第百六十五話 第二の盾
「――うぉぉぉぉぉっ!!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『バックスタンド』を発動 →対象:セラフィナ
「アトベ殿っ……!?」
「――セラフィナさん、俺にも『守らせて』ください……!」
「っ……はいっ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援防御2』を取得 スキルポイント2を消費
・『アリヒト』が『支援防御2』を発動 →支援内容:『ディフェンスフォース』『オーラシールド』
俺の防御能力を反映した防壁で、仲間を護る技能――『支援防御2』。
普段の俺自身の防御能力はむしろ低いと言えるが、セラフィナさんの持ち手に手を添えることで、俺自身も彼女の防御能力で守られていることになる――ならば。
◆現在の状況◆
・『★ザ・カラミティ』が『スティングレイ』を発動 →対象:無差別全方位
・『スティングレイ』が『セラフィナ』に命中 ダメージ軽減
白い蠍の尾からあらゆる方位に放たれた、強烈な熱線。それをセラフィナさんの盾と、俺の技能で複製されて展開されたもう一つの盾が、二重になって防ぐ――閃光が拡散し、セラフィナさんは一歩下がりながらも攻撃を受け止めきった。
「くっ……!!」
「大丈夫ですか、セラフィナさん!」
「ええ、アトベ殿の方こそ……しかし……」
熱線は無差別に放たれている――建物に直撃した熱線は、石壁を爆砕して大きな穴を開けている。こんな攻撃を連発されれば、街の形自体が変わってしまうだろう。
「後部くん、セラフィナさんっ……良かった、二人とも無事ね……!」
「アリヒトがあの方法を選ばなければ、防げてはいなかったと思う……やっぱり貴方は……っ」
『支援防御1』より強力な防御壁を展開できたのは、セラフィナさんの防御能力を『借りる』ことで、防御力を二倍にすることができたからだ。セラフィナさんが大盾を構えたときの防御力に加え、『ディフェンスフォース』の効果で防御範囲が拡張され、『オーラシールド』で熱を防ぐことができた。
「っ……」
「アトベ殿……っ、やはり、魔力の消耗が……」
『支援防御2』を取得したために、『バックオーダー』は今取得することができない。回復手段は『中級マナポーション』しかなく、続けて使うのは限界がある。
(だが『修道士のアンク』の力で、体力を魔力に変えられる。しかし『スティングレイ』がある以上、うかつに接近はできない……どうする……!)
◆現在の状況◆
・『★ザ・カラミティ』がオーバーヒート 『スティングレイ』再使用可能まで冷却開始
・『★ザ・カラミティ』が『殲滅の死装』を発動 →『★ザ・カラミティ』が近接戦闘形態に変化 地形効果:士気減衰
『スティングレイ』を撃ったあとは、自らの身を護るために形態を変える――優雅ささえ感じさせた白い外殻が黒く変化し、鋏の形状が槍のように変化する。
(テレジアは負傷して、スズナも魔力がほとんど残っていない……俺たちのパーティだけでまともに戦えるのか、あの怪物と……)
「――アリヒト、みんなを連れて逃げなさい! 私が時間を稼ぐからっ!」
エリーティアの声が響く。体力も魔力もエリーティアは十分に残している、だがその判断は肯定できない。
「一度退くとしても全員でだ! エリーティア、無理は……」
「――これ以上傷つくのを見たくないの、誰もっ……!」
「エリーティアさんっ!」
◆現在の状況◆
・『エリーティア』が『ソニックレイド』を発動
・『エリーティア』が『エアレイド』を発動
・『アリヒト』が『支援防御1』を発動
・『★ザ・カラミティ』の攻撃 →『エリーティア』に命中
ただの攻撃。何の技でもない、純粋な速度が、エリーティアを捉える。
赤い飛沫が散る。しかしそれは、エリーティアの覚悟を示していた。
「――あぁぁぁぁぁぁっ!」
エリーティア自身の血で『ベルセルク』が発動し、彼女の瞳が赤く変わる――『レッドアイ』が発動したのだ。
