第百五十二話 止水
ここに来るまでに目にした泥人形のような敵は、『泥巨人』を出現させるために倒されたということらしい。
『泥人形』を動かしている『呪魂石』を集めると、特殊条件で『泥巨人』が呼び出されるという――シロネはその条件を満たし、『操魔の呪符』というものを使って『泥巨人』を操り、フォーシーズンズにけしかけたようだ。
エリーティアは彼女が『旅団』を抜けるとき、シロネのレベルが12だったと言っていたが、そこまでの高レベルになると『名前つき』を操り、悪用することもできるということか――レベル差があったから可能なことなのか、『泥巨人』が操れる種類の魔物なのか、現状では定かではない。
「アリヒト、『泥巨人』と戦ったからレベルが上がっているんじゃない?」
「ああ、確かめてみるよ……俺とテレジア、五十嵐さんのレベルが上がってるな」
不測の事態とはいえ、パーティ全員で揃って『泥巨人』を倒せなかったのは経験の観点では惜しいところだ。フォーシーズンズもレベルが上がっている可能性はある――苦戦したとはいえ、結果的には全員が無事だったのだから。
◆現在のパーティ◆
1:アリヒト ◆×□# レベル7
2:テレジア ローグ レベル7
3:キョウカ ヴァルキリー レベル6
4:エリーティア カースブレード レベル10
5:シオン シルバーハウンド レベル6
6:メリッサ 解体屋 レベル6
レベルが上がったメンバー以外もやはり『名前つき』の経験値は大きく、ライセンス上の経験値を示す玉のような表示は、高レベルのエリーティアでも5個ほど溜まっている。10個でレベルが上がるようだが、シオンとメリッサも一気にかなり溜まっているので、レベルアップは遠くなさそうだ。
「いつもは冒険が終わったあと、ギルドで報告するときにレベルアップを確認してたな」
「探索中も上がってはいるんだけど、スキルはゆっくり考えたいから、基本的にはそれでいいと思うわ」
「取れるスキルが増えてることは、念頭に置いておこう。エリーティア、教えてくれてありがとう」
「……こんなときだけど、人のレベルが上がるのを見るのもわくわくする」
メリッサは珍しい魔物だけでなく、人間にも興味を持ち始めているようだ――と、それはあまりな物言いだろうか。俺としてもメリッサは取れるスキルが多いので、レベルアップを楽しみにする気持ちはある。勿論、全員に対して思っていることだが。
「それにしても、本当に広いな……」
「後部くん、このまま真っ直ぐでいいの?」
「はい、シロネが行った方角は何となく分かるというか……さっき技能を使われたからかもしれません」
俺だけに限定して『帰還の巻物』の効果を発動させることを可能にした技能『マーキング』。あれが発動していつまでなのか、永続するのか分からないが、マークした主であるシロネの向かった方向が何となくわかる。
(迷宮から出るまでとか、時間で効果が切れるようなら有り難いが……)
シロネに会ったときに解除を頼むということも考えられる。まともに話せる状態なのかは分からないが、だからこそ放ってはおけない状態だ。
今は二層を抜けることを考える。『原色の台地』はやはり一層ごとがやたらと広大だ――似たような地形も多く、どれだけ進んでいるかわかりにくいというのも、広いという認識に拍車をかけている。
俺たちが『泥巨人』と戦っていた場所以外も、二層の地形は池のような大きさの水たまりばかりで、サンショウウオのような魔物などがいる。
◆遭遇した魔物◆
スロウサラマンダーA:レベル6 友好的 耐性不明 ドロップ:???
スロウサラマンダーB:レベル7 睡眠 耐性不明 ドロップ:???
