第百八十七話 夕闇歩きの湖畔 第一層
湿っぽい風を感じながら洞窟を抜けた先は、足の短い草に覆われた草原だった。見渡すと、少し歩いた先に湖が見える。
『落陽の浜辺』とはまた違う時間帯の、ギリギリ日が沈むかどうかというくらいの頃合いだ。前を歩く五十嵐さんはきょろきょろと周りを見ている――やはり、この迷宮は彼女にとって雰囲気がありすぎるようだ。スズナはそんな五十嵐さんを気遣いつつ、黄昏色に染まった湖に視線を向けて言う。
「逢魔が時……というのでしょうか。そういった時間のように見えますね」
「丑三つ時とどっちが不吉なのかしら……」
五十嵐さんはスズナの腕を取っている――それを見てミサキが苦笑している。度胸という面ではギャンブラーの方が据わっているということか。
「あの湖の中が目的地だったりしたら、また潜水ですか?」
「こ、こんな暗い中で水中はだめよ、前はリゾートだから良かったけど、ここは何かいるか分からないじゃない」
「確かに……迷宮の水場には、どんな魔物が潜んでいるか分からないですからね」
『落陽の浜辺』で遭遇した『無慈悲なる断頭台』も、海から突如として姿を現した。同じような大物が出て来たりはしないかと、水場を見るとつい連想してしまう。
「資料館の本で見た限り、水蛇が一番の強敵だけど、出現する頻度は高くないみたい。二層に行くには、湖の西から回るルートがいいそうよ」
「東側のルートは避けた方がいいと書かれていましたね。その方面に近づくことが難しいのか……あるいは、資料に載せられない事情があるか。それを考えると、探索してみる価値はありそうですが」
エリーティアとセラフィナさんが事前に調べた情報を伝えてくれる。西か東か、二層に行くにはまずどちらか選ぶ必要がある。
「…………」
テレジアも東の方をさっきからずっと見ているので、何か思うところがあるらしい。
「……そうだ。スズナ、ここで『託宣』を使うのはどうだろう」
「神託で行き先が分かるかもしれないということですね。分かりました、やってみます」
「おお……スズちゃんがますますお巫女さんとして成長してる……そのうちスーパー巫女さんにレベルアップしたりするんですか?」
「条件を満たすと上位職というものに変化することがありますので、その可能性もあると思われます」
ミサキの軽口にも、前衛のセラフィナさんが振り返って答えてくれる。上位職というと、俺の場合は何になるのだろう。存在するのかも分からないが。
今まで上位職と明言していた人はいないが、一人くらい出会っていたりするのだろうか。可能性がありそうなのは、五番区司令官のディランさんとクーゼルカさんあたりか。
「アリヒトさん、準備ができました」
スズナは『盛り塩』を発動させて、塩を地面に撒いて陣のようなものを描いていた。必要な条件には含まれていなかったが、神の力を借りるための作法のようだ。
俺が頷くと、スズナは一度祈ったあと、パン、と手を合わせた。
◆現在の状況◆
・『スズナ』が『神託』を発動 →『アリアドネ』からの啓示を受領
――我が加護を受けし、迷える者たちよ。進むべき道を指し示そう。
そのアリアドネの声は、パーティの全員に聞こえたようだった。そしてスズナは、アリアドネの意志を示すように東の方向を指差す。
『……「霊媒」とは違い、「神託」は私の神性の側面に訴えかけるもの』
アリアドネの声が聞こえてくる。彼女の何が起きたかを説明してくれる律儀なところには、いつも助けられている。
『そうか……スズナのおかげで、アリアドネの新しい力を借りられるようになったってことかな』
『私の神性は、自分では制御できない部分がある。信仰値が上昇した際にどのような変化が起こるのか、いかなる現象を起こせるのか。パーツを収集した後の私がどのような力を持つのかも、現状では把握していない。関連する記憶は喪失している』
