第二百四十話 黒の侵蝕
アニエスさんと共に仲間を探し始めて、半刻ほどが過ぎている。新たな魔物が出てこないのは幸いだったが、時間が経つほどに危険は大きくなる――他の仲間たちが分断されずに固まっていればいいが。
「あの『天秤』が何を測っているのか……それはいいところを突いていそうね」
「俺はこのスリングで魔力弾を撃って今の状態になりました」
「魔力弾……私は魔法を使って『天秤』を攻撃して、少し年齢を下げられている。『時紬ぎの糸車』を使われたときに出たメッセージは覚えている?」
「あ……はい、何か出ていました。確か『順転』と『逆転』が羅列されていたと思います」
アニエスさんは腕組みをして考えている――五十嵐さんもよく同じポーズをするのだが、考え事をする時は誰しも取りがちな姿勢だろうか。
「……私たちの時はソウガが先行していて『順転』と出ていたわ。アトベさんたちはどうだった?」
「俺たちの時はエリーティアが……そして、同じ『順転』……」
「魔法の類は使っていないのね? それなら近接攻撃の場合は『順転』で、魔法を使うと『逆転』……ソウガとエリーティアには、私たちと逆の現象が起きているかもしれない」
「エリーティアがいくらか歳を取っているってことですか? だとしたら、エリーティアは魔法で、俺は物理攻撃を使って、もう一度あの『天秤』を攻撃すれば……」
「その後にまた転移させられたらどうするの?」
「それは……しかし、このままの状態ではまずい。年齢が変わったままの状態は、自然ではないですから」
「若返ることはメリットにもなりうるけど……何か副作用がないとも限らないしね。一度は『時紬ぎの糸車』を使わせるとして、その後の転移を防げればまともに戦えるのだけれど」
転移を防ぐ――それを聞いたとき、俺は近いことを試みた戦いがあったことを思い出す。
(フォギアの転移を封じるために、転移封じのトラップキューブを使った……あれは、一度使っただけでは壊れていないはずだ)
テレジアの『リリーストラップ』で罠を発動させても、『トラップキューブ』の発動対象は一人だ。しかし今の俺なら、その対象人数は増やす方法がある――『転移封じ』が通じるかどうか、それは賭けになるが。
「何か思いついたっていう顔ね……」
「アニエスさんの話を聞いていて、転移の対策ができるかもしれないと思いまして」
「旅団の他のメンバーなら、そういう技能を持っている人もいるけど。私たち六人の中にはいないから、アトベさんに頼るしか……」
「それは任せてください。なんとなくですが、他の仲間たちも旅団の人達と協力しないと脱出は難しいと考えていると思います」
「『銀の車輪』だけでもあるいはと思うけれど、そう言ってもらえて良かったわ。私の仲間……ソウガは気が荒いところがあるけれど、こういう状況では慎重になってくれるはず」
パーティを組んでからは別行動ということが少ないので、他のメンバーがどんなふうに過ごしているかは気になる――この状況で喧嘩をするというのも、仲間たちの性格からして考えにくいが。
「リンファとエリーティアは……ごめんなさいね、仲が良いとは言えないけれど。リンファはシロネと仲が良かったから」
「シロネ……彼女がエリーティアにしようとしたことは……」
「ええ……彼女はエリーティアから剣を回収するために動いていた。そう仕向けたのは私たちよ」
アニエスさんが俺を見る。その目は決して揺らいではいなかったが、こちらの言動を縛るような圧力もない。
ありのまま事実を告げ、責めてもいいというような――その意に添うというのも、違うと思える。
「まだ知ったようなことは言えませんが。旅団は行き詰まっていたんじゃないですか? あなたたちが五番区に留まっているのは、資格を得ても先に進めないからだ。勇気の問題じゃない、何かやり残したことがあるとか……」
アニエスさんは答えない。しばらく進んだところで、彼女は不意に歩を緩め、立ち止まった。
「私じゃなく、あなたのような人が、団長の話を聞いていたら……」
囁くような声が、最後まで俺の耳に届く前に。
――俺達が進む先、その前方に、ぽつんと黒い影ができていることに気づく。
◆現在の状況◆
・『?影に潜むもの』が『黒の球雲』を発動 →地形効果が『斑影』に変化
・『?影に潜むもの』が『シャドウファング』を発動
それまで何もなかった空中に、幾つもの黒い球体が現れ――それは光を遮り、影を増やす。
「くっ……!」
「――アニエスさんっ!」
アニエスさんに近い地面にも影が生じ、何者かが攻撃してくる――黒い流動体でできた巨大な狼の顎が、アニエスさんに食らいつこうとする。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『アザーアシスト』『支援攻撃1』を発動
・『アニエス』が『秩序の法力』を発動 →『?影に潜むもの』の行動を遅延 攻撃回避
・『アニエス』が『?影に潜むもの』に攻撃 → 命中 支援ダメージ13
アニエスさんは敵の技を遅延させて回避し、『螺旋杖』ではなく斧槍でほぼ同時に反撃を繰り出す――しかし黒い流動体はぐにゃりと大きく変形するだけで、ふたたび元の形に戻ってしまう。
(いや、効いてはいる……アニエスさんが武器を変えたということは……っ)
「アトベさん、これは私たちが倒したことのある『名前つき』よ! 情報を共有するわ!」
◆遭遇した魔物◆
・★深き水底の邪妖再 レベル14 打撃無効 感電無効 ドロップ:???
