第二十三話 歓談
ルイーザさんにギルドの外にある広場で待っているように言われたので、俺は改めて周囲の景観を眺めつつ待っていた。
ジャガーノートはあまりに巨大すぎるので、転移系の技能を用いて解体所に運ばれた。八番区で巨大な魔物を扱うことができる解体所は一つしかなく、ライカートン氏のところでは扱えなかった。
希少素材をメリッサに扱わせてあげられないのが申し訳ないと思っていたが、八番区の解体職人が総出で解体するということなので、彼女も参加できているだろう。大樹のように太い骨は高級な建材になるそうで、爪などはガラス質の素材として活用され、他の部分も利用法があるそうだ。
(解体屋は重要な職業だよな……彼らがいないと探索者が仕事として成り立たない。仲間に一人欲しいくらいだ)
エリーティアは経験則に基いてファングオークの牙を切り取っていたが、やはり解体系の技能持ちに任せた方が価値が維持されるらしい。まあ、持てない時は細かいことは気にせず、価値が高いものを持ち帰るしかないが。
俺たちが捨てていった素材――ワタダマなどは、他の探索者が普通に拾っていくらしい。迷宮の中では持ちきれずに捨てられるものが多く、一定時間放置された魔物は所有権が消えた扱いになり、取得してもカルマ検知がされなくなるそうだ。
「おまたせしました、アトベ様」
「あ……お疲れ様です。そうか、ギルドでは仕事着に着替えてるんですね」
「はい、制服で外を歩くと目立ってしまいますし……あまり大きな声では言えませんが、受付嬢は男性から声をかけられやすく、外では地味な格好をするようにと上からお触れが出ているんです」
地味とはいうが、アップにしていた髪を下ろすとまた印象が大きく変わり、落ち着いた印象を受ける大人っぽい服装だが、生地が柔らかく身体の線が出てしまっている。
(縦セーターもそうだが、強調されるとどうしても目が……異世界ではオーソドックスなデザインなのかもしれないが、なぜか胸に切れ込みが入ってるし)
「……? いかがなさいましたか、アトベ様」
カルマが上がりますよ、と言われるかと思ったが、そうではなかった。『関係性次第』とも言われたので、遠慮なく見ていいという間柄に――なってなかったら困るので、やはり凝視は禁物だ。
「いや、印象がぜんぜん変わったので驚いてました。働く女性のオンオフっていうのは、やっぱり凄いなと思いますね」
「ふふっ……真面目に見える職員の方のほうが、仕事が終わった後のギャップが大きかったりもしますし。私はあまり変わりませんが、お酒は好きなので、少しおしゃべりになってしまうかもしれません」
「いいと思いますよ。俺はみんなが盛り上がってるのを見ながら飲むのがいいですね」
「アトベ様は飲み会でも『後衛』がお好みなんですね」
「違いないですね。お前には若さが足りないと、昔からよく言われてました」
ルイーザさんは楽しそうに俺の冗談を聞いてくれる。彼女も遠慮せずにいてくれるし、出会って二日目でこんなに良好な関係を築けるとは。
五十嵐さんとも和解できたし、何か上手く行き過ぎているように思うが――彼女との同居は今日までだし、仲間としての距離感以上には、今後もならなさそうだ。
(……なぜゆうべのことを思い出してるんだ。俺は手を出さなかったことを後悔してるのか。いや、支援技能のおかげで好かれたからって……)
――考えながら歩き始めたとき。向こうからやってきた男が、ルイーザさんにぶつかりそうになる。
「っ……危ない。何か急いでたみたいですね」
俺は反射的にルイーザさんの手を引いていた。そこまですることも無かったかもしれないが、もし当たられてしまったらと思うと心配だ。
「三千人しかいなくても、ギルド周りは混雑しますね……ルイーザさん?」
「い、いえ。その……今夜は飲みすぎてしまいそうだなと、考えていました」
「え……ま、まあ、ほどほどがいいですよ。飲みすぎると明日に響きますし」
話が噛み合ってない気がするが、ルイーザさんは機嫌が良く見える。
それから彼女は、さっきより俺の近くを並んで歩いた。何か見られているような気がするので彼女を見やるが、彼女はなんでもないというように微笑むばかりだった。
◆◇◆
酒場は今日も賑わっている。混雑し始める前に席を取れているといいのだが――と思って、店内に入ると、そこで五十嵐さんが待っていてくれた。
「後部くん、席は向こうよ。広めのテーブルが空いてたから……あ、ギルドの方も招待したの? やるじゃない」
「すみません、突然お邪魔させていただいて」
「こちらこそ、いつもお世話になっているみたいで。後部くんが職業を決めるときから、担当していただいているんでしょう?」
「はい。今となっては、運命的なものを感じてしまっています。こんなに素質のある方を担当できるなんて、思ってもみなかったもので……」
「私もこの人にはいつも助けられていて……前は上司と部下の関係だったんですが、今では逆転してしまいました。私が部下みたいなもので」
「まあ、そうだったんですね。上司と部下……会社の中で接する機会があって、お知り合いだったという……」
「ええ、でも転生してから色々話すようになって、そういった敷居はあまり感じなくなっているんです」
(二人共笑顔で会話してるのに、なぜか、変な迫力を感じるのは気のせいか……?)