喪失――アリアドネが、自分のことを『廃棄された』と言っていたことを思い出す。
『記憶が戻るかどうかは分からないが、俺たちが成長するにつれて、アリアドネも元の力を取り戻していく……そうしていけるといいな』
『パーティの行動に付随する結果として、私に何かがもたらされるのなら、それに報いたいと思う』
ムラクモやアルフェッカの言動には、感情の機微が表れ始めている。そう感じていたが、アリアドネもまた、最初に出会ったときとは変わっているように思う。
「後部くん、どうするの? 『神託』どおりにしてみる?」
「はい、東に行ってみましょう。みんな、気をつけて行こうか」
「「「はいっ!」」」
「バウッ!」
みんなと一緒にシオンも返事をして、セラフィナさんと一緒に最前列を進み始める。
『支援高揚』を一度使うと、そろそろと歩いていた五十嵐さんも背筋がしゃんと伸びて、俺を振り返ってぐっと身構えるようにしてみせる。大丈夫、ということらしい。
「みんな、『ブレイブミスト』をかけておくわね。念のためっていうことで」
「あ、キョウカお姉さんのお色気パフュームですね!」
「そ、そういう技能じゃないんだけど……」
五十嵐さんが恥ずかしがりつつ『ブレイブミスト』を発動させる。霧がパーティの皆を包み込むようにして消える――これで一回は『恐怖』を防げる。
予想通りに『恐怖』の状態異常を与えてくる魔物が出てくるのか――湖畔沿いに歩いていくと、だんだん足元の草の背が高くなってくる。
「ふぁっ……な、何か鳥みたいなのが飛び立ちましたよ、あれなんですか?」
「ミサキちゃん、手を繋いでいく?」
「うん、繋ぐー。キョウカお姉さんもどうですか?」
「あ、あのね……もう少し緊張感を持ちなさい、ここは五番区……」
五十嵐さんがそう言い終える前に。
何の前触れもなく、しかし決して見過ごすことのできない違和感を覚える。
(テレジアの『索敵拡張1』でも察知できない……俺の『鷹の眼』でも。五番区の迷宮……敵の先制を防ぐのは難しいのか……!)
◆現在の状況◆
・『???』が『コールドハンド』を発動
・『テレジア』が『警戒1』を発動
・『テレジア』が『シャドウステップ』を発動 →『コールドハンド』を回避
「っ……!」
「な、何ですかっ……!?」
テレジアが残影を残して攻撃を回避する――仕掛けてきたのは、朧げな半透明の姿。
「マドカ、少し隠れててくれ!」
「は、はいっ……!」
最後方で同行していたマドカに指示し『隠れる』を使ってもらう。俺の支援が適用されるのはパーティメンバーのみで、9人目のマドカに対しては『アザーアシスト』を使う必要があるため、いざという時にタイムラグが出てしまう。
それなら隠れておいてもらい、マドカも経験を得られるように、何らかの形で戦闘に参加できるチャンスを待ってもらうのがいいだろう。
「――後部くんっ!」
「っ……!」
ぞわり、と総毛立つ――五十嵐さんの警告を受けて、俺は反射的に空中に飛び上がっていた。
直後、地面から何かがこちらに向かって飛び出してくる。半透明の何か――その正体不明の気配を振り払うために、俺は『般若の脛当て』の力を発動した。
◆現在の状況◆
・『???』が『ボディスワップ』を発動
・『アリヒト』が『八艘飛び』を発動 →『ボディスワップ』を回避
・『???』の正体を識別 『???』→『アイスレムナントA』
空中を蹴るようにして飛ぶと、俺がいた場所を一気に半透明の靄のようなものが薙ぎ払う――ライセンスに表示されている名称からして、おそらく霊体系の魔物だ。
(ボディスワップ……まさか身体を乗っ取ってくるっていうのか? 冗談じゃないぞ……!)
