第百四十四話 命名
『幻想の小島』での一泊の休暇は終わり、俺たちはギルド職員の人たちに挨拶をして島を後にした。
最初に魔物牧場に向かう――転移扉の行き先を変えれば、浮遊島からそのまま魔物牧場に移動することができた。
管理をしているウィリアムさんは、今は『アラクネメイジ』のネットを集めている途中のようだった。定期的に採取できるので、これは牧場の維持費を賄うために、余った分は市場に売却してもらっている。
「おお、アトベ様! お久しぶりでございます、新しくお預けいただいた魔物も健康に過ごしておりますよ。時折召喚もしていただいて、どうか活躍していればと思っております」
「お疲れ様です、ウィリアムさん。実は、また新しい魔物を預けたいんですが……」
「クェッ」
軽く俺の二倍は高さがある、『宝翼』が前に出る。ウィリアムさんは目を見張って感心していた――アラクネメイジも大きいが、大きな魔物ばかりでは飼育の負担をかけてしまうだろうか。
「これは……『ピーゴ』系統の魔物の『名前つき』でございますか。まさかこの牧場で、『名前つき』を預かる日が来るとは……」
「この牧場で飼うことは可能でしょうか? 海に囲まれた島で暮らしている魔物なので、環境に順応できるかという問題もあると思うんですが」
「この牧場には水棲の魔物を買うためのエリアもございます。水場が必要な魔物でもストレス無く飼育することが可能です……海水が必要な魔物ですと、専用の牧場を借りていただくことにはなるのですが」
「森の中で出会ったので、海水が必須ということはないと思いますが……もし必要な場合は連絡してもらえると有り難いです」
「私も大丈夫だと思いますが、注意して見ておりましょう……おや、通常の個体も一緒なのですね。同じ鳥系の魔物同士、デミハーピィたちと仲良くできると良いのですが」
ハーピィたちは近くの木に止まり、こちらを見ている――宝翼も見ているが、『デミハーピィ』の表情を見る限り、今は興味を持っている段階のようだ。
「では、向こうの水場のある柵に入れておきます。この種族は与える食事によって魔石を産むのですが、今のところは標準的な食事でよろしいですか?」
「はい、それでお願いします。魔石は確かに手に入ると嬉しいですが、そのために連れてきたわけでもないので」
「なるほど……女性には人気のある魔物ですからな。アトベ様はパーティの皆様のことを、本当に良く考えていらっしゃる」
「ふぁぁぁ、もふもふ! 大きいペンギンさん、また会いに来るからね!」
「ミサキちゃん、すごい……そんなに大胆にできるなんて……」
「本当に……私もしたいけど、大人になるとなかなかできないのよね」
ミサキが遠慮なく『宝翼』に抱きつき、羽毛の柔らかさを堪能している――『宝翼』は『コーラルピーゴ』に囃し立てられて困っているようだが。スズナと五十嵐さんも抱きつきたいようだが、ミサキほど大胆にはできないようだ。
話しているうちに、前にも顔を合わせたミリスさんがこちらにやってきた。シャツにオーバーオール、麦わら帽子に鍬という、いかにも牧場の娘といういでたちだ。
「いらっしゃいませ、アトベ様。ヒミコたちにご飯をあげてたんですが、みんなアトベ様が来るなり飛んでいって……」
「お久しぶり、ミリスさん。今日から新しく、この子たちがお世話になるよ」
「クェッ」
「ああ~……『ピーゴ』の仲間を預けていただけるなんて。この子たちって、預け主の方が条件を満たしていないと懐かないんですよ~」
ミリスさんは可愛いものを見ると語尾が伸びるらしい――と、それよりも、聞いておきたいことがある。しかし俺が尋ねる前に、ミリスさんの方から聞いてきた。
「この子の名前、どうしましょうか。『アラクネメイジ』さんにもつけてあげると、きっと喜ぶと思うんですが」
「そうだな……みんな、何かアイデアはあるか?」
「『雪原に舞う宝翼』だから……『スノー』とか?」
「あ、それいいですねー、変わった名前よりストレートなのがいいですよ。白いですからよく似合ってますし」
「私もいいと思うわ。雪みたいに白い羽をしてるものね」
「クェェッ」
五十嵐さんの意見にミサキとエリーティアも賛成して、『宝翼』の名前は『スノー』に決まった。あとはアラクネメイジだが、魔法使いらしい名前で蜘蛛らしさもあり、となるとなかなか難しいので、色々と案を出した結果、やはり率直な命名ということで『メイ』になった。
スノーについてきた『コーラルピーゴ』はオスとメスということで、『ペンタ』『ルピー』という名前に決まった。ペンタはミサキの案で、ルピーはマドカの案だ――響きが可愛いということだが、『商人』らしい名付けだとも感じる。
