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第百三十四話 剣気/透明な翅

 俺たちは貸し工房に移動し、素材の用途を検討するためのミーティングを始めた。


「マドカ、まず魔物の素材を出してもらえるか?」

「はい、ではこちらの台に置きますね」


 マドカの『品出し』は倉庫から物を出すスキルという説明だが、貯蔵庫にも適用されるらしい。


 ふと気になってそのことを話すと、セレスさんは魔法を使うときに用いるものか、短い杖を指示棒か何かのように持ち、先生のような口ぶりで話し始める。


「ライセンスの説明は絶対ではないからの。今までギルドで観測されていない事象は正確に表示できぬし、技能や装備効果について一部を拡大解釈できるような場合もある。隠れた力がある場合も、完全に鑑定できていないと表示されないのじゃ」

「セレス先生、私は何となくしかわからないですけど、お兄ちゃんが分かってるので大丈夫そうです!」

「挙手してまで言うことじゃないわね……ミサキ、さっきからテンションが変じゃない?」

「やることをやったらお休みだと思ったら、夏休み前みたいな気持ちになってきちゃって……お兄ちゃん、ビーチバレー対決にする? それともビーチフラッグ?」

「保養地ってビーチなのかしら……海は行ったばかりだけど、魔物が出ないところだとリゾート気分で過ごせそうね」


 ミサキが選択する競技はどれも翌日筋肉痛になりそうなほどヘビーだが、そんなときのためにルイーザさんがいてくれる――と、彼女も休みなのだから、指圧をお願いするのは遠慮しておかないといけない。


 話はそこそこにして、本題の素材だ。台の上に置かれている鋭い刃は、蟷螂のものとは思えないほど綺麗に切り出されている。


『鎌刃は武器の強化に使ったり、小手につけて斬撃ができるようにしたりする用途があるね。それと、昆虫に対しては攻撃が強化されるか、場合によっては倍撃がつくこともあるよ』


 シュタイナーさんも金属製の小手とはいえ、刃の部分に触れないようにしていた。その鋭さには一種の妖気すら感じる――というのは言い過ぎか。


『――マスター、その考えは間違いではない』


 いつも背中に背負っているムラクモを今は武器スタンドに立てかけておいたのだが、そこからでも普通に声が聞こえてくる――みんなには聞こえておらず、俺だけに語りかけてきているようだ。


(間違いじゃないって、『鎌刃』は普通の素材と違うってことか?)


『鎌刃には、マスターが妖気と呼ぶような力が宿っている。私にとっては剣気と呼んだ方が適切かもしれない。私は剣気を吸収することで、鍛造することなく新たな能力を得ることができる』


 ムラクモは『秘神』のパーツなので、通常の武器と同じようには強化できない――現在の威力でも十分だが、もし強化できれば切り札としてより有用になるだろうという思いはあった。 


 セレスさんたちにムラクモのことを明かすべきかと思案するが、彼女たちなら口外したりする心配はないだろう。


「セレスさん、シュタイナーさん。俺が持っている剣なんですが、『鎌刃』の力を吸収できるみたいです」

『えっ……そ、それは《エーテリアル》の武器っていうことかな?』


 セレスさんではなく、シュタイナーさんの方が驚く。そして俺の許可を求めてから、鞘に納められたムラクモを手に取った。


「ただのカタナではないと思っていたが、まさかエーテリアル……霊体武器とはのう。アリヒト、カタナに宿る霊体が自分のことを教えてくれたということかの?」

「は、はい。セレスさん、エーテリアルというのは……?」

「この国においてエーテルとは、目に見えぬが何らかの力を持つ媒体という曖昧な定義がされておる。わしらが容易に触れることのできぬ、神が世界に干渉した痕跡とも呼ばれるものじゃ」


 俺にも何となくしか理解できず、五十嵐さんとスズナは興味深そうに聞いているが、他のメンバーは頭に疑問符を浮かべている。


 そして、エリーティアは――武器スタンドに置いてある『緋の帝剣』を見ていた。


「……《エーテリアル》の武器は、自分の意志を持っているの?」

『我輩は初めて見るからね……アトベ様の話でエーテリアルの武器だと思っただけで、見ただけでは分からなかったりするみたいなんだ』

「そう……ありがとう、教えてくれて。ごめんなさい、話の途中で……アリヒト、『鎌刃』は『ムラクモ』に吸収させるの?」

「ああ、一つ吸収すれば『鎌刃』の能力を手に入れられるらしい。シュタイナーさん、他には何に使えそうですか?」

『短刀の材料にしたり、今ある武器を強化するために使ったりするね。そのまま柄をつけて鎌にもできるよ』


 まずは『鎌刃』の用途を決める――みんなはどう装備が強くなるのかイメージできていないようだ。昆虫型の魔物に強くなるといっても、確実にその系統の魔物が出てくるとは限らないので、攻撃力自体の向上を主眼とした方がいいだろう。


