番外編・1 ある人物の日記
※更新のほうお待たせして申し訳ありません!
今回は番外編をお送りいたします。近日中に本編更新を再開する予定です。
◆8月6日◆
今日は出社しても誰もいない。仕事が忙しくて曜日の感覚がなくなったのかと思ったが、スケジュールボードを見るとしっかり月曜日だった。
そして「夏季休暇」と書いてある。休日は8月15日までとなっているが、だいたいの社員は有給を使って次の土日まで連結して休む。
課長から頼まれていた仕事を終わらせるまで俺は休めないので、フロアに入れるようIDカードを借りておいた。これを無くすと普通に弁償をさせられる。同僚は一度やらかしたことがあり、そのときは課長から上にかけあってペナルティを免れたそうだ。
課長はO大卒で、俺のように転職で途中から会社に入った人間に対してはあまり良い思いがないんじゃないかと思うが、他の部下には優しい。
期待をされているのだと思うし、変にコンプレックスを持つのも何だが、彼女の持つ上品さは俺からすると近づきがたいものがある。本当に同じ会社にいていいのだろうかと何度思ったか。
そんなことを思いながらも仕事は順調に進んだ。あとはサーバーにアップして、課長に見てもらってどうなるかだ。
◆8月7日
課長が「ボツ」と言ってきた。しかし、言われてみればそれは当たり前のことだった。
今回のプロジェクトでゲームの広報戦略を担当することになったのだが、俺はゲームをあまりやらないので、魅力を上手く表現できるようなサイト作りができていない。
何百とゲームの宣伝サイトを見て勉強したが、課長からすると「なぜテストロムを触らないのか」ということらしい。未完成のゲームをプレイして逆に粗が見えてしまったとき、提灯記事を書くようなことはしたくなかったのだが、確かに考えが甘かったと言える。
並行して動いているプロジェクトでは、うちの会社が得意としている化粧品の宣伝をやっているので、これは課長の企画通りに進めていけば問題はない。工数が多いので猫の手も借りたい状態だが、同僚のあいつも彼女ができたばかりで忙しいそうなので、夏季休暇をさらに削ることにする。
近所の定食屋が閉まっているのは致命的だったが、駅前の蕎麦屋が開いていてよかった。
最近あまりジムに行けていないので、カロリー過多には気をつけたいところだ。栄養ドリンクもゼロカロリーのものにした方がいいかもしれない。カフェインを摂取しても爆睡できる体質になってきているが、健康診断がちょっと心配だ。
◆8月10日◆
ずっと家で報告をチェックしてくれていた課長が、夏季休暇の最中だというのに会社に顔を出してくれた。暑い中ご苦労さまですと挨拶をしたら、嫌味を言っているのかと睨まれた。理不尽に感じるが、たぶん俺が毎日会社に来ているということで、皮肉に聞こえてしまったのだろう。
課長は俺がゲームに手をつけてから作ったサイトをある程度気に入っていたが、自分でも推したい部分を抽出したいとのことだった。会社でクライアントからレンタルしているゲーム機でテストロムを動かすために、わざわざ会社まで出てきてくれたのだ。
十三日からは毎日家の用事があるから、それまでにはすっきり仕事に区切りをつけたいと課長は言った。それで一緒にゲームをやってみたのだが、これはオンラインゲームで、最大で八人が協力して大きなモンスターを倒す内容だった。
狩りゲームは好きなのだが、俺が後方から射撃するタイプのスタイルだと知ると、課長は盾を使いながら槍で突くのが一番安定していて安心すると言っていた。課長はもっと攻撃一辺倒なタイプではないかと勝手に思っていたので意外だったが、それもまた課長の気分を害しそうなので言わなかった。
結論からいうと、テストロムには致命的なバグが残っていたが、ゲーム自体は楽しかった。新しく立ち上げたシリーズだというが、これだけ面白いなら大ヒットしそうだ。しかしそう言ったら、ゲームはできが良くても埋もれてしまうことがあるから、広報に力を入れないといけないと課長は言った。
