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第百四十話 森の水辺


 飼育員をしているギルド職員の女性は、飼育場の柵を開けて俺たちを通してくれた。そして、餌やりをしながら『コーラルピーゴ』の生態について教えてくれる。


「この『コーラルピーゴ』は、いわゆるペンギンと極めて類似した生態の動物です。柵は海にまで張ってありまして、泳いで外に出ないようにしています」


 転生者ならではのざっくりした説明で、やはりペンギンということでいいのかと納得する。


「餌は『ソードトラウト』などを好んで食べますが、エビやカニ、海藻類も食べます。そして名前の由来にもなっていますが、珊瑚などの硬いものを食べる習性があります」


 五十嵐さんが『ソードトラウト』の小さいものを海に投げると、水中にいた『コーラルピーゴ』が飛び出してきて器用にキャッチする。


「ペンギンは石を食べるっていうのは聞いたことがあります。あれはなぜなんですか?」

「諸説ありますが、『コーラルピーゴ』が硬いものを食べるのは理由があります。彼らは自分の身体の中で魔石を生成して、卵のように産むことがあるんです」

「それは凄いですね……生成する魔石は決まってるんですか?」

「餌によって変わりますので、この飼育場では『潮水石(ちょうすいせき)』を産むことがほとんどです。お土産品として販売もしていますよ。お一ついかがです?」

「じゃあ、一つ買わせてもらってもいいですか」


 ◆潮水石◆


 ・塩分の含まれた水を発生させる魔石。


 金貨十枚で『潮水石』を買う――生産数がすごく多いというわけではなく、魔石を産むのは一週間に一度くらいということだった。


 『潮水石』以外にも飼育法によって違う魔石を産むということらしい――どんな魔石を産むのかと、抑えきれず興味が湧く。


「『コーラルピーゴ』を、一般の探索者が飼育することはできるんですか?」

「よくお問い合わせがあるのですが、『コーラルピーゴ』をおとなしくさせておくためにはある条件が必要で、『コーラルピーゴ』の『名前つき』に遭遇する必要があります。ご存知の通り『名前つき』は、簡単に遭遇できないので……」

「ありがとうございます、そういうことならここに見に来るのを楽しみにします」

「はい、お連れの方と一緒にごゆっくりどうぞ」


 職員の人が管理所に戻っていったところで、ちょうど餌やりを終えた五十嵐さんがこちらにやってくる――膝下くらいの大きさの、白い羽毛に覆われたピーゴたちが、まるで雛鳥のように五十嵐さんの後ろからついてきていた。


「もう大人なんだと思うけど、ピヨピヨって鳴いて可愛いのよね。これが魔物なんて言われても、迷宮で会ったらとても戦ったりできないわ」

「ワタダマみたいに、よく見ると迫力があったりする魔物を見てきましたから……こういう魔物を見ると和みますね」


 砂浜に寝そべったシオンにピーゴたちがじゃれついている――牧歌的な風景に心が癒やされていく。


 いつか引退する時が来たら、こんな島で暮らせたらいい。気が早いと分かってはいるが、この島は俺が知る中では、最も楽園という言葉が似合う場所だ。


「飼えないかどうか聞いてくれてありがとう。私、後部くんに何が飼いたいって話ばかりしてるわね……」

「卵と魔石を産むペンギンと言われると、牧場で飼育するには向いているんじゃないかと思ったんですが。『名前つき』に会わないと、うまく飼えないみたいです」

「この島で、以前この子たちの『名前つき』が見つかったっていうこと? もしやっつけちゃったのなら、また出てくることもあるんじゃないかしら」

「滞在してるうちには見つからないと思いますが、もしもっていうことはあるかもしれないですね」


 談笑する俺たちだが、今までの傾向から言うと『名前つき』に遭遇できるチャンスはあるように思う。


 休暇で利用する保養所も迷宮とは思っていなかったので、リラックスしつつも冒険心が疼く瞬間がある。この島はなぜ『幻想の小島』と呼ばれているのか――散策しているメンバーに合流して、俺も少し島の風景を見てみたい。もちろん、すでに探索しつくされた場所だとは思うが。


「五十嵐さん、もう少し遊んでいきますか?」

「そうね……でも、あまり遊んでると情が移っちゃうから。みんな、またお休みが取れたら会いに来るわね」


 五十嵐さんは足元に集まってくる全てのピーゴの頭を撫で、俺と一緒に飼育場を後にする。ピヨピヨとひな鳥のような鳴き声が聞こえて、五十嵐さんは後ろ髪を引かれているようだった――あれだけ愛くるしい動物なら誰もが同じ気持ちになるだろう。


 ◆◇◆


 島の大半を占めている森には、散策道が設けられている。森の奥から水が湧いているようで、水が流れてきていた――小さな川というほどでもない、傾斜した砂利道が薄く水で覆われている程度の流れだ。