彼女の凄絶な声を聞きながら、俺にできることは一つしかなかった。
「エリーティア……支援する……!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃1』を発動
・『エリーティア』が『ブロッサムブレード』を発動
・『スカーレットダンス』の効果により攻撃力上昇 防御力低下
・『★ザ・カラミティ』に24段命中 支援ダメージ312
・『エリーティア』の追加攻撃が発動 16段命中 支援ダメージ192
・『★ザ・カラミティ』が『不滅なる高貴』を発動 ダメージ半減 自身の体力と魔力が徐々に回復
「コォォォ……オォ……!!」
「どうして……効いてないっていうの……!?」
怯みもせず、全ての斬撃を受けきって――ダメージが無いわけではない、受けても回復しているのだ。
装甲についた傷が消えていく。常に窮地を打開してきたエリーティアの攻撃でさえ、『ザ・カラミティ』の動きを幾らも止めることはできなかった。
「エリーティア、逃げろ! 一度体勢を立て直すんだ!」
「こんなことで……私は……っ」
◆現在の状況◆
・『★ザ・カラミティ』が『ジャベリンディガー』を発動
槍のような形状に変化した腕を、『ザ・カラミティ』は石畳を耕すように突き刺しながらエリーティアに迫る――ブルドーザーのような猛進を前にしても、エリーティアは退こうとしない。
「――っ!!」
◆現在の状況◆
・『テレジア』が『アクセルダッシュ』を発動
・『テレジア』が『アクティブステルス』を発動
そのとき飛び出したのは――負傷しているはずのテレジア。彼女はエリーティアを横から突き飛ばし、自分もまた瞬時に加速して『ザ・カラミティ』の進行方向から逃れ、スーツの能力を同時に発動させて周囲の風景に溶け込む。
『ザ・カラミティ』は前方に何もいなくなっても構うことなく、建物に向かって突っ込んでいく――激突すればおそらく崩壊する、それは防がなくてはならない。
「わ、私もっ……やるときはやるんですからねっ……!!」
ミサキの位置からは『ザ・カラミティ』の突進に巻き込まれず、横から攻撃できる――俺は望みをかけ、彼女に支援を行う。
(ミサキが装備しているのは『道化師の鬼札』……そうだ、あれは……!)
「お願い当たって、私のカード……!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フォースシュート・スタン』
・『ミサキ』が『ジョーカーオブアイス』を発動 →『★ザ・カラミティ』に怒り状態を付与 氷属性弱点に変化 硬直延長
ミサキが投げ放った金属製のカードが、一瞬青い光を放ったように見えた。
『虚のルーン』を装着して、固有名称の武器になった『道化師の鬼札』。その特殊能力は――攻撃した相手を怒り状態にして、弱点を一つ付加する。
「――止まれぇぇぇぇっ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『フォースシュート・フリーズ』を発動 →『★ザ・カラミティ』に命中 弱点攻撃 凍結
「コォ……オォォォ……!!」
『ザ・カラミティ』の足が一瞬凍りつく――だがそれでも勢いを完全に殺しきれず、建物に激突して地面にまで振動が伝わる。
◆現在の状況◆
・『★ザ・カラミティ』が『スチームミスト』を発動 →熱蒸気による範囲攻撃 『★ザ・カラミティ』の凍結解除時間が短縮 『スティングレイ』冷却時間延長
・『★ザ・カラミティ』が『絶対領域』を発動 →一定距離内の敵に先制攻撃
『ザ・カラミティ』が全身から熱蒸気を放出する。自力で氷を溶かすつもりだ――『スティングレイ』の冷却時間が短縮されるリスクは無くなったが、すぐに奴は行動を再開するだろう。腕が凍ったわけでもなく、近づけば槍のような腕で確実に先制攻撃される。
(『支援回復』が発動するたびに『修道士のアンク』の効果で少し魔力が回復してるが……まだ体力を魔力に変換するところまでは行ってない。今、俺たちがすべきことは……)
