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第百三十三話 一時の団欒/収穫

 面談を終えて部屋から出る前に、俺はルイーザさんに聞いておきたかったことを思い出した。


「ルイーザさん、この白い箱なんですが。黒い箱と同じように、開けられる職人の方を紹介してもらうことはできますか?」

「っ……も、申し訳ありません。確かに白い箱と、評価欄に表示されておりましたね。そのような表示を見るのは初めてで……」


 俺が白い箱を見せると、ルイーザさんは両手を真っ赤になった頬に当てる。ポイントの数値の方に話が行っていたので『白い箱』に触れそびれたというだけなので、そこまで恥ずかしがることもないのだが。


「ファルマさんの持つ『指先術4』より上の技能は、支援者では持っている方がいらっしゃいません。『指先術1』で木箱、『指先術2』で赤い箱、『指先術3』で黒い箱の解錠に挑戦できますが、ファルマさんは技能レベルに余裕を持つことで、黒い箱をほぼ確実に解錠できるようにしています。白い箱が黒い箱より難度が高いのなら、『指先術4』でも解錠にリスクが伴うことになります……ギルドでは、そういった箱を無理に開けることは推奨していません」

「ということは、実質上開けられない……ということですか」


 そう言われると中身が気になるのが人情というものだが、『黒い箱』でも解錠に失敗すると大きな被害が出るという話だったので、危ない橋は渡れない。魔物と戦って生き残ってきたのに、箱の罠で全滅というのは考えたくない。


 一つ方法としては、ミサキの『フォーチュンロール』を使ったあとにファルマさんに解錠に挑戦してもらうというものがあるが、迷宮にファルマさんを連れて行くのは難しいこと、そもそも挑戦自体できるかどうかという問題もある。