 シオンが水を飲みたそうにしていたので、鑑定の巻物をポーチから取り出して鑑定してみる――ミネラル含有量が少ない真水で、飲料に適しているらしい。安全が確認できたので、シオンが水を飲む間休憩する。


「すごく大きな木が多くて、神秘的なところね。生き物の姿もそんなにないし、静かで……」

「『幻想の小島』っていうだけはありますね。木材を切り出した跡もありますが、開発はすぐにやめたみたいですね……保養所として使うと決まったからでしょうか」

「そういうことかしらね。地図が見られるっていうことは、くまなく調査はされたみたいだけど……」


 この島にやってきた時点で、ライセンスで地図が表示できるようになった。ギルドの管理下に置かれている迷宮だからということらしい。


「あ……お兄さん、お疲れさまです!」

「アトベ殿、ちょうど良かった。さっきまでテレジア殿と一緒だったのですが、森の奥に小さな泉を見つけました。今、テレジア殿は泉の近くで待っています」

「後部くん、せっかくだから、森の探検に参加できる人を集めてくるわね」

「……五十嵐さん、やっぱり気になりますか?」


 俺が笑って尋ねると、彼女も照れ笑いをする――『コーラルピーゴ』の『名前つき』を探してみたいと、そういうことだ。


「もちろん深追いはしないし、見つからなかったら休むことに集中するわよ」

「興味深いお話をされていますね。私も協力できることはありますか?」

「探しものなら、私もお兄さんにいただいた『マーチャント・グラス』を使ってがんばります!」


 セラフィナさんとマドカも乗り気になってくれている。俺は『コーラルピーゴ』のことを話し、『名前つき』が島内にいないか探してみたいという旨を彼女たちに伝えた。


 ◆◇◆


 探せば見つかるというものでもないと分かっているが、夕食の時間までと区切ってのレクリエーションということで、皆に参加してもらうことになった。


 ルイーザさんは日焼けしにくいこの小島の環境が気に入り、サンベッドでメリッサと一緒に休んでいる。メリッサも日向ぼっこが好きなようで、身体を動かして一休みしているうちに眠くなってきたようだ。


 暑くもなく寒くもないちょうどいい気候で、生き物も時折見かけるくらいで、何より有り難いのは蚊がいないことだった。みんな水着で散策しているので、虫刺されを気にしなくていいのは助かる。


「……しかし、随分奥まで行ったな」


 一人でテレジアを探しに来たのだが、なかなか姿が見えないので思わず独りごちる。テレジアがいるという泉と森の入り口を往復したセラフィナさんもそうだが、マドカも意外に体力がある――俺も自分で不思議なほど疲れないが、レベルが上がると体力の上限が上がるだけでなく、スタミナもつくということか。


 だんだん源流に近づいているのか、水量が増えてきて、小川と呼べるくらいになってきた。散策道が途切れたので、森の中を進んでいく――すると。


 ――進む先から、ちゃぷん、と水音が聞こえた。


 行く手を塞ぐ葉の茂った枝を、慎重に掻き分けて進む。すると、森の中がぽっかりと開けていて、プールのような広さのある透明な泉が見つかった。


 そして俺は気がつく――テレジアが脱いだ『カメレオンのブーツ』が、泉のそばに揃えて置かれている。


「――テレジア!?」


 そんなことがあるわけがない、テレジアに何かあったなどと――そう思いながらも、俺は彼女の名前を呼ばずにいられなかった。


 瞬間、泉に波が生じて――ざぱん、と水の中から何かが飛び出してくる。


「…………」

「……テレ……ジア?」


 目の前に立っているのは、紛れもなくテレジアだった――さっきまではブーツを穿いていたが、泉で泳ぐために脱いだということらしい。


 蜥蜴のフードの中から覗く黒髪が濡れて、ぽたぽたと水が滴っている。浴室で水着姿を見るようになったが、こんな形で改めて目にすると、また違う印象を受ける――この森の中にある泉というロケーションが、彼女の姿を神秘的に見せる。


「……っ」


 テレジアはふるふると身体を振る。それで完全に水が切れるわけでもないのだが。


 こちらにも水が飛んできたが、あまり気にはしない。水温は低くはなく、泳ぐには丁度いい温度のように思えた。


「…………」

「あ、ああ。俺は大丈夫、少しくらい濡れても……テレジア、身体を拭かなくて大丈夫か?」


 俺は泳ぐことになったときのために持っていたタオルをテレジアに渡す。テレジアはフードの内側にタオルを入れて水分を取るが、簡単に拭くだけで大丈夫なようで、タオルを返してきた。