「ミリスさん、一つ確認しておきたいんだが、『蔓草の傀儡師』の種子はどんな様子かな」
「あっ……も、申し訳ありません、実は芽が出てきていて、双葉から蔓が伸び始めています。『契約』はしているので、危ないことはないと思いますが、観察日誌をお送りするのを失念していました」
「ああいや、危険がないなら問題ない。教えてくれてありがとう」
「いえ、申し訳ないというのは、もう一つのことがありまして……生育の過程で、最初に出てきた新しい蔓が、驚くほど強い繊維質でできていたんです。何かの素材に使えないかと思いまして、保存しています」
成長するほど蔓の強靭さも増すと思うが、その常識を破るほど強い繊維ということか――確かに、何かに使えるかもしれない。
「できれば持ってきてもらえるかな。持ち帰って何かに使えるか、職人さんに相談してみようと思う」
「はい、ぜひ。良かった、アトベ様に聞いていただかなかったら忘れたままになっていました」
安心して笑うミリスさん――ウイリアムさんは苦笑して髭を撫でていたが、俺としてはちゃんと報告してもらえたので良かったと思う。
◆◇◆
『緑の館』近くの転移所に戻ってきたところで、『フォーシーズンズ』の皆は自分たちの宿舎に帰っていく――みんな別れを惜しんでいるが、これが最後というわけでもない。
「アトベさん、皆さん、本当に楽しかったです。迷宮国に来てから一番の思い出ができました」
「先生たちと一緒に遊べて嬉しかったです。みんな、もう六番区に行っちゃうんじゃないかと思ってたから……」
「……皆さんのおかげで作れたラケットを見せられて良かったです。アリヒトと一緒に戦ったことも、ずっと覚えています」
それでもやはり、上の区に行ったあとは疎遠になる。『フォーシーズンズ』の皆の方が、そのことを重く考えているようだった。
「……みんな、うちらはうちらにできることをやらな。兄さんやみんなに、もう一回胸を張って会えるように」
カエデはそう言うが、自分の声に力がないことを分かっているようだった。それに気づいてハッとしたような顔をすると、パタパタと手を振る。
「な、なんや、しんみりしてしまうやんか。うちら絶対追いつくんやから、そんなに待たせずにもう一回会えるんやし……」
「ええ、私たちも待ってる。こんなに他のパーティの人たちと仲良くできたのは、迷宮国に来てから初めてだから」
「またお会いしましょう。他の区に行っても、私たちは……」
五十嵐さんの後に続いて、スズナがカエデの前に出る。カエデはふっと微笑んで手を差し出す――二人は右手で固く握手をした。
「ありがとう。まだ友達って言うには、スズナちゃんが気を許したところは見せてもらってへんけど……」
「だからこそ、必ずもう一回、今回みたいなふうに……そうだよね、みんな」
「ええ。キョウカさんとルイーザさんと……セラフィナさんとも、大人同士で話したいこともいっぱいあるわ」
「……私もです。リョーコ殿、貴女がたも昇格条件をきっと満たすことができる。そうでなくても、もう一度お会いできたときは、またご一緒しましょう」
俺たちは、少しでも早く進まなくてはならない。しかし急ぎ過ぎて身体と心をすり減らすことはしてはいけない。
こうして皆で一緒に、得難い時間を共有できた。そうすることでまた前に進める――それが俺たちにとっての『最速』だ。
◆◇◆
宿舎に戻ってきたあと、ライカートンさんから『断頭台』の解体報告が送られてきた。しかし武具の改造をさらに行うと日数が必要なので、ひとまず保留しておく。
セレスさんたちは頼んでおいた加工を全て終えてくれていた。俺も『般若の脛当て』をレガースのように加工したものを受け取る。
他のメンバーも『透翅』などで改造された武具を試着している――一部が透けるようになったというが、もちろん町を歩く時に恥ずかしいようなデザインにはしていないとのことで、みんな安心していた。
「さすがですね、シュタイナーさん……凄くいい仕上がりです」
『そう言ってもらえる瞬間がやっぱり最高だよね。我輩、職人やってて良かったーって』
「アリヒトのことじゃから、休暇といいつつ何か素材を持って帰ってきたりしそうじゃがのう……と、本当に出てくるとは」
「すみません、幾つか見てもらいたいものが……いいですか?」
「良かろう、すぐ使えるものもあるかもしれぬからな。日数がかかると、お主らをさらに足止めしてしまうことになる」
俺は素材を入れてきたポーチから、ひとつずつ取り出していく――セレスさんもシュタイナーさんも、どれを出しても頭に疑問符を浮かべていた。