「白い箱のことを知っている人に聞いてみるしかない……ということになりますか?」

「うぅん……そうですね……」


 ルイーザさんは頬に手を当てて考えてくれている。急に聞かれても困ってしまうだろうが、俺としてもなんとか手がかりを得ておきたい。


「そうだわ、セレスさんならご存知かもしれません。彼女は八番区にお店を持っていましたが、もとは上位の区から降りてきた方ですから」

「なるほど……分かりました、セレスさんに聞いてみます。ありがとうございます、ルイーザさん」

「いえ、すぐにお力になることができず……私も通常業務に当てる時間は抑えて、今後は色々なことをお教えできるように勉強しておきます」


 今でも、待ち時間無しで面談できるだけで十分助けられている。俺は席を立ってルイーザさんと握手したあと、彼女に見送られて『緑の館』をあとにした。


 ◆◇◆


 宿舎に戻ると、メリッサが帰りがけにメニューを思いついて食材を買ってきたとのことで、食堂にはできたての料理が並んでいた。


「お帰りなさい、後部くん。少し遅くなってもいいようにと思ってたんだけど、丁度良い時間に帰ってきてくれて良かったわ」

「お兄ちゃん、外食じゃなくても良かったですか? いちおう美味しそうなお酒も買って来ましたけど。見てください、一級酒『ドワーフころし』です!」


 エプロンを着けたミサキが、酒が入っているらしい瓶を持ってきて俺に見せる。そこにはドワーフらしき筋肉質の小人が描かれた、年季の入ったラベルが貼られていた。


「物騒な名前だな……ありがたく貰っておくが、まだ日が高いから飲まないぞ。そこまで酒好きというわけでもないしな」

「なんですとー! なーんて、そう言われるって分かって買い置きしただけなんですけどね。これで夜の秘密兵器が増えたね、スズちゃん!」

「っ……そ、そういうことにお酒を使うのは、ちょっと……」

「スズナなら酒も水にしてくれそうだな……って、そういう技能じゃないか」


 『手水』は手で汲んだ水が浄化される技能だが、酒精アルコールも浄化される対象

に入るのだろうか。それは試してみないとわからない。


「……手で汲んでお酒を飲んでいただくというのは……あ、あの、アリヒトさんがそれがいいとおっしゃるなら……」

「何を悩んでるのよ……アリヒト、スズナは真面目なんだから、そういう冗談は控えめにね」

「す、すまない。軽口は慎むことにするよ」

「うむうむ、アリヒトは多少軽さも取り入れたほうがいいと思うがのう。それにしてもなかなか美味しそうな料理を作るのじゃな、あの娘は」


 『調理1』の技能を持つメリッサが主力として昼食を作ったようで、彼女がキッチンから出てくる。テーブルの中央に置いてあった大皿に、持っていた大きめのフライパンから煮込み料理を移し替えた――地中海風を思わせるような海鮮料理だ。


「何だかイタリアン的な雰囲気が……こういうレシピって、迷宮国でも広まってるんですか?」

「……転生する人たちの中には、色んな料理の知識がある人がいるから。料理人もいる。戦闘と支援の半々ができる、色んなパーティで人気の職業……お父さんが言ってた」


 『解体屋』も料理に関係する技能があるということは、大きなくくりでは料理人系の職業だったりするのだろうか――と考えていると、マドカも鍋を持ってこちらにやってきた。

シオンの食事のようで、玄関先に出ていこうとする。


 護衛犬用の食品は買うこともできるのだが、うちではファルマさんに教えてもらって、味付けを犬に合わせて調理した肉と野菜の団子などを与えている。


「マドカ、俺がご飯をあげてきてもいいか? シオンも頑張ってくれたからな」

「はい、お兄さんがそうおっしゃるなら。シオンちゃんも喜ぶと思います」


 マドカは満面の笑顔で俺に鍋を渡してくれる――庭の小屋で待っているだろうと、鍋を持って出てみると、シオンは扉の外でお座りをして待ち構えていた。


 ハッハッと舌を出して息を荒くしているが、これは暑いというサインだっただろうか――『シルバーハウンド』はどちらかというと寒冷地に順応しているようで、毛はふさふさとしていて結構長い。野外で生活するのが本来の生態だからか、人の手が入らなくても勝手に毛がある程度生え変わるようだが、少し手入れをしてあげたほうがいいかもしれない。


 ご飯皿に冷ました肉団子を入れると、シオンはガフガフと凄い勢いで食べ始める。あれだけの戦闘でかなりエネルギーを使っていたということだろう。


「……シオン、暑いか? 毛を刈ってあげたほうがいいかな」

「……バウッ」


 食べ物を飛ばさないように、シオンは口の回りを舐めてから返事をする。尻尾を振っているということは、刈って欲しいということでいいのだろうか。


 メリッサの技能『毛づくろい』を取得すれば、『トリマー』のようなことができるとも言っていたが――メリッサはシオンのことが気に入っているので、彼女の希望通りに取得してもらった方がいいだろうか。


 レベルが上がったメリッサとはあとでスキル取得についてミーティングをしたいところだ。


 食事を終えたあと何となく思い立ち、シオンの口の中を見て、虫歯がないか確認する。昔大型犬の世話をしたことがあるが、口の中の健康は重要だ――と、特にケアはしていないが健康的に保たれている。


「よし、大丈夫そうだな。また今度、歯磨きもしてやるからな」

「……クーン」


 俺が何をしようとしているかは分からないが、何かされそうだというのは察したのか、シオンは耳を垂れてしまう。元気づけようと身体を撫でてやると、だんだんまた耳が立ってきた。