長い尻尾を含めた体長は2メートル近くにはなりそうで、枝のような触覚が生えているが、あれを使って何か攻撃をしてくるのだろうか――水たまりから顔を出してこちらを見る姿には、なんとも愛嬌がある。
「こんなときだけど、なんだかのんびりした魔物ね……ぬいぐるみみたいな顔だし……」
「かわいいように見えるけど、あの種類の魔物は外部から刺激されたり、雨が降ったりすると活発になって攻撃してくるわよ」
「エリーさんは詳しいのね……そ、そういうことなら、油断しちゃいけないわね」
「『スロウ』ってことは、相手の速度を下げる攻撃でもしてくるかもしれないな。『投擲』って意味も考えられるが」
「っ……」
膝の上に乗っているテレジアが反応する――前方のどうしても抜けなければならない、池に挟まれた経路に、怒った様子の『スロウサラマンダー』が待ち構えている。
「あいつ……何か、口にくわえて……」
「……シロネが持っていた双剣だと思う」
メリッサがそう推測するが、俺も同意見だった。可愛いようだが油断はできないと、エリーティアが言ったとおりだ。
シロネが捕まったということはない、彼女の気配はここで途切れていない。ここで交戦して逃げたとしたら、高レベルの彼女がなぜ武器を捨てて逃げる選択をしたのだろう。
『泥巨人』を倒したとき、エリーティアの『ブロッサムブレード』のダメージがシロネにも『フィードバック』したと表示されていた。シロネは『泥巨人』を操ることができたが、操った対象を撃破したとき、ダメージがシロネにも跳ね返るというリスクがあったようだ。
「シロネはかなりのダメージを負っていた……今の状態では、レベル差があってもこの魔物を倒すことはできなかったのか」
「武器も失って、それでも奥に行こうなんて……」
エリーティアには複雑な感情があるようだ。シロネがしていることは客観的に見ても、自殺行為に他ならない。
「……シロネが攻撃をして、魔物たちを敵対状態にした。その彼女が索敵範囲を外れたから、私たちを狙ってくるわよ……!」
まだ距離に余裕があるが、アルフェッカの走行スピードではすぐに接敵する。『オーラスパイク』などを使った体当たりに頼れないかと考えるが、アルフェッカの霊体は、半透明で表情がはっきり見えないのだが、何か躊躇っているように見えた。
「どうした? アルフェッカ。もしかして、ああいうタイプの魔物は苦手とか……?」
『得手不得手というものはある。私たちは魔法に耐性を持っているが、完全というわけではない』
アルフェッカに代わって、ムラクモが語りかけてくる。つまり、『スロウサラマンダー』の使ってくる攻撃が苦手だということか。
『もし状態異常になったとしても、状態異常を解除する技能は穢れなき乙女の血を必要とするため、濫用はできない』
遠距離攻撃として『ローズジャベリン』なども使えるはずだが、そうしないのは苦手な魔物だからだろうか。
人と変わらない感情を持っている『アーマメント』に、命令を無理強いしたりはしない。『アーマメント』の二人もパーティの一員だと考え、苦手は相互に補い合うべきだろう。
「五十嵐さん、遠距離攻撃で仕掛けてみましょう!」
「了解っ!」
「アォォーンッ!」
五十嵐さんはシオンに騎乗して、まるで女騎士のように勇壮な姿を見せてくれる。白銀の鎧もあいまって、絵になると言うほかはない。
◆遭遇した魔物◆
スロウサラマンダーD:レベル7 敵対 耐性不明 ドロップ:??? 所持品:ヘブンスティレット+4
スロウサラマンダーE:レベル7 敵対 耐性不明 ドロップ;??? 所持品:★ブラッドサッカー+3
シロネの双剣は一本ずつ、別の『サラマンダー』が持っている――長い尻尾でしっかり巻き取っており、振るって攻撃することもできそうだ。
『――やはり、この種の攻撃は……厄介も極まれり……っ』
『サラマンダー』たちが触覚のようなものをこちらに向ける。そして俺たちが仕掛ける前に、まだ距離があるところから、『何か』をした。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『鷹の眼』を発動
・『スロウサラマンダーD』が『止水の呼吸』を発動 → 対象:中範囲
・『スロウサラマンダーE』が『止水の呼吸』を発動 → 対象:中範囲
その攻撃は不可視――いや、『鷹の眼』でようやくわずかに見えるほどの、極めて視認が難しく、範囲を見切りにくいものだった。
俺にできることは一つ――何をされるのかが分からなくても、スリングショットで五十嵐さんの標的とは違う一体を狙う、ただそれだけだった。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『フォースシュート・フリーズ』を発動
・『キョウカ』が『サンダーボルト』を発動
・『止水の呼吸』が命中 → 『アルフェッカ』『メリッサ』『エリーティア』が『低速化』 『テレジア』が無効化
・『止水の呼吸』が命中 → 『シオン』『キョウカ』が『低速化』
・『止水の呼吸』が共鳴 → 『低速化』レベル2に強化
・『キョウカ』の『サンダーボルト』の発動が遅延
「うぉぉっ……!」
「っ……!?」
(なんだこの技は……ろくに見えもしないし、効果が強力すぎる……!)
