを強調するアクセサリーに、そんな意味が込められていたとは。極意のリングは小指につけられていて、二つ重ねられている。


「なるほど……ファルマさんはプロ中のプロってことですね」

「母から受け継いだ技能がなければ、レベル7で箱屋の認定は受けられませんでした。私はレベル3で『指先術2』、7で『指先術4』まで取得することができたんです。母は優秀なシーフでしたが、レベル10でも指先術3がやっとだったと言っていました」


(テレジアはどうなんだろう。ローグだと、シーフより『指先術』の強化は遅いのかな)


 もし、テレジアの親も盗賊系の職だったら――と考える。ファルマさんほどとは行かなくても、簡単な罠は外せると助かると思っていたので、『指先術1』を取ってもらっても良いかもしれない。もし『指先術2』以降をローグが取得できるとしても、まず1を取っておく必要があると考えられる。


「すみません、『罠師』の方に会うのは初めてなので、ぜひ聞きたいことがあるんですが」

「はい、お答えできる範囲であればご協力いたします」

「迷宮にある罠は、『指先術』で見破ったりできるものなんですか?」

「そういった技能は『罠感知』の類になると思います。感知しても外すには『指先術』、あるいは『罠破壊』の技能が必要になるでしょう。後者をお持ちの探索者はごく稀にしかいらっしゃいませんが」


 罠感知も取得できるなら、テレジアにシーフとしての役割も期待できる。できることの多い職が悩ましいというのは本当だ――役割を固定することに非常に迷う。


「ご安心いただけましたでしょうか。希少な箱をお持ちの方は年に一度いらっしゃるかどうかなので、こういった詳しい説明をするのは久しぶりなのですが……」

「すごく丁寧に説明していただいて、とても良く分かりました。この箱の解錠を、改めてお願いします。料金は、やはり高度な罠のかかった箱だと高いんでしょうか」

「ありがとうございます、誠心誠意を込めて開けさせていただきます。この種の箱であれば、料金はいただきません。中に入っていたものの中で、お客様に必要のないものをこちらで処分させていただきます。それだけで収益は十分に得られるのです」


 箱には必要なものと、必要でないものが入っている――そういうものなのだろうか。装備できないものとか、特定のパーティでしか有用でないものとかも入っているとか。


 いずれにせよ、開けてもらえば分かることだ。俺は依頼書にサインし、黒い箱をファルマさんに委ねる――そして彼女に立ち会ってほしいと言われ、店の地下へと降りていった。


 ◆◇◆


 階段を降りていくと、扉に突き当たる。その扉には青い大きな宝石がついていて、ファルマさんが手のひらを当てると文字が浮かび上がった。『17』、どうやら番号らしい。


「こちらは転移扉になります。ギルドが用意している箱開け用の広い部屋に転移することができます。その部屋の所在地などは、機密になっていますが」

「万一にも町中で事故を起こさないために、別の場所に転移ですか……徹底的ですね」

「過去最大の事故が起きた時は、三番区の住民に千人単位の死亡者が出ました。それでも箱は、探索者にとって大きな収益を得られるものですから、ギルドは開けることを禁ずることはできませんでした。ギルドからは多くの予算を、箱屋の運営に投じていただいています。巨額の予算で安全を確保してでも箱を開ける、それがギルドの現在における方針です」


 俺も箱を開けたいという気持ちがあるので、ギルドの方針に異論はない。五十嵐さんも緊張しているが、ファルマさんの話には納得しているようだった。


「……ファルマさんは、怖くはないんですか? 私は自分が開けるわけじゃないのに、立ち会うだけでも緊張で胸が痛いくらいです」

「最初はとても怖かったですよ。でも、経験と技能を箱は裏切りません。そう分かってからは、楽しくなりました……くせになりそうなくらい」


(……お子さんのいるお母さんにこう思うのはなんだが……大人の色気がすごいな)


 頬に手を当てて熱っぽくため息をつくファルマさん。こんな奥さんを持った旦那さんが、正直羨ましくなくもない。


「……私だってみんなから、お姉さんって言われてるんだけど?」

「い、いえ、何も言ってませんが……ふがっ」


 誤魔化そうとしたら頬に指を刺された。痛くはないが思わず妙な声を出してしまう。


「何がふがっ、よ。さっきからデレデレして、だらしないわね」

「…………」


 五十嵐さんだけでなくテレジアにも、無言の圧力をかけられる。彼女はただ見ているだけなのだろうが、そう思うのは俺の後ろめたさが原因だろう。


「コホン……ファルマさん、17っていう数字が出てるみたいですが、それは?」

「部屋番号です。空いている部屋に転移しますので、他の方の箱開けに鉢合わせることはありません。ご安心くださいね」


 ファルマさんが扉を開け、四人で通る。それで、もう転移は済んだ――意外にあっさりしている。


 迷宮に降りるときはいつ転移したのかはっきりしなかったが、今回は『転移した』と分かる。転移の方法にも種類があるということだろうか。


「広い……こんなに広い部屋を、箱を開けるためだけに使うんですか?」

「なぜ広いのかも、開けてみればわかります。では、解錠を始めさせていただきます……ああ、すごい。こんなに大きいなんて……久しぶり……」


 黒い箱にかけられた『結界錠』。指先術を習得していれば、解錠に挑むことができるという――その解錠風景は、俺の想像を超えるものだった。


 ファルマさんが手をかざすと、黒い箱を中心にして、光る図形のようなものが展開される。ゲームでよくある、魔法を発動する時のような光景だ。


 その展開された図形はどこまでも広がっていく――最初は平面で、次は垂直方向に展開されて、巨大な立体迷路のようなものになった。


「これって……くるくる回して、鉄の玉をゴールに運ぶパズルみたいね。後部くん、そういうの見たことない?」

「俺もそう思ってました。この図形、いったいどうやって浮かび上がってるんです?」

「箱が私の技能に反応して、結界錠を外されまいと抵抗しているんです。そこを私の指先術で、うまく魔力を流して解錠します。正解の道に魔力を流すと、箱が展開した結界は消失します。そのとき少し危ないですので、離れて伏せてください」