◆新しく獲得した素材◆
・生きている若蔓×1
・氷結石×2
・雪水晶×1
『宝翼の白毛』は、また伸びてくるとスノーからもらうことができるようだが、今のところは一つしかないので手放すわけにはいかない。
「な、なんじゃこの蔓は……魔物の一部か? 今は動いておらぬが、確かに生きておるぞ、これは」
「前に戦った植物系の『名前つき』が、種子を残していったんです。魔物牧場で契約して育ててもらっていて……」
「む、むう……なるほど、そういうことか。植物系の魔物からは、生育の各段階でしか取れぬ素材がある。薬草の新芽に生命力が集約しておるようにな」
『この蔓はすごく強度が高そうだよ。引っ張ったときの弾性にも優れてる……弓に使うには少し短いから、アトベ様が持ってるスリングに合ってるんじゃないかな?』
「そして、水着の必要なところに行っておったはずじゃが、なぜ『雪水晶』なのじゃ……どうやら土産話を少し聞かねばならぬようじゃの」
「それが、実はですね……」
『幻想の小島』であった出来事を、かいつまんでセレスさんたちに話す。
「なんと……ギルドの保養所で謎解きをするなど、お主らは本当に好奇心の塊じゃの」
『我輩も行ってみたいなあ、綺麗な海と砂浜と、自然がいっぱいの森……ううん分かってるよ、頑張った探索者の人へのご褒美だもんね』
「あ、その……あの感じだと、セレスさんたちも行くことはできると思います」
「な、なにっ……分かっていて留守番をさせたのか。などと目くじらは立てぬ、アリヒトのことじゃから、いつか連れていってくれるじゃろうからな」
「す、すみません。次に訪問するときは、仕事を頼まないようにします」
『うんうん、大丈夫だよー、我輩たちはアトベ様のおかげで、色々新鮮な経験ができてるからね』
しかし二人ともやはり残念そうだ―ー探索者と支援者が休みを合わせるというのも、互いの役割が違う以上難しくなってくるが、専属になってもらった以上は機会を見て、皆でリフレッシュする機会を設けたい。
「ふふ……お主は勤勉じゃが、そればかりでないのが良いところじゃな。遊び心のないリーダーでは、年頃の娘たちも窮屈じゃろう」
「い、いや……こんな堅物で、退屈させていそうだと思ってますが」
『真面目な上司と、柔軟な上司は両立できるっていうことだよ。ご主人様みたいにね』
「なんじゃ、世辞を言っても給料は上がらぬぞ……と、そもそもわしとシュタイナーは共同経営のようなものなのじゃがな。それで、魔石はどうするのじゃ? お主の靴に魔石をつけられるようになったから、一つつけておくか。それだけならすぐに終わる」
「じゃあ……スリングの『跳飛石』を『氷結石』に変えておいてもらえますか。この魔石の力は有効ですが、新しい属性攻撃も試してみたいので」
スリングに『氷結石』を、脛当てには余っていた『混乱石』をつけておく。混乱耐性はあって困ることはないだろう。
『雪水晶は用途がいろいろあるけど、加工に時間がかかるから保留しておくね』
今日は宝物宮に行くと伝えてあるので、時間がかからないスリングの弦の交換をしてもらって『氷結石』を着けてもらうことにした。
◆★黒き魔弾を放つもの+4◆
・クリティカル時に攻撃力が強化される。
・『命中率』が強化される。
・『射程距離』が強化される。
・『魔力弾』が発射可能になる。
・『蔓草弾』が発射可能になる。
・『眼力石』が装着されている。
・『氷結石』が装着されている。
・『操作石』が装着されている。
◆★般若の脛当て改+3◆
・敵の状態異常攻撃をまれに無効化する。(改)
・物理攻撃を少し軽減する。(改)
・『特効:人型』人型の敵に対して打撃が上昇する。
・『素早さ』が強化される。
・『魔法防御』が少し強化される。
・『間接防御』が少し強化される。
・『八艘飛び』の技能が発動可能になる。
・味方を強化する技能の性能が向上する。(改)
「うむ、なかなか良い仕上がりじゃな。『蔓草弾』とは何か分からぬが、チャンスを見つけたら試してみるのじゃ。足を引っ張るような効果ではあるまい」
「はい、ありがとうございます」
『この脛当てくらい強い足装備を、吾輩は今まで見たことがないよ……でも上の区の人たちは、これくらいのものも当たり前に持っているのかな』
「固有技能を持っている武具は、上の区では目を疑うほどの高額で取り引きされていることもあるというがの。『八艘飛び』の効果次第では、この武具の価値は計り知れぬ」
それだけ貴重なものを入手する機会を得た――大事なのは手に入れて安心することではなく、それを活かすことだ。
