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第百四十三話 温かい雨

「――後部くんっ!」

「っ……!!」


 『バックスタンド』を発動させる寸前に、俺は確かに聞いた――彼女の声を。


 ◆現在の状況◆


 ・『キョウカ』が『サンダーボルト』を発動 →『★雪原に舞う宝翼』に命中 弱点攻撃 感電

 ・『テレジア』が『アクセルダッシュ』を発動


 俺たちの後方の森の中から、五十嵐さんとテレジアが飛び出してくる――五十嵐さんの『サンダーボルト』が空間を駆け抜け、巨大な氷鳥に変わりつつある『宝翼』に浴びせられる。


 『感電』によって、一瞬だけ氷鳥の完成が遅れる――だがその一瞬が、次の攻撃を入れるための猶予を生んだ。


「あれが『コーラルピーゴ』の名前つき……あれを止めればいいのね……!」


 五十嵐さんは何も言わずとも状況を把握してくれた――だが再び空気中の水分が凍結して、鳥の形をした氷塊は大きくなっていく。


「――アトベさんっ、みんなっ!」

「先生っ!」


 そこに、リョーコさんとイブキが到着してくれた。テレジアは回り込みながら間合いを詰めている。


 リョーコさんが来た側は、川が近い――それは、彼女の『あの技能』が使えるということだ。


「――リョーコさん、『アクアドルフィン』をあいつの上に撃ってください!」

「え、ええっ……!」

「……っ!」


 そしてテレジアには以心伝心で指示が伝わる――伝わっていると信じる。攻撃を仕掛ける寸前に、彼女の士気解放を発動させて、連携技を狙う。


「――『支援連携チェインサポート』……『魔法起点連携マジッククロス』!」


 ◆現在の状況◆

 ・テレジアが『トリプルスティール』を発動 →パーティ全員に『三奪さんだつ』効果が付加

 ・『アリヒト』が『アザーアシスト』を発動

 ・『アリヒト』が『支援連携1』『支援攻撃2:フォースシュート・ドールズ』を発動

 ・『リョーコ』が『アクアドルフィン』を発動 →『★雪原に舞う宝翼』に命中 連携技一段目

 ・『テレジア』が『アズールスラッシュ』を発動 →『★雪原に舞う宝翼』に命中 弱点特効 ノックバックが無効化 連携技二段目

 ・連携技『アズール・ドルフィン』 →『温かい雨』が発生 『★雪原に舞う宝翼』の『氷装』が一段階解除

 ・『氷像の鳥戦士』2体を討伐

 ・『氷像の鳥射手』3体を討伐

 ・『支援攻撃2』が2回発生 →『★雪原に舞う宝翼』の操作値累積 使役試行可能

 ・『テレジア』『アリヒト』の体力、魔力が回復 4体からドロップ奪取成功


「クァァァァッ……!?」


 リョーコさんが川の水から作り出した水のイルカが『宝翼』に命中したあと、テレジアが『蒼炎石』の力を発動させ、青白く発光するショートソードを振り抜く。その熱量は、水のイルカを一瞬で温水の雨に変えた。


 そこに飛び込んでいくのは――イブキ。まだ『宝翼』の身体を覆っている氷の鎧に、その拳が叩き込まれる。

 

「――はぁぁぁぁっ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『イブキ』が『岩砕き』を発動 →『★雪原に舞う宝翼』に命中 ダメージの一部が貫通 『氷装』が完全解除


 身体を覆っていた全ての氷が砕け散る――『宝翼』は一歩、二歩と後ずさり、尻もちを突いて動かなくなる。


「ク、クェ……ッ」


 『宝翼』はそのつぶらな瞳に最後の闘志を宿すが、立ち上がることができない。そして負けを認めたかのように、うなだれて動かなくなった。


「はぁっ、はぁっ……せ、先生……あたし……」

「ああ……良く来てくれた。みんなも……でも、止めを刺すのは待ってくれないか」


 まだテレジアとリョーコさんの連携技による湯気が辺りに満ちている。みんなびしょ濡れになってしまっているが、今はそれを気にしている場合ではない。


「ふぁっ……お、おっきいペンギンさんが……!」

「良かった……皆さん無事だったんですね。着くのが遅れてしまってすみません」

「さすがはアリヒトね……メンバーが変わっても完全に指揮を取れてるなんて」


 ミサキとスズナ、エリーティアもやってきて、転移した全員が揃った――俺の前にいるシオンにもう一度『支援回復1』が発動し、傷がさらに癒える。ペロペロと手を舐めてくるシオンの頭を撫でたあと、俺は『宝翼』に近づいた。


