第百五十八話 凍土と砂塵
「五十嵐さんは『囮人形』に『デコイ』をかけて、さらに新しい技能を使ってください。テレジアは五十嵐さんを援護してくれ」
「ええ、分かったわ……」
「……っ!」
先陣を切ったのは五十嵐さんとテレジアだった――彼女たちが行動を起こす前に、俺はアンクと一緒に首にかけているペンダントを取り出す。
「――来いっ、スノー、ペンタ、ルピー!」
「「「ピェェェェェッ!!!」」」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『スノー』『ペンタ』『ルピー』を召喚
・『スノー』が『銀世界』を発動 →地形効果が『凍土』に変化
・『ペンタ』『ルピー』が『アイスダンス』を発動 →『銀世界』の効果が強化
『そうか……蝶は低温に弱い。この極低温の中で動けなくなったとしても、それは地形効果によるものということになる』
だから、カルマは上昇しない――賭けではあるが、敵だけが地形効果を発生させて利益を得て、カルマが上がっていないというのは理不尽だ。
その理不尽が、逆にこちらが突くべき急所となる。今はそれを信じる他はない。
「「ピェッ、ピェッ!」」
スノーが白い翼を広げて、その周りをペンタとルピーが跳ね回る。その足元から地面が凍結し、一気に凍結範囲は広がり――俺たちの息が白くなるほどに、気温が急激に下がる。
◆現在の状況◆
・『?青い蝶』たちが『凍土』の影響で『休眠』
・『☆憐憫の幻翅蝶』が『凍土』の影響で能力低下
カルマは上がらない――『凍土』の影響は、俺たちの攻撃行動とみなされなかった。大きな賭けに勝ったが、依然として俺たちが自由に攻撃できない状況に変わりはない。
(まだ『咎人』の地形効果は解除されない……だが、蝶たちの撒き散らす鱗粉の量は激減した。あとは『幻翅蝶』本体の鱗粉を止めることができれば……!)
◆現在の状況◆
・『キョウカ』の『雪国の肌』が発動 →低温による状態異常低下を無効化
士気解放の効果時間がギリギリのところで、テレジアに五十嵐さんの発動した補助効果『雪国の肌』が共有される――五十嵐さんは『幻翅蝶』を誘うために、『囮人形』の技能を発動する。
「行くわよ……っ!」
「――!!」
◆現在の状況◆
・『☆憐憫の幻翅蝶』が『禁断の触腕』を発動 →範囲内に無差別攻撃
・『テレジア』が『蜃気楼』『シャドウステップ』を発動
・『キョウカ』が『イベイドステップ』を発動
『囮人形』に攻撃を誘うには、自分たちに向けられる攻撃を回避しきらなくてはならない――五十嵐さんとテレジアは透明な腕による猛攻を回避し続ける。
(『透明な触腕』による連続攻撃……あれで俺たちを狙って来ない保証はない……!)
「――アリアドネッ!」
『――我が信仰者に加護を与える。機神の腕を以て盾となろう』
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『機神アリアドネ』に一時支援要請
・『機神アリアドネ』が『ガードアーム』を発動
・『禁断の触腕』が『ガードアーム』に命中
・『禁断の触腕』が『ガードアーム』に命中
・『禁断の触腕』が『ガードアーム』に命中
まともに喰らえば甚大な打撃を受ける『透明な触腕』の一つ一つを、何もない空間から現れた機械の腕が受け止める――俺たちを狙って無差別に握りつぶそうとしてきた『触腕』と真っ向から組み合い、見事に護ってくれた。
「アリアドネ、恩に着る……!」
「すごい……こんな攻撃まで受け止めきれるなんて……!」
『電撃でなければ、まだしばらくは代わりに受け止められる。しかし、耐久力の半分は削られている』
そんな攻撃からエリーティアを庇ったシオンが、いかに勇敢か――俺も『支援防御1』ではなく、切り札となる防御手段を手に入れなければいけない。
しかし今考えるべきは、目の前の『幻翅蝶』を撃破することだ。『宝翼』の作り出した極低温の空間に、氷の結晶がきらめく――そして。
◆現在の状況◆
・『キョウカ』が『禁断の触腕』を回避
・『キョウカ』の回避率が上昇
・『テレジア』が『禁断の触腕』を回避
・『☆憐憫の幻翅蝶』の『凍傷』が進行 →『☆憐憫の幻翅蝶』の能力低下
前衛を務める二人が、執拗に襲いかかる『触腕』を回避し続ける――そして攻撃が途切れたその瞬間に、五十嵐さんは囮人形の媒介となる人形を取り出す。
「勇敢なる戦士の魂よ、猛る者の闘志を引きつけよ……『デコイ』!」
◆現在の状況◆