脛当てを着けたところで、試着室からミサキが出てくる。『奇術師』の装備が揃ったミサキだが――今回は踏ん切りがつかなかったらしく、しれっともとの装備のままで出てきた。無理強いはいけないので、思い立った時に装備してもらえればそれでいいのだが。
「あっ……見ないでください、見ないでください。今より強い装備になるのに、どうして装備しないんですかって言われても、乙女にも事情というものがあってですねっ」
「結構目を引く装備だから、勇気は必要だよな。装備した方が安全になるとは思うが」
「あぁっ、やっぱりそうですよね。でも私、網タイツなんて穿いたことないんですよ? キョウカお姉さんみたいな大人の女性しか穿いちゃだめですよ、ああいうのは」
「そんなこと言ってると五十嵐さんに聞こえるぞ……あっ、五十嵐さん」
「ひぇっ……!」
ミサキは飛び上がる勢いで驚くと、椅子に座ってセレスさんとお茶をしている風を装う――むしろ怪しいし、五十嵐さんに見られているのだが。後に続いて、着替えていた他のメンバーも出てきた。
五十嵐さん、テレジア、スズナ、エリーティア――透翅を組み込まれた防具は、ところどころシースルーの部分ができているが、肌の露出が著しく多くなったとか、そういうことはない。みんなも安心して身に着けているようだ。
「……ミサキちゃん、どうしたの?」
「ああいえ、まだ新しい装備を身につけるには勇気が必要だっていう話をしてたんです」
「少し大人びてるというか……凄い装備だものね。ミサキちゃんなら似合いそうだけど」
「あー、好き勝手言ってますねー。あれが凄い効果を発揮しても譲ってあげないですからね、まだ着ないですけど」
ミサキは口を尖らせて言う――五十嵐さんはそれを見て困ったように笑うと、改めて俺を見た。上から下までチェックされる感じは、何とも落ち着かない。
「思ったよりスーツに合ってるわね、その脛当て」
「五十嵐さんも、みんなも似合ってますよ。それで『衝撃軽減1』がつくっていうのは、少し不思議な気もしますね」
「すごくいい素材だと思うわ。上位互換のものが見つかったら入れ替えるでしょうけど……デザインの邪魔もしないし」
「そう言いながら、エリーさんちょっと透けるだけでも気にしてたじゃないですかー」
「す、姿見を見るまでは不安だっただけよ……何もおかしくないでしょう?」
そう言ってエリーティアがくるりと回ってみせる――そして背中が見えたとき、俺は思わず固まってしまった。
「なかなか良い仕上がりじゃな。シュタイナーの手際が冴え渡っておる」
『あはは……ご主人様が意匠を決めたんだけどね。我輩はそのとおりにしただけだよ』
エリーティアの鎧は背中も普通にカバーしていたはずだが、『透翅』を使った部分だけ背中が見えている――まさかそうなっているとは思わないので驚いたが、そういう服はよくあるので大丈夫だろう。彼女が気づかないというのも不思議だが、装備するときは緊張していたようだ。
「……ナイフも『刃斬石』がついて、切れ味が鋭くできるようになった」
「そ、そうか……ここだという時に使ってみてくれ」
いつも表情の変わらないメリッサが、ナイフを見て微笑んでいたので少しゾクリとしてしまった。刃物が好きというのは、用途が危険なものでなければ問題ない嗜好――なのだろうか。俺には少々難しい問題だ。
「じゃあ新しい装備に着替えたことだし、行くとしようか」
「お兄ちゃん、今日はシオンちゃんがお休みなので、前衛が手薄じゃないですか?」
「昨日セラフィナさんに同行をお願いしておいたから、迎えに行きましょう」
シオンは『氷像』の攻撃で傷を負ってしまったので、完全に回復しているとはいえ、念のために休息日とした。マドカも宿舎にいて、『断頭台』の素材で装備に使えないものを建材屋に引き取ってもらう交渉を頼んであるが、あとは自由行動でお願いしている。彼女の判断力であれば、全面的に信頼して問題ないだろう。
『宝物宮』に挑む旨はセラフィナさんにも伝え、同行を快諾してもらっている。『ムラクモ』のような存在がいる可能性もあるので、大盾使いの彼女がいてくれると非常に助かる。
「では、昼になったらお主らの宿舎にお邪魔しようかの」
『そのあとは、一旦八番区のお店に戻って様子を見てくるね。何か用事ができたら、呼んでくれたらすぐ駆けつけるよ』
セレスさんたちも工房がそろそろ心配だろう。彼女たちにとって、やはり『家』は八番区のあの場所なのだ。
俺たちも仮宿ではなく、そろそろ根を張れる拠点を持ちたいところだが――今がその時だと思える時までは、目の前の探索に挑むことにしよう。