「……後部くんの方が、私よりずっと犬が好きなんじゃない?」

「っ……い、いや、昔、施設で……何というか、飼ってたことがありまして。どの動物が好きっていうこともないですが、犬のことなら少し分かると言いますか……」


 いつから様子を見ていたのか、玄関から出てきた五十嵐さんが、シオンの前に座り込んで頭を撫でる。シオンは五十嵐さんにもなついており、尻尾をパタパタと振り始めた。


「まだ迷宮国に来たばかりのときに、犬を飼いたいって言ったことがあったでしょう。ギルドから貸してもらっている家だけど、気がついたらもう叶っちゃってたなって……」

「ええ、俺も覚えてますよ。オレルス夫人邸に移ったときのことでしたか」


 立ち上がった俺を、五十嵐さんは微笑みながら見上げる。耳に髪をかける仕草が、彼女の淑やかさを際立たせるように感じた。


「だけど、シオンちゃんはいつかファルマさんのお家に帰らないといけないのよね。そう思うと、やっぱり寂しいっていうか……それは、我がままになるって分かってるけど」

「そうですね……でも、ファルマさんのところにはシオンのお母さんもいますからね。シオンもいい相手ができたら、いつかは……って、今はまだ身体は大きくても、年齢的には子供なんですよね」

「バウッ」


 その返事はどういった意味なのか、犬の言葉がわからないので計りかねる――シオンは撫でられて嬉しいのか、食事をしたからか、散歩に行きたそうなくらい機嫌が良い。


「シオンちゃんの子供も飼ってあげられたらいいわね……なんて、どこかに腰を落ち着けることを考えるのは、まだまだ気が早いわね」

「いつかそういうときがきたら、ぜひ俺たちの家族になってもらいたいですね」

「ええ、家族に……あ、あの。後部くんってそういうこと、そんなにサラリと言う方だった?」

「え……あ、ああいやその、家族というのは、五十嵐さんと夫婦だと見られたりするからとか、そういうことじゃなくて……」

「それは、私が相手だと嫌だっていうこと……?」

「っ……そ、それは全然、嫌とかそういう次元の問題ではなくてですね……」


 恐れ多いという言葉すら、この場には適切ではないというくらいはわかる。かといって夫婦と見られても構わないということになると、またそれはそれで――と頭を全力で回転させていると、五十嵐さんが笑っていた。


「……五十嵐さん、そういうのはダメですよ、俺は本当に弱いですから」


 未だに圧をかけられると弱いというか、俺にとって五十嵐さんは弱点のままだ。それは、悪い意味ばかりというわけでもないが。


「ふふっ……ごめんね。こういうときは、怒っておくのが礼儀だと思って」

「まあ、そういうお約束もなきにしもあらずですが……心臓に悪いですよ」

「後部くんが相手だと、私でなくてもみんな押していく感じになっちゃうのよね。スズナちゃんはそういうタイプじゃないから、落ち着くでしょう?」

「ペースが近いというか、そういうように感じはしますが。でも、パーティの誰といても落ち着かないってことはないですよ」

「そうね……一番居心地が悪いのが、私といるときっていうくらいなのよね」


 そんなことは全く――いや、比較という意味なら、パーティメンバーの中で最も緊張するのは間違いないが。


「そんな自虐ばかりしてても後部くんが困るでしょうから、そろそろ……」


 家の中に戻ろうか、というところで。シオンが動いた――目の前にいる五十嵐さんの方に向かって。


「……えっ?」


 宿舎に帰ってきてから着替えていた五十嵐さんは、膝丈くらいのスカート姿になっていたのだが――一瞬何が起こったのか分からなかったが、屈み込んでいる五十嵐さんのスカートの中に、シオンが頭を突っ込んでいる。