「みんな、足元からの攻撃に気をつけろ! そいつは一体じゃない……ミサキ、飛べ!」
「と、飛べって……っ、きゃぁっ!」
「アォーンッ!」
◆現在の状況◆
・『アイスレムナントB』が『ボディスワップ』を発動
・『シオン』が『緊急搬出』を発動 →対象:『ミサキ』
・『ミサキ』が『ボディスワップ』を回避
シオンが走り、飛び上がったミサキを器用に背中に乗せて走り抜ける。次の瞬間、地面から俺を襲ったものとは違う『アイスレムナント』が攻撃を仕掛けてきた。
「――敵は地面の下だけじゃない! テレジアッ!」
「っ……!」
◆現在の状況◆
・『???』が『スケアリーブリーズ』を発動
・『テレジア』が『シャドウステップ』を発動 →『スケアリーブリーズ』を回避
突如としてテレジアの後ろに現れたおぼろな人影が、何かガスのようなものを吐き出す――テレジアはそれを避けきったが、連続で技能を発動したために動きがガクンと鈍る。
スケアリーは恐ろしいとか、そういう意味だったはずだ。こういった敵には定番の状態異常を仕掛けてくるということか。
「――させないっ……!」
◆現在の状況◆
・『エリーティア』が『ソニックレイド』を発動
・『エリーティア』が『スラッシュリッパー』を発動 →『???』が無効化
「くっ……!」
霊体の敵には物理攻撃が通らない。それはエリーティアも分かっていたはずだが、テレジアに追い打ちをかけさせないための行動だった。
――だが、エリーティアの攻撃が回避された瞬間、彼女の剣にモヤが絡みつく。
◆現在の状況◆
・『???』が『見えざる呪縛』を発動 →『エリーティア』の『ブロッサムブレード』を封印
「これは……技封じ……っ!」
エリーティアが声を上げる。彼女にとって最大の威力を持つ技を封じてくるとは――初見でこんな技を使ってくる敵が当たり前に出てくるというなら脅威でしかない。
(この状況をどう打破するか……魔力弾なら……!)
俺は『八艘飛び』をしたあとに反転し、エリーティアの攻撃を透過したモヤのような姿の敵に向けてスリングの狙いを定める。
「――止まれっ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『フォースシュート・スタン』を発動 →『???』に命中
・『???』の正体を識別 『???』→『アルターガスト』
・『アルターガスト』がスタン スタン軽減
(魔力弾なら通じる……だが五番区の敵では微々たる打撃しか与えられない。スタンの継続時間も一瞬だけか……!)
着地したところで魔物の情報を確認する。どうやら三体で全てのようだが、耐性の全てについて情報が得られるわけではないようだ。
◆遭遇した魔物◆
アイスレムナントA レベル10 物理無効 弱点不明 ドロップ:???
アイスレムナントB レベル10 物理無効 弱点不明 ドロップ:???
アルターガスト レベル11 物理無効 弱点不明 ドロップ:???
弱点不明。物理無効で有効な属性も分からない――いや。
◆現在の状況◆
・アリヒトの『鷹の眼』が発動 → 状況把握能力が向上
『鷹の眼』の効果による弱点看破はできなかったが、一つ分かったことがある。
ミサキと近い位置にいるスズナが、攻撃の標的になっていない。
「――スズナ、俺に『言霊』をかけてくれ!」
『巫女』は霊体の敵に対抗する技能を多く持っている。一般的なイメージではあるが、亡霊に対抗するには神聖な力を借りるものだ。
しかしそう声をかけた瞬間に、敵の標的がスズナに切り替わる。『巫女』に触れないようにしていたが、動くのであれば阻止するということか――『アイスレムナント』二体は近づこうとする者を足止めし、もう一体の霊体がスズナを狙う。
「スズナちゃんっ……!」
◆現在の状況◆
・『アルターガスト』が『ラスティレイション』を発動
・『キョウカ』が『ブリンクステップ』を発動 →『ラスティレイション』に対して無効
「っ……あ……!」
「五十嵐さんっ……!」
「キョウカさんっ!」
もやのような敵の色が、桃色に変化する――五十嵐さんの回避技能は通用せず、彼女の身体を敵がすり抜けていく。
◆現在の状況◆
・『キョウカ』が 特殊状態異常:?霊障
「くぅっ……ぅ……ぁぁ……」
(何が起きてる……いや、先に敵を倒すしかない……!)