・『キョウカ』が『囮人形』を発動
・『キョウカ』が『デコイ』を発動 → 『囮人形』の敵対値が上昇
――あとは『フロストアーマー』を『囮人形』にかけるだけだ。しかし、五十嵐さんの魔力が底を突きかけている。『イベイドステップ』の効果時間中にも魔力は減り続けているからだ。
「っ……まだ……倒れるわけにはっ……!」
「――五十嵐さん、『支援します』!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『アシストチャージ』を発動 →『キョウカ』の魔力が回復
・『キョウカ』が『フロストアーマー』を発動 →対象:『囮人形』
五十嵐さんの生成した『囮人形』を冷気が包み込む――しかし、たとえ『デコイ』がかかっていても、確実に囮を敵が攻撃するとは限らない。
「テレジアさんっ……!」
「――っ!」
――最後の詰めを担ったのはテレジアだった。視認できない『触腕』を極限まで引きつけ、そして回避をしようというのだ。
一瞬でも遅れれば『触腕』に捕まる。持てる全ての回避技能を使い、『囮人形』に攻撃させながら自分は避けきる、それを達成するために、テレジアが用いた手段は――。
◆現在の状況◆
・『テレジア』が『モードチェンジ:サンドクラッド』を発動
・『テレジア』が『蜃気楼』を発動 『サンドクラッド』により強化 →『砂塵影』を発動
・『禁断の触腕』の合体攻撃 →『デッドグラスパー』を発動 命中時に即死効果
「――テレジアッ!」
「凄い……土壇場で、あんな……っ!」
◆現在の状況◆
・『デッドグラスパー』が『テレジアの砂人形』に命中 →『テレジアの砂人形』を破壊
ほとんど視認できない『触腕』が、テレジアを取り囲むように出現し、彼女を握り潰そうとした――だが、潰されたのは砂で作られた偽物だけだった。
(この階層はもともと、荒れ地の表面を砂が覆って、ところどころ砂溜まりができていた……テレジアは、装備している『デザートローズ』の力を使えると判断したんだ……!)
俺の想像通りに、まだ凍結していない砂地を伝って、別の場所からテレジアが姿を現す。保護色の砂の色に変化している――この神出鬼没な動きは、まさに忍者だ。
そして俺たちが見上げる中で、極低温の影響で少しずつ高度を下げていた『幻翅蝶』の翅が――ここまで届くほどの音を立てて凍っていく。
『デッドグラスパー』は、テレジアの砂人形と一緒に五十嵐さんの『囮人形』を破壊していたのだ。
◆現在の状況◆
・『デッドグラスパー』が『囮人形』に命中 →『☆憐憫の幻翅蝶』に『フロストアーマー』による反射
・『☆憐憫の幻翅蝶』が凍結 即死耐性により抵抗 『地形効果:咎人』が解除
敵の渾身の攻撃が、『フロストアーマー』によって反射した――『幻翅蝶』の弱点である、氷属性で。『禁断の触腕』による即死効果が『幻翅蝶』自身には通らなくても、もはや大勢は決した。
『囮人形』によるカウンターが成功しても五十嵐さんのカルマは上がらず、敵には大きな打撃を与えられた。『幻翅蝶』は少しずつ高度を下げて、跳躍すれば届くほどの高さにまで降りてくる。
「――メリッサ、エリーティア! 『支援する』っ!」
この好機を逃す手はない。メリッサはシオンに乗って駆け、エリーティアは自身の技能だけでその速度に追随する。
「っ……ちょっとタイミングが遅れたけど……!」
「……!!」
このタイミングで、五十嵐さんとテレジアの士気も最大になる――そうとなれば、あの連携を使うことができる。
「これで決めさせてもらうぞ……!」
「「「はぁぁぁぁぁっ!!」」」
◆現在の状況◆
・キョウカが『ソウルブリンク』を発動 → パーティ全員に『戦霊』が付加
・テレジアが『トリプルスティール』を発動 →パーティ全員に『三奪』効果が付加
・『アリヒト』が『支援連携1』『支援攻撃1』を発動
・『キョウカ』と『戦霊』が『ライトニングレイジ』を発動 →『☆憐憫の幻翅蝶』に命中 連携技一段目 支援ダメージ26
・『ライトニングレイジ』の追加攻撃 →『☆憐憫の幻翅蝶』に六段命中 支援ダメージ78
・『テレジア』と『戦霊』が『アズールスラッシュ』を発動 →『☆憐憫の幻翅蝶』に命中 連携技二段目 ノックバック小 魔力燃焼 支援ダメージ26
・『キョウカ』『テレジア』『アリヒト』の体力、魔力が回復 ドロップ奪取失敗
五十嵐さんのクロススピアが電撃を纏い、一度攻撃した後も雷撃の追い打ちが入る――テレジアは青い炎を纏った斬撃を放ち、離脱する。
