第二百四十八話 秘神の意志/魔王素材
宿舎にはミーティングを行うための貸部屋があるので、まずそこを借りて全員集合する。
『白夜旅団』が求めている報酬について皆に告げると、エリーティアは目を見開く――そして、唇を震わせて言った。
「……そのために、この区に留まっていたの? 私たちに『神戦』で勝って、奪うために……?」
一度は白夜旅団のメンバーと共闘し、彼らの人となりを知ったことで、完全に敵対するということも無いのかと思っていた――だが、ヨハンの目的を知った今は、それは甘い考えでしかなかった。
「『心臓』は秘神のパーツの一つ……アリアドネ様がそれを失ったら……」
スズナはアリアドネのことを案じている。誰もが同じ思いだろう――もし『神戦』に負ければ、あまりにも失うものが大きすぎる。
「アリアドネは、『白夜旅団』の契約している秘神との間で念話が成立しないと言っていた。その原因が、何かの理由で『心臓』がうまく機能していないからなのかもしれないな」
「いったい何が起きたのか、『白夜旅団』の団長に説明してもらえれば……それでも、こちらとしては受け入れるわけにはいかないけど」
五十嵐さんの意見に皆が同調する。どんな理由であろうと、譲歩はできない――アリアドネは俺たちに加護を与えてくれる存在だが、同時に守るべき仲間でもある。
「『神戦』を避けることはできない……それにも思うところはありますが、状況を考えるとは今は従う他はありません」
俺は『神戦』の内容である『迷宮踏破』について皆に話した。参加できるのは1パーティの8人と護衛獣のみ――まず、そのメンバーを決める必要がある。
「シオンが護衛獣枠として参加するのであれば、このメンバーになるでしょうか」
ライセンスを操作して、メンバーの一覧を出す――すると、このようになった。
◆現在のパーティ◆
1:アリヒト ◯◇△→ レベル10
2:テレジア ローグ レベル10
3:キョウカ ヴァルキリー レベル10
4:エリーティア フローレスナイト レベル13
5:スズナ 巫女 レベル9
6:ミサキ ギャンブラー レベル9
7:セラフィナ ◯機動歩兵 レベル13
8:メリッサ 解体屋 レベル9
護衛獣:シオン シルバーハウンド レベル10
待機メンバー1:マドカ 商人 レベル7
待機メンバー2:ルイーザ 受付嬢 レベル5
待機メンバー3:セレス ルーンメーカー レベル7
待機メンバー4:キアラ ブラックスミス レベル7
待機メンバー5:マリア 料理人 レベル9
「……これを見ていて思ったんだけど、セレスは探索に参加してレベルが上がったのに、それでキアラ……シュタイナーとレベルが同じになっているのね」
「それについては……まあ白状してしまうと、わしは今の姿ではレベルが下がっておる。皆の前で見せた『あの姿』のほうは、この数値よりレベルが高いのじゃ」
「それであんなに強い魔法を使えたのね……大魔法使いっていう感じで素敵だったわ」
「あ、あまり褒め殺すでない、わしとしてはそれなりに思うところがあって今の姿なのじゃからな」
五十嵐さんに褒められて照れるセレスさんだが、俺もあの姿を見た時は近い感想を持った。彼女が俺達に対して年上の立場で接するのも納得だ――だが、それでも俺より若くは見えたが。
『我輩はあの姿の親方さまに助けられたんだよ。だから、弟子的な立場から言ってとてもかっこいいと思っているんだけど……この通り、親方さまは恥ずかしがり屋なんだ』
「恥ずかしがってなどおらぬ、わしは……ま、まあ良い。わしはあの姿に戻るには時間がかかるので、今回は控えておく。代わりにと言ってはなんじゃが、メリッサに魔法の力を利用した攻撃方法を伝授しておこう」
「ありがとう。教えてもらったら、アリヒトにも伝える」
戦闘中に指示を出すには、個々が持っている攻撃手段を把握しておく必要がある。自己判断で動いてもらっても概ね問題ないが、そこは念のためというところか。
「私も装備を変えたら使えるようになった技とかありましたけど、あれは攻撃とかじゃないですからね。『ハットシャッフル』しても敵に正解を当てられたらピンチですし」