桃色のモヤが、次は毒々しい紫色に変化する――狙っているのはスズナだ。
しかし俺は彼女に近づき、『言霊』の効果が届く範囲に入っていた。
「邪悪なる者を打ち払う神字よ、その力をここに宿し給え!」
◆現在の状況◆
・『スズナ』が『言霊』を発動 →『アリヒト』の武器に神聖属性を付加
スズナの言葉とともに、俺の所持する武器に白い文字が浮かび上がる。
そしてスリングを引いた瞬間に、前回の射撃で消費した魔力が戻ってくる。それは『支援回復』のように前方にいる皆に効果を及ぼした。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『タクティカルリロード』を発動 →パーティ全員の魔力が回復
俺が『フォースシュート・スタン』で消費した分の魔力が回復する。その効果が全員に伝搬する感覚――まるで、パーティメンバー全員に魔力を装填しているかのようだ。
「――みんな、『支援する』っ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フォースシュート・スタン』
・『アリヒト』が『支援統制1』を発動 →パーティメンバーの標的を誘導可能
「アリヒト……ッ、どの敵を狙えばいいか指示をお願いっ……!」
「分かった……エリーティア、テレジア、スズナ、仕掛けるぞ!」
「「はいっ!」」
「……っ!」
「お兄ちゃん、私もいけますっ!」
前方で『アイスレムナント』を挑発し、一体を引きつけてくれているセラフィナさんは攻撃に参加できない。ミサキはシオンから降りると、『道化師の鬼札を構えていた。
通常とは違い、スリングを引いたときに生じた魔力弾が白く輝いている―俺は『鷹の眼』で視認できている敵の一体に向け、弾丸を放つ。
「『支援連携』……『射撃起点連携』!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『フォースシュート・スタン』を発動 →『アルターガスト』に命中 弱点攻撃 スタン 連携技一段目
・『エリーティア』が『ソニックレイド』を発動
・『エリーティア』が『ダブルスラッシュ』を発動 →『アルターガスト』に命中 弱点攻撃 スタン延長 連携技二段目
・『エリーティア』の追加攻撃が発動 →『アルターガスト』に命中 弱点攻撃 スタン延長
「――オォ……オォ……」
『言霊』が付与された効果でスタンが軽減されなくなり、敵の反撃を封殺することができている――連携は、まだ続いている。
「っ……!」
しかしテレジアが三段目の連携を仕掛けようとしたとき、『アルターガスト』の朧げな姿が『揺らいだ』。
◆現在の状況◆
・『アルターガスト』が『オルタナティブ』を発動 →『二者択一』状態に変化
この連携の危険度を感じ取った『アルターガスト』は、回避技能を割り込ませた――テレジアの目前で、『アルターガスト』の姿が二つに分かれる。
攻撃を外せば連携は中断され、反撃を受ける危険がある。『アルターガスト』の付与する状態異常は、今も五十嵐さんを行動不能にしている。
だがテレジアは、怯んではいない。彼女の手のあたりが輝きを放ち――俺は確かに、青い蝶の姿を見た。
◆現在の状況◆
・『テレジア』が『蝶の舞』を発動 →攻撃回数増加
・『テレジア』が『アズールスラッシュ』を発動 →『?アルターガスト』2体に命中 弱点攻撃 スタン延長 連携技三段目
・『アルターガスト』が燃焼
「――っ!!」
「――オォォ……ッ!」
「お、お願いしまぁーーーーすっ!」
テレジアが踊るようにして、ほぼ同時に二つの青く燃える斬撃を放つ。連携を繋いだ――『アルターガスト』が怯み、最後のミサキが掛け声と共にカードを投じる。
◆現在の状況◆
・『ミサキ』が『ジョーカーオブアイス』を発動 →『アルターガスト』に怒り状態を付与 氷属性弱点に変化 スタン延長 連携技四段目
・連携技『魔双蒼炎札』 →『アルターガスト』に追加ダメージ 燃焼強化
・『アルターガスト』が『亡霊の名残り』を発動 状態異常解除 猶予時間付与
・『アルターガスト』が『サルコファガス』発動態勢に移行