やはり『隻眼の愚視』は、探索者が過去に遭遇した強敵を再現している――これはアニエスさんたちが戦ったことのある相手だろう。
影の中から姿を現した『邪妖』は上半身は人間、下半身は不定形で、ぐねぐねとうねっている。全体が黒い影の塊のようで、頭部は卵のような形をしており、目鼻口は存在しない。
「打撃無効の相手には、刃がついた斧槍が通じるってことですね……っ!」
「ええ……でもこれでは手数が増やせない。そして相手はいくらでも影を作り出すことができる……っ!」
話しながら敵の攻撃に備える――『感電無効』しか耐性がないなら、できることは幾つもある。
◆遭遇した魔物◆
・『★深き水底の邪妖再』が『不意打ち』を発動 →『アニエス』の『森の乙女の彫像』の効果発動 反撃可能
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フォースシュート・フリーズ』
・『アニエス』が『プリーストアタック』を発動 →『★深き水底の邪妖再』に命中 凍結 攻撃力低下
死角に生まれた影から襲いかかってきた敵に、アニエスさんが瞬時に反応する――振り抜いた槍を受けた邪妖の身体が淡く光る。攻撃力を下げる効果が働いたのだろう。
「氷属性の攻撃……それを他人に付与したというの……!?」
「ですが、これで決定打にはなりません! アニエスさん、前に『邪妖』を倒した時のことを……っ」
「――駄目っ!!」
◆現在の状況◆
・『★深き水底の邪妖再』が『フォッグブレス』を発動 →『アリヒト』に命中 『★般若の脛当て改+3』の効果発動 暗闇無効
「くっ……!!」
蛸のような部分の動きが『凍結』によって鈍くなっても、上半身――口のなかった部分から、突然霧のように黒い液体が噴出される。
しかし視界が不思議と遮られない――『般若の脛当て』に付与された状態異常耐性が働いている。
◆現在の状況◆
・『★深き水底の邪妖再』が『ねじり串刺し』を発動
・『アリヒト』が『バックスタンド』を発動 →対象:『★深き水底の邪妖再』
・『アリヒト』の『鷹の眼』により『★深き水底の邪妖再』の弱点を看破
・『アリヒト』が『フォースシュート・スタン』を発動 →『★深き水底の邪妖再』に命中 弱点クリティカル スタン
「――!!」
墨を浴びた俺の動きが鈍ると見て、すかさず追撃が来る――バキバキと凍結した氷を割りながらも、ドリルのようにねじられて鋭さを増した触手が襲いかかるが、敵の裏に回って回避し、魔力弾を撃ち込む。
◆現在の状況◆
・『★深き水底の邪妖再』が『ランダムダイブ』を発動
弱点に撃ち込めば、俺の攻撃も多少は通る。『邪妖』は苦悶するように仰け反り、影の中に逃げ込んでいく――どういう原理か分からないが、影の中は別の空間にでも繋がっているのか。
「スタンした状態でも逃げられるのね……次はどこから……っ」
「ここで時間を使わされるのは得策じゃありません。まず皆と合流しないと……!」
しかしこの迷宮は広すぎる。仲間を探すには、高速で移動する手段が必要だ――だが、ここで『彼女』の力を借りることは難しい。アリアドネですら念話が難しい状態だからだ。
そう、思っていた。もう一度アリアドネの声が聞こえてくるまでは。
『――契約者の戦闘により時間経過。アルフェッカの召喚を承認』
この迷宮に入ってから、戦闘時間は累積されている。アルフェッカの召喚条件を満たしている――アリアドネがそう言うのならば、召喚できる。
「来い、アルフェッカ!」
「何……を……」
『――我はアルフェッカ……銀の車輪の化身なり』
何をするのか、と言いかけたのだろう彼女が言葉をなくす。眼前の空間にアルフェッカが出現し、すかさず乗り込む。
「アニエスさん、乗ってください!」
「召喚……いえ、秘神の力? そんなことができるものなの……?」
「とにかく今はここから離れます……っ、早く!」
アニエスさんは全く事態が飲み込めないという様子ながら、アルフェッカに乗り込む――同時にアルフェッカは凄まじい加速をかけて発進した。
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