「言われてみればそうだな……運がいいミサキならではの回避技だな」
「あれはミサキちゃん自身だけに使えるの?」
「アリヒトは他の人が使う防御の技で、みんなを支援できるのよね。『ハットシャッフル』を付与することもできるのかしら」
「できるとは思うが、全体攻撃を受けたときは意味がなくなるからな。基本的にはダメージを減らす方向の防御技を使うべきだろうな。咄嗟の場合の選択肢としては考えておこう」
技能が増えるほど、可能な限り速く最適な選択ができるようにしなくてはならない。中には使用機会が減っている技もあるが、それが状況を打開する方法になることもあるだろう。
「アリヒト殿、スキルの選定と相談ですが、どの辺りで時間を取られますか?」
「今日、夕食の後にでもと思ってます。寝るまでの時間が遅くなるので、三人は今日中に相談しておきたいですね」
「それならみんなで相談しておくわね。後部くん、それよりアリアドネさんのことだけど、できれば一度直接話しておいた方が……」
「そうですね……スズナ、お願いできるか?」
「はい。それでは『霊媒』を使いますね。この憑坐の身に降りて、世に御声を聞こしめし給え」
◆現在の状況◆
・『スズナ』が『霊媒』を発動
スズナが目を閉じて両手を合わせて祈る――すると彼女の身体を包むように、青い光の柱が立ち上る。
そしてもう一度目を開くと、スズナの目の色が変化している。髪の色も、アリアドネと同じ色に変化していた。
「……『神戦』の内容については、私もアリヒトを通じて聞いていた。白夜旅団が、私の『心臓』を求めていることも」
部屋の中が静まり返る。誰も言葉を発することができない――決して失うことのできないものを求められたアリアドネが、何を思うのか。どんな想像も決して及びはしないだろう。
「彼の神獣が迷宮を放浪していたのは、白夜旅団が契約している秘神に問題が起きたからだと考えられる。『心臓』が機能を果たさないのだとしたら……契約者に加護を与えることも、意志の疎通を行うことも不安定となる。眷属を従える機能にも不具合が生じたとしても、おかしくはない」
「……だが、それは『白夜旅団』の問題だ。どんな事情があったとしても、アリアドネの心臓を渡すことはできない」
アリアドネの言葉は、俺には『白夜旅団』の秘神を案じているようにも聞こえた。俺も求められているものが違うものだったなら、そういった事情を汲もうとしただろう――だが、そうはなっていないのだ。
「『神戦』に対し、納得していない部分がある……アリヒト殿はそうおっしゃるのですね」
「どうしても飲めない条件を出されて、それを受け入れろというのは理不尽だと私も思う。けれど今、神戦を主導している組織の全てを敵に回すとしたら……」
エリーティアの言わんとするところは分かっている。ユカリ、そしてあの場にいたディラン司令官たちも、俺たちが神戦を拒否すれば、おそらく強硬な手段に出てくるだろう。
「……もしそんなことになっても、私はアリヒトと、皆と一緒に戦うつもりだけど」
エリーティアの言葉に、皆が頷く――ミサキはどう反応していいのか分からないという顔をしているが、俺と目が合うと覚悟を決めたように笑って、ファイティングポーズを取る。
「戦うって言っても、私にできることなんて限られてますけど……でもどのみち戦わなきゃいけないなら、やっぱり勝ちに行くしかないですよね」
もし負けてしまったならば、そのリスクを負うのは、アリアドネだ。心臓を奪われても死なないと言われても、仲間の身体の一部を賭けて戦うことなど――。
「……アリヒト。そして、我が契約者たち。私は、あなたたちが勝つと考えている」
アリアドネはそう言った――恐れもなく、一人ひとりの顔を見て、そして再び俺を見る。
「これは私の願いでもある。他の秘神について情報を得ること……廃棄されたものではなく、創造主に認められたものが、どんな経緯を辿ったのか。私とは違う秘神とは、どのような存在なのか……」
「……それを、知りたいんだな。秘神と出会ったら、戦う以外にはない。それ以外の答えがあるかもしれない、ってことか……?」