「では考えているうちに、他の素材を見せてもらおうかの」

「はい、これが『透翅』になります……あっ……」


 マドカは倉庫の鍵を握って『品出し』の技能を使って物を取り出しているが、それも魔力を消費するようだ――ライセンスを見ると、魔力を示す青いバーが3割くらい減っている。これで技能を使おうとして目眩が起きてしまったようだ。


「マドカ、『品出し』で魔力を使ってるから、回復した方がいいな」

「は、はい……でも、大丈夫です。これくらいで疲れていたら駄目なので……っ」

「俺の技能で魔力をあげられるから、無理せず余裕を持った方がいい」


 俺は席を立って、マドカの後ろに回る。そして彼女の背中に手をかざして、技能を発動した。


 ◆現在の状況◆

 ・『アリヒト』が『アシストチャージ』を発動 →『マドカ』の魔力が回復


「おお……そういった補助系の技能を持つものはいるが、アリヒトも使い手じゃったとは」

『マドカさんはまだ魔力の上限が少ないから、技能で分けてあげてもアトベ様にはまだ余裕があるみたいだね』


 シュタイナーさんの言う通りで、俺の魔力バーにはまだ余裕がある。『機知の林檎』を食べて魔力の最大値が上がったりもしたので、単純にレベル6に10をかけた値よりは魔力が多い――感覚としては70、80といった値に思えるので、俺の職業は1レベルあたりの魔力最大値の上がりが多いのかもしれない。


「魔力の上限といえば、『スパイダー・シルクハット』は魔力が上がる装備だったな……」

「あっ……お兄さん、そういえば、魔物牧場のウィリアムさんからの連絡が入っていました。『アラクネメイジ』さんが蜘蛛の巣を作っていて、いくつも作るので控えめにするようにと注意をしたんですけど、そうしたら巣をまとめて糸玉みたいにしてくれたそうです」

「それで、ドロップ品のところに『ブラックネット』が出ていたのね」


 エリーティアがライセンスを見ながら言う。仲間たちも、戦闘後などはしっかり表示を確認している――ミサキとメリッサは今気づいたという顔をしていたが。


「はっ……お兄ちゃん、あのタイツを直す材料が見つかるのを、首を長くして待っていたんじゃないですか……?」

「そう言われると思ったが……組み合わせの装備が揃うと何が起こるのか、気になるっていうだけだぞ。有用な装備だと助かるしな」

「シルクハットとタイツだけでも何か能力がつくのかしら……? 試してみる価値はありそうね」

「キョウカお姉さんにはとっても似合うと思いますよー、大人の魅力がもう抑えきれてないっていうか、黒タイツといえばキョウカお姉さんというか」

「っ……わ、私は網タイツなんて穿かないし……やっぱり、サイコロやカードを使ってるから、『奇術師』のイメージにはミサキちゃんが合いそうよね」


 押し付け合いをする二人――ミサキはああ言ってはいるが、あの様子を見るとまんざらでもないようだ。


「このあたりで見つかった装備なら、七番区にいるうちに手に入るやもしれぬ。それを逃すと、『一式装備』は揃いにくくなるかものう」

『じゃあ、我輩がブラックネットの糸玉を使ってタイツを修繕しておくよ。こう見えても手先は器用だからね』

「よろしくお願いします、シュタイナーさん」


 話が一段落したところでマドカが『品出し』を使い、透明なガラスのような塊を取り出す――これが『オーシャンマンティスの透翅』のようだが、思っていたほどはねという感じがしない。


「このガラスみたいな材質だと、武具に使う素材じゃないんでしょうか」

「うむ、そう見えるじゃろうな。しかしこの素材、武具に使うものとしてはなかなか人気があるのじゃぞ」


 セレスさんの指示でシュタイナーさんが歩いていき、高さ二メートルくらいの厚みのある板ガラスのような『透翅』に触れる――すると。思った以上に弾力があり、シュタイナーさんの指に押されて全体が湾曲した。


「ガラスのようにも見えるが、その素材は強い衝撃を受けても割れぬ。ワタダマの衝突くらいなら無傷で跳ね返せるじゃろうし、何しろこれはレベル6の魔物の素材じゃ。防具に使えば、相応の防御力を発揮してくれる」