「あ、後部くん……近づいても大丈夫なの?」

「ええ……今の戦闘で『操作石』の性能を試していました。何度も当てないといけないし、誰にでも効くわけじゃないと思いますが、この魔物を『操作』……いや、使役するための交渉ができるみたいです」

「そ、そんな魔物使いみたいな……そんなこと普通にできるん……?」


 『魔物使い』は常に魔物を連れて戦うような職業だと思うが、転生者でいきなりそれを選ぶ人はそういないだろう。


 俺たちはすでに『デミハーピィ』などを捕獲して仲間にしている。条件さえ整えば、魔物を仲間にすることはどんなパーティでも可能だろう。


「……みんな、この島を歩いてて他の魔物を見つけたか?」

「そういえば……ここに来るまで全然見なかったわね」

「私たちも見てないです、かなり遠くに飛ばされちゃってたので、ここに来るのが大変でしたけど……」

「こ、こっちもです。先生たちも、この魔物以外は見なかったんですか?」


 五十嵐さん、ミサキ、イブキがそれぞれ答える――島の四箇所に分散して飛ばされて、ここに来るまでに一体も見なかった。『宝翼』以外の魔物が、この島にいる可能性は低いということだ。


「何かの事情で、この『名前つき』だけがこの島に出現して、俺たちの宿がある島には『コーラルピーゴ』だけがいる状態になった。だから、向こうの島では『名前つき』が目撃されなくなっていたんだと思います」

「海の向こうに島があるなんて、ギルドの人たちも把握していなかった……そういうことなら、信頼できる説ね」


 エリーティアも『宝翼』に近づく――彼女の持つ剣の力に気づいているのか、『宝翼』が震えているのが分かる。


「その……できればなんですが。この魔物は討伐せずに、ここから連れ出したいと思っているんです。仲間に会わせてやりたいというか……」

「……兄さん、そこまで考えて戦ってたんやね。うちはもう、やっつけへんかったらやられてまうって必死で……」

「私も……冷静になれていませんでした。アリヒトに新しいラケットの力を見せたくて……」

「いや、戦わないと『操作石』の力を使えなかったし……この『名前つき』も、俺たちを敵と認識していた。この『名前つき』の事情はどうあれ、皆が頑張ってくれたから、今の状況があるんだ」


 俺も容易に捕獲したり、仲間にしたりということができるとは思っていなかったので、そこは訂正しておく。そこまで器用に手加減ができるような相手ではなかったし、俺も可能な限り有効そうな攻撃を選択していた。


 現に『宝翼』は浅くはない傷を負っている。それで俺たちの言うことを聞いてくれるかどうかは、分の良くない賭けだ――俺たちの言うことは聞けないと、そう思われてもおかしくはない。


「……俺たちについてきてくれるか。何とかして、仲間がいるところに連れていくから。その後も大人しくしていてもらうことにはなるが」


 薄く眼を開けた『宝翼』が俺を見つめる。翼をかすかに動かし、羽ばたこうとする――しかし暴れることはなく、『宝翼』はくちばしをかすかに開けた。


「……クェッ」


 ◆現在の状況◆


 ・『★雪原に舞う宝翼』の敵対度が消失 使役成功


「っ……この子、今返事をしたの……?」

「そ、そうみたいですね……」

「そうとなったら、傷だらけなので治してあげないと! 羽毛があちこちちりちりになっちゃってるじゃないですかー!」

「魔物はポーションが合わないことがあるから、早く元の島に連れていって治療してあげないと……」


 今まで死闘を繰り広げていた相手を治療する。そんなことになっても、『フォーシーズンズ』の面々は不平を言ったりはしなかった――カエデは後ろを向いて目元を拭っているようで、他の三人も涙ぐんでいる。