もちろんそれだけで、休日出勤が報われたと思ったわけじゃない。課長が差し入れにと持ってきてくれたサンドウィッチがとても旨かった。課長はまた明日会社に来た方がいいかと言っていたが、俺は一人で大丈夫だと思ったのでそう答えた。
その日はクーラーの調子があまり良くなく、課長が団扇を使っていた。何となくなのだろうが、俺のパソコンで製作中のサイトを見ているときに風を送ってくれていた。誰かに扇いでもらえるとこんなに涼しく感じるものなのか。いや、USBの卓上扇風機でもそれなりには涼しいだろう。
◆8月12日◆
昨日は徹夜をしたが、あと数時間で終わるというところで寝落ちしてしまった。気がつくと課長が俺の席に座っていて、サイトの修正点を洗い出していた。そんなことをしてもらうなんてとんでもない、と飛び起きて課長に言ったが、寝ぐせをなんとかしたらと笑われてしまった。
明日からは会社に来られないので、俺も休んでいいと言われた。実家に帰ったりしないのかと聞かれて、俺は両親がいないことを伝えたが、課長の顔を曇らせてしまった。できるだけあっさり事実を言うようにしているのに、昔からなかなか上手くいかない。反省だ。
課長が俺のデスクを使っている間に、俺は閲覧テスト用のパソコンで宣伝サイトを客観的に見たり、プレゼン用の資料を作ったりした。
待つこと二時間、課長は目を酷使したのか目薬を差していて、最初泣いているのかと勘違いして焦ってしまった。課長は俺より年下なのに、俺の方が子供っぽいというのは恥ずかしいというか、少々決まりが悪い。
課長は宣伝文句として『二人プレイ以上から広がる、タクティカル・ダイナミックバトル』というようなアオリを入れたいということだった。俺と一緒にプレイしたとき、一人でプレイするより二人プレイのほうがずっと楽しいと感じたかららしい。そのあと顔を赤くしていて、どうしてかと聞いてみたら怒られてしまったが、未だに理由が良く分かっていない。
そのほかにも細部まで指摘があり、課長は明日から親戚を迎える準備があるとのことで平日における定時すぎには帰っていったが、帰り際に栄養ドリンクをくれた。それで激励されたらやる気が出てしまう自分は、単純すぎると自覚はしている。
深夜にサイトは完成し、日が変わる前に、まだ起きて待ってくれていた課長に電話して、自宅のパソコンで閲覧してもらった。
俺と一緒にプレイした映像を、許可を取って組み込んだのだが、自分のプレイが拙くて恥ずかしいと言っていた。後衛の俺をしっかり守ってくれていたので、こういったゲームをほとんどやらないにしてはすごく頼りになったと返すと、仕事じゃなかったらしないけど、たまにはそれ以外でするのもいいかもねと言っていた。俺も同じように思ったが、課長と一緒にゲームをする機会は、同じゲームがシリーズ化しなければ無いのだろうと思う。
いつも課長は上から企画が降りてくるのを待つだけじゃなく、自分でもどんどん発案していく。そんな人なので、休み時間にも同僚と流行りの携帯ゲームをしたりはせず、むしろ休み時間にこそアイデアを閃いて、次々と俺に仕事を発生させてくれる。
やはり俺も栄養ドリンク一本で買収されている場合ではなく、課長にとって使いやすい部下という状況に甘んじすぎてはいけないと思う。
◆8月16日◆
盆が明けても、まだ有給を取っている社員が多く空席が多かった。課長は普通に出社してきて、プレゼンの前にもう一度、もっといいプレイ動画を取り直したいと言い出した。
課長は製品版が発売されたら買うかもしれないと言うが、俺はそもそもゲーム機を持っていないと言ったら、ボーナスで買ってもいいんじゃないかと言われた。人のボーナスの使いみちまでご指導をいただくとは、やはり五十嵐さんは俺にとって、恐るべき上司と言わざるをえない。
※お読みいただきありがとうございます!
今回はお蔵入りになっていたSSのエピソードをアップさせていただきました。
本編更新まで少々お待ちいただけましたら幸いです。