「私が……私がやらなきゃ……っ」
「――エリーティアさんっ、私たちは全員でここに来たんです! ここからも全員で行かないと、意味がないんです……だから……っ」
「……っ」
スズナの声が『ザ・カラミティ』に斬りかかろうとしたエリーティアに届く。
◆現在の状況◆
・『エリーティア』の『レッドアイ』が解除
発動している間に体力と魔力を消耗し続ける『レッドアイ』が解除される――赤く燃えるようだったエリーティアの瞳に、正気の光が戻る。だが『ベルセルク』が発動している以上、長く衝動を抑えることはできそうにない。
(氷属性の打撃もすぐに回復していく……もし『不滅なる高貴』の『徐々に回復』が、最大体力に応じて変化するとしたら……俺たちの持つ攻撃だけでは、倒しきれない)
撤退の文字が脳裏を過ぎる。『名前つき』を俺たちが倒せとは言われていない。
しかし退いている間に『ザ・カラミティ』は名前通りに、街に被害を与えるだろう。少しでも時間を稼ぐこと、それが俺たちに求められている役割だ――だが。
「――アトベ殿、西から増援が……このまま、東方向に進めとのことです!」
セラフィナさんのライセンスに指示が入る――その直後。西の方角から、巨大な槍のようなもの――衝角を備えた車が姿を現す。鎧を身に着けた巨馬が衝角を挟むように二頭で車を牽いており、その手綱を握っているのはホスロウさんだった。傍らにはクーゼルカさんと、もう一人の姿がある。
軍帽と軍服のような装備を身にまとった、紫色の髪の女性――おそらくはギルドセイバーの隊員だろう。
「アトベ君、すまんっ……このまま奴を『回廊』の奥に誘導してくれ! 俺たちが後ろからこの衝角車で追い込む!」
「ホスロウ、彼らもかなり消耗しています。ここは私たちが……」
「残念ながら三等竜尉殿、この衝角車では奴に跳躍して回避されればそれまでです。だが、今交戦状態にあった彼らなら、奴らを引きつけることができる……」
「クーゼルカ三等竜尉、『回廊』奥の設備を利用すれば、彼らが終点まで追い込まれることはありません。兵器を操作するタイミングは私にお任せください、そのために随伴したのですから」
「ナユタ殿……わかりました、くれぐれも頼みます。アトベ殿、聞こえますか!」
「はい、聞こえています! ですが回廊というのは……っ」
『ザ・カラミティ』がホスロウさんたちに注意を向けている――これで『スティングレイ』を撃てる状態にあったらと思うと、全くぞっとしない。
「アトベ殿、この辺り一体の建造物が『回廊』を形成しています……この奥に敵を誘導すれば、街に備えられた特殊兵器の位置まで移動させられます!」
「――そういうことなら……!」
幾つかの考えがある。敵を引きつけながら逃げることに適した仲間が『ザ・カラミティ』を誘導する――だが、あの攻撃と速度を目にしたあとでは、連続して回避する技能を持つ五十嵐さんや、前衛のメンバーだけに任せるという選択はできない。
(ならば、『全員で』逃げる……そうだ。俺たちは、前にも……)
『背反の甲蟲』と戦ったときのこと――俺は『殿軍の将』を使い、逃げるときのパーティの最後方にいるという位置関係から、自分の能力を強化することができた。
『これは逃走ではない、勝利への転進である。マスター、我が力は必要か』
アルフェッカの声が聞こえる――アルフェッカの速度なら、『ザ・カラミティ』に追いつかれずに『回廊』に誘導できる見込みはある。
しかし『スティングレイ』は光線のようなもので、その速度は逃げきれるようなものではない。見た限り追尾性能もあり、直線上を外れるだけでは避けられないだろう。
「セラフィナさん、もう一度力を貸してもらえますか。誘導しながら奴に攻撃される危険があります。そのときは……」
セラフィナさんは一も二もなく頷く。俺は無茶なことを言っていると自覚していて、それを顔に出してしまっているだろう――それでも彼女に迷いはなかった。