「後部くん、あなたがリーダーなんだから、今日は中心に座ってね」
そう言われて思う。考えてみれば、飲み会に類する席で五十嵐さんを見るのは貴重な機会だ。
(五十嵐さんは飲み会の開始時間が早い時以外、滅多に出てなかったな。あの時は門限があるって知らなくて、みんな付き合いが悪いとか言っちゃってたな……)
五十嵐課長は社長のお気に入りだから、下々の飲み会には出ないのだ――と言ってる人もいた。その時、彼の言うとおりかもしれないと何となく同調していた自分が、今さらに恥ずかしくなる。
「……会社でのこと、思い出してる? そういうの、顔を見るとわかるようになってきたんだけど」
「あ、ああいや。五十嵐さんは、お酒って好きなんですか?」
「お父さんの付き合いで少しはね。早く帰らないと、私がお酌してくれないって拗ねるのよ。子供みたいでしょう」
地元の名士で、門限に厳しい父親。よっぽど娘を溺愛していたんだろう。
――今頃きっと、五十嵐さんの家族は悲しんでいる。俺が彼女の家族にしてやれることはないが、少しでも楽しく、彼女が転生後の毎日に生きがいを感じられるように、常に動いていきたい。
「それはいいとして、席に行きましょう。ルイーザさん、後部くんのとなりにどうぞ」
「いえ、イガラシさんこそ。今回の主役はパーティの皆様なのですから」
「そ、そうですか? じゃあ……スズナちゃんかテレジアさんが隣がいい?」
「えー、私も候補に入れてくださいよー。アリヒトさんには感謝してるんで、お酌とか普通にしますよ。私お酒注ぐのちょー得意ですよー?」
「あなたはだめ。後部くんはギャルっぽい子は苦手って言ってたから」
「それってただの、若い子への嫉妬だったりしませんかー?」
ビキッ、と五十嵐さんが固まる。なぜかルイーザさんも不穏な空気に――つまり彼女も二十代ではあるということか。
「若さゆえのあやまちという言葉もあるしな。ちゃんと反省してるか?」
「あっ、はい、反省してますよー。アリヒトお兄ちゃんっていくつでしたっけ?」
「お、お兄ちゃん……年上かもしれないけど、それは幾ら何でも慣れ慣れしいんじゃないかしら」
キャリアウーマンとギャルの相性がこれほどに悪いとは。見ていてハラハラさせられるが、ミサキは俺の言うことは聞くようなので、喧嘩しないようにフォローしないと。
テレジアとスズナは並んで大人しく座っていて、何か和やかな雰囲気だ。テレジアの装備は外れないのでそのままだが、スズナはさっきまでの白と赤の服ではなく、五十嵐さんの言うところの町娘スタイルに着替えていた。ポニーテールは変わらず、酒場の明かりを浴びた白いうなじが眩しい。
「お兄ちゃんっておとなしい子が好きなんですか? スズちゃんみたいな」
「手当たり次第だな……そういう話題は禁止だ」
「えー、いいじゃないですかー。あ、やっぱり年上がいいんですか?」
どうやっても俺の好みを聞き出そうとしてくるミサキ。俺の趣味に、特に偏りはないと自認しているが――縦セーターが好きだとか、迂闊に言わないように気をつけなければ。
◆◇◆
六人で飲み放題、料理も自由にオーダーできるという内容で、金貨1枚でおつりが来る。感覚としては非常に安い。
長方形のテーブルを囲んで、一つの側にテレジア、スズナ、ミサキが座り、こちらの側にはルイーザさん、俺、五十嵐さんという席順だ。
みんな食べるのはそこそこにして、次々に俺に酒を注ぎに来る。ミニチュアの樽のような形をしたジョッキを半分ほど空にし、注がれ、飲み、を繰り返しているうちに、微妙に頭がぼーっとしてきた。
「はーい、お兄ちゃん。いっぱい飲んでご機嫌になりました~?」
ミサキが席を立ってお酌をしに来る。スズナもそれに倣ってついてきた。