アリアドネは何も答えない――彼女は俺の問いかけに、確かに逡巡していた。
感情が宿らないと思っていたその瞳が、揺れている。迷っている――今までのアリアドネとは、何かが変わって見える。
「私の動機に関わることを、契約者に強いる権利はない。それ以外の答えというものも、私の中には存在を肯定する理由がない」
そう言いながらも、彼女に迷いが感じられるのは――アリアドネ自身は、相手の秘神を是が非でも倒さなければならないと考えていないからか。
「……この『神戦』に勝つことで、アリアドネが知りたいことが分かるかもしれない。それなら、戦う価値はあるっていうことかな」
「……繰り返すが、それは私の動機であって、正しさを保障する材料はない」
「正しいかどうかは分からなくても、アリアドネさんがそうしたいのなら、私はその気持ちを尊重したい。でも、向こうが求めているのは『心臓』だものね……」
五十嵐さんが自分の胸を見下ろす。スズナの身体を借りたアリアドネは、それを見てふっと笑った。
「私のことを、貴方がたが案じてくれることには感謝する。しかし私から言えることは、神戦に臨むならただ勝利を考えてほしいということだけ。相手のパーティを滅ぼすという勝利条件でなかったことは、むしろ僥倖だったと思っている。エリーティアの兄、そして一度パーティの皆が関わった人物が所属しているのだから」
「……そうか。すまない、今回は俺の方が弱気だった。もし負けたら、じゃない……必ず勝つんだ」
パーティの皆が俺を見ている。その目から迷いは消えている――今回も、超えるべき壁を超えるだけだ。
◆◇◆
ライカートンさんとメリッサ、セレスさん、シュタイナーさんにも来てもらい、貸し工房で装備についての相談をする。
「『猿王』の身体は、あまり時間が経たないうちにほとんどが石のようになってしまった。けれど、一部だけ使えそうなものが取り出せた」
そう言ってメリッサが見せてくれたものは――赤く、拍動するように光を放つ玉だった。
「これは……いかにも禍々しいというか」
「これについてですが……知り合いのツテで調べてみたところ、『魔王化』した個体が体内に持つことがあるものだそうです。『猿侯』の名称が『猿王』に変化したこと、それが『魔王化』を示しているのではないかと」
「ライセンスにそう表示されるってことは、ギルドは『猿侯』が『猿王』になりうることを把握していた……ということになるんですかね」
「そうなりますね。過去にも『赫灼たる猿侯』は存在し、『猿王』に変化した。全ての魔物がそうなのかはわかりませんが、魔物は何らかの条件を満たすことで魔王化するということなのかと」
「探索者を従えるような、支配・侵略的な行動を取る魔物……」
「その推察でわしは当たっておると思うが、それだけに限らぬかもしれぬな。アリヒト、『猿王』について他に何か気付いたことはないか?」
セレスさんに言われて、思い出す――『猿王』の名称の前に付く星が、『空星』であったことを。
「『猿王』は『空星』の名前つきでした。今まで遭遇した『空星』の魔物の共通点を考えてみると……カルマに関わる要素がある、ということくらいですね」
「カルマ……罪業値か。罪と認められる行為を働くと、カルマは上昇する。悪いことをしても神様が見ておる、というのが迷宮国じゃな」
「神……というと、秘神に関係があるんでしょうか?」
「……それより上の存在ではないかの。わしはアリアドネ様のお話を聞いていても、こう思っておった。『秘神』もまた、神といえど、わしらや転生した者たちと同じような部分があるのではないかと」
『神戦』が何者かの意図によって行われるものならば、秘神と契約者はその何者かの意図から逃れられないということになる。
その何者かの正体を知ろうとすることで、俺たちが迷宮国に来た理由の答えに近づくことになる――それは俺だけではなく、全ての探索者が知りたいと願っていることだろう。
「この『六魂の至玉』ですが、どの装備に組み込まれますか? なにぶん希少素材なもので、効果に対する資料も無いのですが」
「六魂……ということは、攻撃回数が増えるとかなんですかね」