「えっ……そ、それは、罠が爆発するっていうことじゃないんですか?」

「爆発はさせません。ああ……こんなに細いところ、上手く通るのかしら……ふぅ、何とか通ってくれたわね。広くなったからここは通りやすいわ……ああ、アトベ様、ここを見てください。この部分が罠になっているんです。間違えるとドカーン……ですよ」

「ド、ドカーン……ファルマさん、それはまずいですよ」

「……もっと根本的なことに突っ込むべきだと思うのは私だけ? テレジアさん、何か言ってあげて……あっ、話せないんだったわね……」

「…………」


 テレジアはなぜか体操座りをして箱開けを見学している。俺からするとファルマさんが悩ましい言葉を言っているようにしか見えないのだが、テレジアにとっては、箱開けは神秘の儀式に見えているのだろうか。


「そう……そんなふうにしてもだめよ……お母さんはお見通しなんだから……引っ掛けようとしてもだめ……ふふ、次はこっちね……ああ、いいわ……あと少し……あと少しで届かせてあげる……そう、そこ……っ、そのまま……!」

「ちょっ……ファ、ファルマさん、それ以上は……!」

「後部くんっ、伏せなさいっ!」


 五十嵐さんがファルマさんの指示に従い、俺に飛びつくようにして覆いかぶさってくる。ぼーっと立っている場合ではなかった、今まさに箱が開こうとしているのだ。


「結界錠の解錠者は、ファルマ=アルトゥール……頑張って……そう、もう開けるわ……!」


 最後は応援された箱が応じるように――というわけでもないのだろうが、展開された迷路の中に通されたファルマさんの魔力が、一つの経路を形作る。


 そして結界が消滅すると、箱の表面に走っていた筋から、広大な空間を隅々まで照らし出すほどの光が溢れた。


「ま、眩しっ……うぉぉっ……!」

「後部くんっ……!」

「…………」


 テレジアも一緒に伏せて、光をやり過ごす。無事に開いたのだと思うが、光が凄まじすぎてなかなか目が開けられない。


 やがて光が落ち着いたあと、俺は周囲の風景が一変していることに気がついた。


「お疲れ様です、アトベ様。箱が開きました……どうぞ、中身をご確認ください」


 地面に撒かれているのは、数え切れないほどの銅、銀、金貨。それだけでも、女性でも両手で持てる大きさの黒い箱に入っていた質量ではない。


 質量を無視して中に入っていたものが、全て部屋に飛び出していた。武器や装飾品、防具など、数え切れない数がある――そのほとんどはガラクタか、初級品の装備と変わらないかに見えたが、中には良質そうなものも含まれている。パーティの装備が一気に更新されるかもしれない、そう気づくと、気持ちが高ぶって震えがきてしまった。


「これが、黒い箱の中身……とんでもないな……」

「探索者が箱を求める理由が、おわかりになったでしょうか。名前つきは倒した探索者の持ち物だけでなく、どういったわけか、出処の不明な大量の宝物までこの箱に溜め込みます。黒い箱の結界を外すというのは、箱の中に生じている異空間を解放するということでもあるのです」

「想像以上ね……異世界って、本当に何が起こるか分からないわ。あ、この槍……後部くん、持ってみてもいい?」

「装備品は鑑定してから触れてみた方が良いですよ。『色の武器』でなければ、初級鑑定の巻物で全て鑑定できるでしょう。一枚につき、銀貨5枚を申し受けます」


 色の武器――エリーティアが装備している『緋の帝剣』もその一つなのだろうか。鑑定できず、呪われているかどうか知るには装備するしかないというなら、強いにしても因果な武器だ。


 決して安くはないが、大量に巻物が必要になっても、この硬貨の量なら黒字は確定している。おそらく、ジャガーノートの賞金よりも額が大きい。


「五十嵐さん、テレジア、使えそうなものを探してみよう。パーティ全員を連れてきた方がいいですね……ファルマさん、巻物の在庫をありったけ用意してもらえますか」

「かしこまりました。いえ、お店らしくまいどあり、と言いましょうか」


 相当な儲けが出ることは間違いないので、ファルマさんも上機嫌だ。彼女は軽い足取りで転移してきた地点に移動し、転移して姿を消す。鑑定の巻物の在庫を取りに行ってくれたのだろう。


 テレジアにも指示して、彼女の装備を探してもらう。俺もスリングや投射武器がないかと軽く探してみる――そのとき、足に何かコツンと当たった。


(……なんだ、これは)


 足元に落ちていたのは、棒のようなもの。近くで見てみると、他とは異質な素材でできたものだった。


「それは……何かしら? 先の方が、鍵みたいになってるわね」

「鍵……形は確かにそうですね。それにしては大きいですが」


 棒の先端が鍵型になっている。鍵だというのが正しいとしたら、『曙の野原』で使うものなのだろうか。


 ――わからないが、無性に気になる。まず鑑定を試してみて、それから処遇を考えることにしよう。

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