 ただ魔物を戦って倒すだけではなく、こんなこともあっていい。俺は『アザーアシスト』を使って『宝翼』の体力を回復させようと試みる。


「っ……おっと……わ、悪い、テレジア。魔力を使いすぎたみたいだ」

「…………」

「後部くんにはいっぱい『機知の林檎』を食べさせてあげたいわね……さっき、幾つかってるのを見たのよ」

「えっ……ほ、本当ですか?」


 林檎取りをしている場合ではなかったので急いでこちらに来たそうだが、みんなもそれぞれ果実の成る樹を見つけていた――そして、俺が『宝翼』を回復させている間に取ってきてもらうことになった。


 ◆現在の状況◆


 ・『豪力の胡桃』を1つ取得

 ・『機知の林檎』を2つ取得

 ・『敏捷の葡萄』を1つ取得

 ・『氷結石』を2つ取得

 ・『雪水晶』を1つ取得

 ・『宝翼の白毛』を1つ取得


 ◆◇◆


 体力がある程度回復した『宝翼』は、そのうち自分の足で立ち上がると、何処かに向かって歩き始めた――その後についていって辿り着いたのは、島の地上部分にある転移床だった。


 『宝翼』は自分の手では転移床を起動させられなかったが、俺たちなら何かできると思ったのだろうか――言葉は通じないが、体力が回復してからはすっかり大人しくなっていて、仲間が声をかけると『クェッ』と返事をしていた。


 水中に潜る必要も、『フォーチュンロール』と『月読』の組み合わせも必要がなかったのは幸いだった。『帰還の巻物』を使う手もあるが、何とか巻物に頼らず帰還する方法を探したかったということもある。


 帰ってきた時にはまだギルド職員の人が起きてくれていて、まず『宝翼』の姿を見て唖然としていたが、事情を説明すると『コーラルピーゴ』飼育場に案内してくれた。


「お昼に来ていただいたときにお話しましたが、『コーラルピーゴ』に言うことを聞いてもらうには、この『宝翼の白毛』が必要なんです。まさか、今日のうちに手に入れてきてしまうなんて……」

「クェッ」

「それに、この『名前つき』を手なづけて連れて帰ってきてしまうんですから、職員一同腰を抜かしてしまいそうになりました。とんでもない『ルーキー』の方々が現れたものですね……」


 ギルド職員の女性は感心しきりだ。駆けつけてくれたルイーザさんとは同年代なので、顔を合わせると挨拶を交わしていた。


「それで、『宝翼』と遭遇した経緯ですが……」


 この島にいるギルド職員のことを考えると、今度はこちら側の島に『名前つき』が出現するかもしれないので、『宝翼』のことを説明しておく必要がある。


 そう思ったのだが――職員の女性は指を立てて笑った。


「探索者の方にとって、そういった情報はそれこそ財宝のように大事なものです。それをギルドが無条件で聞き出すことはいたしません。『スタンピード』に繋がるような情報でしたら、ご提供いただきたいという方針ではございますが」

「……そうですか。何か秘密を持って帰るみたいで、それで良いのかとも思うんですが」

「もう一度この『幻想の小島』に来られることがあったら、探索の続きをされてみてはいかがでしょう……いえ、本来ここは『保養所』ですから、そんなことを言ってはいけませんね」


 職員の女性はそう言って、『コーラルピーゴ』の飼育場の扉を開けた。


「……クェッ」

「ああ、行っていいんだぞ」


 『宝翼』に声をかけると、大きな身体でゆっくりと歩いていく――入り口につかえそうになったが、辛うじて通ることができた。


「「「ピェェェーーーーッ!!」」」


 飼育場の中から『コーラルピーゴ』たちの鳴き声が聞こえてくる。それは驚きと、鳥の言葉が分からない俺にでも分かる、喜びの声だった。


「……クェッ……」


 戸惑いながら、『宝翼』は自分を囲み、まとわりついてくる『コーラルピーゴ』たちを見ている。親鳥が子供たちと遊んでいるようでもあり、『コーラルピーゴ』たちがはぐれていた仲間との再会を喜んでいるようでもあった。