「凄い……透明な水晶みたいなのに、こんなに柔らかくて……不思議ですね……」


 スズナは興味を惹かれたようで、4つ並べて壁に立てかけられた『透翅』を見ている。


「海のある迷宮の魔物じゃからか、水の耐性もつく。お主らからすると、防水性と言った方がいいかもしれぬの」

「それって、どんな装備にでも組み込めるの?」


 エリーティアが関心を示す――装備品が強化できる機会が、レベルの高い彼女には貴重だからということか。


「……私は、あまり透けるのは好きじゃない」

「えっ……す、透けるんですか? 透明な素材だからってそんな……」

「心配するな、要所の素材を入れ替えたり、裏に貼ったりするだけじゃ。まあ、わしの美的感覚によって意匠に工夫をするかもしれぬがの」


 セレスさんは楽しそうだ――ひとまず、『透翅』も使えるところに使ってみることにする。


 ◆オーシャンマンティスの素材◆


 ・『アリヒト』の『ムラクモ』 →『鎌刃』を使用して技能を習得

 ・『シオン』の『★ビースティクロウ+1』 →『鎌刃』を使用して『昆虫特攻』『斬撃強化1』を付加 『+2』に強化

 ・『スズナ』の『シルク・シャーマンズクロース+3』 →『透翅』を使用して『水属性耐性1』『衝撃軽減1』を付加 『+5』に強化

 ・『テレジア』の『ハイドアンドシーク+2』 →『透翅』を使用して『水属性耐性1』『衝撃軽減1』を付加 『+4』に強化

 ・『キョウカ』の『★ヴァリアブルクロス+4』 →『透翅』を使用して補修 『水属性耐性1』『衝撃軽減1』を付加 『+6』に強化

 ・『エリーティア』の『ハイミスリル・ナイトメイル+4』 →『透翅』を使用して『水属性耐性1』『衝撃軽減1』を付加 『+6』に強化


「ふむ、これでいくのか。『透翅』は見ての通り大きいから、二枚も使えば事足りる。余った分を使わなくても良いか?」

「そうなんですね……でも、ひとまずはこれでいきたいと思います。ミサキとメリッサは透けているのは苦手みたいなので」

「それだとスズちゃんたちが得意みたいですけど……あっ、スズちゃんが物凄く分かりやすく茹でた蟹さんのように……!」

「……あ、あの……儀礼用の衣装は、少しくらい透けていても、必要なことなら良いと思うので……」


 スズナはそういったところは割り切りができるようだ――まあセレスさんのことなので、そこまで露出が多いような加工はしないだろう。


「ふふ……この素材はなかなか……シュタイナーよ、このような仕上げで行きたいのじゃが」

『ご主人様、ときどき我輩では真似できないような大胆な発想をするよね……やっぱり見た目よりお年だからなのかな』

「何か聞こえた気がするが、聞き流しておいてやろう。わしは心が広いからの」


 セレスさんが鋭い声を発して、シュタイナーさんがビクッとする。セレスさんは自分のことを『お姉さん』と言い、確か百十五歳とも言っていたが、姿はマドカと同じくらいの歳に見える。しかし年齢のことは、やはり女性には繊細な問題ということのようだ。


「次に魔石じゃが、『刃斬石』は攻撃に斬撃の効果を付与する魔石じゃな。魔力で生じる斬撃で、物理的に切れぬものも切れることがある」

「なるほど……魔石をつけられる武器が少ないので悩むところですね」

「お主のスリングを強化して、魔石をつけられる数を増やせれば良いのじゃがな。メリッサの解体ナイフにつけておくという手もある」

『それと、操作石だね。これは命中した生物・無生物をごく短時間だけ自分の思うとおりに動かせるんだよ。耐性のある魔物も多いけど、型にはまると凄い威力を発揮するよ』


 そういうことなら、スリングについている『混乱石』と入れ替えて、どちらが有用か見てみるのが良いかもしれない。どちらも相手の行動を妨害する系統の特殊攻撃なので、悪いアイデアではないだろう。


 メリッサの技能で合成し、より多くの特殊攻撃ができるように考えてみるべきかもしれない――しかし合成したら分離はできないので悩みどころだ。


『最後におたからの鑑定もしておかないとね。装備品については慎重にした方がいいよ』


 装備が呪われている場合、鑑定のために触れただけで呪われることもあるらしい。巻物を使うにしても『鑑定術』の技能を使うにしても、直接触れないようにするのが重要ということだ。


 ◆魔石の装備変更◆


 ・『メリッサ』の『スティールナイフ』に『刃斬石』を装着

 ・『アリヒト』の『黒き魔弾を放つもの』の『混乱石』を『操作石』に変更

 ・『シオン』の『ハウンド・レザーベスト』に『混乱石』を装着


 最前衛を任せることもあるシオンが混乱してしまわないように、防具に混乱石をつけて耐性を付加しておく。


 そして、マドカが鑑定が必要なものを慎重に『品出し』で取り出す。今にも動き出しそうな『葬送者』の抜け殻――武者のような全身鎧と、砂蟹たちが落としたものが、床に敷いた布の上に並べられた。


「っ……お、お主ら……いったいどんな相手を倒して、こんな装備を……」

『何か我輩、親近感を感じるんだけど……あっ、吾輩が呪われているとかじゃないからね』


 改めて見ても、ぞっとするものがある――今まで戦った中で最も高レベルの名前付きが残した装備。


 見るからに呪われていそうだが、一部だけでも使えるものがあれば敬遠する手はない。マドカが『鑑定術1』を試みても失敗したので、俺は彼女から中級鑑定の巻物を受け取り、鑑定を試みることにした。

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