「――その触角を落とす……!」
「アォーーンッ!」
◆現在の状況◆
・『シオン』が『戦いの遠吠え』『ハウンドギャロップ』を発動 →前衛の攻撃力上昇 『シオン』の速度が上昇
・『メリッサ』と『戦霊』が『シオン』と『戦霊』に騎乗して『ライドオンウルフ』を使用
・『メリッサ』と『戦霊』が『包丁捌き』を発動 → 部位破壊確率が上昇
・『メリッサ』と『戦霊』が『切り落とし』を発動 →『☆憐憫の幻翅蝶』が素材をドロップ 連携技三段目 支援ダメージ26
・『闘鬼の小手』の効果が発動 →『駄目押し』の追加打撃 支援ダメージ26
・『シオン』が『ヒートクロー』を発動 →『☆憐憫の幻翅蝶』に命中 連携技四段目 昆虫特攻 支援ダメージ13
・『無辜の静謐』が解除
・『シオン』『メリッサ』『アリヒト』の体力、魔力が回復 ドロップ奪取成功
メリッサと彼女の戦霊は、同時に『肉斬り包丁』を振り抜いて『幻翅蝶』の触角を切り落とす。もう一つ残っていた地形効果がこれで消える――そして。
駆け込んだエリーティアは、戦霊とともに『緋の帝剣』を振りかざし――最後の抵抗を試みようとする『幻翅蝶』に、斬撃の花弁を降り注がせた。
「……咲き乱れ、散る花となれ……『ブロッサムブレード』!」
◆現在の状況◆
・『☆憐憫の幻翅蝶』が『胡蝶の夢』を発動
・『エリーティア』と戦霊が『ブロッサムブレード』を発動
・『☆憐憫の幻翅蝶』に24段命中 連携技五段目 支援ダメージ312
・『エリーティア』の追加攻撃が発動 → 『☆憐憫の幻翅蝶』に16段命中 支援ダメージ208
・連携技『蒼雷斬閃花』 →連携加算ダメージ238
・『胡蝶の夢』が中断
・『メリッサ』『エリーティア』の体力、魔力が回復 ドロップ非所持により奪取失敗
・『☆憐憫の幻翅蝶』を1体討伐
『☆憐憫の幻翅蝶』は、最後に何かの抵抗を試みたように見えた――だが、エリーティアの斬撃はその発動を阻止し、『幻翅蝶』はついにその動きを止めた。
「はぁっ、はぁっ……」
「――エリーさん、みんなっ……!」
「ふぉぉぉぉぉ!? な、なんかおっきい蝶々が……もしかしてまた『名前つき』に遭っちゃったんですか!?」
霧が晴れると同時に、スズナとミサキが走ってきた――スズナはエリーティアに抱きつき、ミサキは『幻翅蝶』を見て目を丸くしている。
三匹で『凍土』を維持してくれていたスノーたちは、戦いが終わったと分かると能力を解除する。スノーは尻もちをつき、ペンタとルピーはスノーの頭に乗って、羽毛の中から顔だけ出した。
「この子たちのおかげね……あんなに高いところを飛ばれてたら、後部くんしか近づきようがなかったもの」
「アリヒトの技には、いつも驚かされる。気がつくと敵の後ろに移動してる」
「後衛としては、あまり乱発すべきじゃないかもしれないけどな。敵の後ろに行って見えてくることも多いから」
『私もそんな後衛は聞いたことがない。しかし、敵の弱点を見出すという役割は、後衛らしいといえばらしいのかもしれぬ』
『アルフェッカは長く実体化している。パーツごとに役割が違い、実体化の維持に必要な魔力も異なるのであれば、少し不公平と感じる』
背中のムラクモが訴えてくる――今回は彼女の力を借りなかったこともあって、物申したいこともあるということか。
「ムラクモの力もすぐに借りることになると思う。今回は、確実にダメージを与えられる方法を選びたかったんだ」
『それについては、マスターの判断は正しい。あの蝶は物理攻撃を低減する能力を持っている。氷属性と、マスターの支援によって生じた打撃が大きく貢献していた』
耐性が表示されていなくても、非常に防御力が高いということはある――やはり仲間が強くなり、手数を増やしていけるのならば『支援攻撃1』は一生ものの技能になる。
「あっ……お、お兄ちゃんっ、この人って……」
ミサキが倒れているシロネに気がつく。迷宮の外で待っていたはずのミサキとスズナがここにいるということは、途中でセラフィナさんに会って事情を聞いてきているはずだ。
セラフィナさんはフォーシーズンズを脱出させ、迷宮の外に出ている。彼女以外に、ミサキとスズナをここに送り届けてくれる人物がいるとしたら――その可能性を考えはしたが、本当に当たっているとは思わなかった。
なぜなら、その人物はギルドセイバーの本部にいるべき人だからだ。
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