「まあ酒はうまいけど。未成年はちゃんとジュースを飲んでるか?」
「スズちゃんは神社のお仕事でお酒を作ってますけど、私はだめなんですか?」
「ミ、ミサキちゃん……あれは昔からのならわしで、作ったお酒を私が飲んでるわけじゃないから」
スズナの一言に、五十嵐さんが反応する。神社で酒を作るって、甘酒か何かだろうか。あれはアルコールがほとんど入ってないか。
「神社のお仕事って、スズナさんのおうちが、神社だっていうこと?」
「はい、父が神職をしていて、私も家のお手伝いをしていました」
巫女という職を選んだのは、そういう理由があったのか。自分に巫女が向いている、と一般家庭の女子高生が思う可能性も、ゼロとは言えないが。実際繁忙期の神社では、バイト巫女が大勢雇われるわけだし。
「アリヒトさん、どうぞ……あっ……」
スズナは緊張しているのか、酒が瓶から勢い良く出てしまい、少しこぼれた。俺のズボンにかかるが、大したことはない。
「ああ、ありがとう。大丈夫、自分で拭くから」
「いえ、ハンカチがあるので、すぐに……本当にすみません」
顔を真っ赤にしつつ、スズナは俺のズボンを拭く。ハンカチもこの世界じゃ貴重品だから、そんなことに使ってもらうのは申し訳ないのだが。
「……ああ、良かった。今度は上手く注げました」
スズナはもう一度酒を注ぎ、今度は上手くいったので嬉しそうにする。最初は打ち解けるには時間がかかりそうかと思ったが、そうでもなさそうだ。
またジョッキを半分ほど空にする。あと一杯か二杯なら軽くいけそうだ。
「……後部くん、お酌してもいい? もうお腹がたぷんたぷんかもしれないけど……」
「大丈夫ですよ。俺こそ課長に注ぎましょうか」
「課長って、キョウカお姉さんがですか? わー、私もお兄ちゃんが部下だったら、アゴで使ってみたかったです」
「あ、あごでなんて……そんなに使ってない……とも言えないわね……」
鬼課長時代を思い出して、しゅんとしてしまう五十嵐さん。ミサキには余計なことを言わないという処世術も覚えて欲しいものだ。
「もう気にしてないですよ。五十嵐さんには、こっちに来てからお世話になってますし」
「……私の方が何倍もお世話になってるんだから、そういう殊勝なこと言わなくていいの」
五十嵐さんが酒瓶を持って、俺のジョッキに注いでくれる。
こうすることに互いに遠慮を感じなくなるまでは、まだ時間がかかりそうだが――急ぐ必要はない。この世界でも、俺たちはチームとしてやっていくのだから。
そして俺がジョッキに口をつける前に、ルイーザさんが五十嵐さんのグラスに果実酒を注ぐ。
「まだジュースしかお飲みになられていませんよね。この辺りで、改めて乾杯というのはいかがでしょうか」
「え、ええ……いただくわ。そろそろ飲もうと思っていたの」
「ルイーザさんもグラスが空になってますよー、まだ飲みが足りないんじゃないですかー?」
テレジアも酒は飲めるので、肉料理をもくもくと食べながら飲んでいる。微妙に肌全体が紅潮していて、蜥蜴マスクも赤くなっているように見える――あまり強くはないのかもしれない。
「テレジアも最後の一杯だけ飲めるか?」
「…………」
俺が席を立って聞きに行くと、彼女はこくりと頷き、グラスを差し出した。初日から世話になっているテレジアをねぎらう意味もあり、俺から酌をする。
「では、飲み物も回ったところで……改めまして、かんぱーい!」
『乾杯!』
全員のグラスとジョッキを合わせ、俺も最後になるだろう一杯を飲む。
こんなに気分良く酔えたのは久しぶりだ。テレジアを正式に加入させるため、酒場を出る時間まではあと少し。それまで引き続き歓談しながら飲むとしよう。