――その時俺の目に、目の前の光景と別のものが見える。
『アルターガスト』を倒したと喜んだ瞬間に――全員が彫像のように固まって、この湖畔で全滅している光景。
「――退け、亡霊っ……!」
◆現在の状況◆
・『セラフィナ』が『オーラシールド』を発動
・『アイスレムナントA』が『コールドハンド』を発動
・『セラフィナ』が『カウンタータックル』を発動 →『アイスレムナントA』に命中 弱点攻撃 スタン
・『アイスレムナントB』が『アルターガスト』に『スペルクイック』を発動 →『サルコファガス』発動時間が短縮
セラフィナさんがオーラに覆われた盾で『アイスレムナント』を弾き飛ばす。だがもう一体の動きを止められない。
しかし俺の手はもう動いている。ミサキの『鬼札』が作り出した新たな弱点、それを突く以外にはない。
『タクティカルリロード』を発動し、最速でスリングを構え、そして放つ。
「――『凍りつけ』っ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『タクティカルリロード』を発動 →パーティ全員の魔力を回復
・『アリヒト』が『フォースシュート・フリーズ』を発動
・『アルターガスト』が『サルコファガス』を発動 生贄:『アイスレムナント』2体
わずかにどちらかが早ければ、勝敗はその時点で確定していただろう。
『アルターガスト』の揺らめく姿が妖気を帯びる。直後、灰色のガスが一気に広がろうとする――その瞬間。
◆現在の状況◆
・『フォースシュート・フリーズ』が『アルターガスト』に命中 クリティカル 二重弱点 完全凍結 スタン
・『サルコファガス』の発動が中断
・『アイスレムナント』を2体討伐
・『エリーティア』の技封じが解除
(間に……合った……!)
神聖属性を付与し、『氷結石』の力を乗せた魔力弾は、実体を持たない霊体の敵を凍結させた――俺の背丈と同じくらいの高さがあるモヤの塊が凍りつき、氷像になっていた。
そして『アイスレムナント』2体が霧散するようにして消え、魔石が地面に落ちる。『アルターガスト』は彼らの力を使い尽くして技能を発動したということか。
「はぁっ、はぁっ……」
「大丈夫ですか、五十嵐さんっ……!」
「――駄目……後部くんは、来ちゃだめ……っ」
「そ、そんなこと言ったって……スズちゃん、キョウカお姉さんにお祓いとかしたら治ったりしない?」
「っ……そうだ、スズナ、あの技能なら……!」
スズナが習得できる技能の中にあった『邪気払い』――その効果は、行動の制御を失う状態異常を軽減するとあったはずだ。
「効果があるかは賭けになるが、霊体の敵による状態異常なら、おそらく……」
「はい、やってみます……っ!」
スズナが技能を取得しようとする――だが。
パーティの皆が、同じ方向を見ている。
湖畔に吹く湿った風の中で、いつの間にか『それ』は立っていた――髑髏のような仮面をつけ、ぼろぼろの服を身に纏い、剣を携えた何者か。
「魔物と遭遇したとは表示されていない……だが……」
明らかに、こちらに向けてくる気は穏やかなものではない。エリーティアは『緋の帝剣』に手をかけ、戦闘態勢を取る。
「ただで見逃してくれるということはなさそうね……気をつけて、みんな」
「シオン、五十嵐さんを少し離れた場所へ。スズナは『邪気払い』を試してみてくれ」
指示を出すが、ここで足止めされる時間が長引けば、パーティが分散している状態は危険すぎる――少しでも早く切り抜けなければならない。
戦えるメンバーはセラフィナさん、エリーティア、テレジア、ミサキ、そして俺の五人。隠れているマドカには申し訳ないが、戦闘後の回復薬を頼みたい。
五体一でも、決して油断はできない相手だ。髑髏男の不気味な立ち姿を見て、そう感じずにはいられなかった。
※追記 第百八十四話「思慕」のメリッサの技能ミーティング後に加筆を行いました。
再読の必要はないかと思いますが、メリッサが『夕闇歩きの湖畔』の探索に参加していない
理由について書かせていただいております。何卒よろしくお願いいたします。