「試しの武具に組み込むこともできるが、おそらく融合してしまって引き剥がせなくなる。まだ温存しておくか、使ってみるか……っ、ア、アリヒトッ……!?」
「え……う、うわっ……!」
セレスさんから渡され、手に取った『六魂の至玉』が輝き始める――最後に大きく拍動したあと、目を瞬いたあとには、手の上にあった玉は消えていた。
◆現在の状況◆
・『セレス』が『エンチャントルーン』を発動 →成功
・『六魂の至玉』が『★黒き魔弾を放つもの+4』と融合 →『☆白き閃弾の射手+5』に変化
「っ……す、済まぬ、わしもそんなつもりはなかったのじゃが。この『至玉』が勝手に反応して、技能を引き出されたというか……こんなことは初めてじゃ」
「い、いや……謝ったりすることはないですよ。この『至玉』ですが、ルーンと同じように、圧縮した魔石の塊みたいなものとか……そういうことですかね」
「結果的にはという話じゃが、そういうことになるのう……」
「アリヒトさん、スリングの形が……これはおそらく、かなりの力を秘めたものですよ」
ライカートンさんに言われ、スリングを取り出してみる――今までは黒檀のスリングをベースとした黒色だったが、白に変化している。
グリップを握ってみると、拍動が伝わってくるようだ。宿敵だった『猿王』から発見された素材で、愛用してきた武器が姿を変えたことに思うところはあるが――この武器は、もはや戦闘用のスリングという枠組みを超えた何かだ。
「その武器がどれほどのものかも見てみたいが、それは置くとしよう……では、次はこの『歯車』か」
「これは……機械的なものに取り入れるべき部品でしょうか。歯車といえば、ギアだとか……」
「荷車に組み込めるかもしれないってことですか」
「そうですね、マッケインさんとも相談してみましょう。荷車に使うのか、それとも別のものなのか、まず方針を探ってみなくては」
「あとはこの魔石と『無の剣』じゃな。まず魔石は鑑定してみるが……む、中級鑑定の巻物では手に負えぬではないか。上級鑑定の巻物を使うしかないが、わしは在庫を持っておらぬぞ」
「リーネさんが一つ持ってましたが、あれが最後だったと思います」
「マドカが『鑑定術3』を覚えられるまでは、巻物に頼るしかないからのう。あとは五番区の店を当たるか……もしくはアリヒトの知り合いを当たるかじゃな」
「知り合い……鑑定に関わっている人というと、七番区でお世話になったシオリさんですかね」
「なんじゃ、やはり抜かりないのう。と言っても、七番区で上級鑑定の巻物を手に入れるのはさらに難しくなるがのう、あるところにはあるものではあるが」
『無の剣』についても上級鑑定が必要とのことで、巻物が手に入るのを待つことになった。『神戦』までに手に入ればいいが――と考えたところで。
「次はアタシね。素材が揃ったから、もう『羽衣』の修復準備をしてるわよ」
「ルカさん、お疲れ様です」
「それで、誰が装備するかなんだけど……適性がある職業は『ヴァルキリー』『巫女』の二人ね。サイズは装備する人に合わせないといけないんだけど……どうする?」
それは五十嵐さんとスズナにも話を聞いてみて考えた方がいいだろう。俺はセレスさんたちに一礼して、五十嵐さんたちのところに向かった。
※お読み頂きありがとうございます!
ブックマーク、評価、ご感想、いいねなどありがとうございます、大変励みになっております。
※この場をお借りして、二点ほどご報告させていただきます。
本日9月10日に、カドカワBOOKS様より『世界最強の後衛』書籍版第9巻が発売されます!
大変長らくお時間が空いてしまい、誠に申し訳ありません。
書き下ろしなどもございますのでぜひチェックをいただけました幸いです!
※また、もう一つお知らせしたいことがございます。
本作『世界最強の後衛 ~迷宮国の新人探索者~』のアニメ化が決定いたしました!
これも連載開始から今日まで本作をお読みいただき、応援をいただいた読者の皆様の
お力によるものです。
今後も折を見て続報などありましたらご報告させていただきます。
これからも『世界最強の後衛』をよろしくお願いいたします! m(_ _)m