「シ、シオンちゃんっ……ちょ、ちょっとそこは、私も恥ずかしいから……っ」


 人に懐いた犬はあらゆるスキンシップを取ってくる可能性があると俺は思うのだが、

この行動については全く読めなかった――シルバーハウンドには、暗いところを覗き込む性質でもあるのだろうか。


「って、落ち着いてる場合じゃ……シ、シオン! そこには潜っちゃだめだ!」

「あ、後部くんは向こうに行ってて! こっちはなるべく見ないようにして!」

「は、はいっ……!」


 半分涙目で焦っている五十嵐さんに牽制され、俺は家の中に引っ込もうとする――すると、ドアの隙間からミサキとメリッサ、マドカがこちらを見ていた。


「わー……何か面白いことになってますよ? キョウカお姉さんがあんなに慌てるのってちょっと可愛くないですか?」

「……冷める前に食べてほしい」

「シオンちゃん、すごく楽しそうです……キョウカお姉さんに、本当になついているんですね。羨ましいです」


 五十嵐さんは女性メンバーに見ていないで助けて欲しいと言いたげだった――スカート姿でシオンの前にかがみ込むときは、今後注意が必要になりそうだ。と、冷静ぶって家に入った俺は、スズナとエリーティアに顔の赤さを指摘されるのだが。


 ◆◇◆


 遅めの昼食を終え、片付けを手伝ったあと、食後のティータイムとなる。セレスさんはソーサーを持って、上品にカップを傾ける。


 シュタイナーさんは別室で食事をしていたので、そのときは甲冑を脱いでいたのかもしれないが、中を見せてもらえる機会は当面訪れそうにはなかった。今は普通に戻ってきており、セレスさんの後ろに控えて立っている。


「アリヒト、お主のことじゃから休みを取るまえに諸々の申し送りは済ませておきたいところじゃろう。わしらの仕事はあるかや?」

「その前に、セレスさんに一つ聞きたいことがあって……この『白い箱』ですが、見たことはありますか?」


 テーブルの上に白い箱を置く。するとセレスさんはシュタイナーさんから手袋を受け取り、それを嵌めると、いかにも魔道具という見かけの拡大鏡を取り出して観察を始めた。


「……白い箱というもの自体は、存在については聞き及んでおる。『名前つき』の中でも特異な個体のみが持っており、最初に撃破した者のみが入手できるという。ふむ……これは……」

「セレスさん、何か分かりそうですか?」

「うむ。わしも翡翠の民(ジェイド)として、お主らよりはこの国の秘密とされている事象や、伝承に詳しいという自負はある。この箱は、神言字(ロゴス・ルーン)によって封印されておる。開けるには、ルーンの示す条件を満たす必要がある」

「ロゴス・ルーン……『ルーンメーカー』のセレスさんだからこそ、読み取れるということですか」


 セレスさんは頷く。そしてソーサーとカップを置いたあと、大きな三角帽子のつばに触れ、位置を正した。


「この箱はまだ、開けるのは簡単なほうじゃろう……と言っても、楽観的な予想にはなるが。これを所持したまま強い相手と戦えと書いてある……わしはそう解釈する。わし以外の人間であれば、また違った解釈をするのかもしれぬが」

「いえ、その解釈を信じます……ありがとうございます。当面、これを持ったままで探索を続ければいいっていうことですね」

「そうなるのう……すまぬ、神言字の解釈についてはわしの技能ではあと一歩及ばぬ。こういうときにレベルを上げたくなるものじゃが、簡単に上がるものでもないからの。日頃の積み重ねがものを言うわけじゃな」