「……クェェッ」

「ふぁぁ……み、見てくださいお兄ちゃん、大きいペンギンさんの目から、宝石みたいなのが……!」

「『雪原に舞う宝翼』の涙は、『スノードロップ』という宝石に変わります。流すところを見られるのは、とても希少なことだとか……」

「……連れて帰ってきて良かったんだな。ここで仲間たちと仲良くな」

「ええ……そうね。ここにいたら、きっと幸せに過ごせるわね」


 五十嵐さんは少し名残惜しそうにしていたが、『宝翼』と『ピーゴ』の群れに近づくことはなく、その場に背を向ける。


「急に大きいのがやってきて大変になりそうですが、俺たちにもできることがあったら協力します」

「いえ、これもギルドの業務の一環ですから……あら?」


 後のことを頼んでその場を後にしようとしたとき――『宝翼』が、こちらに向かって歩いてきた。


「クェッ、クェッ」

「……もしかして、ついて行きたいってことか?」

「クェェッ」


 やっと仲間に会えたというのに、ついてくるというのは寂しくないだろうか。そう思ったのだが、『宝翼』の気持ちは固いようだ。


「アトベ様のことを主人だと認識しているのなら、もし可能であれば、アトベ様の契約された牧場で飼われるということもできるかと思います」

「でも、仲間と離れて大丈夫でしょうか」

「そういうことでしたら……『宝翼の白毛』を持っているアトベ様には、『コーラルピーゴ』を飼っていただくことも可能です」


 しかしそうなると、今度は『コーラルピーゴ』を群れから離すことになる――そう思ったのだが。


「ピィッ」

「ピェッ」


 『宝翼』の後について、二匹の『コーラルピーゴ』がこちらにやってくる。二匹は群れに振り返ると、翼を手のように振っていた。


「……この子たちには時々本当に驚かされます、仲間思いで、賢いところがあって」

「そう……ですね。仲間がいてくれたら、牧場に行っても寂しくないよな」

「クェーッ」


 『宝翼』が嬉しそうに鳴く――すると『ピーゴ』たちが、宝翼の羽毛の中に飛び込み、頭の上によじ登った。


「今日から三匹で一緒に暮らすんだ。他の仲間もいるけど、喧嘩はなるべくしないようにな」

「クェッ!」


 すっかり『宝翼』は元気になり、俺の言うことを良く聞いてくれている。これなら魔物牧場に預けても問題はなさそうだ。


「はぁ~、私、こういうの一番だめなんですよ。花粉症かっていうほど涙がでぢゃって嫌になりますよね」

「だ、大丈夫か……? そんなに泣いてると、職員さんにも笑われるぞ?」


 ミサキだけでなく全員がもらい泣きをしている――あのまま『宝翼』を倒してしまっていたら、こんな光景を見ることはできなかった。


 皆が少し落ち着いた後で、ルイーザさんがこちらにやってくる。彼女は十分リフレッシュできたようだが、やはり目が少し赤くなっていた。


「アトベ様、皆さん、本当にお疲れさまでした。同行できなかった分だけ、何かで日頃の感謝をお伝えすることができればと思うのですが……」

「ありがとうございます。こちらこそ、お待たせして申し訳なかったです」

「アトベ殿ならば大丈夫と思ってはおりましたが、私もどのような環境にも対応できるような盾を持っておきたいと思いました。このような時にお役に立てず……」

「私たちはアリヒトと合流するまで時間がかかったから、何が起きたのかまだ良く分かってないのよね。アリヒト、教えてくれる?」

「ああ。飛ばされてすぐ『宝翼』に出くわしたから、一緒に飛ばされたシオン、カエデ、アンナと一緒に戦って……」


 『宝翼』との戦いのこともそうだが、他にも泉の底にあった転移する仕掛けのことなどについて、俺は待っていたメンバーに話すことにした。


 保養所に来た大人数が一度に利用できる、食堂を兼ねた水上コテージに向かう。明かりのついたコテージから、マドカとアデリーヌさんが出迎えに出てきてくれていた。

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