アルフェッカとシオンが、同時にぐんと減速する――『低速化』しなかった俺とテレジアは慣性で宙に投げ出されるが、空中で『八艘飛び』を発動してテレジアを抱き上げ、何とか足場に着地する。
テレジアを膝に乗せていたことが、こんな形で幸いするとは思わなかった――装備の耐性か、それとも本人の特質によるものか、彼女が『サラマンダー』の技を遮断してくれたのだ。
五十嵐さんの『サンダーボルト』が効果を現し、空間を駆け抜ける前に、稲光をバリバリと放っただけで止まってしまう。技能まで『低速化』させられるということだ。
――だが、俺の技能はキャンセルされていない。スリングで放った『氷結石』の力を込めた魔力弾が、『サラマンダー』の一方の頭部に命中していた。
「……ギィ……ィィ……」
◆現在の状況◆
・『フォースシュート・フリーズ』が『スロウサラマンダーD』に命中 弱点攻撃 凍結
『サラマンダー』の頭部の触覚が見事に凍りついている――ダメージも小さくはなかったようだが、やはり支援ダメージを利用しなければ決定打は与えにくい。
(それにしても厄介すぎる攻撃だ……動けなくなるわけじゃない、だが、命中すると速度が数割も削られる……!)
「なに……これ……動きが……ゆっくりに……」
「こん……な……攻撃、この……階層、で……」
五十嵐さんとエリーティアの話し方まで遅くなっている――速度が落ちるとはただ動きが遅くなるだけではなく、文字通り何もかもが遅くなってしまうようだ。
二体の『スロウサラマンダー』の技が共鳴し、状態異常の効果が増している。もし一体ずつだったなら、これほど遅くさせられることはなかっただろう。
シロネはこの技の範囲を逃れるために、武器を投擲して逃げるしかなかったようだ。この『サラマンダー』が『泥巨人』との戦いに割り込まなかったのは、今にして思うと幸運だった。
「……ギ……」
「……クァ……」
鳴き声がわずかにしか聞こえないが、明らかに殺気を放っている。凍結状態の『サラマンダー』は動けないでいるが、もう一体の『サラマンダー』は、大きな口を開けて威嚇したあと、こちらに這うようにして移動してくる。コモドドラゴンと同じくらいとまではいかないが、思っていた以上に移動速度は早かった。
『敵の……攻撃範囲より、引く……このままでは……』
ここまで強力な状態異常を持っているとなると、なるべく避けたい相手ではあった――しかし『アルフェッカ』は『バニシングバースト』で魔力を使い果たしており、空中を浮遊して走行する『フローティング』を発動することができなかった。徒歩で走ったとしても、ここで『サラマンダー』二体と遭遇することは避けられなかっただろう。
ならば、戦うしかない。行きがかり上、シロネの武器を回収することにもなる。
「テレジア、一つ頼みがある……俺の前、できるだけ近くにいてくれるか。そうじゃないと、あの『低速化』が俺にも効く可能性がある」
「…………」
テレジアはこくりと頷き、『レイザーソード』と『円盾』を構える。みんなの状態異常が時間経過で解除することを期待しつつ、二人で撃破を狙う――迫ってくる『サラマンダー』に初手の一撃を叩き込むべく、スリングを構えた。