「…………」

「ど、どうした? 何か遠慮してるみたいだけど……」


 ずっと一緒に行動しているので、たまには別行動もいいのではないか――俺がそう思っていたことを、彼女も感じ取っていたのだろうか。


「すごく透き通った水だな……これは確かに、泳ぎたくなるのも分かる」

「…………」


 テレジアは泉の方を見ると、すっと右手を上げて指をさす。彼女が示す先は、泉の奥の方だ――透明度が高いとはいえ、底までは見通せない。


「この泉の中に、何か見つけたとか?」


 こくりと頷くと、テレジアはもう一度水に入って行こうとする。しかし足を止め、振り返ると、右手をこちらに差し出してきた。


「……何を見つけたか、俺にも教えてくれるのか?」


 再びこくりと頷く。そうなると、俺も服を着たままとはいかない。


 俺がテレジアのブーツを見つけた時のように、他のメンバーが来た時に驚かなければいいのだが――と思いつつ、俺は近くにあった大きめの岩の上に、脱いだ服を置いておく。


「…………」

「ああ、これか。水上ホテルで、水着販売をやってたんだ。念のために着ておいて良かったよ」


 テレジアはじっと俺を見ている――観察されているようで落ち着かないが、特に特徴のない平均的な体型ではないかと思う。


 強いて言うなら迷宮国に来てから心なしか筋肉がついている。魔物との戦いで、多少は鍛えられているということだろう。


「…………」

「じゃあ準備運動をしてから入るとするか……足をったらテレジアに迷惑をかけるし」


 テレジアはふるふると首を振る――そして、俺と一緒に準備運動を始めた。見よう見まねという感じで、屈伸と伸脚をする。


「テレジアは今も泳いでたから大丈夫だと思うけど、付き合ってくれるんだな」

「…………」


 テレジアは答えずに、俺に倣って前屈と上体反らしをする――と、この動きは水着を着ていると、微妙に危険だと気がついた。水着に隙間ができてしまって、角度次第では見えてしまいそうになる。


「もう大丈夫そうだな、それじゃ入ってみるか」


 俺は心臓から遠い部分をまず水の温度に慣れさせる――ひんやりとしてはいるが、入るにはちょうどいい。


 テレジアはとぷん、と静かに水に入る。俺も彼女にならって、そろそろと泉に入っていく――しかし水底の砂が滑って、途中でバランスを崩してしまう。


「うわっ……!」

「……っ!」


 それほど深くはないので大丈夫だと思ったのだが――水中に落ちた途端、テレジアが助けようとしてくれたことがわかった。


「っ……ああ、ごめんテレジア……不注意だったな」

「…………」


 俺の身体を支えて、ちゃんと立てることを確認すると、テレジアはそっと離れた。水中を見ると、テレジアは足を巻いて立ち泳ぎをしている――本能的なものなのだろうか、それともこうやって泳いだ経験があるのだろうか。


「…………」

「大丈夫、泳げないわけじゃないからな。テレジアが見つけたもののところに連れていってもらえるか」


 テレジアは頷く――そして、平泳ぎをして泉の奥に進んでいく。俺は顔を上げたままのクロールでその後に続いた。


 魔物が出てくるような場所で泳ぐのはリスクが大きいが、今のところ魔物の気配はない。テレジアの『索敵拡張1』があるので、もし近くに現れても早期に気づくことができると思うのだが。


 泉の奥まで来たところで、テレジアがこちらを振り返る。


「…………」

「この下ってことか? 潜水か……」


 水泳の得意なリョーコさんに同行をお願いすれば良かったか――しかし彼女もバレーから抜けたあとはルイーザさんと一緒に休憩すると言っていたし、昼寝をしているとしたら起こすのは悪い。


「……よし、じゃあ潜ってみるか」


 テレジアは頷き、深呼吸をして水に入る――俺もその後に続く。


 初めは目を開けられなかったが、思い切って開けてみる。水中には光が差し込んでいて、真っ青に見える――俺はテレジアに手を引かれて、透き通る水の中を進んでいく。


 リザードマンはこれほどに泳ぎが得意なのか、と舌を巻きつつ、何とか足をヒレのように動かしてついていく。


(……っ、これは……!)


 泉が思ったよりも深いこともそうだ――岸から見たときは、ここまで深いとは思わなかった。これは実際に潜ってみなければ分からない。


 そして水底に、テレジアが先程まで調べていたのか、砂が除けられた部分がある。


 この泉の底には、何かがある。しかし一度の潜水で調査できる範囲はごく限られていて、いくらも調べないうちに息が持たなくなってしまう。


(こ、ここで溺れるというのはさすがに……戻れるか……!?)


「(っ……!)」


 俺の様子に気づいて、テレジアが俺の手を引き、水中に上がっていく。しかし不覚にも、水面が間近というところで、意識が遠のいていく――。

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