『ご主人様、アトベ様たちを追いかけて迷宮に行ったとき、すごく充実してる顔をしていましたよね。支援者だけじゃなく、探索者としても復帰したいんじゃないですか?』


 シュタイナーさんに言われて、セレスさんはきゅっと帽子を深く被る。


「……簡単に復帰するなどと、そんなことは言えぬ。わしはいてもたってもいられなかった、それだけじゃ。本来はおとなしく留守を守るべきであろう」

「いえ、セレスさんたちが来てくれて、凄く助かりました。あの炎の魔法は、ルーンメーカーの技能なんですか? かなり威力があるように見えました」

「む……そ、それはそうじゃの……そこまで食いつきが良いとは。しかしお主の技能で能力が強化されてからのタクマやルカの方が活躍しておったがの」

「アトベ様の技能のおかげで、ご主人様の魔法も少し強くなってましたよ」


 魔法に影響しそうな強化技能というと『群狼の構え』だろうか。『支援魔法1』を取得して発動すれば、目に見えて総合的な威力が上昇するのだろうが。


「……お、お主が悪いのじゃぞ。あんな気持ちにさせるから……」

「えっ……セ、セレスさん、俺が何か……?」


 帽子のつばで顔を隠しつつ、セレスさんがこちらをうかがう。胸の高鳴りを押さえるように手を当てながら。


「お主がいるパーティは、また探索がしてみたいと思わせる……待っていても、そわそわとするようになってしまった。どうしてくれるのじゃ」

「え、ええと……それなんですが。俺は戦闘に参加しにくいマドカや、ルイーザさんのレベルも適宜上げて行きたいと思ってるんです。セレスさんたちもそれに参加していただくというのは……」

「っ……ほ、本当か? わしは最盛期と比べると使える魔法も減っておるし、威力を上げる技能もなくなってしまっておる……そ、それでもよいのか? ちなみにレベルは4じゃ、シュタイナーなどえらそうにしておるが3なのじゃぞ」

『し、仕方ないじゃないですか。このレベルを維持するだけでも二人で大変な探索をして……あの日々は我輩たちの大切な思い出じゃなかったんですか?』


 二人が何か揉めている――仲が良いほど何とやら、というやつだろう。


『……こほん。失礼、アトベ様の前でみっともなかったね』

「はは……いや、そんなことはないですが。でも、そのレベルで来てくれたっていうのは少しヒヤヒヤしますよ。前衛のタクマのレベルが高く見えたので、彼がいてくれて良かったです」

「ふむ……やはり他のパーティでも、戦闘における隊列やメンバー構成などは気にするのじゃな。アリヒトは根っからリーダーに向いておる」


 今はみんな自由時間になっているが、どんな話をしているのかと様子を伺いに来て、ミサキが遠くで手を振っている――照れる俺を茶化しているのだろう。


「では、リーダーのお言葉に甘えて、機会があったら迷宮に行かせてもらうとしよう」

『よろしくお願いします、アトベ様』


 話が一段落したところで、俺はマドカに来てもらって、『運び屋』に依頼して運んでもらった素材の状況について尋ねた。


「今借りている倉庫に入り切らないので、大きな蟹の素材は新しい貯蔵庫を借りて入れさせてもらいました……大丈夫でしょうか?」

「ああ、大きな魔物素材専用の倉庫もあった方がいいだろう。貯蔵庫ってことは、あの蟹って……」

「はい、ライカートンさんに見てもらったら、食べられるところがあるみたいです。甲羅や足は大きすぎるので、建物の材料になったりするみたいですが、一部だけは装備に使えるかもしれないということでした」


 あの亡霊のように透けたりする蟹が食材に――何とも不思議だが、『名前つき』の蟹と言われると興味が出てくるのは、俺も迷宮国に順応してきた証だろうか。


「あの『葬送者』はどうだった? 中は抜け殻みたいだったが……」

「え、ええと……ライカートンさんは『サムライ・メイル』というようなことを言っていました。全身を包んでいる殻の部分が、お侍さんの着ている鎧のようなつくりで、体格が合えばそのまま装備できるみたいです。これは倉庫に入っていますが、装備する前に鑑定をしてほしいと言われました。それと、ドロップ品としてルーンを落としています」


 マドカがしっかり申し送りをしてくれるので、非常に助かる――あの巨大な蟹、そして葬送者の抜け殻となると見るだけでも勇気が必要だろうから、あまり無理はしないようにと言っておかないといけない。


「砂でできている蟹は、倒しても素材が残らなかったかわりに、ドロップ品が八つ出ています。蟷螂(かまきり)三体は、手配した運び屋さんが持ち帰る前に石みたいになってしまっていて、『鎌』と『翅』だけが取れたそうです。それと、魔石が二つ取れています。全部、表にしてありますのでごらんください……あ、あの、お兄さん、私、ちゃんと報告できてますか……?」

「完璧すぎて何も言うことがない。本当にお疲れ様、マドカ」

「は、はいっ……私、これくらいしかできないので……あと、掘り出し物のお店さんから連絡があったので、購入のお願いを今日中に出せば競り落とせると思います」


 本当にこの子はどこまで有能ぶりを発揮してくれるのかと感嘆する。仕事をしすぎては逆に心配になると、今度は俺が思う番だ。


「分かった、あとでどんな品物があるか見せてくれるか。マドカも凄く頑張ってくれてるから、休みはしっかり取って、ゆっくりするようにな。欲しいものがあったら何でも言ってくれ、それだけのことをしてもらってる」

「そ、そんな……私、お兄さんにそこまで言ってもらえるようなことは……」

「マドカ、魔道具の荷車が欲しかったのではないか? あれは便利じゃからのう」

「荷車なら、マドカの技能にも合ってますね。一台買ってみようか」

「っ……い、いいんですか……?」

「ああ。値段にもよるが、物凄く高すぎて買えないってことはないと思いたいな……」

「え、ええと……金貨千二百枚くらいです……す、すごく高いですよね……」


 うちの財務管理を完全に任せているマドカだが、この倹約を重んじる姿勢には全幅の信頼を置いていいのではないかと思える。俺は金貨千枚で『フクロウのスコープ』を買ったが、それについては何も言われなかったので、今後も自分で慎重に考えて、必要なことに金を使うようにするべきだろう。


 ◆◇◆


 値段については問題ないと伝えて、今度荷車の購入に出かけることになった。高い買い物なので実際に見て決めるというのは重要だろう。


 巨大蟹はまだ解体中なので、現状使えると分かっている素材、そして入手したものを一通り確認しておくことにする。


 ◆アリヒト=アトベ様 解体所からの報告 一次◆


 ・『オーシャンマンティス』の鎌刃を採取 2個

 ・『オーシャンマンティス』の透翅を採取 4個

 ・『オーシャンマンティス』解体時に『刃斬石』を2個発見

 ・『★無慈悲なる葬送者』から『?小手』を発見

 ・『★無慈悲なる葬送者』から『?兜』を発見

 ・『★無慈悲なる葬送者』から『?甲冑』を発見

 ・『★無慈悲なる葬送者』から『?すね当て』を発見


 ◆今回の探索による新規入手物◆


 ・『サンドシザーズ』から『操作石』を1個ドロップ

 ・『サンドシザーズ』から『?腕輪のようなもの』を1個ドロップ

 ・『サンドシザーズ』から『?錆びた金属塊』を6個ドロップ

 ・『★無慈悲なる葬送者』から『闘のルーン』を1個ドロップ


 素材と一緒に、『無慈悲なる葬送者』から未鑑定の装備品が見つかっている――これはもしかしなくても、あの抜け殻になった全身鎧の全てが装備品扱いになっているということだろう。


 他にも鑑定が必要なものがドロップしているので、『鑑定術1』で鑑定できるものはマドカに頼む。それ以外は『中級鑑定の巻物』で鑑定できるだろうか。


「ふむ……これは、やはり工房で素材を見ながら加工先を決めねばならぬかの」

「セレスさん、共闘で倒した魔物の素材は、セレスさんたちにも分配の権利があります」

「わしらが加工させてもらうのじゃから、分配の必要はない。ルカやタクマ、シオリも気にするまい。シオリはアリヒトたちが六番区に行く前に一度飲みたいと言っておったから、それが礼になるじゃろう」


 もちろんわしらも参加するがの、とセレスさんは嬉しそうにしている――タクマはシオリさんが連れてきてくれるだろうし、後はルカさんにも声をかけてみたいところだ。


 今日の夕食の席はまた賑やかになりそうだ。そんなことを考えつつ、俺は工房に移動するためにみんなに声をかけた。

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